01-18S インタールード 取引
━━━黄金の帝国の歴史は一般に四期に分けられる。KFCが君臨した第一帝政、クテンゲカイ家の皇帝が統治した第二帝政、サンゼン・ナフリヌイが帝都をテルミナスからアナトリスに移転した第三帝政、そして、最後の、奇妙で歪でありながら安定していた第四帝政である。━━中略━━東西カナン大陸を統一した第一帝政以後、第二帝政、第三帝政と移行するにつれ、帝国の領土は縮小の一途をたどった。しかしながら、第四帝政は、その風変わりな政体にもかかわらず一定の領土回復を成し遂げた。第四帝政の領域は第三帝政を大きく凌駕し第二帝政に準じる大きさまで拡大したのである。これは、勿論、女傑、ハキム・ニフナニクスに依るところが大きい。帝国外勢力が当時の帝国を『ニフナニクス朝』と呼んだのも故なしではない。━━中略━━一方、第二帝政初期に、名目上は帝国の一体性と帝位への従属を表明していた物の、帝国から事実上の独立を果たした長命種の三国家、フロンクハイト、セリガー、センフルールは第二帝政を通じて雌伏を続け、第三帝政に至ってその勢力を拡大させた。━━中略━━第四帝政期に至り、帝国と長命種国家の領域は再び接することとなる。勢力拡大を封じられた長命種国家はしかし、第四帝政に対して正面から抗う力を持たなかった。当時の長命種国家、特にフロンクハイトとセリガーでは長命種優越論が主流であり帝国の再勃興、第四帝政は彼らの嫉妬と焦燥を煽る存在であった。━━中略━━緊張が爆発したのが帝国歴一〇七九年より開始される一連の戦乱とも言える。━━中略━━指摘しておくべきは『預言者伝説』の存在である。当時の長命種国家はそれぞれ『預言者』と呼ばれた卓越した長命種魔導士の子孫と自称していた。当時、彼ら長命種国家が、次の預言者が出現することは当然と考え、それを前提としていたことに留意しておく必要がある。彼らにとって、次の預言者が何時、どこに現れるか、そして彼がどの勢力に与同するかは極めて重大な問題であった。━━━
『ゴルダナ帝国衰亡記』より
「何故、話したのです?」
副使シュタール・シェラリールの問いにフロンクハイト正使シュタール・イマムーサはいらだった表情を見せた。
「焦る必要はなかった。あと少し、数日有れば、あの男は落ちた。
あの場は曖昧に答え、時間を稼ぐべきだったのです」
「それは、どうでしょう。
この二か月、我らの『勧誘』は成功しませんでした。
あの場で、はっきりとした返答を行わねば、帝国はセリガーに優先権を与えたのは明白です」
永遠の霊廟に到着して二か月。
フロンクハイトの二人は現地管理官ハーラングラント住持の調略に全力を注いでいた。
イマムーサは経済的な、シェラリールは性的な勧誘を行ったものの、ハーラングラントは全く反応しなかった。
実を言えばイマムーサが示した額はハーラングラントには多すぎた。
それなりに狡猾、用心深い住持には、示された金額は、まともに支払われるはずがない空手形としか映らなかったのである。
イマムーサは既に調略の失敗を悟っている。
何が悪かったのかはわからないが、自分は失敗したのだ。
事前に情報を集めておくべきだった、とイマムーサは思う。
ハーラングラントについての情報は皆無だった。
一方、シェラリールは未だ自分の敗北を認めていなかった。
シェラリールはフロンクハイトでも高位の貴族であり、有数の魔導士、何より美人と評価されていた。
一方、ハーラングラントの魔力量は微々たるものだ。
魔力量が高い者の性的な誘いに下位の者は抗しえない。
それが、フロンクハイトの常識である。
ハーラングラントが自分に靡かないのは、シェラリールにとっては屈辱であり、有り得ない話だった。
月の民として、魔導士として、女として、シェラリールは自分が失敗したとは認められなかったのである。
実を言えば、事実は単純だった。
ハーラングラントは一年前から男性能力を喪失、全く勃たない状態であり、誘いに乗れなかっただけなのである。
月の民の男性が、男性機能を完全に喪失することは極めて稀であり、中年以降の人族がしばしばそのような状態に陥る可能性をシェラリールは認識していなかった。
与えられた控室で二人は無意味で不毛な結論のない諍いを続ける。
と、その時、部屋のドアが開け放たれた。
部屋には遮音結界、空気の振動を停止して音を漏らさない障壁が張られている。
故に二人はノックの音に気付かなかった。
遮音結界は、内部の音を外に漏らさないが、同時に外の音も遮断してしまう。
入ってきたのは、セリガー社会主義共和国連邦代表のバイラルとその補佐であるミアマリトだった。
「悪いが時間がない。勝手に入らせてもらった」
悪いとは微塵も考えていない顔でバイラルが言う。
上官二人が話している部屋に、潜在的敵対者を勝手に入れるなど、部下は何をしているのか。
イマムーサは悪態をつきかけたが、部下たちがこの男を止めることなど不可能と思い、気を取り直す。
「何用ですか?直ぐに、帝国の者が迎えに来る時間ですが?」
「だから、来たんだよ。単刀直入に言おう。取引だ。
魔王の遺物は、そちらに渡す。
代わりに、センフルールの黒髪姫はこちらに渡せ」
「センフルールの身柄を我らがどうこうできるわけがないでしょう!」
話し合いを強制中断されたシェラリールが声を荒げる。
「そちらが、センフルールの姫をさらうから、邪魔をするな、黙認しろ。そのような意味ですか?
