第4話

「いいか? くれぐれも気を付けるんだぞ」

「はい。体長、皆様方、お世話になりました」


 慣れ親しんだ営舎で、隊長をはじめとした騎士達と挨拶を交した。


 離宮までの道のりは遠くもないが、馬車でいくのはちょっと悩む。最初からシリウスは徒歩で行くことを決めていた。クローディアに再会できる日が来た、と前日は目がギンギンに冴えて寝るのが遅くなったくらいなのだ。


 少し歩いて気持ちを落ち着かせたいし、なにより馬車の中でなんてジッとしていられない。


(クローディア様はどのように成長しているんだろう)


 記憶の中のクローディアは子供ながらの幼さがあるけど、もともと端正で整っていたから、きっと美しくなられているはず。


(いや、そうに違いない。なんたってクローディア様なんだから)


 通行人に怪訝がられないように騎士然としたシリウスは、しかし自分がスキップしそうなほど軽快で朗らかになっている。


 それだけじゃない。


『まぁ、あなたシリウス!? どうしてここに!?』

「えへへ」

『わ、私のことをそこまで! ありがとう! やっぱりあなたは最高のお友達よ!』

「でへへ」

『お母様が亡くなってから私寂しかったの! でもシリウスが来てくれるなんて!』

「でへへへへ・・・・・・」

『でもこれからはずぅ~~~っと一緒よ!? あなたは私の最高のお友達だわ!』

「でへへへへへへへへへ・・・・・・・・・」


 氷の美少年とも評されるシリウスだが、クローディアへの敬慕と崇拝がとんでもないことになりすぎていて、だらしのない顔になっている。涎でも垂れてしまいそうだ。


「ん?」


 離宮に行く途中、花屋に通りかかった。


(ああ、そういえば花飾りを渡す約束をしていたな)


 結局、渡すことはできなかった。姉達と侍女達と一緒に何度も湖の花を取りにいって、何度も練習して、自分でも納得のいく一品が完成したのに。


 覚えているだろうか。あのときの約束を。


(いや、覚えている! だって僕が覚えているし、なによりクローディア様だし!)


 残念ながら、花飾りを作る時間はないけど花だったら買える。


 手ぶらで会いにいくよりも、なにかお土産があったほうがいい。


「よし」


 シリウスは花を買うことを即断すると、反対側へと渡った。


「おいてめぇぶつかっただろ!」

(なんだ?)


 建物と建物の間から、荒々しいやりとりが耳朶を震わせた。


「んだよ、めんどくせぇな」


 そちらへいくと、三人ほどのゴロツキが一人の青年を取り囲んでいる。


(帝都もまだまだ治安が悪いな)


 このようなことを見逃したとあっては、騎士の名折れ。


 自分はクローディアの騎士になる。だったらどんな小さなことも放っておいてはいけない。


「おい、君達。なにをしている」

「ああ? なんだぁ?」

「ガキはスッこんでいろ」


 背丈の小ささから、シリウスはよく子供に間違われがちだ。そんなことはもう慣れっこだが、自分が着ている隊服に怯みもせず威勢のいいゴロツキは中々いない。


 隊服は騎士隊によって微妙に異なるが、平民にも一目で判別できるデザインになっているし、警邏活動をする騎士隊もいる。なにより自分は剣も携えているのだ。


 シリウスが騎士だとわかったうえで舐めているのか、それともわかっていないのか。


 どちらにしても、ゴロツキは相当最悪な奴らに含まれる。


「僕は騎士だ。事情は知らないが、大人が大勢で囲んでいるなんて普通はありえない」

「なんでもねぇよ、うるせぇあっちいっちまえ」

「そうはいかない。街の平穏と弱きを助けるのが騎士の務め」

「チ・・・・・・・・・」

「それとも僕に説明できないことをしていたのか? 大の大人が?」



 あきらかに、雰囲気が変わった。


 青年にしか注がれていなかった敵意・悪意が一斉にシリウスへと移ったのだ。


「やっちまえ!」


 剣を使うまでもない。


 殴りかかってきた男をひょいと軽く避けて、そのまま左の膝を腹部に、くの字に曲がった男の襟を掴んで後ろに放るようにしながら足を引っかける。倒れた男は地面に顔を打ちつけ、転がった。


 二人目はそのまま投げ飛ばし、壁に激突させた。おののいて立ち止まっている最後の男に悠然と歩みを進めると、下から顎へと拳を振り上げた。


 ふらふらとした男は白目を剥いて、そのまま倒れた。


「ふぅ・・・・・・大丈夫か?」


 隊服の乱れを整えて、一つ結びの髪を後ろへと放りながら青年に尋ねた。


「なにがあったかは知らないが、気をつけるといい。そうだ、どこか怪我はしていないか?」


 青年はなにも喋らない。


(ん?)


 警戒している、というわけでも驚いているわけでもない。


(な、なんだ? なんで睨んでいるんだ?)


 忌々しそうにシリウスを見下ろしているだけだ。まるでさっきのチンピラと同じ。助けた相手からまさかの悪感情を向けられているのだから、これではたまらない。


「君、どうしたんだ?」

「黙れチビ」

「ち、? え?」


 意味がわからなかった。


「偽善気取りの、この格好つけ。反吐がでらぁ」

「な、」

「助けて恩売ろうってか? ああ? くだらねぇ」

(な、な、な、なんだ!?)


 シリウスは別にお礼がほしかったわけではない。

「騎士だったらあんな輩が出ないよう、お仕事に邁進すべきなんじゃねぇのかよ。この税金泥棒が。なぁにが平穏を守るだ」


(なんでここまで罵られないといけない!?)

「あ~~あ、買い物になんざ来るんじゃなかったぜ。ルッタに任せてりゃあ・・・・・・」


 青年は懐からパイプを取りだすと、わざとらしくシリウスにぶつかった。


「おい待ちたまえ!」


 流石にここまでされたら黙っていられない。見返りがほしくないが、悪く言われる所以もない。呼び止めようと動いた。


 青年が、なにかを呟いた。


 そして突風が吹いた。


(!?)


 シリウスが立っていられず、路地から追いだされるほど強烈で圧がある。まるで竜巻だ。咄嗟に手をクロスさせて頭を守ったが、風がやむとどこにも青年の姿はなかった。


 暫く辺り一面をキョロキョロと捜索しても、それらしい人はいない。


「なんだったんだ・・・・・・・・・?」


 あの風はなんだったのか。あの青年はどこへ消えた?

 

 疑問はとけないが、なんにしろクローディアとの再会を害された気分になったのはたしかだった。シリウスは花屋と、そして倒れているごろつきと、青年がいた路地を、もやもやとしたまま見比べた。

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