01-26S エピローグ

 セリガー社会主義共和国連邦。

 現状、最も巨大な月の民国家にして、カナン大陸第二の勢力とされる。

 その仮初の首都、セリガーシティーにおいて『縮小評議会』が開催されていた。


 セリガーの国政上、最も重要とされるのは、『国会』である。

 これには、序列一〇〇〇番まで、つまり上位一〇〇〇人の『市民』が出席を認められる。

『国会』で審議される法の原案を作成するのが『評議会』。

 これには、序列一〇〇位までが出席を許される。

 そして、『縮小評議会』。

 これは序列十位までの最上位『市民』が事前に懇親を行うための物とされる。

 だが、勿論、実態は異なる。

 国政の事案のほぼ全ては『縮小評議会』で決定される。

『評議会』は『縮小評議会』の結論の詳細を詰める場であり、『国会』は拍手でそれに賛成する場に過ぎない。


 セリガーシティーの中心部、『パレスフォート』と通称される国家評議会議事堂、それを構成する建物のうち最も古く、最も頑丈で、最も格式が高い、『グラン・ポリへドルーン』において、『縮小評議会』は開催される。

 主席者は締めて二十三名。

 十人の正式メンバー、序列第一位は従者五名を引き連れ、彼らが書記を兼ねる。

 序列第二位から第九位はそれぞれ従者一名を認められる。

 序列第十位は従者を認められず、自ら発言することも許されない。

 上位メンバーからの問いがあった場合にのみ発言を許される、『見習い』だ。


 今回、急遽開催された縮小評議会は当初から不穏な空気に包まれていた。

 評議会は『報告者』が取りまとめた報告から始まる。

 序列第四位がその任に当たるのが通例であり、故に序列第四位は『報告者』と通称される。

『報告』が終わると、しばしの沈黙が訪れた。


「全くもって酷い内容だな、同志第七市民」


 沈黙を破ったのは序列第六位。

 対スラウフ族を統括する男である。

 ちなみに、セリガー序列第一位から第十位まで、全員が男性であり、従者は全員が女性である。


「わざわざ、召集されて、これか。

『黒い皇帝の印』は、目の前で爆散。

 センフルールの黒髪姫も確保に失敗した。

 つまり成果はゼロではないか」


「同志第六市民に同意する。

 しかも同志第七市民は戦闘で敗北し、従者を『処理』する程の傷を受けたというではないか。

 任務失敗と評価せざるを得ない。

 偉大なるセリガー社会主義共和国連邦の第七市民が自ら足を運んでの成果としては、不十分どころではないと考える」


 永遠の霊廟での戦闘の後、撤退したバイラルは、回復の為、従者の女たちを『喰って』いた。

 その中には、副使として帝国との折衝にも出ていたミアマリトまでも含まれていたのである。

 第三市民の言葉にバイラルは反論しなかった。

 バイラルにとっても、女たちの『処理』は忸怩たるものがある。

 ちなみに、女を喰ったことではない。

 従者の女はやがて『喰う』ものだ。

 その為に育てている。

 だが、充分に育つ前に、体の損傷を回復する為だけに、女を喰うことになったのは大損害だ。


「ここは、敬愛する同志第七市民から、直接の弁明をお聞きしたいところです」


「それは確かにそうだが、自分としては、報告にあった、茶色の髪の男が気にかかる」


 第八市民の皮肉気な発言に被せたのは、第五市民だった。


「センフルール勢との戦いで同志第七市民が後れを取った最大の要因がこの男だと思われるが。

 第七市民の『威圧』を無視したとあるが、一体、何者だ?」


「同志第五市民の疑問については、先に自分が確かめた。

 結論から言えば、同志第七市民自身も良く分からんそうだ。

 情報が不足している」


 バイラルに代わって第四市民『報告者』が答える。


「興味深い男であることは間違いない。調査は必要であろう」


「敬愛すべき同志第四市民の言葉に異を唱えるわけでは有りませんが、そこまで必要でありましょうか?