そうすれば、『預言者の印』はこちらに渡すと」
バイラルはイマムーサに向き直ると鷹揚に頷いた。
「そんなとこだ。
『魔王の印』とやらは、確かに重要だが、名誉だけだろう。
こちらとしては、実利が欲しいんでな」
「何故、我らに取引を?」
「他にいねーだろ。
センフルールと話をするわけにも行くまい」
「我らにあなた方を信用しろと?」
シェラリールが横から口を出す。
「このままでは、そちらも、こちらも、得るものは何もない。
『魔王の印』とやらはカゲシンの坊主たちの物になる。
わざわざ、こんな所にまで来て、成果なしでは帰れん。
そうじゃねーか?」
イマムーサは迷った。
『預言者の印』をセリガーやセンフルールの手に渡さないだけでも一定の成果だ。
だが、本当にそれだけでよいのか?
それだけで、フロンクハイトに帰って地位を保てるのだろうか?
「条件は?」
「もし、『魔王の印』が見つかったら、そちらは、それを奪って脱出しろ。
こちらは、その間にセンフルールの女たちと、あの帝国のお姫様を確保する」
イマムーサの問いにバイラルは表情を変えずに続ける。
「マリセア内公女にまで手を出すというのですか!」
「それでは、帝国を完全に敵に回します!」
イマムーサだけでなく、シェラリールも声を上げる。
「あの、姫様もいい女だからな。
美人で気が強そうで頭も回る。
何より魔力量が半端ない。
是非とも転化させて俺の女にしたい。」
「カゲシンの内公女をさらうというのですか?
そんなことをすれば、帝国全体を敵に回します!」
「だから、いいんじゃねーか」
セリガーの第七位は全く動じない。
「センフルールだけでなく、カゲシンの内公女をさらえば、帝国の追っ手は、こちらに集中するだろう。
お前たちは、ゆうゆうと逃げられる。違うか?」
イマムーサはシェラリールと顔を見合わせた。
「本気ですか?
成算があるようには思えません」
「本気も本気だ。
女たちを確保したら、ここらにいる帝国兵は皆殺しにする。
まあ、全員やるのは無理だろうが、逃げ延びた奴がどこかに駆け込むには相当な時間がかかる。
その間に、逃げ延びるって寸法だ」
凄惨な計画を当然のように披露するバイラル。
しかし、フロンクハイトの二人は、納得したように頷いた。
高位の月の民にとって、魔力もろくに持たない人族など、塵芥に等しい。
「うまく行けば、センフルールの黒髪姫も、ちっこいブロンドも、内公女も、セリガーに連れて帰る。
途中、うまく行かなかったら、カゲシンの内公女のみ解放する」
イマムーサは感心した。
窮地に陥っても、カゲシン内公女を解放すれば、帝国側が引き下がる可能性は高い。
そして、バイラルたちが帝国の注目を集めてしまえばイマムーサたちの逃走は容易となる。
加えて、ここにいる帝国兵を殺してしまえば、『預言者の印』について知る帝国人はいなくなるのだ。
そうなれば、帝国が彼女たちを追いかける意味もなくなる。
イマムーサが『預言者の印』を自分たちが確保して持ち帰るのを諦めた最大の理由が『逃走』である。
帝国に『黒の預言者の遺物』が認識された時点で、それを秘密裏に持ち帰る確率はほぼ消失した。
確保してもフロンクハイトまで逃げ延びることが出来なければ無意味である。
だが、これであれば、フロンクハイトに『預言者の印』を持ち帰れるだろう。
イマムーサがシェラリールに同意を求める視線を送ると、頷きが返された。
「いいでしょう。それで、こちらは何をすればよいのですか?」
「まずは『魔王の印』が見つからないと話にならん。
見つかったら、それを速やかに確保する。
お前たち二人のどちらかが、確保に動いてくれ。
そして、もう一人は、センフルールのちっこい方を押さえてほしい。
その間に俺は、センフルールの黒髪姫を押さえる」
「帝国側は?」
「まずは、物の確保だ。それが出来てから、帝国兵を襲う」
「『預言者の印』が見つからなかった場合は?」
「その場合は、致し方ない。諦めるしかないだろうな」
