02-30S エピローグ

 ━━━覇者として、しばしば対比されるKFCとKKだが、その名称は極めて対照的である。すなわち、その生涯にわたり改名を繰り返し、十数個の『名』を用いたKFC、KFCはこの人物の最晩年の署名である、に対し、KKこと、カンナギ・キョウスケはその生涯の最初から最後まで名を変えなかった。━━中略━━古代の戦記物、歴史小説では、マリセア・ネディーアールが『カンナギ』の名字を与えたとされ、しばしば名場面となっているが、これは誤りである。━━中略━━カンナギ・キョウスケは自己の名について、『キョウスケの名は父に付けられたもの、カンナギの名字は父から受け継いだもの』と明確に書き残している。それによると、少なくともKKの三代前からカンナギの名字が用いられていたとのことであり、同時に、その時から平民であったとしている。━━中略━━この記録について大半の史家が真実であろうと推測している。━━中略━━激動の時代に立身出世を遂げた者は少なくないが、その多くは、著名人を祖先とする貴族階級の出身と『偽って』いる。KKの『名字はあったが平民だった』は、仮に粉飾であるとするならば、中途半端としか言いようがない。━━中略━━当時、経済的に裕福な平民が名字を名乗ることは、稀ではあるが、そう珍しくもないことであった。KKはカゲシン修業時代にも経済的に裕福であったことが知られる。裕福な名字を持った父親がいた可能性は高いだろう。━━

                     『ゴルダナ帝国衰亡記』より抜粋




 カゲシン貴族ヒンダル僧都家では、時期外れの引っ越しが行われていた。

 貴族家の当主交代が行われるのは慣例では七月から八月である。

 年末年始の行事多忙の折に行われる事ではない。

 その喧騒に包まれたヒンダル家の一室で前当主の娘ヒビムバリカは途方に暮れていた。

 ヒンダル家の新たな当主となった義兄から、家を出て自立するよう宣告されたのである。

 新当主である義兄は算用所の所属だが、収入は多くはない。

 行き遅れの娘を遊ばせておくゆとりはないと。

 ヒビムバリカは施薬院銀色徽章を保有している。

 であるから、少なくとも自分の食い扶持ぐらいは稼げるはずだ。

 義兄夫婦はそう断言した。

 一年ほどの猶予は与えられたが、居室は邸宅隅の小さな一室に移された。

 姉は側室の生まれで、ヒビムバリカは第一正夫人の娘だ。

 本来であれば義兄はヒンダル家督相続と同時にヒビムバリカを自分の第一正夫人として迎えるべきだろう。

 だが、義兄はそんなことは一言も言わない。

 あの優しかった父親も、何故かすっかり意気消沈していて頼りにはならない。

 施薬院徽章で医者をやれと言われても、彼女はもう二年以上外出していない。

 医者としての道具も当座の資金も無い。

 あるのは膨大な脂肪ぐらい。

 医者としての活動など、どうやって始めたらよいのか?

 その前に、他人と話すことすらできるのか、戸外で歩くことができるのか?

 この一年ほどは一日の大半をベッドの上で過ごしていたのだ。

 どうしたらよい?


 途方に暮れていたヒビムバリカに一つの小包が届けられた。

 差出人は『カンナギ・キョウスケ』。

 知らない名前だ。

 彼女はそれが先日、見合いした相手なのだとは気づかなかった。

 そもそも、彼女は見合い相手の名前を聞いていない。

 聞く気も無かったが。

 包みの中には、少なくない金貨と手紙。

 手紙は、今回の騒動でヒビムバリカに色々と迷惑がかかっただろうと詫びていた。

 その上で、彼女に健康を取り戻して社会復帰するようにと諭していた。

 手紙には、彼女のためのダイエット方法も記載されている。

 同封した資金で当座の生活費を賄い、健康を取り戻すように、そう手紙には書かれていた。

 どこの誰かは知らないが、ヒビムバリカは深く感謝した。

 そして、決意した。

 ダイエットして自立し、裕福な男性を掴まえるのだ!

