高嶺さんは偽造することにした
噫 透涙
高嶺さんは偽造することにした
私が歩くと誰もが振り向く。街中でも、この高校でも。
それはひとえに私の、美。確固たるゆるぎない、それ。
今日も私の周りには人だかり。だけど、今日はいつもとは違う雰囲気だった……。
「高嶺さん!私彼氏できたんです。だから高嶺さんとおしゃべりする機会減っちゃうけど、ファンはやめません!」
「へえ、そうなんだ。よかったね。お幸せにね」
彼氏、か。
「ねえ高嶺さんってめちゃくちゃモテますよね。彼氏とかいるでしょ」
彼氏、いない。
そもそも学年一の美女である私がガチの告白をされることは稀。理由は高嶺の花だから。
いたずらや、罰ゲーム、からかいで告白する輩は毎日いるけど、付き合う価値などなし。
そして彼氏ができない最大の理由、それは私が173センチの超大型女子だからである。現に取り巻きたちを見下ろしている。男も女も。
だがしかし、彼氏がいないというのはこの美女にとって屈辱。
つい、嘘をついてしまった。
「ああ、彼氏ね、いる……けど」
わあ、やっぱり!と騒ぐ女子。男子の方は納得した顔をしている。
「写真見せてくださいよ!」
やっぱそうくるよね。
「ごめんね。大切なものは自分の中にしまっておきたいの。写真は無理かな」
これ完璧!
「あ、じゃあ今度カレカノいるみんなでカップル限定のパーティーをするんですけど、高嶺さんもきてくださいよ!」
「え、パーティ?あー、でも私にぎやかな場所は苦手で」
「高嶺さんの好きなマカロンもありますよ!他のスイーツも食べ放題です。それに高嶺さんペアだけ参加費タダにしちゃいます!」
マカロンがタダ!?!?一個200円は下らないマカロンを、食べ放題!?それは断れない。
「えと、それっていつなの?」
「五日後です。まだ準備中なので。ラウンジも借りてやりますよ」
なんでこの子たちこんなに行動力あるの?高校生がラウンジ借りてパーティーする?
「てわけで、高嶺さんペア入れておきますね。連絡は後ほど」
わーいマカロン。
じゃない。やばい。やばいやばいやばいやばいやばい。
彼氏なんていないんですけど。うわどうしよう。適当に誘えば男子なんてみんなついてくると思うけど、少なくともこの学校じゃだめ。バレてしまう。
あああああああ。
頭を抱えても意味がない。
その日の授業は頭に入らなかった。
帰りにコーヒーショップに寄った。バニラフラペチーノのトールサイズ。
幸い席が空いており、座ることができた。
それにしても、彼氏のことを考えると頭が痛い。
「はあ」とため息をつくと、横にいた男も同時にため息をついた。
ん、と隣を見てみると。
私と同じかそれ以上の身長の超絶イケメン。
手にはアイパッドとペンシル。画面は何か絵のようなものが描かれていたが、黒い線でぐちゃぐちゃにされていた。
あの……。と声かけ、「どうしたんですか?」
いつの間にか声をかけていた。
男は一瞬怪訝な顔をするが、真剣な顔つきになった。
「ああ、仕事で大変で。僕はデザイナーをやってるんだけど、女子高生にウケるデザインというものを求められてて。君女子高生だよね」
「ああ、はい」
制服を見れば一目瞭然。
「意見が欲しいんだ。それにこれは一大プロジェクト。成功すればかなりの功績になる。一杯おごるから協力してくれないか」
うむ。人の弱みは握るほどお得。
いいことを思いついた。
「いりません」
「ふぇっ」
「ただし、条件次第で協力します」
「条件?」
それはもちろんパーティー参加のこと。この人なら私とお似合いの「彼氏」になりそうだわ。
「私、諸事情で彼氏がいるんです。だから偽造彼氏になってください」
きょとんとする先方。
「君、何歳?」
「17です」
「僕、25歳。ねえ、なんか犯罪臭しないかな?」
