060.朝日の中で~これがいわゆる朝チュン~



 王国歴725年、大樹の月(4月)中旬。



 翌朝。


「……ん……?」


 眩しさと肩にかかる温かな重みを感じた僕が目を開けると、目に入ったのは見知らぬ天井……ではなく、アイネさんの部屋だった。


 さらに目だけを動かせば、ベッドの周りには脱ぎ散らかした僕とアイネさんの服が散乱していて、すぐ隣には一糸まとわぬ裸にシーツをかけただけというアイネさんがいて、僕の肩に頭を預けて綺麗で安らかな寝顔を見せてくれた。


 朝日を受けて輝くその姿は、僕にとってはどんな美術品に描かれる裸婦像よりも美しく見えて、見ているだけで幸せな気分になれた。


 ……あれから結局、僕はアイネさんを気持ちよくさせ続けた。


 僕の行動ひとつひとつに違う反応を見せてくれるアイネさんが嬉しくて、彼女が『も、もうっダメだからっ! 私もう何回もっ……今もイっちゃってるからぁっ!』と言われようが、気持ちいいなら良いではないですかとイロイロとしてしまった。


 それはもう……この身体でできることで最後の一線を超える以外のことは全てやりつくす勢いで。


 アイネさんも懲りずに反撃をしようとしてきたけれども、アイネさんの弱いところを完全に把握してしまった僕が指先1つを動かすだけで形勢逆転(ダウン)するものだから、可愛がりがいがありすぎて仕方がなかった。


 お互いの……ドコとは言わないが、お互いのをこすりつけ合うのは、僕は感じないだけあって一方的な勝利だったと記しておこう。

 女の子の身体ってあんなに足が開くんだからすごいよね。うん。


 僕のドコにそんな意地悪……もとい、こういう行為への欲求があったのかと自分で驚くほどだったが……ぶっちゃけ、行為が終わったのはアイネさんが気を失うように眠りについてしまったからだった……ような気がする。

 具体的には、日付が変わって深夜とも朝とも言えない時間くらいまで。


 目覚めた僕の身体は程よく疲労しているように感じられるけれど、頭の方は充実感でスッキリしているし、僕が嫌な下腹部に溜まっているものの感覚は……はこの時期にしては珍しく、軽くなっているような気がした。少しだけだけど……。


「んっ……ぅん……」


 隣でアイネさんがわずかに身じろぎし、かかっているシーツがズレてしまう。

 ……このシーツさんは予備の二号さんだ。もともと敷かれていた一号さんは何でとは言わないけれどビショビショになって服と一緒に転がっている。


 僕は光を受けて輝くようなアイネさんに見惚れながらも、風邪を引かないようにとズレてしまったシーツを肩まで駆け直し、不思議と薔薇色が混じる髪ごと彼女の頬を撫でた。


「……んっ……」


 愛しさを感じて思わず撫でてしまった僕が悪かったのか、アイネさんの長い睫毛が軽く震えると、そっと銀の瞳が開かれた。

 起きてしまったらしいアイネさんの瞳の焦点が合うと、目の前にある僕と視線が合い、その表情を幸せそうな微笑みに変えた。


「……おはよう、ユエさん」


「おはようございます、アイネさん」


「ふふっ……」


 アイネさんは目を細めると、シーツの中でモゾモゾと動いて僕の方に身を寄せてきた。

 僕はそれを黙って受け入れて抱きしめ、背に回っているほうの手でアイネさんの頭を撫でた。


「目が覚めて一番に目に入るものが、大好きな人の綺麗な顔だなんて、最高に素敵で幸せな朝ね……」


「あぁ、それは僕もですよ」


「それならもっと素敵ね……ただ、ユエさん……その、もうちょっと、手加減してほしかったわ……私はああいうことは初めてだったのに……あんなに乱れちゃって、もうダメって言ってるのにずっと……。私、とっても恥ずかしかったのよ……?」


「うっ……すみません。アイネさんがあまりにも可愛くて……」


 アイネさんはそう言って頬を染めると、僕の胸を指先でイジイジとなぞってきた。

 ちょっとタガが外れてしまったのは自覚しているので、僕は素直に謝った。


「そっ、その言い方はズルいわ……嬉しくなっちゃうじゃない……。でも……ぅぅ、まだユエさんの手と指の感覚が身体中に残っている気がして……しばらく忘れられそうにないわ……」


 そう言ってもう片方の手を自分の股で挟むアイネさん……正直言ってその恥ずかしそうな表情とその仕草は男心を持つ僕にはエロすぎます。


「アイネさん……しばらくじゃなくて、一生忘れられないものにしませんか……?」


「えっ、ユエさん……? どうしてそんなに熱っぽい目でっ……はぁんっ♡ そ、そこはぁっ……♡ んんっ……ちょ、ちょっとユエさん、またするのっ……!?」


 僕が鼻先が触れ合うような距離でアイネさんの瞳を覗き込み、頭を撫でていた手でうなじから背中の真ん中あたりまでを触れるか触れないかの強さで撫でると、すぐにアイネさんの目は蕩けて口からは熱い吐息が漏れ出した。