 そのために、心を入れ替えて、この手紙を参考に本気で努力しよう、・・・明日から。

 ヒビムバリカがそのまま無為に時を過ごし、姉夫婦の激怒を誘発させるのは、しばらく先の事になる。




 年末年始、行事どころでなかったのは、カゲシンの名門アーガー家も同様だった。

 家政の中心である執事が失踪したのが特に痛く、事が全く進まない。

 執事と同日に行方不明になった嫡男シャーフダグは、馴染みの風俗店で発見されたが、そこでの生活にすっかり順応していた。

『夜の社交』、特に特殊な薬剤を使用しての熟年女性相手の社交に目覚め、そして絶大な自信を得ていたのである。


「これからは夜の社交でアーガー家を復興させ、ピールハンマドを出し抜く」


 そう宣言した嫡男に流石のサイウッディーンも溜息を禁じ得なかった。

 それでも、父親としてシャーフダグは見捨てられない。

 サイウッディーンは、シャーフダグの赦免の為、新年早々、各所に挨拶回りを始める事となる。




 カゲシン三師団の筆頭、クロスハウゼン家では、新年の挨拶と各種報告が行われていた。

 話題の一つは昨年採用したスッパイ改めカンナギ・キョウスケだ。


「では、漸く正式に女と婚約したのだな」


「はい、漸く、としか言いようがありませんが、とりあえず形にはなりました」


 兄、クロスハウゼン・カラカーニーに確認され、クロイトノット・ナイキアスールは疲れた顔で頷いた。

 昨年の後半から彼女の仕事は激増していた。

 第一はカラカーニーの孫であるネディーアール内公女が成人したことだろう。

 才能に溢れているが、基本我儘で天邪鬼。

 常識が無いわけではないのだが、人の裏をかくことが大好きだから、普通の娘の十倍以上の手間がかかる。

 彼女の世話と監督だけで、ナイキアスールの時間は大幅に削られていた。

 更に、そのネディーアールのお気に入りとなった若者、キョウスケ。

 こちらも、才能に溢れているが、同様に、いや、それ以上に問題が多い。

 話してみれば人は良く、良心もあるのだが、決定的に常識に欠ける。

 しかも、その変てこな自分の『常識』に固執する。

 従者を世話するという、ただそれだけの事に何故、これ程難儀せねばならなかったのか。

 ナイキアスールは未だに理解できない。

 紹介した女性が全員、キョウスケに拒否された後、彼女は作戦を変えた。

 伝手を頼り、様々な方面からキョウスケに女性を世話するように仕向けたのだ。

 であるから、施薬院のシャイフ主席医療魔導士が自分の姪を娶らせたと言ってきたときには随分と安心したものである。

 ただ、相手の女性は十四歳と若い。

 成人したての男性が最初に選ぶのは普通年上の女性である。

 だが、十四歳でも成人させたとの話だから、一応の形にはなるだろう。


「施薬院、シャイフ家の係累か。悪くはないが第一正夫人は当家から、ではないのか?」


 カラカーニーはキョウスケの遠征実習での活躍を聞き、強く興味を示している。


「ネディーアール様が名字を与えましたし、あの者もクロスハウゼンの寄り子に入っていることは自覚しているでしょう」


 普通なら当然そうだ。

 そう、言いながらも実はナイキアスールに自信はない。

 キョウスケの常識の無さは驚異的なのだ。


「ただ、キョウスケの第一正夫人選定は少々時間がかかるかと、思います。

 その、キョウスケの性癖は少々特殊で、しかも、その、皆に知れ渡っています」


「そう言えば、『男一人愛』らしいな」


 カラカーニーが苦い顔になる。


「確かに、そのような男に嫁ぎたがる女は少ないであろうな」


「最近、それに加えて幼女趣味もあることが判明しています」


 ナイキアスールの横にいた末娘アシックネールがサラっと爆弾発言をする。


「キョウスケは、二人の女と婚約したのですが、最初の子は十一歳、二人目も十四歳なのです。

 彼、年上はダメみたいですね」


「十一歳、幼女趣味まであるのか」

「どこぞの政略結婚でもあるまいし、・・・」

「とことん、歪んでいますな」


 アシックネールの言葉に周囲が微妙な表情になっていく。

 ナイキアスールは頭痛にこめかみを押えた。


「まあ、遠征実習では指揮能力も認められたようですから、変態でも有望には変わり有りません。