たしかに。だがこの男こそ最適と見た。引くわけにはいかない。
「あー、社会人と付き合ってるってけっこういいんですよ」
雑すぎた。が。
「まあ、そうなんだろうけど。そだな。僕は困ってる。見るに、君も困ってる。君の困ってることも話してくれるかな?」
弱み、握ってたはずが握られることに。
私はすべてを話した。学校であったこと、パーティーのこと。
「あ、だったらいいよ。偽造彼氏やってもいい」
あっさりと承諾された。
「え、なんで。私ただの見栄で自分の首を絞めてて……」
「あのね、僕のプロジェクトは本当に重要なの。多分テレビCMも流れるかもしれない。それくらいの案件なの。それが締め切り五日前でジャムってるんだよおおおお!案はね、いくつか、いや、三百は出したけど全部ボツ。同僚に分かってないなって言われてるし。この五日間でなんとかしないとマジヤバい。という、僕の勝手な事情から承諾したんだよね」
なるほど、社会人って大変なんだ。働きたくねえ。
「仕事場は普通に会社だし、こういうカフェとかじゃすぐに形にできないし、環境の揃ってる自宅でやるのがいいんだけど、女子高生を入れるわけにもいかないからさ。そこはどうしよう」
協力するのはいいが、五日後に開かれるパーティーで出会って間もない、しかも本当のカップルではないことを見破られたらどうしよう。やはりお互い五日間分の情報がいるのではないか。ならば、家に行って密着する。
不思議とこの男からは危ない気配を感じない。
今まで何度もワンチャンあるでの気配は感じてきた人生。
きっと大丈夫だ。
「大丈夫です。家、行きます」
「ええ!大丈夫なの!?女子高生が見ず知らずの男の家に行くなんて危ないよ?」
「あなたはそんなことしないと思います。するんですか?」
「しないけど……。親御さんとか、門限もあるだろうし」
「大丈夫です。ほら、行きましょう。燻ってても仕方ないです」
私は立ち上がる。不思議とわくわくしていた。
「君、名前は?」
「高嶺夕李です」
「そう、高嶺さんね。僕は
「パーティーの時は高嶺さんじゃなくて夕李でお願いします。コウトさん」
「確かに」
コウトさんの家は駅チカだった。さっきのコーヒーショップから歩いて十分。
「おじゃまします」
「どうぞ。君って叫べるの?」
「は?」
「ほら、男に襲われた時とか、キャアアア!って叫ばないとでしょ」
「だからコウトさんはそんなことしないでしょ」
「しないよ。血のにじむ思いで努力してきた人生をパーにするなんて無理無理、寒気がする」
コウトさんの家は若干狭いものの、部屋数はそこそこ。3DKらしい。
「ほんとは一人で住むにはこんなに部屋はいらないんだけど、仕事のサンプルとかって大量に送られてくるから、まだ足りないくらいでね」
と閑話休題。
コウトさんの「女子高生向け」のデザインを見せてもらった。
たしかに、夏を感じる青春!といった感じのさわやかなデザイン。このまま売り出してもよさそうなものだが、どこか違和感が。
ここである日の授業を思い出した。資料を作る時のフォント、見やすさ、情報量。
これはもしや。
「コウトさん。これって字がちょっとキツいかも。もっとゆるくした方が馴染むと思うんです」
「え、君すごいね。フォントも悩んでこれにしたけど、ああ、そっか。手書きで作るかあ」
「試しに手書きの文字を入れるとどうなるんですか?」
コウトさんはさらさらとペンを走らせ、画面に反映されていく。
馴染んだ。
「わ、わあああ、これだ。青春に足りなかったのはゆるさだったんだ。さっそく上司に送ってみるよ。返事明日だけど」
「よかったです」
その後、お互いについて基本的な情報交換をした。
コウトさんは駅まで送ってくれた。
学校。働くって大変だなと他人事ながらに実感した私は、学園生活を噛みしめていた。
