05-17 祝賀会とは相性が悪い (一)

 アーガー・ピールハンマドの千日行達成祝賀会はカゲシン本山大広間で開催された。


 妙に疲れた高級医薬品講義を終えて、家に帰り正装に着替えて取って返す。

 オレはピールハンマド枠での出席らしく、自護院の正装でと指定されていたからである。

 施薬院枠だと施薬院常任講師の礼装になるし、自護院だと軍人の礼装になる。

 しかも、オレの場合、代坊官、少佐相当に昇進していたので上級坊尉の時とは違う礼装になる。

 ・・・オレ、何時、昇進してたんだろう。

 確か、上級坊尉から代坊官になるには試験が必要だったはず。

 試験なんて受けた記憶はない。

 聞けば、百日行を達成した時点で軍人の試験も自動的にクリアしたらしい。

 百日行達成祝賀会で発表されたそうだが、エディゲ宰相の使者から「代坊官の礼装で」と指定されるまでオレは知らなかった。

 百日行達成祝賀会、・・・うん、まあ、仕方無いな。


 おかげで、また、超特急で新しい礼装を調達する羽目に陥った。

 何時も割増料金で制服を作っている気がする(涙)。

 従者は三人、アシックネールとジャニベグとハトンである。

 オレ程度の身分で三人もつれて行って良いのかと思ったが、アシックネールもジャニベグも問題ないと言う。

 良く分からんが、揉めるのも何なので、そのままにした。


 千日行達成祝賀会は立食パーティー、例によって中央に牛の丸焼きドーンだった。

 オレたちの百日行達成祝賀会も大規模だったが比較にならない。

 牛は十頭ぐらい。

 出席者は何人かさっぱりわからない。

 大学学長就任パーティーよりも規模がでかい。

 千人は優に超えている、・・・二千、いや、三千を超えているかもしれない。

 困ったことにオレは貴族の顔をろくに知らない。

 何をどうして良いのか分からないので、シャイフを探したが見つからなかった。

 途方に暮れていたらアシックネールがクロスハウゼン・肛門メイス閣下を発見したので、その後ろにくっつく。

 近くにシノさんたちセンフルール勢もいたので一安心である。

 ちなみに、本日の肛門メイス閣下のお供は第一正夫人他で、ライデクラート隊長はいない。

 これも、何か安心。

 肛門メイス閣下の第一正夫人は、ほぼ初めて会うが、五〇代にしては結構な美人だ。

 羨ましい。


 会はとにかく盛大だ。

 恐らくは、カゲシンの、そして帝国内の主要貴族が勢揃いしているだろう。

 宗主自身は出席していないが、成人の公子二人は出席しているし、七大諸侯は本人か係累が出席している。

 クロスハウゼン家でバフラヴィーが出ていないのは、各貴族家一人に絞られたためらしい。

 オレの感覚では、大量に連れてくる従者を制限した方が良いと思うのだが、大貴族は従者の数に妥協できないらしい。


 そうこうしているうちに、会が始まる。

 最初の挨拶は宗主補で宗主代理でもある実弟のフサイミール・男一人愛同盟閣下。

 ちなみに、滅茶苦茶広い会場なので、音声を拡大するマイクのような魔道具が用意されている。

 宗主補閣下は、例によって、何事にも無関心という表情で、側近に渡された紙を棒読みする。

 祝賀会の挨拶としてどうかと思うのだが、周囲は慣れているらしく、聞き流しだ。

 挨拶内容はピールハンマドの人生紹介で、百日行の話、五百日行の話、そして千日行の話になり、ついで、修行も終わったので近々、やんごとなき方を第一正夫人に娶る予定と進んだ。

 ところが、突然ここでスイッチが入ったらしい。

 壇上で絶叫し始めた。


「漏れ聞くところによると、ピールハンマド君は第一正夫人に不満が有るらしい。

 気持ちは良く分かる。

 ピールハンマド君は若い。

 相性の悪い相手との結婚は苦痛だろう。

 だが、一流の貴族たる者、政略結婚の一つや二つ、笑って受け入れるぐらいでないと大成はできない!」


 政略結婚って言い切るなよ。

 原稿を無視して暴走を始めた宗主補に側近が慌てる。


「確かに、あの娘は丸太の様にピクリとも動かず、濡れも中途半端で、締まりも悪い。

 ひたすらに男に奉仕を強要する。

 あれの相手は苦痛極まる」


 ちょっと、待て。

 何でそんなに具体的なんだ。

 ピールハンマドの相手って百人切りの宗主の娘だよね。

 つーか、あんた、ヤッたのか?