 あとは、実戦で使えるか、ですかね?」


「・・・そうだな、春にはレトコウに向かうことになろう。

 それにつれて行く事にはするが、・・・」


 アシックネールの言葉にカラカーニーが戸惑いがちに答える。


「レトコウでそこそこ使えると分かれば、第一正夫人の成り手もいるでしょう」


「その成り手の可能性を、其方がたった今、ぶち壊したでは有りませんか!」


「えー、そうですかー?」


 母親の苦言に末娘があっけらかんと答える。


「誰も、いないんですかねー。キョウスケは前途有望ですよー、ちょっと変態なだけで」


 アシックネールは誰も反応しないのを確かめてからサラっと付け加えた。


「まあ、誰もいないんでしたら、仕方が無いから私が行ってもいいですよー。

 彼、色々と仕込みがいがありそうですし。

 何より、面白そうですし」


 全て、計算ずく。

 そう言えば、こういう子だった。

 ナイキアスールは強烈な頭痛を懸命にこらえていた。




 施薬院ではシャイフ・ソユルガトミシュ主席医療魔導士が新たな『高級医薬品取り扱い規約』の作製に勤しんでいた。

 今回の一連の騒動はソユルガトミシュにとって、理想的な結果となった。

 スッパイ・キョウスケだけでなく、ネディーアール殿下以下のクロスハウゼン系高位魔導士を施薬院に、シャイフ教室に迎え入れることができたのは素晴らしい成果である。

 ネディーアール殿下は能力が極めて高い。

 彼女が本格的に医学に取り組んでくれれば、将来は施薬院の象徴となるだろう。

 アーガー家のぼんくらに頼る必要は無くなるし、ヌーシュ教室の横暴も阻止できる。

 高級医薬品を一旦全て施薬院で買い取り、施薬院の処方箋で処方するというキョウスケの提案も良い。

 トクタミッシュのような能力の低い医師でも高級医薬品を処方できるようになる。

 そして、処方権限を与えるのは、キョウスケを抱えるシャイフ教室だ。

 高級医薬品をダウラト商会が管理するのも良い。

 ダウラト商会はこれまで施薬院と関わりが無かった商会、つまり、他の教室とは繋がりが無い。

 建前上は施薬院の管理下だが、事実上はシャイフの管理下だ。

 キョウスケには姪のモローク・タージョッを娶せている。

 シャイフは自分の孫を与えようかと真剣に考えていたが、孫娘本人が慎重だった。

 姪のタージョッは良い所だ。

 何よりタージョッ自身が了承したのは大きい。

 もし、キョウスケの能力が極めて高いようであれば、後から孫を押し込んでも良いだろう。

 上機嫌のソユルガトミシュは傍らで業務を補佐している息子のトクタミッシュが微妙に不機嫌な事に気付いていなかった。




 カゲシトのフロンクハイト屋敷は当惑と焦燥に満ちていた。

 もう直ぐ、フロンクハイト本国から『留学生』がやって来る。

 そして、帝国に対する一大作戦が開始される。

 フロンクハイトにとって少なくともこの二〇〇年は絶えていた対外積極策である。

 その矢先、フロンクハイト屋敷に隣接する空き家に入居者が有ったのだ。

 調べてみるとセンフルールと交友関係のある人族と判明した。

 これだけでも大問題だ!

 だが、そこから先がさっぱり分からない。

 見た目は普通。

 自護院と施薬院に所属していることが分かったが、魔力量はわずか。

 人族ならばともかく、フロンクハイトの基準では魔法使いとは言えないレベルだ。

 変態性癖を持つとの噂もあるが、自護院、施薬院で優秀との評判もある。

 平民との噂だが、経済力はそこらの貴族を上回るらしい。

 出身地も不明。

 人種も、見た目からは、西方系と思われるが詳しくは不明。

 何とも得体が知れない。

 カゲシン雑務房に手をまわし、何とか追い出そうと試みたが、何と、屋敷は購入されていた。

 これでは、そう簡単には退去しないだろう。

『始末』してはどうかとの意見も出たが、流石にこれは採用されなかった。

 センフルールとフロンクハイトの間に居住するセンフルールと懇意にしている人族が殺害されたら、フロンクハイトが疑われる可能性が高い。

 大事の前に、トラブルを起こすのは避けるべきだろう。

 それに、入居して数日たっても、特にフロンクハイトに工作してくる気配はない。

 実害はない、のだろうか?

