04-30S ベーグム・レザーワーリ 初陣(六)

 戦いの日の深夜、父は意識を取り戻した。

 ただし、調子は良くない。

 意識ははっきりしているが、頭痛が酷いという。

 そして、両手は動くが、腰から下の感覚がほとんど無いらしい。

 両足が動かないから歩くどころか立つこともできない。

 ウルスト医師によると首の骨が折れていたらしい。

 詳しくは分からないが、緊急手術で骨を戻したという。

 脊髄という所が圧迫されてダメになったとか、らしい。

 圧迫の原因は取り除いたから、これから徐々に足の感覚も戻るだろうと。


「ですが、残念ながら、歩くのはかなり難しいかもしれません」


 歩けないのでは父のような前線型の軍人としては絶望的な話だ。

 兄がいたら多分、殴っていただろう。

 その兄だが、体の方は問題なかった。

 同じように落馬して叩きつけられた二人だが、ウルスト医師によると鎧の差だという。

 父は胸甲を付けていたが、胸だけがプレートで他の部分は鎖帷子と魔獣皮の鎧だった。

 兜も被っていたが、視界の広い開口部の広い物で、首周りには何もなかった。

 一方の兄は騎兵突撃のため、全身プレートメールにフルフェイスの兜、首周りもがっちりと固められていた。

 空中に跳ばされて地面に叩きつけられても兄が一時的な失神だけで済んだのは、この鎧のおかげらしい。

 一方の父は、師団長として指揮を執るために、広い視界と身動きの良さを優先していたから、軽装だった。

 軽装と言っても一般的な兵士よりははるかに良い装備だったのだが、父の身を守ることはできなかったのだ。


 しかし、兄の方も動けなくなっていた。

 捕虜にされ、『服従の首輪』を付けられていたのである。

 兄を取り戻してくれたのはクロスハウゼン家だが、どうせなら首輪を取り外して引き取って欲しかったとは思う。

 こちらから文句を言える立場ではないのだが。

 多分、『服従の首輪』など、ベーグム師団なら簡単に取り外せると考えていたのだろう。

 だが、困ったことに投射系魔法で師団最高の技量を誇った第一魔導大隊長は戦死している

 更に、兄につけられた『服従の首輪』は特別製で、焼き切るのが異様に困難だった。

 溶けた鉄を押し当てても、兄の首に火傷が出来るだけで、びくともしない。

 結局、兄の処置は魔力の使い過ぎで昏倒した第二魔導大隊長が回復するのを待つことになった。

 つまり、二日はかかるということだ。




 そんなことで、論功行賞は父が主催するしかなかった。

 戦いに勝利した場合の論功行賞は速やかに実施する必要が有る。

 ベーグム師団は昨日の戦いを『勝利』と発表していた。

 戦い以前に敵が支配していた白龍川の旧川床の線を確保したことと、敵から和平交渉の使者が送られてきたのがその根拠である。

 旧川床の線を確保したのは師団ではないし、損害を考えれば苦しいが、師団の名誉と尊厳と政治的立場から、負けたと認める事は絶対にできない。

『勝利』と発表し、カゲシンにもそのように報告せねばならない。

 そのためには速やかに論功行賞を行い、参陣した諸勢力を納得させる必要が有った。

 よって、論功行賞は戦いの翌日に行う必要が有り、それは師団長が主催するしかない。

 特製の椅子が急遽作成され、会議の前に会場に設置され、父が据え付けられた。


 父は下半身に力が入らない。

 このため、見えないように腰と背中が紐で椅子に固定された。

 会議の進行は第二歩兵連隊長と、そして何故か私の二人で行うことになった。

 口の回らない武骨者と成人したての若造というとんでもない組み合わせだが、他に人がいない!

