第26話 尻拭い

 「君、ちゃんと仕事してくれないと困るんだよねぇ…ホント。」

 と、目の前にはゼウスのジジィがため息をついた。

 俺はあの後、金髪男に首根っこ掴まれて、天界に引き戻された。

 魔王は「織田信長が人間界からいなくなったら大騒ぎになるから、君は人間界ここで留守番しててね?ちゃんと『織田信長』っぽく振る舞ってね?」と、吸血鬼に言われて置いてきぼりだ。

 「そうだよ…。うちのせがれは人間界に危害加える事はしないと思うけどさ?吸血鬼君がいないと人間界ではっちゃけちゃうからさぁ。」

 と、今度は魔王に良く似た顔立ちのダンディな男がため息付きながら言った。

 このダンディは魔王の父親で『先代魔王』だ。

 早々に王位を息子に継承して自分は隠居、悠々自適な悪魔ライフを送っている。

 「そう言えば魔王君、わしと先代が会議中に天界抜け出して、人間界で虎捕まえて来たことあったよねぇ?「オヤジ、猫捕まえたー、飼っていい?」とか言って来て。あれは笑ったよねぇ。」

 ジジィは楽しそうに話す。


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 「あの後、大変だったんだよ?俺の嫁に「元いた場所に戻して来なさい!」って言われてギャン泣きで。」

 先代魔王は頭を左右に振りながら肩をすくめた。

 「ジジィ共、そんな事はどーでもいいんだよ。」

 と、金髪男が書類をパンパン鳴らしながら冷ややかな目で言った。

 その様を見たジジィが冷や汗をかきながら

 「あっ…吸血鬼君、怒ってる?」

 と、デカイ図体を少し屈めて金髪男を覗き込む。

 「怒ってるって思ってるなら、早く指示出してくれないかな?僕は効率悪いのも回りくどいのも嫌いなんだよね。」

 金髪男は全知全能や魔王に物怖じなどしない。

 金髪男─吸血鬼は、『魔界の裏ボス』だ。

 ある意味、『魔界』を回しているのはコイツ。

 とにかく『効率厨』だから余計な仕事増えるのが大嫌い。

 だからこそコイツは『犬』の方が好きなんだろうと思ってる。

 猫は自由奔放で我が道を行くけど、犬は飼い主に忠実で言われた事に従うのが嬉しい子が多いからな。

 「あー、とりあえずヴィリー君。」

 「コホン」と咳払いしてジジィが語りだす。

 「君、信長君監視してたのに、『魔王召喚』気付かなかったのかな?これ、どう考えても君の責任だよねぇ?」

 俺は

 「俺はちゃんと監視してたし、俺が『召喚』したわけでもねぇよ。召喚したいからって信長のヤツが色んな魔導書グリモワール漁ってたのだって俺は止めたよ。」

 と、鼻を鳴らす。

 「『召喚したくて魔導書グリモワール調べてる』って分かってたら、フツーこっちに報告するべきじゃないのかなぁ、儂、何も聞いてないよ?」

 「うっ…。」

 俺は言葉に詰まる。

 「それにさぁ?『召喚』された場所に君、いたんでしょ?それって『あの場所で召喚が行われる』って『分かってた』んだよね?何ですぐに報告しなかったのかなぁ?そんなガバガバな仕事ばっかりしてると、さすがの儂もそろそろ怒っちゃうよ?」

 と、ジジィは錫杖しゃくじょうを手に『召喚』した。

 「いや!それは!そうなんだけど…!まさかホントに『できる』と思ってなかったし、俺も焦ってたんだよ…!」

 と、俺は両手のひらを前に突き出して左右に振った。

 やべぇやべぇ!ジジィを怒らせたらマズイ!

 こんなにまったりで平和ボケしてるジジィだが、腐っても『全知全能の神、ゼウス』だ。

 『天罰』も『大洪水』もお手の物だし、『大噴火』や『大地震』なんて起こされたら世界が滅ぶか、運が良くても『半壊』しちまう。

 過去に人間達がジジィ怒らせて『大洪水』起こしたことがあって、人類が全滅しかけた事があった。

 まぁ、『ノア』とか言うヤツだけはジジィの『お気に入り』だったから助けて『全滅』は免れたが。

 「まぁ、焦る気持ちも分からんではないかなぁ。織田信長って『魔道士』とか『陰陽師』とかそういう類いの人間じゃないんだろ?」

 と、ダンディ魔王が助け舟を出してくれた。

 「うん、魔術とか魔法とか無縁の武将だけどさ?それでも報告してくれてたら魔王君を召喚させない為の手は打てたじゃない。魔王君に『結界』張るとかさぁ…。そうすれば儂も先代魔王も『時の神』に怒られずに済んだんじゃないかな?ね?そりゃ『上司』は責任取るものだけどね?」