 現在のフロンクハイト屋敷には上位貴族はいない。

 取り敢えず、対応を急ぐ必要は無いだろう。

 彼らは『留学生』が到着するまで、この問題を保留することに決した。




 エディゲ・ムバーリズッディーンは報告を上機嫌で聞いていた。

 施薬院にはネディーアール内公女が正式に所属することとなった。

 アーガー・シャーフダグが施薬院主席となり、その功績を主張することはもはや不可能だろう。

 そのシャーフダグは逆切れして、スッパイ・キョウスケを襲ったが、逆襲されて逃亡。

 なじみの風俗店に逃げ込んだ。

 シャーフダグはそのまま潜伏するつもりだったようだが、そこを公の者に『発見』されてしまった。

 勿論、ムバーリズッディーンが手を回したのだが。

 いかがわしい店への出入りが公にされたシャーフダグは、貴族学生にあるまじき行為として、施薬院も学問所も放校となる。

 これで、ピールハンマドのアーガー本家相続に障害はなくなった。

 ムバーリズッディーンとしては笑いが止まらない。


「それにしても、そのスッパイと言う男、シャーフダグの手下の兵士を一人で叩きのめしたのは本当か?」


「詳細は不明ですが、まず間違いないかと。

 クロスハウゼン家が後見するだけの能力、戦闘力はあるようです。

 当初、従魔導士程度と報告されていましたが、自護院遠征実習での実績など状況証拠から、恐らく、見た目の数倍の魔力があると思われます」


「魔力量を隠蔽している、ということか?」


「常習的に魔力を隠蔽している可能性があります。

 かなり特異な人材と思われます。

 あと、もう一つ、特異的なことが分かりました。

 今回、スッパイは、・・・いえ、ネディーアール内公女より『カンナギ』の名字を貰ったとのことで、『カンナギ・キョウスケ』ですが、二人の女性を迎え入れています。

 一人は施薬院から斡旋された者ですが、もう一人は商家の娘でカンナギが自ら選んだとのことです」


 今一つ、意味が分からない。

 ムバーリズッディーンは報告の続きを促す。


「その、カンナギが自ら選んだ女ですが、十一歳、とのことです」


 ムバーリズッディーンは目を見張り硬直した。

 三本しかない左手の指で、失われた左目の痕を撫でる。


「スッパイ、・・・いや、カンナギ・キョウスケについてもう少し調べておけ。

 父上に報告する」


 担当官は一礼して退出した。




 ━━━KKが最初に史書に名を表すのは帝国歴一〇七九年初頭のことである。カゲシン記録所の一月三日付の記録にカンナギ・キョウスケの名が認められる。━━中略━━この記録は古来、物議を醸してきた。この記録は『婚約記録』であり、KKの相手として記載されているのは『モローク・タージョッ』なのである。勿論、これ以降、この二人が正式な婚姻に至った記録はない。故に、誤記、同名の別人、あるいは何らかの間違い、などの説が古来より唱えられている。━━中略━━極度の淫蕩で『触れた女は全て妊娠させた』と言われたKKと、後に『賢母』と称えられ貞淑の代名詞とまで謡われたモローク・タージョッが、一時的にでも婚約していた可能性があるとは常識的には考え難い。だが、『カンナギ』という名字はKK以外には見当たらない。そして、『キョウスケ』、『タージョッ』の名もこの当時は極めて稀であった。また、記載は役所に提出された婚約を記録した書類であり、前後には同様な婚約記録だけが並ぶ。━━中略━━一方において、この二人に接点があったのは事実である。二人は当時、カゲシン医学界を代表していたシャイフ・ソユルガトミシュに師事しており、後にそれぞれシャイフ傘下の俊英として知られることとなる。故に、二人が既知の間柄であった可能性は高い。━━中略━━この二人が、本当に一時的にでも婚約者の間柄であったのかどうか、史家の見解は一致していない。恐らく、新たな資料が発掘されない限り、結論が出ることは無いであろう。━━━

                     『ゴルダナ帝国衰亡記』より抜粋

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