【短編プロローグ】昔交通事故で亡くなったと思っていた幼馴染がこの学校に存在している話 〜誰が俺の幼馴染か、それを知るのは誰もいない〜

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プロローグ 二人の過去

 6月の、それはもう梅雨真っ只中の土砂降りの今日、まだ幼さの全く抜けない幼稚園児――月待颯つきまちはやてと幼馴染の女の子は歳相応の笑みを浮かべ、隣揃って帰宅していた。


 ジメッとした空気感を嫌と思わず、傘を差したくないとまで思う2人は、傍から見れば羨ましく思える。成長する度にこの季節が鬱陶しく思えるものだが、まだ人生始まったばかりと言える歳の2人に、そんなものを向けても気が晴れるわけでもない。


 人通りの多く、視線を横に向けると必ずと言っていいほど空腹の2人を料理店の名前と匂いが刺激する。しかし入る勇気も、お金も持たないので諦める。仕方ない、今度親と来るしかないだろう。


 そんな2人は水溜り、そう呼べる場所しかない地面をパシャパシャとわざと踏み付けながら歩く。周りに水が弾け飛んでも迷惑はかからない程度。たとえ水が誰かにかかろうと、こんな大雨の中じゃ気にする方が珍しい。


 しっかりと整備された歩道を、常に危機感を持って歩く人間は存在しない。だからどんな天候であろうとお構いなしに楽しむ。何より幼稚園児が危機感を覚えることなんてない。好奇心に勝てないのだ。


 「はーて、家帰ったら何して遊ぶ?」


 女の子は「や」の発音を完璧に使いこなせない。だから月待の名前を呼ぶ時は変わらず「はーて」だ。幼稚園児という肩書きのおかげで、そう呼ぶ女の子は誰が見ても聞いても可愛いと思う。


 月待だってその1人で、過去に何度も嬉しそうに微笑み、可愛いねと直接伝えていた。その姿は二次元に定着した、幼馴染の図として完璧なほどに微笑ましかった。


 「んー、お菓子食べてボウリングしよ」


 「うん!分かった!」


 向日葵のような笑顔を向け、天候に左右されない元気はすれ違うサラリーマンを笑顔にした。それほど幼い子の元気は力を漲らせるのか、と思うが、疲れに疲れたサラリーマンには少しでも早く癒やしが求められたからというのも、少なからず関係しているだろう。


 ボウリング、それは世間一般では丸くて重い球を、立てられた徳利形のピンに向けて投げ、何本多く倒せるかといった勝負をする室内競技だ。しかし、月待の言うボウリングはボウリングであってボウリングではなかった。


 新聞紙を丸めて作られた、簡易的で簡素なボウリングだ。


 市販されている玩具ではなく、何故自主制作のボウリングなのかというと、簡単に言えばそれが親の教育方針だからだ。


 子供がより良い大人に育つための段階に、自主制作という項目を設けてやることで成長促進に繋がるらしい。確実にその結果通りにいくとは限らずとも、何もせず育つよりは断然ましだ。


 ――晴れを知らない天候は悪化することもなくただ雨音だけを響かせる。これが最悪の天候ならこれ以上悪化することはないが、そんなに地球は弱っちくない。


 月待と女の子は自宅まで残り5分のとこまで来ていた。家は隣同士なので帰宅時間に差はない。


 「――ちゃん、ボタン押して」


 「はーい」


 月待も女の子の下の名前の発音がおぼつかない。しかし、あだ名として呼ばれていると思えばこれも可愛いものだ。


 最後の小さな交差点。ここを渡り終えると後は真っ直ぐ一直線。女の子の右手側にあるボタンを背伸びすることもなく押す。身長は平均程度だ。幼稚園児だってボタンには手は届く。


 「ありがとう」


 「んふふー」


 月待の感謝に天気とは真逆の朗らかな笑顔で返す。


 そしてすぐ赤から青に歩行者信号が変わる。


 「はーて!青だよー!」


 「ちょっ、はしゃぎ過ぎだよ!」


 先に駆けて行く女の子に注意を促すも聞く耳持たず、いや、傘に当たる雨音で消された声は届かない。雨に濡れることは、幼い子にとっては1つの楽しみなのかもしれない。明日から休みの幼稚園と、この天気にテンションが上げられるのも無理はないかもしれない。


