06-08 教えて、教えられて、(一)

 カゲサトはカゲシンの衛星都市の一つで、山脈の反対側にある。

 すなわち、カゲシンから山を越えて、反対側の麓にあるのがカゲサトである。

 カゲサトからクリアワイン川に沿って下る。

 クリアワイン川がトエナ河と合流する地点にある都市がクリアワイン。

 同名の伯爵領の領都となっている。

 カゲサトからクリアワインの一帯はブドウ産地、ワイン産地として有名であり、都市の名前も川の名前も、ここから来ている。

 そうであれば、当然、ワインを味わわねばならない。


 だが、シャールフ大隊はクリアワイン市内に入らなかった。

 ワインの堪能も今回はお預けである。

 クリアワインからゴルデッジに向かう街道は第一軍の進撃経路。

 第一軍そのものは既に通過していたが、付随する補給部隊、商人が町と街道を埋め尽くしているのだ。

 大隊は城壁外で野営。

 残念だが致し方ない。

 そして、翌日、大隊は街道を外れ北に向かった。

 クリアワインからトゥーリッジ要塞へは、通常は街道沿いにミッドストンまで西進し、そこから街道を乗り換えて北上する。

 だが、ミッドストンも第一軍関係で飽和している。

 大隊は、第一軍に街道を譲り脇道を使うことになる。

 脇街道とか側道と言われる道があり、それを利用するのだ。

 ただ、道幅は狭く、路面も悪く、何より曲がりくねっているため、やたらと時間がかかる。

 クリアワインからミッドストンを経由してトゥーリッジ要塞に向かう場合、ミッドストンでほぼ直角に曲がる形だ。

 クリアワインからトゥーリッジへと街道を無視して進めば、地図上の距離は短くなるが、現実には、ずっと時間がかかる。

 ミッドストン経由だと十日ちょっとだが、今回の経路だと三日から五日余計にかかるという。


 正直、中隊長になってよかったと思ったよ。

 カゲサトからトゥーリッジまで、少なくとも二〇日。

 宿営は道沿いの村だ。

 民家を接収して宿泊するのだが、まともな家は少ない。

 であるから、一般兵士はテントで野宿、小隊長も怪しい。

 でも、中隊長なら、ほぼ確実に家とベッドが当たる。

 これはでかい。

 テント生活なんて、好んでやるもんじゃない。

 言っとくが、ダウン入りの寝袋もエアマットもないし、ワンタッチ組み立て式のテントも無い。

 地べたに布一枚敷いて寝るのだよ。

 更に、雑用当番も無いので、夜間はそれなりに時間が取れる。




 そんなことで、オレは毎晩、部下、というか中隊本部人員の訓練に励んでいた。

 我が第一魔導中隊本部だが、中核となるのはオレとタイジの従者である。

 タイジは前回の遠征では三人の妻たち、すなわち、スタイ、ナムジョン、ダナシリのカミン家三姉妹を連れて来ていたが、今回は大幅に変わった。

 カミン三姉妹で付いてきたのはダナシリだけである。

 スタイが妊娠したそうで、今回はカゲシンに留まる。

 ナムジョンもスタイの付き添いで残った。

 代わりにタイジの新しい妻たちが来ている。

 先日、第一正夫人になったばかりのスラウフ族長の娘、テスナ。

 同様に、第二正夫人となったモーラン家の娘、オルジェイトである。

 二人とも虎系の牙族で、テスナが十五歳、オルジェイトが十四歳。

 客観的に見てなかなかの美少女だ。

 虎系牙族の常として筋肉系なのだが、単純な筋肉ムキムキではなく、しなやかな感じが良い。

 体格的にも大きすぎない・・・タイジより体重はありそうだが。

 魔力量もそれなりにある。

 テスナ、オルジェイト、更にはダナシリもそれぞれ二人の従者を連れているので、タイジの従者は前回の三倍の九人になる。

 タイジも出世した物だ。

 出世して、経済的にも潤沢になったためか、装備の質も上がっていた。

 タイジは、牙族唯一のまともな医師として牙族上層部から贔屓にされている。

 軍人としても正規士官の給料を貰っている。

 十六歳なのに大尉相当だから、給料も良い。

 施薬院医師の標準から見てもかなり裕福、留学生としては破格だろう。

 子供を作る余裕もあるわけだ。