 何らかの闖入者が有り、敬愛すべき同志第七市民がそれに気を取られたのはあるでしょう。

 ですが、結局、その男は何もしていない。

 そして、最後は敬愛すべき同志第七市民の打撃で吹き飛んでいる。

 確認は取れていないとのことですが、恐らく死んでいるでしょう」


 第九市民もバイラルに厳しい。


「確かに、同志第七市民が威圧と魔法を失敗しただけとも見えるな」


 第二市民が独り言ちる。


「だが、『無限監獄』の屋根の上、それも高位の魔導士が闘っている場に闖入してくる男は普通ではあるまい」


「敬愛すべき同志第二市民に同意いたします。

 その者について、正確には男とすら確定していない。

 死んでいる可能性が高いとしても、何者だったのか、調査はしておくべきでしょう」


 第五市民が話を進める。


「フロンクハイトの今後の出方も要注意でしょう。

 どうやら、我らは帝国に、あの異様な宗教都市カゲシンに『謝罪使』を送らねばならない。

 屈辱では有りますが、特に失うものは無い。

 むしろ、カゲシン市内に上位市民を送り込む好機とも言えます。

 ですが、同様の立場にある、あの不必要にプライドの高いフロンクハイトの老人たちがどう考え、何を為すのか、注視が必要と愚考いたします」


「同志第五市民、それは今から議論すべきことであろうか。

 フロンクハイトの対応を待つしか仕方があるまい」


「報告者として資料をまとめた立場から発言させてもらうが」


 第三市民の否定に第四市民が被せるように発言する。

 下位の者が上位者の発言を遮るのはあってはならないこと。

 だが、第三市民は一瞬不快な表情を見せただけで、文句は言わなかった。

 セリガーの上位者は、基本的に五〇〇歳以上である。

 特に、序列、第一位、第二位、第四位の三人は二〇〇〇歳以上と噂される。

 第三市民アレクセイは九〇〇と少しに過ぎない。

 それでも、セリガー上位者の中で四番目の高齢者ではあるが、三人とは大きな差がある。

 そのアレクセイが第三市民の地位にあるのは、現在の第四市民ラヴレンチーが、アレクセイの能力を認め、その地位を譲ったからだ。

 アレクセイはラヴレンチーの機嫌を損ねることはしたくなかった。


「フロンクハイトは、我らよりも大きく『預言者』に依存している。

『預言者』を呼び寄せるとされる『預言者の印』が完全に失われたと、彼らが結論した場合、大きな政策転換が行われる可能性が高い」


 第四市民の言葉に議場が鎮まる。

 ややあって、言葉を発したのはまたも第六市民だった。


「敬愛すべき同志第四市民、具体的には、どのような動きがあると考えられますか?」


「さあ、具体的にどのような事をするかは分からぬ。

 当面は、『預言者の印』が失われた事実を認めず、狼狽するだけの可能性が高い。

 我ら、あるいは、センフルールが物を確保したと思い込んで行動する可能性もある。

 だが、数年もすれば、あの偏屈集団もそれを認めざるを得なくなるだろう。

 そうなれば、破れかぶれで、何をしてくるか。

 当面は、敬愛すべき同志第三市民が指摘していた通り、彼らの対応を待つしかない。

 取りあえず自分の管轄で、監視は強化する」


 第四市民は淡々と語る。

 セリガー上位一桁、メンバーは皆、高齢だが見た目は若い。

 最高齢とされる第一市民も見た目は30台後半というところだ。

 だが、この第四市民だけは違う。

 顔も体も、しわが多く、頭は完全に禿げあがっている。

 その頭は妙にひょろ長い帽子で覆われ、これは、室内でも取られない。

 通常、会議時の帽子着用は禁止だが、第一市民より特例が与えられているのだ。

 話し方も独特で、余人と目を合わせず、唇もほとんど動かさない。

 バイラルは読唇術を習得しているが、未だかつてこのラヴレンチーの読唇に成功したことは無い。


「繰り返すが、フロンクハイトの政策変更は、ここ数百年なかったレベルになるだろう。

 そして、もう、一つ。

 フロンクハイトから我らに提携の使者が来る可能性が高い。

 恐らくは三年以内。

 対応を考慮しておく必要がある」


 第四市民の発言は議場に緊迫をもたらした。

 セリガーとフロンクハイトは、ここ七〇〇年ほど、正式な国交は無い。

 完全に敵対してはいないが、準敵対関係と言って良いだろう。