 そりゃ、こちらの世界では叔父と姪の結婚は許容されているが。


「だが、それでもあえて受け入れるのが、大人の貴族という物だ。

 勿論、辛い時も有ろう。

 そんな、ピールハンマド君には良い物を送ろう。

 コンニャクだ!」


 側近が止めようとするがそれを振り切って閣下は続ける。


「少し前までは、今一つと言われていたコンニャクだが、私が指導する『男一人愛同盟』の親愛なる同志、カンナギ・キョウスケが実用的かつ画期的な使用方法を開発し、・・・」


 ここで、複数の側近が集まり、宗主補閣下は拡声の魔道具から引き剥がされた。

 側近、グッジョブである。

 できれば、もう少しだけ、オレの名前が出る前に止めて欲しかったが。

 ・・・・・・・最初から、これかよ。

 なんか、オレ、祝賀会とは相性が悪い気がする。


「キョウスケは宗主補に名前を憶えられているのだな。大したものだ」


 ジャニベグは素直に感心しているが・・・もう、どーでもいいか。




 フサイミールに続いて挨拶に立ったのはエディゲ・ロリコン・アドッラティーフ帝国宰相だった。

 挨拶する方も、聞く方も、フサイミールのことは完全に無かったことにしたらしい。

 直前の騒動には、全く触れないまま挨拶が再開される。

 すごい、・・・と言うか、慣れてんのかね?

 宰相の挨拶は、ピールハンマドべた褒めで、『次期宰相』とか、『私の後継者』とかの言葉が出続けるものだった。


 続いて、公子たち。

 バャハーンギール殿下は十八歳と聞いている。

 浅黒い肌、薄茶色の髪、紺色の瞳、そして既に三桁に達しているであろう体重と、色々と父親に似ている青年、・・・見た目は既に中年、である。

 性癖は受け継いでいないことを祈ろう。

 温和、というか、ネターっとした喋り方をする

 話す内容は、無難に千日行を賞賛するものだが、次期宰相の話は全くなかった。


 続くは、シャーヤフヤー殿下。

 一歳年下と聞くから十七歳なのだろう。

 肌の色は薄い茶色、茶色の髪、緑色の瞳と、母親の実家であるクテン系の血が強く出た外見をしている。

 中肉中背で、整った体型をしており、その点でも父親には似ていない。

 態度も軍人系で、キビキビと断言調で話す。

 聞くところでは、魔力量は宗主の子では現時点で三番目、軍人としての教育を受けているらしい。

 ちなみに、宗主子弟で魔力量第一位はネディーアール姫、続いてスタンバトア姉御となっている。

 兄と外見がかなり違う弟だが、話す内容は兄と大差ない。

 やはり、千日行の偉業は讃えるが、宰相の話はゼロである。

 オレ的には、シャーヤフヤー殿下は挨拶が短かったので高評価だ。


 公子二人が終わったと思ったら、七大諸侯の挨拶になった。

 挨拶、何人やるんだろう?