 オレは、・・・多分タイジの五倍以上収入があるが、・・・思えば色々とアコギに稼いでいるな。

 施薬院関係の高級医薬品と手術関係だけで、シャイフ施薬院主席医療魔導士を超えているだろう。

 オレの高級医薬品の生産量はシャイフその他の数倍だ。

 軍人としても少佐相当の中隊長。

 正規収入の他に、医学書出版、蚊取り線香の販売、などなど。

 そう言えば、剣を作って進呈したら、金貨を下賜された。

 ネディーアール殿下とカラカーニー、バフラヴィーで合計三本、金貨三〇〇枚貰った。

 配下の得意な物を上納させるのは上の権利だが、相応の物を下賜するのも慣習らしい。

 でないと下が付いて行かないか。

 ちなみに、下級兵士の一年間の給与が衣食住別で金貨一枚、オレが『青の学生証』のために寄進した額が金貨五〇〇枚だ。

 一般兵士の剣は高くても金貨一枚以下。

 オレの剣、原価は普通の剣の数倍かかっているが、それでも金貨三枚しないだろう。

 あとは、オレの人件費と技術代、・・・妥当なのかね?

 高級品の値段が跳ね上がるのはどこの世界でも同じだ。

 安売りして相場を混乱させるのは拙いから、いいんだろう。

 であるから、従者の拡充では、オレもかなりの物だ。

 考えてみれば前回、オレのまともな従者はハトンだけで、センフルールからハナを借りていた。

 あと、モローク・タージョッとその従者がいたが、彼女らを加えても総員四名。

 今回は、妻というか婚約者として、ジャニベグ、アシックネール、スルターグナ、ハトンの四名、彼女らの従者が計八名、更にセンフルールからフキとフトが付いてきたので、合計は十四名になる。

 我ながら、増えた物だ。

 女性陣の内、スルターグナとダナシリには医療部隊を任せている。

 これの責任者もオレとタイジだが、普段はこの二人に施薬院から連れて来た補助員で何とかなるだろう。

 ジャニベグは軍人としては優秀なので、行軍中の部隊指揮を任せている。

 アシックネールは中隊の文官、・・・だけでなく大隊の業務まで手伝っている。

 オレの周囲の雑用はハトンが主に処理してくれる。

 ジャニベグとスルターグナはまだしも、アシックネールは十五歳、ハトン十二歳。

 考えてみると、うちのハーレム、それぞれ能力は平均以上だよな。




 オレは、喫緊の課題に専念している。

 テスナとオルジェイトの戦力化。

 これが結構大変。

 二人とも、それなりの魔力量が有るのだが、身体魔術オンリーで投射系魔法は全く使えない。

 タイジは基本、遠距離なわけで、多分、要塞の壁上に陣取ることになる。

 このままでは二人はタイジの横に突っ立っているだけになりかねない。

 二人は接近戦オンリーで、弓もほとんど使えない。

 指揮に特化も良いが、魔力が勿体ない。


 そんなことで、キョウスケ君の魔法教室である。

 牙族は投射系魔法が出来ないって決めつけるのはダメだよね。

 この世界の魔法は体内に存在する魔力、所謂マナを使用する。

 しかし、魔法理論はいい加減だ。

 正確に言えば、投射系魔法、身体系魔法共に、それぞれ流派というか、系列というか、秘伝だの奥義だの色々とある事はある。

 かなり感覚的というか、観念的というか、オレから見れば科学が足りない。

 どーなってんだろ、と思っていたら、例のカゲシンの奥書庫で魔法理論書を発見した。

 例によって例のごとく、フライドチキン好きのKFCこと最終皇帝は結構な量の魔法研究書、理論書を残したらしい。

 第一第二帝政時代には魔法研究はかなり盛んだったようだ。

 だが、第三帝政から激減し、カゲシン時代になると、まともな研究書は死滅する。


 そして、現在、第一第二帝政時代の魔法書は禁書扱い。

 なんでかな、と思ったが、読んでみて納得した。

 旧帝政時代の魔法研究書、宗教要素が皆無なのだ。

 KFCの研究書が典型だが、完全に物理科学と実験、実践で成り立っている。

『マナ圧縮率』とか、『マナ効率』なんて言葉が有って、個人的には感動したというか大変興味深かったのだが、小学校高学年程度の科学知識しか持たないカゲシン魔導士には理解不能だろう。

