063.アノ日~月の不在と薔薇銀姫の憂鬱~
王国歴725年、大樹の月(4月)下旬。
新月。
*****
//アイネシア・フォン・ロゼーリア//
「……はぁ……」
1限目の授業中。
私はこっそりと、今朝から何度目になるかわからないため息を漏らした。
――ユエさんが、学院を休んだ。
別に、昨日の具合が悪そうな様子からすると、それは不思議なことではない。
でも、ユエさんは本当に生理だからあんなに苦しそうにしていたのだろうか……?
ユエさん自身は寝不足と言っていただけで、生理というのはミリリアが勘違いしたことをそのままにしているだけ……という感じもあった。
ユエさんが今日は休みだと伝えてくれたのはツバキさんだったのだけど……。
ツバキさんは、ユエさんがそんな状態だというのに、私が目を覚ましたときからこっそり私の部屋にいたようだった。
あのユエさんのことが大好きで世話焼きのツバキさんが、ユエさんがそんな状態だというのに伝言のためだけにユエさんの元を離れて朝早くから私の部屋にいたというのも、ツバキさんとはまだ付き合いが短い私でも違和感を感じてしまう。
急に現れたツバキさんに驚いてしまっていて、朝のあの時はそこまで深く考えることはなかったけれど……今思い返すと、ツバキさんの様子がなぜだかとても辛そうだったのが気になってしまう。
そんなに……ユエさんの体調は悪いのだろうか。
いつもの微笑みに見えて、時折何かに耐えるようにしていた昨日のユエさんの顔が脳裏に思い浮かんでしまう。
「(ユエさん……)」
辛かったら我慢しないでと言ったのに、私にも教えてくれないなんて……と、何かを知っている様子だったツバキさんに嫉妬もしてしまって、ミミティ先生が話す授業の内容はちっとも頭に入ってこなかった。
「――ねぇ……アイねぇ!」
「へっ……?」
不安や心配といった感情がぐるぐると渦巻いていた私だったが、呼ばれた気がしてふと気がつくと、ミリリアが私の顔の前で手を振っているところだった。
「へっ? じゃないッスよ! 驚き方までルナっちに似てきちゃってまぁ……。もうとっくに授業は終わってるッスよ?」
うそ……と思って周りを見てみると、言われた通り座学の授業は終わっているようで先生は既に教室にいない。クラスメイト達と目が合うと、みんな気遣わしげな……というかどこか生温かいものを見るような目で私を見ていた。
「ぅっ……ごめんなさい、全然気がつかなかったわ……」
「はぁ~~。これはもしかするとアイねぇのほうが重症ッスかねぇ? そんなに嫁のことが気になるなら、様子でも見てきたらどうッスか?」
「よっ……!?」
嫁って……そりゃユエさんじゃなくてルナさんしか知らない人からするとそういう言い方になるのかもしれないけれど……あんまりな言い方につい驚いてしまった。
私のほうがお嫁さんだもん……とは言えないし。
思わず制服の下にある首からかけた指輪に手をやろうとして、慌てて手を戻した。
「そ、それは……心配よ? でも、このあとの授業はどうするのよ……」
「真面目かっ!」
「「「(うんうんっ!)」」」
私が口にした言い訳に、ミリリアはビシッと手を押し出すような仕草をして、クラスメイトのみんなもミリリアに同意するかのように肯いた。
「いまのアイねぇの『ルナさんが心配でしかたがないわ!』って状態で授業なんて受けても無駄無駄ッス! アイねぇは真面目過ぎッスよ。それとも、アイねぇにとってルナっちよりも授業のほうが大事なんスか?」
「そんなことないわっ!!」
ミリリアは軽い気持ちで言ったのかもしれないけれど、私はこんなに心配しているのに、私の気持ちを軽んじられているようで思わず大きな声を出して立ち上がってしまった。
「お、おうッス……」
「あっ……ごめんなさい、つい……」
「はー、そんなに勢いづいて言い切れるくらいなんスから、いつまでも真面目な主席サマなんてやってないで、今日くらいはサボっちまえ!ってことッスよ」
私の勢いに身体をのけぞらせたミリリアは、そのままやれやれというように肩をすくめながらそう言った。
「そうですわ! 授業ごときが、お二人の尊い仲を引き裂くなんてありえないことですわ!」
「セルベリア先生には、わたくしたちが言っておきますから、ロゼーリアさんはホワイライトさんと一緒にいるべきですわ!」
「寝込んで弱っているホワイライトさん……優しく看病するロゼーリアさん……尊い……」
ミリリアの言葉にクラスメイト達も同意するようにそう言ってくれて……なんでそんな簡単なことにも気づかなかったのだろうと、私はミリリアが言う通り、私の中に授業をサボるなんて選択肢がなかった真面目さに悪態をつきたい気分だった。
「ほらほら、もうすぐ次の授業が始まっちゃうッスよ? 行くなら早くするッスよー?」
シッシと、まるで犬か猫でも追い払うような仕草をするミリリア。
そんな気安いことを言ってくれる友達に内心で感謝しつつ、もうちょっと淑女として……なんてまた考えてしまいそうになり、それを頭から追い出した。
今は何より、ユエさんのことだ。
「その……ありがとう、みなさん。私、行ってくるわ……!」
「ほーいッス。まぁ、ルナっちもひとりで寂しいんじゃないッスか? ゆっくり添い寝でもしてあげると良いッスよ」
「「キャァ~~!」」
「そっ……添い寝……」
それはいいわね、なんて思ってしまったことは口には出さず、私は何だか盛り上がっているみんなに見送られて教室を後にした。
鞄を手に、次の授業の準備をする生徒たちの波をかき分けて校舎棟を出て、寮に向かう。
――カランカラーン! カランカラーン!
しばらくして学院の鐘が鳴り、次の授業が始まったことを知らせた。
私は初めて授業をサボっているという妙な高揚感と罪悪感を覚えて一瞬足を止めるが、ユエさんに会いに行けるという嬉しさのほうが何倍も強く、足取り軽く学院の敷地を進んでいくのだった。
ユエさん、今行くわ……!
――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
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次回、「アノ日~薔薇銀姫と従者の悲しみ~」
アイネの行く手を遮るのは、また――。
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