 オレは完全にダレている。

 現在の宗主第一正夫人の実家であるトエナ公爵が最初で、続いて、ウィントップ公爵、ボルドホン公爵弟と続く。

 何れも、ピールハンマドを称賛し千日行達成を祝賀するが、やはり、次期宰相の話はしない。

 トエナ公爵が結婚の話をしたぐらいで、他は同じである。

 深読みし過ぎかもしれないが、何か、不気味だ。




 そう考えていたら、次でひっくり返った。

 ボルドホン公爵弟の次に立ったのは、ゴルデッジ侯爵。

 バャハーンギール殿下の義母の弟である。

 最初は他と同様に無難にピールハンマドを褒めていたが、途中から雲行きが変わった。


「ピールハンマド殿が大変すばらしい素質を持ち、宰相の器であることは誰も否定できないと思う。

 やがては、二〇年後ぐらいには、立派な帝国宰相になられるでありましょう。

 そう、二〇年後、ぐらいには」


 ゴルデッジ侯爵は何度も『二〇年後』を強調する。

 二千人超の会場に一気に緊張が走った。


「現在の帝国は、明確に転換期にあると言えましょう。

 揺れ動く政情を長きにわたり安定させてきたエディゲ・アドッラティーフ宰相閣下の手腕は卓越したものでありましょう。

 だが、それ故に、アドッラティーフ宰相の跡を継ぐ者にかかる重圧は巨大なものと言わざるを得ない。

 ピールハンマド殿は確かに卓越した資質の持ち主ではあるが、決定的に経験が足りない。

 いきなり、今すぐに帝国とカゲシンのかじ取りを担うのは本人にとっても不幸でありましょう」


 会場がざわめく。

 ピールハンマドは顔を真っ赤にしているが、何とか堪えている。

 隣のムバーリズッディーンが抑えているようだ。

 エディゲ・ロリコン宰相は、流石というべきか涼しい顔である。


「何れにしろ、アドッラティーフ宰相はご高齢である。

 次期宰相がどなたになるかは未知数であるが、精霊の信徒たる我ら一同が心を合わせて難局を乗り切る気構えが必要でありましょう。

 不肖、アブサイードも、現在はゴルデッジを預かりカゲシンの外に居を構えておりますが、宗祖カゲトラの血を引き、カゲシン僧正の位を持つ者でもあります。

 帝国とカゲシンの行く末を案じる心はカゲシン内の皆様方に劣るものではないと自負しております。

 幸い、我が継嗣も二〇を越えました。

 私自身はカゲシンに留まり、マリセアの正しき教えの発展のために尽くすことも可能な状況にあります。

 一朝事あれば、マリセアの精霊にこの身を捧げる所存でございます」


 会場の一角から熱狂的ともいえる拍手が巻き起こる。

 ロリコン宰相一派は拍手すらしない。


「ビックリ、明確な、宣戦布告ですね」


 アシックネールが囁く。


「ピールハンマドを次の宰相としては認めないって話だよな」


「そうです。

 でも、それだけならともかく、自分が立候補すると匂わせたのは想定外です。

 ここまで、言うとは何が有ったんでしょう?」


「それは、分からぬが」


 ブローニングにジャニベグが応じる。


「次はうちの弟だ。それを聞いてから論じて貰えるか」


 既に壇上にはクテンゲカイ侯爵継嗣、ジャニベグの同母弟、ムザッファルが立っていた。




 クテンゲカイ・ムザッファル。

 我が家にも何度か来て、寝室に入って見学までしていった好き者である。

 年齢は十七歳だから、従兄弟になるシャーヤフヤー殿下と同じ年だ。

 これまで挨拶してきた諸侯に比べると極端に若い。


「ピールハンマド殿の偉業をお祝いいたします。

 今後はエディゲ・アドッラティーフ帝国宰相、及び次の宰相に内定されていると聞くエディゲ・ムバーリズッディーン殿の下で政治家として修行されると聞き及んでおりますが、・・・」


 おい、こいつ、何を言い出してんだ?