 具体的な呪文が載っていないのも問題らしい。

 KFCによれば呪文とは、発声することでイメージを具体化させる手段であり、個々人が自分に合った呪文を考えるべきで、初心用という位置付けだ。

 一方、現在のカゲシン魔法教科書は二言目には宗教というか『精霊』が出てくる。

 更に、大半、というか、ほぼ全てが呪文とその解説。

 この呪文を唱える時は、声の調子をどうとか、どの精霊に祈るべきか、とか。

 科学はどこにも無い。

 昔の魔法研究書は、現在の宗教指導者にとっては精霊を無視した不信心の書。

 一般の魔導士にとっては理解できない意味不明の書になる。

 禁書にしとくのが都合は良いのだろう。

 現在の帝国がそれで平和なのだから、オレ個人が逆らってもいい事無いし、逆らうつもりもないのだが、・・・後輩教育には不便だ。

 無意味というより害悪に近い呪文など、教えたくないし、そもそもオレ自身が知らない。

 そんなことで、自分の経験と、奥書庫の魔法書から、簡単な魔法入門書を執筆した。

 基礎の基礎、小学校的内容だが、牙族少女に教えるには良いだろう。

 ちなみに、クロスハウゼン家には秘伝の魔導書が有るらしいが、残念ながら見せてもらえていない。

 約束は取り付けたのだが、その暇が無かった。


 この世界の魔法、身体魔法と投射系魔法ではマナの扱いが全く異なる。

 投射系魔法ではマナを体の一部、主として手や指先に集積させ、それを放出する。

 自護院の魔導書だと、グッと集めて、ドバーっと出すって感じで書かれている、・・・実際にはもったいぶった言い回しなのだが、せんじ詰めればそんな感じだ。

 一方、身体系魔法ではマナを体の隅々に行きわたらせて、体を活性化させたり、硬化させたりする。

 投射系魔法と身体系魔法ではマナの扱いが真逆なのだ。

 このためか、一般的な魔導士は投射系か身体系どちらかに特化する。

 両方を扱える人は少なく、可能な人間は、少なくとも上級以上の魔導士である。

 理論的には魔力量に関係なく、マナの使用方法を変更することで両方できる、はずだ。

 と、いうか、センフルールのメイドたちはそれを実践している。

 カゲシンの観念的な理論では、魔力量が豊富でないと両方できないのだろう。

 マナの使い方を変更するのは結構面倒だから、どちらかに特化した方が大成しやすいのもある。




 テスナとオルジェイトだが、当初は二人とも反抗的だった。

 二人とも軍人家系で育てられたガチガチの軍人気質。

 直属の上官には従うが、それ以外の命令は無視する、・・・いや、オレ、一応、君らの上官だと思うんだけど、・・・よーするに自分より弱い者の命令なんて聞けないらしい。

 オレ、弱く見えるのかな?

 見えるんだろうな、筋肉、あんまし無いし。

 見た目の魔力量も少ないし。


 で、模擬戦となりました。

 なんだかな。

 最初、ファイアーボールで吹っ飛ばしたが、全く納得しないので、剣で対決。

 これでも納得せず、最終的に素手での戦いになった。


「真の優劣は、何も身に着けずに己の体だけで戦うことで決まるのだ!」


 二人が、そしてタイジも同意したところでは、牙族で最も神聖なのは『武器無し決闘』だという。

 武器も防具も無い事を示すため、上半身裸になって殴り合う。

 昔は完全にスッポンポンになって殴り合ったらしいが諸般の事情で最近は上半身だけになったとか。

 剣でオレに負けたテスナが、いきなり服を脱ぎだした時はどうしようかと思ったよ。

 取りあえず止めたけど、・・・止めたけど、結局、脱がれてしまった。

 十五歳少女が、上半身裸。


「神聖なる決闘で、恥ずかしいも何もないであろう!」


 ・・・オレの方が困るんですが。

 実を言えば、こちらの世界では、市井の肉体労働者の過半は女性であり、夏場の作業ではしばしば上半身裸か、裸に近い恰好なので、それなりに見慣れているから、以前ほど、驚かなくはなっている。