「イヤ、ですか……?」


「ぅぅっ……ユエさんの意地悪……そんな目でそんな事言われたら、イヤなんて言えないじゃない……嫌ではないけど……」


 ここで嫌と言われたら本気で止めるつもりだったけれど……そうでないならと、僕は再開の合図になるであろうキスのために距離をゼロにしようとして――


 ――ガチャッ


「「!?」」


 ――唐突に扉を開けようとする音と、扉越しに呼びかけるミリリアさんの声で、僕たちは吐き出していた熱っぽい息を引っ込めることになった。


『あれっ? アイねぇがこの時間でも鍵をかけてるなんて珍しいッスね……おーい、アイねぇ! もしかしてまだ寝てるッスか~?』


 ……寝る前に鍵、かけておいてよかった。


 なんて内心で安心する僕と視線を交わし、自分たちの格好を見直したアイネさんは、顔を真っ赤にしながら扉に向かって大きめの声を出した。


「ミ、ミリリア? 私なら起きているわよ? どうしたの?」


『どうしたって、アイねぇが珍しく朝食の時間になっても食堂に来なかったッスから……体調でも悪いのかと思って様子を見に来たッスけど……』


「え……あっ……!」


 ミリリアさんの心配そうな声を聞いてサッと時計に目をやった僕たちは、その短針が午前9時を指していることを知った。


 学院が休校している今だから良かったものの、いつもなら寝坊どころの時間ではない。

 普段は規則正しい生活をしているアイネさんが、休みの日は起きるのが遅いというミリリアさんよりも遅いとなっては、ミリリアさんが友達として心配になるのは普通のことだろう。


「だ、大丈夫よ! なんともないから! 今日はちょっと寝坊しちゃっただけで!」


 冷や汗を垂らすアイネさんが、僕と扉の方に視線を往復させながらそう返事をした。


『そうッスか? ならよかったッスけど……起きてるならいい加減開けてほしいッスよ~』


「へっ……!?」


 ミリリアさんの言葉を聞いて、アイネさんはピシリと固まってしまった。


 僕たちはいま、素っ裸でベッドの上で抱き合っている状態だ。

 服も下着も散乱していて、あられもない姿のシーツ一号さんまで転がっている。


 ミリリアさんには付き合っている宣言をしたとはいえ、どう見ても……というより見せてはいけない光景だろう。


 慌てるアイネさんは助けを求めるように僕の方を見てくるが、僕は声を出すわけにはいかないので、『何とか帰ってもらって!』というようなジェスチャーだけを返した。


「いっ、今はだめよっ! ちょっと散らかしちゃってて……用があるなら後で私から声をかけるから!」


『ほえ……? アイねぇが部屋を散らかしている? それこそ珍しいッスね…………ハッ!? まさか……! ははーん、そういうコトッスか……アタシら友達じゃないッスか~。アイねぇも水臭いッスねぇ』


「っ!? な、何がよ?」


『またまたぁ……まぁいいッス。アタシは馬に蹴られたくないんでこれで退散するッスよ~。じゃ、そういうことッスからまたお昼ごはんの時にでもーって感じで。ニッシッシ……ごゆっくりッスよー、ルナっち?』


「ぅっ……」


 変に勘がいいのかなんなのか、バレてしまっている……?


「ミ、ミリリアっ! 貴女待ちなさいっ!」


 …………。


「行ってしまいましたね……」


 扉の前にあったミリリアさんの気配が、なんだかスキップでもしているような動きで遠ざかっていくのを感じた――


『あ、食堂のオバチャンに赤魚の炊き込みご飯作ってもらうように言うッスか?』


 ――と思ったら、その気配は一瞬で扉の前に移動した。


「っ~~~! 余計なお世話よっ!!」


『ニッシッシ。じゃ、今度こそお邪魔虫は退散するッスよー』


 わざわざそれを言うために【光速移動】まで使ったのですか、ミリリアさん……。


「ぅぅ……ユエさぁん……」


「あー、ヨシヨシ……」


 顔を真っ赤にして涙目になったアイネさんが、その顔を隠すように僕の胸に押し当ててきたので、僕は慰めるようにその頭を撫でた。


 再燃しかけた気持ちは流石に続くことはなく、僕らはお互いに頬を染めながらいそいそと服を着ると(アイネさんは新しい下着を出していた)、僕は誰も見ていないことを確認してからアイネさんの部屋を出るのだった……。



*****



 ――ちなみに。


「(た、ただいまもどりました……)」


 自分の部屋の前に立った僕は、まるで朝帰りをしたときの亭主のような変な緊張感を覚えながら小声でそう言いつつ扉を開いた。


 ……いや、実際に朝帰りなんだけれども。


「……おかえりなさいませ、主様」


 そーっと扉を開いた僕が見たのは、今日もバッチリとメイド服を着込んだツバキさんの、拗ねたような悲しいような、なんとも言えない顔だった。


 悪いことをしたわけではないけれど何となくバツが悪かった僕は、自分から昨日クロを預かってもらっていたことと調べ物を頼んだ『お礼』をしたいと言い出し、機嫌を直したツバキさんの膝の上に頭を預けて甲斐甲斐しく世話を受けることになるのであった。


 さっき盛り上がりそうなところで中断させられた僕は、柔らかな太ももの感触や、耳に吹きかけられるツバキさんの吐息、そして意識しているのかいないのか、妙に押し付けてくるような胸の感触に大いにドキドキしてしまい……。


 僕、そんなに節操なしだったのだろうか……とちょっと本気で悩んだけれど、もうすぐ来る『アノ日』が悪いのだと責任転嫁して気にしないことにするのだった。






――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

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次回、「月の不調と死者への祈り~学院再開~」

第二章終盤に突入いたします。

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