 そこに、使者が来る、それも、フロンクハイト側からだという。

 他の者であれば一笑に付す内容だが、発言したのはセリガーの諜報部門を統括する第四市民である。

 誰も、何も発言しない。

 月の民、特に高齢の月の民の多くは前例主義だ。

 七〇〇年も行われなかった事案に対処する能力は乏しい。

 一人を除いて、だが。

 その、一人、バイラルも敢えて発言はしなかった。


 ややあって、第六市民が発言した。


「確かに、フロンクハイトとの折衝は重要問題ですが、今ここで、直ぐに結論が出るとは思えません。

 今は、今回の事案についての結論を付けておくべきと考えます。

 同志第七市民の責任についてです」


「自分も敬愛すべき同志第六市民の発言に同意します。

『預言者の印』並びに『センフルールの黒髪姫』の確保に失敗した事は、小さくない問題です。

 敬愛すべき同志第七市民には、いささか経験が足りないのでしょう」


 バイラルは密かに嘆息した。

 第六市民は、バイラルにその地位から蹴落とされるのを恐れている。

 第八市民は、二〇年程前にバイラルにその地位を取って代わられた。

 二人とも彼が憎くてたまらないのだ。

 バイラルは現在、二〇〇歳を少し超えたばかり。

 対して他のメンバーは少なくとも五〇〇歳を超えている。

 だが、とバイラルは思う。

 人生一〇〇を越えれば、経験の差など似たり寄ったり。

 年月よりも内容が大事だろう。

 第六市民はともかく、第八市民ニキータなど、齢七〇〇を超えたと聞くが、ろくに軍隊指揮経験すらないと聞く。

 バイラルは第一市民に目を向けた。

 目が合うと、かすかに頷く。

 第一市民ジュガシヴィリは、此れ見よがしに溜息をつくと、片手を上げた。

 第八市民に続いてバイラルを糾弾していた第九市民の発言が止まる。


「先程、同志第七市民より、今回の事案について、責任を取りたいとの申し出があった。

 本人は、今回の失策について、自らの能力不足、経験不足を痛感している。

 よって、同志第七市民本人より、降格の願いが出された。

 具体的には、一旦、二桁に戻って鍛錬を積みたいとの話だ。」


 驚愕が広まった。

 セリガー序列一桁市民の序列変更。

 一つだけでも、大事件である。

 バイラルの序列は第七位。

 それが、二桁に落ちるとは、つまり、少なくとも三つ序列が変更される事になる。

 少なくとも、この五〇〇年は無かった話だ。


「現在の第八市民を第七市民に、第九市民を第八市民に、第十市民を第九市民に、それぞれ昇格する。

 現在、第七市民である同志バイラルは第十市民とする。異議ある者は?」


 第一市民の言葉は衝撃だった。

 バイラルを糾弾していた、第六市民らも驚愕が隠せない。

 最高にうまく行って、第七と第八の交代、恐らくは、失点一つで次に何かあれば降格、という程度と考えていたのだ。

 それが、第七から第十への三段階降格。

 望外の結果だが、うまく行きすぎて逆に恐ろしい。


「最も尊敬されるべき同志第一市民、同志バイラルが今回、失策を犯したのは明白ですが、自分は同志バイラルに序列一桁の能力がないとは思いません。

 降格は一段階で良いと考えます」


 第六市民が、複雑な表情で上奏する。

 単なる降格ではない。

 序列一桁と二桁では、待遇がまるで違う。

 責任も、権限も、特権も、集積する財も賞賛も、許される傲慢も、まるで異なるのだ。

 それを自ら手放す者などいるはずが無い。

 第六市民の言葉に第九市民、そして第十市民が複雑な視線を送る。

 だが、彼らは何も言わなかった。

 彼らとて昇進は何事にも代えがたい。

 しかし、うますぎる話には裏があるのが当然だ。

 第一市民がバイラルに視線を送る。

 バイラルは立ち上がって、第六市民に頭を下げた。


「敬愛すべき同志第六市民に高く評価して頂き、感謝に堪えません。

 しかしながら、今回の件で自分は、以前より指摘されていた経験の不足を痛感いたしました。

 何れは、序列一桁として国家に奉仕したい所存ですが、今しばらくは、より責任の軽い立場で研鑽を積みたいと考えます。

 敬愛すべき同志第六市民は勿論、敬愛すべき同志第八市民ニキータ、敬愛すべき同志第九市民ジェルジンスキー、並びに敬愛すべき同志第十市民ローゼンフェルドに対しても、遺恨は全くありません。