『服従の首輪』がついた兄を人前に出すわけには行かず、チュルパマリク様はそれに付きっ切りだった。

 彼女に会議の進行をお願いする者もいなかったのではあるが。

 第一歩兵連隊長と第一歩兵大隊長、第一魔導大隊長、騎兵大隊長と、師団長の代理を務められそうな人間が全て戦死しているし、第二魔導大隊長は魔力切れでヘロヘロ状態だ。

 そんなことで、頭の痛いコンビになったわけである。

 父は、そこにいるだけでも辛そうであったから、会議の最初と最後だけ発言してもらう事になった。




 個人的には極めて緊張して始まった会議だったが、呆れるほど平穏だったのは、何故だろうか?

 レトコウ伯爵もクロスハウゼンのバフラヴィー殿も特に意見らしい意見を言わなかった。

 この二人が黙っていれば他も静かになる。

 私達のつたない議事進行にも誰も突っ込みは無かった。

 カンナギ上級坊尉に至っては、旧川床上の砦を占拠したのは父の命令だったとまで言い出した。

 結果として、砦でのクロスハウゼン隊の奮闘は第一等の戦功であるが、それを命じたのは父ということになり、師団の面目が立ったのである。

 良く分からないが気遣ってくれたのかもしれない。

 レトコウ伯爵軍の動きが遅かった件についても、不問になった。

 元々、レトコウ伯爵軍が流行り病の影響で良く動けないのは分かっていたことであり、それを承知で攻勢に出たのであるから、問い詰めるのは困難なのだ。

 代わりにと言ってはなんだが、伯爵他の諸侯からベーグム師団の戦い方や損害の多さに言及する発言も無かった。

 互いに、臭い物には蓋である。

 この辺りは事前に幕僚と打ち合わせていたのだが、予想以上にうまく行ったと思う。

 最後に、褒章についても皆からの要求は少なかった。

 師団から出されたのは、勲章と感謝状だけである。

 褒美の金も、下賜される物品も無い。

 普通は何か副賞をつけるらしいが、諸侯も師団内部の者も文句は言わなかった。

 皆、師団が何か出せる状況でないことが分かっているのだろう。


 一方で、各部隊が獲得した捕虜は、個別に敵と交渉することになった。

 本来ならば、全ての捕虜はこの場のまとめ役である師団が一括して管理し、敵と交渉して身代金を得るのだが、今回に関しては師団自身が確保した捕虜が極めて少なく、逆に敵の捕虜になった者は師団が最も多い。