バイラルはイマムーサと細かい条件を打ち合わせたのち、部屋を後にした。
「面白い取引ですね」
バイラルが部屋を出たのを確認し、遮音結界を張りなおした所でシェラリールが呟いた。
「ええ、悪くはありません。用心は必要ですが」
「それにしてもセリガーには『預言者の印』の持つ重要性は正しくは伝わっていないようですね」
シェラリールの言葉にイマムーサも同意する。
「恐らくは、単なる『聖人の遺物』という扱いなのでしょう。愚かな事です。」
シェラリールが大げさに笑い、イマムーサも同意するように笑った。
スベンヒュトチャーチを出て以来、二人が同時に笑ったのは初めてだった。
フロンクハイト使者二人が笑い合っている頃、セリガーのバイラルはミアマリトと最後の打ち合わせを行っていた。
「おめでとうございます。
流石は、バイラル様です。
あのように、簡単に言いくるめてしまわれるとは」
「ま、悪くはねーな。
これでフロンクハイトとセンフルールの四人が組んで俺に敵対する事は無くなった。
流石の俺でも四人同時は、ちと面倒だからな」
バイラルは上機嫌で頷く。
帝国側から、永遠の霊廟の玄室に入るのは、各勢力二人までと指定されている。
月の民六人の力関係は、セリガーのバイラルが第一位、センフルールの二人が二位と三位で、フロンクハイトの二人が四位と五位、そしてミアマリトが第六位、そのようにバイラルは判断していた。
バイラル一人でセンフルールの二人、あるいは、フロンクハイトの二人に充分勝てるだろう。
だが、三人となるとかなり苦しい。
四人相手なら、多分、負けるだろう。
つまり、センフルールとフロンクハイトが協調しないことが最も重要だった。
「まず、誰かが『魔王の印』を発見した場合だ。
この場合は、直ぐに、フロンクハイトとセンフルールの戦いになるだろう。
ならないのなら、そうなるように俺が仕向ける。
適当な所で、俺がフロンクハイトの二人を始末するから、お前は『預言者の印』を持って先に退却しろ」
「フロンクハイトの二人は完全に殺すのですか?」
「それは、色々と面倒が大きくなる。
まあ、状況次第だが、現時点では保留だ。
とりあえずは、十日間ぐらいは死んでいてもらう。
さっきの取引内容を完全に忘れるぐらいのダメージを脳に与えるつもりだ」
ミアマリトが了解する。
「次に、誰も『魔王の印』を見つけられなかった場合だが、・・・まあ、大差ない。
適当な所で、俺がセンフルールのちっこいのを指さして『それはなんだ』と叫ぶ。
そしたら、お前も大声で叫べ。
さも、『魔王の印』が見つかったかのように騒ぐんだ。
そうすればフロンクハイトのどちらかが、センフルールに突撃するだろう。
後は同じだ」
バイラルは最初から全てを手に入れるつもりだった。
『魔王の印』も、センフルールの女も、加えてカゲシンの内公女も、全て自分の物にする。
フロンクハイトとの約定を守る気など最初からない。
「さて、『魔王の印』か。どんな、代物か、楽しみだ」
バイラルはセリガー社会主義共和国連邦に伝わっていた情報だけでなく、各方面から情報を集めていた。
それが、序列第七位のバイラルが自らここに来た理由である。
『黒の預言者』が持っていたという聖遺物。
神の御使いが預言者に手渡したという『印』。
『預言者の印』があるところに『預言者』は現れる。
フロンクハイトで『預言者』を研究した者の多数がそのように結論しているという。
それだけでも、大変な代物であることは間違いない。
だが、バイラルが注目したのは、もう一つの少数意見だ。
『印』の所に『預言者』がやってくるのではなく、『印』を手に入れたものが『預言者』になるのだと。
つまり、『預言者の印』とは、力ある月の民を一段階上の存在に覚醒させるアイテムではないか、との説だ。
「待っていろよ。俺は必ずカナンで最も強い男になってやる」
バイラルは一人呟いた。
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