 今後は敬愛すべき同志の方々を心から支えることをここに誓います」


 バイラルが個人名まで使い、更に現在は下位である者たちに対しても『敬愛すべき』という謙譲表現を使ったことに驚きが広がる。


「特に敬愛すべき同志第十市民ローゼンフェルドには、序列一桁の重責を押し付ける形となります。

 どうしても、ということであれば、自分が第九位を務めたいと考えますが」


「いや、同志バイラルがそこまで言われるのであれば、その任に当たることも吝かではない」


 第十市民ローゼンフェルドが厳粛に、しかし、喜びを隠せない顔で承諾する。

 こうして、事案を提起した第一市民自身が不満気な顔のまま、序列変更は全員一致で決議され、臨時縮小評議会は終了した。

 フロンクハイトに対する方策は、継続審議、各自検討となった。


 縮小評議会終了後、バイラルは素早くパレスフォート内の自室に戻った。

 今日明日中に、この部屋、第七市民用の部屋を明け渡さねばならない。

 移転予定の第十市民の部屋は、広さは半分以下。

 調度品の多くを処分するか、自邸に運ばねばならないだろう。

 既に部屋では女たちが荷造りを開始している。

 それらに指示を出しながら、バイラルは『無限監獄』をそして『あの男』を思い出していた。

 茶色い髪に白い肌の若者。

 瞳の色は思い出せない。


 バイラルが『報告書』に書かなかったことがある。

 隠蔽したわけではない。

 不確かな事跡は報告書に書けないだけの話である。

 第一は、あの男が、無限監獄の玄室で、『魔王の印』を発見した兵士と似ていた事だ。

 同一人物かも知れないが、確証はない。

 バイラルはあの瞬間まで、全ての帝国兵士に意識を向けていなかった。

 ミアマリトが生きていれば、確認できたかもしれないが、彼女は喰ってしまった。

 バイラルの従者で最も多くのマナを持っていたのが彼女であり、彼女を喰わなければバイラル自身の回復が覚束なかったのだから致し方ないのだが、弊害は大きい。

 しかし、仮に、『預言者の印を見つけた兵士』と『屋上で戦いに乱入した男』が同一だとすると、どうやって、屋上まで登って来たのか。

 少なくとも十メートル以上の垂直で手掛かりも無い壁を、道具も無しに短時間でよじ登るのは、常人には不可能だ。

 できるとすれば、バイラルやシノノワールらに準じる能力を持った魔導士となる。

 だが、帝国関係者で注目に値する魔力量を持っていたのは十四歳の内公女とその取り巻き二人だけ。

 いや、あの男も、バイラルは自分でも理解できないがあれは男だと確信していた、ほぼ魔力がなかった。

 帝国の基準で言えば『正魔導士』の半分以下、『従魔導士』になれるかどうか。

 バイラルから見ればゴミくずのような魔力量だ。

 これも報告書に書かなかった事。

 厳密に言えば、報告書には書かず、第四市民の詰問には『よく覚えていない』と返答した。

 バイラル自身が理解できていない。

 本当に魔力が無かったのか?

 あの男は、ほとんど魔力が無かったにもかかわらず、どうやってバイラルの『威圧』を防いだのか、どうやって『地竜』を破壊したのか。

 バイラルの『風鎧』が何時の間にか消え失せたのも、あの男の仕業だろう。

 だが、そんな男が、何故、バイラルのパンチに当たったのか?

 バイラルは身体魔法でも一流だ。

 セリガー序列七位の拳をまともに受けて生きていられる者はいない。

 同じ、セリガーの一桁でも重傷だろう。

 バイラルのパンチで男は吹き飛んだ。

 数メートルは飛ばされたように見えた。

 直後に、センフルールの女たちの攻撃で半死半生になったから、その後は見ていない。

 だが、とバイラルは思う。

 拳の感触が妙だった。

 良くは分からない。

 しかし、殴り殺した数だけでも優に一〇〇を超えるバイラルにとって、あれは初めての感触だった。

 あの男は生きている。

 恐らく、ろくに傷も負っていないだろう。

 セリガーの元第七市民はそう確信していた。


 バイラルが降格を申し入れたのは、勿論、今回の事件が原因である。

 しかし、反省とか、謹慎とか、後悔とか、そんな感情は彼にはない。

 序列第七位は帝国担当なのだ。

 帝国と対峙するということは、また、あの得体のしれない男と対峙するということ。

 何の対策もなく、またあの男と対峙するのは無謀だろう。

 正体不明の怪物の相手は他の者にやってもらう。

 それを見て対策を立てればよい。

 そう、同志ニキータたちには、人身御供になってもらう予定だ。

 それまで、せいぜい頑張ってもらえばよいだろう。

 自分の本当の目的のために、本当の主人のために。

 バイラルはほくそ笑んだ。


 しかし、センフルールの二人は惜しかった。

 二人ともいい女だった。

 カゲシンの内公女も人族としては極上だった。

 流石はクロスハウゼン嫡流だ。

 惜しかったが、スッパリと諦めるしかない。

『魔王の印』も惜しいことをした。

 あの時、もう少し、慎重にしていたら、・・・。


 ふと、思った。


『魔王の印』は『預言者』を呼び寄せるという。

 あの男が『預言者』なのか?