 実は、師団の一部からは、捕虜を一括管理して敵との交渉を有利に進めるべきだという意見があった。

 有体に言えば、他の部隊が確保した敵捕虜と、敵の捕虜となった師団兵士の身代金を相殺しようという話である。

 そうでもしないと身代金で師団は大幅な赤字になる。

 これは、強行できないことは無いのだが、この状況で行えば政治的にとんでもないことになりそうだった。

 参陣した中小諸侯はバフラヴィー殿の指揮下で戦い、敵陣地を占領してそれなりの捕虜と略奪品を得ていた。

 彼らは、ベーグム師団管轄地域内の諸侯だ。

 無理に戦果を取り上げれば今後の協力に支障を来すだろう。

 これに付いては、バフラヴィー殿がクロスハウゼン家で受け取った敵の身代金の半分を師団に自発的に提供するということで決着を見た。

 中小諸侯の懐には手を出さない事にしたわけである。

 師団の財務はそれでもブツブツと言っていたが、父が頷いたので、これで決着した。

 一時的な経済的利益で領域内諸侯との関係をこれ以上悪化させるわけには行かない。




 師団での論功行賞が終わったと思ったら、その翌日から直ぐに龍神教との和平交渉が始まった。

 師団の代表はまたしても私と第二歩兵連隊長である。

 後に聞いたところでは、ベーグム家は和平交渉自体に不満で、あえて龍神教を怒らせて再戦に持ち込むため、わざと格下の我らを代表にしたのだと噂されていたらしい。

 諸侯には父や兄の状況は秘匿していたから、そのような話になったのだろう。

 現実には、単に父も兄も出席できなかっただけなのだが。


 和平交渉だが、こちらからは私達の他にレトコウ伯爵一行とクロスハウゼン家の代表が出席していた。

 正確にはこの戦いはレトコウ領域内の地域紛争だから、交渉の主体はレトコウ伯爵になる。

 ベーグムもクロスハウゼンもその付き添い、見届けである。

 龍神教の代表は教主と名乗る男性で、宗教のトップとは思えぬ外見をしていた。

 身長は私の父や兄と同等か少し高い程度で、体重は大幅に上回っている。

 聞けば父や兄と同様の身体魔法の使い手らしい。

 彼の従者や護衛にも似た体格の者が多い。

 ベーグム家に匹敵する筋肉集団である。

 思い返せば、私が戦場で相対していた敵は魔導大隊が主だった。

 個人的には戦場で会わなくて良かったと思う。

 更に驚いたのは、その筋肉集団がクロスハウゼン家の者に次々と挨拶していることだ。

 バフラヴィー殿は、流石はクロスハウゼンの次期当主という感じで賞賛されている。

 カンナギ上級坊尉とトゥルーミシュ嬢も握手攻めにあっていた。

 砦での戦いが高く評価されているらしい。

 バフラヴィー殿だけでなく、カンナギ上級坊尉まで接待の申し込みが殺到していた。


 ちなみに、私と第二歩兵連隊長は、無視とまではいかないが、文字通り挨拶だけという扱いだ。

 ろくに戦っていないのだから仕方が無いが、カンナギ上級坊尉が、異教徒とはいえ若い娘を紹介されているのを見るとうらやましくて仕方が無い。

 トゥルーミシュ嬢と二人仲良く話しているのを見るのもつらい。

 周囲からはカンナギ上級坊尉がトゥルーミシュ嬢の婿になりガイラン家を継ぐという噂が聞こえてくる。

 兄に聞かせたら、発狂するだろう。

 私も羨ましくて仕方がない。




 和平交渉自体は、あっさりと終わった。

 事前の予想では十日はかかるだろうとのことであったが、二日で終わった。

 条件は予想以上にこちらに有利だ。

 焦点だった白龍川分岐点の管理権もレトコウ伯爵に渡された。

 拍子抜けだが、龍神教側もそれなりの打撃を受けていたのかも知れない。

 勿論、多少の裏が有るのだとは思うが、表面的にはこちらの要望がほぼ通った形であり、条文を見た父も満足していた。

 ただし、師団の財務が密かに期待していた賠償金は全く無かった。

 当初の予定では、白龍川分岐点の管理権が譲られることは無いだろうから、その代わりに賠償金という話であり、実は、師団としてはその方が望ましいという意見であったが、こうなっては文句も付け辛い。