 手を握って止めることはできず月待も後を追う。まだ信号は青になったばかりで、点滅する気配もない。


 「早くー!」


 交差点の真ん中で止まっては月待を見て手を振る。まるで招き猫のようだ。自然と追いつかないといけない、と、月待を動かす。


 「分かってるよ!」


 叫ぶような声に聞こえないなんてことはない。月待も女の子と同じほどの声量で返す。女の子に振り回されることに、呆れるという感情を持たない月待は、この時間が好きだった。


 女の子と「楽しい」を分かち合える。その瞬間が。


 追いついた月待はたったの5m程度で息切れするほど貧弱ではない。整った呼吸を続けていた。


 「――ちゃん気を付けないと。コケたら怪我するよ」


 「私コケないもん!だからあっちまで競走しよ!」


 「えーー」


 天真爛漫な女の子に、やめてた方がいいと注意出来たなら、こんなことを言い出す子にはならなかったかもしれない。


 「それじゃ行くよ――よーい、どん!」


 賛否を聞かず、女の子は走り出す。負けず嫌いな性格である月待が、女の子が相手だとしても本気を出すのは、この歳に身体能力の差はあまりないからだ。


 月待はそう知らなくても無意識に本気を出す。手加減なんてしない。ただ負けたくないと自分の性が働いた。


 キャハハ、アハハと無邪気に声を出して笑う2人は止まることを知らない。足は回転を続けた。必死に前だけを目指して進む姿は、ブサイクでも愛らしい。


 そして、女の子を気にする暇もなくゴールした月待は隣を確認する。すると、誰もいなかった。なら後ろだと振り返ると、少し遅れて女の子もゴール、渡りきった。


 「――ちゃん……はぁ……はぁ……僕の……勝ちだよ」


 息切れし、傘を両手で掴みながら両肘を太ももに載せて女の子に勝ちだと伝える。


 「はぁ……はぁ……負けちゃった……」


 全力勝負の結果、勝利したのは月待。幼稚園のかけっこでは勝ち以外を獲らない月待に女の子が勝てるわけもなかった。まぁ、遊びでのかけっこなので楽しめればそれで十分だ。


 上から降りつける雨ではなく、地面から跳ねた雨粒によって濡らされる服は親に迷惑を掛けるだろうが、笑って許してくれる優しい両親を共に持つ2人は気にすることはなかった。


 それから後は一直線に帰るだけ。そのはずだったが……。


 「あれ?――ちゃん、片方の靴は?」


 女の子の左足の長靴が消えていた。靴下がグショグショに濡れ、若干黒色に染められていた。


 「ん?……あっ、脱げてる」


 自分でも気付かなかったらしく、足元を見て言われた通りだと確認する。そこまで必死に勝負をしていたと思うと、女の子も負けず嫌いなのは変わらないらしい。


 横断歩道の途中までは確実に履いていた。なら、脱げたのはそれ以降。それを理解している女の子は後ろを振り返る。


 「どこに……あっ、あそこだ!」


 脱げた長靴は横断歩道の真ん中より少しこちら側に近付いたところ。脱げたままの格好で綺麗に立つ青色の長靴。女の子の好きな色のチョイスだ。


 「取ってくるね!」


 「あっ!待って!もう信号が――」


 チカチカと点滅する歩行者信号ではなく、月待が「待って!」と叫んだその時にはもう歩行者信号は赤だった。


 目で確かめもせず長靴へ向かった女の子。もちろん気付くわけもない。最悪なことに信号待ちをしていた車は無く、交差点を通過するとすれば勢いを持つ車だけ。


 そして、重なるように最悪は続き、1台の軽自動車が既に交差点内に入っていた。目で捉える前に危険を察知した月待はかけっこの時より必死に全力で女の子のとこへ向かう。


 そんなに距離は離れていなくとも、幼稚園児と軽自動車のスピードは天と地ほどの差がある。だから、もう……勝ち目は無かった。


 「――ちゃん!!」


 急ブレーキを効かせる軽自動車。しかし大雨の影響で思うように減速しない。今までで1番の声を出すが、流石に軽自動車の存在に気付き、パニックになった女の子に届くわけもない。