 いや、流石にそれは無い。

 バイラルは自身の魔力探知に自信があった。

 魔力隠蔽と言っても限度がある。

 かの、『黒き皇帝』も魔力隠蔽の達人だったと聞く。

 膨大な魔力を持っていたにもかかわらず、初対面の者には『並よりは少し上』程度の魔導士にしか見えなかったという。

 フロンクハイトもセリガーもそれで彼を誤認し、放置した。

 その結果、勢力を拡大され、最終的に敗北に至っている。

 だが、『黒き皇帝』にしても、魔導士であること自体は隠せなかったのだ。

 だから、あの男が、あの欠片も魔力が無かった男が、『預言者』などということは有り得ない、・・・本当にそうか?


 何時の間にか手を止めて考え込んだ主に従者の女たちが戸惑っていた。




 ━━━帝国歴一〇七八年、帝国最後の安寧の年に記録された事跡は少ない。有名な事案は『帝国霊廟開放』であろう。当時、『永遠の霊廟』あるいは『無限監獄』などと称された第一帝政期の遺跡が七〇〇年の時を経て一般開放された事案である。━━中略━━マリセア・ネディーアールが、その成人直後に派遣された出来事であり、かつては歴史小説の題材として広く取り上げられた。ネディーアールがここに派遣されたことは確認されており、また、当時の長命種主要三派、セリガー、フロンクハイト、そしてセンフルールの代表が集まったことも確実である。その際に長命種国家間で戦闘行為が発生したことも、その後の謝罪使派遣からみて事実であろう。━━中略━━長命種国家の代表が何の目的でここに集ったのか詳細は不明である。そもそも、この『霊廟』の素性が判明していない。帝国歴一〇七八年当時は正式名称『永遠の霊廟』、俗称は『無限監獄』とされ、多くの小説でこの名称が用いられている。しかしながら、この名称が使われ始めたのは、最大限遡っても第三帝政期に過ぎない。正式名称不明、誰が葬られているのかも不明であり、そもそも、葬られた人はいるのか、すら不明である。━━中略━━この施設がKFC関連の施設である可能性は高く、実際、当時、長命種国家ではここにKFCが埋葬されていると信じられていた。しかしながら、実際に開放された施設に遺体は無く、その痕跡すらなかったのである。━━中略━━一部の長命種はここで、新たなる『預言者』の降臨があると期待していたという。勿論、そのような事は無かった。━━中略━━長らく、歴史小説の名場面とされた事件であるが、歴史的意義は過少とされていた。だが、近年研究が進んでいる『セリガー社会主義共和国連邦縮小評議会議事録』では、幾つかの事案を認めることができる。━━中略━━一つは、セリガー国内での小規模政変であり、この事件の失敗により、序列第七位の評議員が第十位に降格されたというものである。もう一つは、この事件から三か月後、フロンクハイトよりセリガーに使者が派遣されたことである。━━中略━━当時、二つの長命種国家間では五〇〇年以上国交が途絶えており、この使者派遣は両国間の関係を大きく変える事となった。帝国は、これを長く察知できず、・・・━━中略━━付け加えておくが、カンナギ・キョウスケがこの事件に関与した証拠はない。多くの歴史小説において、カンナギは、ここでマリセア・ネディーアールを助け、彼女に見いだされ、カゲシンに至ったと。あるいは醜悪なる目的を隠蔽して近づいたカンナギにネディーアールやセンフルールの女性たちが篭絡されたと、される。しかしながら一次資料において、カンナギの名は認められない。帝国関連だけでなくセンフルール関連の資料にもその名は無い。更に、カンナギがカゲシンの士官学校、並びに医学校に入ったのは、その任官時期から逆算して、帝国歴一〇七六年かそれ以前と考えられる。━━中略━━倒錯の天才、孤高の変態、全てにおいて常識のない男など様々に称されたカンナギ・キョウスケがこの時代の最重要人物の一人であることは論を待たないが、彼の正式なデビューはこの事件の翌年まで持ち越しというのが史実で有ろう。━━━

『ゴルダナ帝国衰亡記』より

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