 経済的な実入りは無いが、土地の獲得が大きいのでカゲシンへの報告では『勝利』と言い切ることが可能になるからだ。

 総合的に見れば師団としても悪い話ではないのだろう。




 さて、和平交渉が終わり、これでカゲシンに戻れる、・・・筈だったのだが、その前に一つ問題が残っていた。

 第二魔導大隊長が兄の『服従の首輪』を外すことが出来なかったのである。

 このため、極めて屈辱的な話になるが、バフラヴィー殿に解除を申し出る羽目に陥った。

 師団としては、何とかそれだけは避けたい、特に兄自身がそう主張して粘っていたのだが、首輪が徐々に絞まり、これ以上は危険という状況になっては如何ともし難かった。

 兄は冗談ではなく憤死しそうな状況だった。

 私としてはもっと早く素直にお願いしておくべきだったと思う。

 やってきたバフラヴィー殿は余計な話もせずに淡々とあっさりと首輪を焼き切った。

 極めて高温でありながら超小型のファイアーボールを長時間爆発もさせずに維持し続ける技量は同じ投射系魔導士から見て驚異的だった。

 こんな技量を持つ魔導士は帝国でも数人しかいないだろう。

 バフラヴィー殿は若いながら昨年、国家守護魔導士として認定されている。

 師団の第二魔導大隊長はその二階級下の上級魔導士でしかない。

 兄も上級魔導士で、私自身はまだ上級魔導士の資格すら取っていない。

 師団最高は父の守護魔導士で、しかも身体魔法の方になる。

 今更ながら、クロスハウゼン家との格差を思い知らされた。




 兄と我々は丁寧に礼を言い、少なくない謝礼を支払う。

 見送りは私が務めた。

 バフラヴィー殿は、兄のテントを出た時点で謝礼金の半額を『父への見舞』と称して渡してきた。

 師団が金欠だったので私は素直に受け取ったのだが、テントに戻ろうとしたら中から兄の怒声が響いていたので回れ右して、父の下に向かった。

 父のテントに入ると、丁度、側夫人たちが、口と手で奉仕している所だった。

 三人の側夫人は何れも十五歳に満たない美少女だ。

 私の報告を父は悲し気な顔で聞いていた。

 聞けば、男性の大事な所もほとんど感覚が無いらしい。

 側夫人たちが懸命に奉仕しているが、父の下半身は全く反応していない。

 父は私が差し出した『見舞金』をそのまま私によこした。


「この金で女を買うが良い。

 奴隷ではなく、下級貴族の娘で出来るだけ魔力が高い娘を側夫人として貰い受けるのだ」


 突然の話に私は驚いた。

 父は私に結婚を許すというのだ。

 それも、何故か側夫人から。


「今回の戦いで多くの一族を失った。

 早急に一族を増やす必要が有るが、もはや、私に新たな子は望めぬ」


 父は、私の第一正夫人候補であった第一歩兵連隊長の娘は兄の第二正夫人にすると言った。

 こうなっては、兄が第二正夫人について選り好みしている暇はないと。

 私の第一正夫人も可能な限り速やかに探すが、それなりに時間がかかるだろうから、先に側夫人を娶って、子を作れという事であった。

 経済的にも成り立つように、正式な分家として一家を立てさせてくれるらしい。

 突然の環境変化に私はうれしさよりも戸惑いが勝った。

 万が一のためにと引き取られた庶子が優遇される、それだけ今回の我が家の損害が大きいということなのだろう。

 父は、他家に養子として出した他の庶子についても認知して引き取ることを考えているようだった。




 父の前から下がり、歩きながら考えた。

 今回の戦いは我が家にとっては不幸だが、私にとってはそうでもないのかも知れない。

 第一歩兵連隊長の娘で私の結婚相手に内定していた女子は、魔力もそこそこ、容姿もそこそこといった感じだ。

 正直に言えば好みでも何でもなかった。

 兄の第二正夫人になるのであれば、それはそれで全然構わない。

 正直、解放されたとすら思えてしまう。

 うまくすれば自分好みの女性を第一正夫人として迎えられるかもしれない。

 トゥルーミシュ嬢のような美人を、・・・流石に高望みに過ぎるか。

 他から探す、・・・そんな美人がそうそういる筈もない。

 いや、そう言えばトゥルーミシュ嬢には妹がいたはずだ。

 トゥルーミシュ嬢よりもさらに年下だから兄の第二正夫人としては不適格だが、私とならばどうだろう?

 トゥルーミシュ嬢はクロスハウゼン家の分家のガイラン家の女性跡取りだが、妹は一段下の扱いになる。

 私はベーグム家の分家の総領となる。

 トゥルーミシュ嬢はともかく、その妹であれば私との格差は無い。

 トゥルーミシュ嬢の妹は確か、学問所の中等部にいた筈だ。

 カゲシンに帰ったらまずは会いに行ってみよう。


 その夜、私は『やや小柄なトゥルーミシュ嬢』に『服従の首輪』を付けられ踏みつけられる自分を妄想し、一人で何度も達してしまったのであった。

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