 周囲が再びざわめきに満ちる。


「お待ち頂きたい!」


 挨拶が終わっていないにもかかわらず、大声を上げた者が居た。

 エディゲ・ムバーリズッディーン本人である。

 ざわめきが消えた。

 こちらの常識に疎いオレでも、これが極めて異例で非常識な行為だというのは理解できる。


「クテン侯爵継嗣殿は誤解されているようなので、お話の途中であるが敢えて訂正させて頂く。

 不肖、この身は千日行に挫折した者であり、宰相になる資格はない。

 次の宰相に内定している事実もない。

 現時点において、わが父、アドッラティーフ以外で帝国宰相の資格を有するのはアーガー・ピールハンマドだけというのが事実だ。

 それは、ご認識頂きたい」


「これは、大変失礼いたしました」


 ムザッファルが馬鹿丁寧に礼をする。


「エディゲ・ムバーリズッディーン殿、御本人に訂正頂くとは光栄の至りです。

 何分、若年の身ゆえ、認識が甘かったことをお詫びいたします」


 ムバーリズッディーン、そしてアドッラティーフ宰相が少しだけほっとした顔をする。

 だが、ムザッファルは止まらなかった。


「では、恥かきのついでです。

 この場には聡明で学識豊かな方がたくさんおられます。

 若輩の私に、ご教授頂きたい」


 会場を見渡してさらに声を張り上げる。


「先年、エディゲ・アドッラティーフ帝国宰相が病に倒れられた際、後継者が取りざたされました。

 ムバーリズッディーン殿の名も挙がったと聞き及んでおります。

 他に、クロスハウゼン・カラカーニー閣下、ナーディル・アッバースリー閣下、あるいはウィントップ公爵閣下の名も挙がったと聞いております。

 これらの方々は皆、千日行は達成されておりません。

 アドッラティーフ帝国宰相が回復されたため、話は沙汰止みになったと聞きますが、これらの方々は帝国宰相に就任する資格は無かった、という事なのでありましょうか?」


 エディゲ・アドッラティーフがゆったりと手を挙げる。


「それは、あくまでも、緊急事態と、・・・」


 宰相が発言を試みるがムザッファルは言葉を続ける。


「我がクテンゲカイ家、テルミナスには帝国法令集が伝わっております。

 帝国法令集、及びカゲシンにおける法令集においても帝国宰相就任の条件に千日行はありません。

 元来、帝国宰相とは帝国皇帝が指名する役職であり、現在は帝国皇帝の代理としてカゲシン宗家代表が指名するものです。

 帝国宰相に求められる資質として、高邁な人格と識見、知識、経験を有する者との記述はありますが具体的な条件は見つかりませんでした。

 帝国宰相就任の条件として修行は無いのです」


 会場は何時の間にか静まり返っていた。


 エディゲ・アドッラティーフ宰相は、しばらく、戸惑ったような表情を見せていたが、直ぐに気を取り直したようで、にこやかな笑顔でムザッファルに向き直った。


「確かにクテン侯爵継嗣殿が言われる通り、旧帝国の法令に千日行の件はない。

 だが、現在は異なるのだ。

 先年、私の病の際にムバーリズッディーンらを代理という話が出たが、これはあくまでも臨時代理でしかない。

 国母ニフナニクス様が帝国を再編され、マリセアの正しき教えの下に法令も再編集された。

 高邁な人格と識見、知識、経験、これは、現在は、マリセアの正しき教えに基づく修行を極めた者と規定されているのだ。

 つまり、千日行達成者だ」


 ・・・いまひとつ意味が分からん。


「ムザッファルは法令集を調べたと強調しているが、政府高官であれば当然知っている話だよな?」


「いや、大半は知らんのだ」


 オレの問いにジャニベグが答える。


「知らない?」


「カゲシンは知識の集積と秘匿を行っているのです」


 横に立っていたシノさんが言った。


「第二、第三帝政末期の混乱で帝国政府資料の多くが散逸しました。

 カゲシンが帝国を再編した際に各地から残った資料を半強制的に集め、現在はカゲシンの『奥書庫』と言われる場所に保管されています。

 ここは高位の修行を行った者しか入れないのです」


「そういうことで、旧帝国の法令集は帝国内でも大半が読んだことも見たこともないのだ。

 多分、カゲシンの他で持っているのは我が家ぐらいだろうな」


 ジャニベグは自慢げに話す。

 カゲシンは帝国法令集を独占して恣意的に運用してきたってことか。

『高邁な人格と識見、知識、経験』曖昧な表現だが、宰相の資質としては、他に書きようもないだろう。

 それを『千日行達成者』とこじつけるのは少々苦しい。


「なるほど、高邁な人格と識見、知識、経験、とは千日行を示すということなのですか。

 国母ハキム・ニフナニクス様以降は、そのようになっていると」


「うむ、その通りだ。

 明確には書かれていないが、それがニフナニクス様以来の伝統となっている」


 ピールハンマドの千日行達成祝賀会が何時の間にやら、帝国宰相の資格講義になっている。


「では、もう一つお教え頂きたい。

 カゲシンで最初に帝国宰相の任を帯び、帝国の再統一に貢献されたのがニフナニクス様です。

 ですが、ハキム・ニフナニクス様の名は、千日行達成者の石碑には有りません。

 五百日行、百日行の記録にもありません」


「それは、・・・勿論、ニフナニクス様は修行をされている。

 ただ、石碑が立つ前の話であるからそこに名が無いだけで有って、・・・」


「記録によれば、ハキム・ニフナニクス様は、勉学の為、十三歳から十七歳までの年月をテルミナスとアナトリスで過ごしておられます。

 当時のカゲシンには教導院が設立されておらず、十分な学問を受けることが出来なかったためです。

 カゲシン教導院の設立に尽力されたのがニフナニクス様ご本人ですから、これは間違いないでしょう。

 そして、十七歳以降は、ほぼ戦場に赴いておられた。

 ニフナニクス様がカゲシンに居住されるようになったのは、帝国内が平穏となった後、すなわち、帝国宰相に就任して何年もたった後なのです」


 エディゲ宰相の顔が蒼白になる。


「十三歳から、帝国再編が成るまでの間、ニフナニクス様がカゲシンに滞在したのは年に数日から一か月程度に過ぎません。

 千日行どころか五百日行を行う時間もありませんでした」


 エディゲ・ムバーリズッディーンの顔も白い。

 対照的にアーガー・ピールハンマドの顔は真っ赤だ。


「馬鹿な事を言うな!」


 ピールハンマドが噛みつきそうな顔で叫ぶ。


「ニフナニクス様を愚弄する気か!

 偉大なるニフナニクス様が千日行を達成されていない筈が無い!」


 クテン・ムザッファルはピールハンマドに向き直るとにこやかな笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る