 あと少しの距離。あと少しの距離で助けれる月待。そう思うからこそ小さくて細い体を投げ出し、女の子を軽自動車に当たらないとこまで突き飛ばそうとする。


 しかし……限界がある。四肢を地面につけた状態の幼稚園児を同じ幼稚園児が1mも突き飛ばせるわけがなかった。


 ドンッ!!と激しく鈍い音を立てて跳ね飛ばされる2人。それでも完全に止まることはない軽自動車。宙を舞う瞬間、月待は飛ばされて意識を失う間の刹那で、後悔をした。女の子は――後悔する時間も、申し訳ない気持ちも、何もかも思うことは無かった。


 幼い体に、大人ですら耐えられない衝撃が走る。激痛?いや、痛みは感じることなく意識が失われたのだから痛みは感じない。ただ、体は壊れた。ただそれだけだ。


 土砂降りの中、軽自動車の運転手は慌てた様子で2人に話しかける。だが、返事はない。


 そして、すぐ呼んだ救急車に乗り運ばれて行った。




 ――「……あれ……?」


 月待が目を覚ましたのは事故から2日後だった。


 どこに自分はいるのか、すぐに理解が出来ない。が、直ぐ側にいた月待の父親が真っ先に目に入る。


 「颯!?――ちょっ、ちょっと待ってろ!」


 父親は目を覚ました月待に驚きながらも、まずは担当医を呼ぶため、すぐに居なくなった。


 「ここは……」


 あたりを見渡す。そしてすぐにどこなのかを理解する。刺された点滴に消毒液の匂い。真っ白なベッドとシーツが、幼い知識でも病院内だと言っている。


 でも、何故病院内にいるのか、それもベッドの上にいるのか完璧にはまだ把握出来ない。月待の知る病院はベッドの上ではなく、ベッドの上に寝る人に会いに行くというものだった。


 だから点と点が合わない。


 起こした体に限界を感じ、再び体を倒した。


 それから1分経ち、父親が担当医を連れて帰って来た。そして担当医の神妙な面持ちにコクッと首を傾げる月待。もうこの時点でのかもしれない。


 「こんにちは、月待颯くん」


 落ち着いた声色で、事故後の患者を刺激しないよう丁寧にに接する。


 「私は君の――」


 「なんで僕はここにいるの?」


 担当医の言葉を遮ってでも聞く必要があったこと。それは今の自分の状況だった。とりあえず自分で現状を把握しないと、落ち着けないと本能的に悟ったのだ。


 そんな月待に担当医は優しく答える。


 「君はね――事故に遭ったんだよ」


 「……事……故…………はっ!!!」


 それは幼稚園児でも意味を理解出来る単語で、成長段階の心に大きなダメージを与える、地獄のような言葉だった。


 そんな言葉に月待は……耐えられるはずがなかった。


 バッ!と一瞬でフラッシュバックする事故時の記憶。自分自身が身を挺して守った――という女の子。彼女は記憶に残る限り、頭から大量の血を流して宙を舞っていた。


 そして月待颯の思うこと、それは……。


 ――ちゃんは死んだ。


 「う"ぁ"ぁ"ぁ"!!!!」


 この部屋だけではなく、隣にも上にも下の階にも聞こえる声で悲鳴をあげる。当然、担当医と父親は落ち着かせようと必死の限りを尽くす。


 幼稚園児、6歳の子供に耐えられるような事実ではなかった。途轍もなく大きなトラウマとなる幼馴染の死。もう精神状態はボロボロだ。


 月待の目の前は黒く濁っていく。同時に意識も朦朧とする。


 そして――無心に閉じられた瞼は何もかもを忘れ去った。


 ――後日、解離性健忘と診断された月待颯は、女の子のことを、女の子のことを忘れてしまった。




 ――これはそんな僕の――俺の、いや、俺たちの記憶を紡いだ運命の始まりに過ぎない。

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