 しかし、市井の肉体労働者は、オレの目からはとても女性に見えない容貌と筋肉と不潔な肌の持ち主だ。

 目の前にいるのは、名家のお嬢様。

 二人ともBカップ、・・・顔はタイ〇ーマスクだが、ちょっと華奢。

 筋肉系だが、体操少女系で、結構な美少女、・・・牙族女性というのも中々良いかもしれない。

 それは、ともかくとして、美少女、・・・センフルールのシマちゃんには二レベルぐらい劣るけど、・・・ナディア姫は最近美少女から美女にクラスチェンジしつつあって比較は困難、・・・考えてみればナディア姫よりシマの方が年上、・・・あー、話がそれすぎ、・・・と、素手で戦えと。

 やり辛いなんてもんじゃない。

 だが、・・・勝ち逃げは許さないとかで、結局、戦う羽目に陥った。




 牙族の『武器無し決闘』だが、実は何回か見たことが有る。

 カゲシン自護院では、牙族同士でしょっちゅうやってるので、いやでも目にする。

 いつも誰かがやっている、って感じ。

 ・・・殴り合いが好きなんだろうな、理解できないけど。

 ルールは、目つぶしと金的は禁止。

 男性が貴重な世界なので、金的はやってはいけない。

 カゲシン武芸大会で行われていた、砂を浴びせるとかの卑怯系、戦士として相応しくない行為も禁止。

 これ結構曖昧な規定だが、卑劣な事をしないとアバウトに理解している。

 それ以外は何でもあり。

 基本殴り合いだが、蹴りや足技も有り、頭突きや肘も有り。

 投げ技、締め技、関節技、も有り。

 勝敗はノックダウンかギブアップ。

 多くの場合は審判を立てるので、それ以前に裁定で決まるようだ。

 逆に言えば審判を立てない場合はデスマッチになるわけで、当然、審判制以外の選択は無い。


 今回は、近くにいた、騎兵小隊長のスルスー・メニアクに審判を頼んだのだが、結果から言えば失敗だった。

 スルスー・メニアクは牙族スクワ族出身の騎兵小隊長。

 スクワ族は栗鼠系の牙族、牙というより巨大な前歯とふっさふさの巨大な尻尾が特徴の部族で、虎系とか狼系とかに比べると温厚そうだから良いと思ったのだ。

 メニアクの審判は確かに人道的で穏当だったが、・・・スラウフ族基準では判定が早すぎるらしい。

 スラウフ族は審判制でも、大きな後遺症が残らない程度までやらせる、つまり、戦意を喪失するか、立てなくなるまでという、非人道的基準。

 スクワ族は、二~三発いいのが入ったら終了という文明世界基準。

 結果として、何回も戦う羽目に陥った。


 テスナもオルジェイトもオレのことを投射系魔法しか使えない魔導士と思い込んでいたが、オレ、身体魔法も普通に使える。

 格闘技系は、地球では剣道ちょっとと、体育授業の柔道程度だけど、総合格闘技とかは結構見てたから、関節技のやり方ぐらいは理解していた。

 こちらに来てからは、センフルール屋敷で実戦形式の訓練もしている。

 更に、魔力操作の応用で、体感時間の延長も会得している。

 相手の動きがスローモーションで見えるという奴だ。

 まあ、そこらの相手なら負けないのですよ。

 メス虎のパンチは全部避けました。


 ところが、これが良くなかったらしい。

 スラウフ族基準では、相手のパンチをせこくかわし続けるのは根性無しらしい。

 プロレスみたいに、相手のパンチをわざと受けて平然としているのが理想なのだそうだ。

 足技を多用したのも良くなかったみたい。

 だって、足元がら空きなんだもん。

 スラウフ族は、足技を使わず、足以外の打撃と投げ技、絞め技を主体としている。

 そんなことで、二人はオレの勝ちにも勝ち方にも納得がいかなかったのだ。

 ・・・最初からルール化してくれ。


 最終的に、テスナ、オルジェイト、二人を相手に戦い、二人のパンチを十数発喰らって立ち続け、その後、それぞれワンパンチで沈めて、やっと決着した。

 身体魔法で、体表面を固くして打撃に耐える方法を途中で思い出したのだ。

 この身体固化法、牙族ではこの『武器無し決闘』のためにポピュラーな魔法らしいのだが、剣や弓矢、投射魔法相手では効果は薄い。

 であるから、実戦では意味が無い。

 やり方は分かっていたが、ほとんど使っていなかったから、思い出すのに時間がかかったのだ。

 ムダに疲れた。

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