いつもどおり、人だかり。取り巻き。
今日は彼氏のことは聞かれなかった。どうやらパーティーに来る時まで楽しみにしておくらしい。
昨日コウトさんと連絡先を交換したので、待ち合わせをする。
コーヒーショップは座れる時が少ないので、ファミレスにした。
「コウトさん。あの、疑問があるんですけど」
「なんですか、高嶺さん」
「私、自分で言うのもなんだけど、こういう顔じゃないですか。結構じろじろ見られたり、初めての人でも美人ですねって色んな人から言われるんですけど、コウトさんって全然そういう目で見てないっていうか」
ちょっと恥ずかしい。私美人でしょって言ってるのと同じじゃない。間違ってはいないけど。
「あー。デザイン的にはいいと思いますよ。ただ人って好みあるでしょ。目が寄ってる方が求心顔でいいとか、ちょっとパーツ同士が離れてて日本風の顔立ちがいいとか」
そういうことではなく。
「コウトさんが私の顔に何も言わないから不思議だって話をしてるんですけど」
「んー。僕はね、その人の顔の造形より表情を見るんですよね。優しそうだなとか、ちょっと怖いなとか。美人とかそうでないとかよりそっちを重要視してるので」
うぐ。なんというまともな価値観。自分が恥ずかしい。
「で、でもコウトさんもすっごくイケメンじゃないですか。彼女とかいないんですか?」
「いたらあなたとの契約は断ってますね。浮気みたいなことしたくないし。まあ、たしかにイケメンだとは言われますが、女の美人と男のイケメンって雲泥の差があって、男のイケメンって大して得をしないんです。僕の場合。モテるとかモテないとかありますけど、僕性格がこんな感じなので、離れていくんですよね」
性格がこんな感じ……とは。
「まあ、端的に言うと女の人にそこまで興味なくて、デザインとか何か作ってる時の方が楽しくて。彼女一番にできないのでだめなんですよね」
それは大きな問題。
そこから私たちは設定を練り上げた。
パーティーの日まで、矛盾なく。
そして来るパーティー。
「わあ!高嶺さん、ちゃんと来てくれましたね」
「ま、まあ誘われたから」
「わ、彼氏さん超絶イケメン!高嶺さんにぴったりですね」
パーティーでマカロンを食べまくった。なかなかのお味。
とはいえ、私の、私たちの周りには人だかりができる。
「付き合ってどれくらいなんですか」
「三か月!」
「彼氏さん優しいですか」
「まあまあね!」
質問という名の尋問を受けていると、コウトさんの顔色が悪くなった。
「ちょっと失礼」
と抜け出した。
「大丈夫ですか、コウトさん」
「こういう場、慣れてないので。てか人混みが苦手で」
「帰りましょうか」
「いいんですか?お友達もいるのに」
目的は果たしたのだ。マカロンを存分に楽しむこと。
「ええ。体調不良でしょう。帰りましょう」
「ありがとうございます。高嶺さ……夕李さん」
パーティの後、私たちは別れたという噂を広めた。
これで元通り。コウトさんとも契約は終了。
私は来年受験生になる。志望校はデザインを学べる学科のある大学。
コウトさんの家にあったデザインはどれもわくわくが詰まっていた。
デザイン、いいかも。
これからいつもと同じ日々。
コウトさんは仕事で忙しいので連絡はしないようにしている。
いや、多分こちらの連絡先を消されているだろう。
なぜなら……
「ありがとうございました。これからもよろしくお願いします」のメッセージに既読がつかないから。
これでいい。
私はいつかデザイナーになって、いつかコウトさんを超えて、会ったらドヤ顔してやるのだ。
待っていろ、コウトさん。
高嶺さんは偽造することにした 噫 透涙 @eru_seika
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