 ジジィは長い髭を触りながら言い、俺はたじろぐ。

 「そうだねぇ、ゼウス殿の言う通りだねぇ。まぁ?『一言』あれば許してあげないこともないかなぁ?」

 ダンディ魔王はニヤニヤしながら俺を見た。

 俺は「くっ…」と拳を握る。

 コイツらがご所望している言葉は分かってるが、なんか…プライドが許さない。(子供か)

 それでもここは大人の対応をしようと

 「ごめん…。」

 と、下を向いてボソッと言った。

 それを見たジジィはニヤニヤしながら

 「『ごめん』じゃないでしょ?」

 と、言われて

 「『ごめん』だろ?!?!」

 俺は目を釣り上げて言い返すと、吸血鬼が

 「『ごめんなさい』くらいちゃんと言いなよ。いい大人なんだからさ。こんな無意味な会話聞いてる僕の身にもなってよね。」

 と、腕を組んで足先をトントンしていた。


 ─あー、怒ってる怒ってる。

 コイツ、自分の計画が狂うのキライだからな。


 仕方がないから俺は意を決して

 「ごめんなさい…。」

 と、小声で言うと、ダンディ魔王は

 「まぁ、それは置いといて。分かってると思うけど、『時の神』が文句言って来たって事は『織田信長』は今の人間界にとって重要人物。でも、『召喚』が成功しちゃった訳だから、『人間 織田信長』は消滅しちゃってる。」

 と、言った。

 置いとくんなら言わせんじゃねぇよと思いながら俺はブスッとした。


 ─そう、人間は勘違いしてる事なんだが、『召喚』はただ単に『魔王を人間界に呼ぶ』のではなく、『自分の存在を魔王に明け渡す』事なのだ。

 『人間 織田信長』は魂ごと『魔王』に吸収され、消滅してしまっている。

 今は本物の『魔王』が人間界で『織田信長』と呼ばれてるってだけだ。

 俺が光秀を連れてこなかったのも召喚を成功されたくなかったのもそう言う理由があったからだ。


 全て察した吸血鬼がため息をつきながら口を開いた。

 「要するに『魔王を本来の織田信長の寿命まで人間界で織田信長の働きをさせろ』って事だね?面倒くさいなぁ。また仕事が溜まるじゃないか。それでなくても魔王は政務遅れがちなのに。」

 と、頭を掻きむしった。

 俺は、「コイツはいつかハゲるな」と思ったが口を挟むのはやめておいた。

 「吸血鬼君はさすがだねぇ、その通りだよ。んで、君たち二人にはその魔王君の監視をして欲しいんだ。」

 と、今度はジジィが言う。

 「さっきも言ったけど、うちのセガレは『人間界行くとはっちゃけちゃう』し、腐っても『魔族』だからさぁ?ね?分かるよね?」

 と、ダンディ魔王が真剣に言った。

 「二人も監視いる?失敗したのはヴィリーなんだから、僕は関係ないよね?」

 吸血鬼が「ムッ」としながら反論したから、俺は

 「おめぇは魔王の側近だろ?監視すんのはおめぇの仕事じゃねぇか。」

 と、吸血鬼の胸に人差し指を押し付けた。

 すると吸血鬼が俺の手を力任せに握って

 「君さぁ?そもそも君が報告怠らなきゃこんな事にはならなかったって自覚ある?それなのに僕にまで仕事押し付けられるなんて腑に落ちないって話だよ。」

 と、顔では笑っているが、マンガならこめかみに青筋が書いてある状態だ。

 「まぁまぁ、吸血鬼君の言い分も分かるんだけどね?魔王君はヴィリー君がいると喧嘩ばっかりだし、『もしもの時』魔王君を魔界に戻せるのは君だけだからさぁ…。この仕事が無事に終わったら、絶世の美女の血を好きなだけご馳走するからさ?」

 と、ジジィの提案に吸血鬼は少し考えたが、

 「ふん…まぁ、それなら。」

 と、やぶさかではない顔をした。


 ─餌付けされてんなよ、お前…。


 と、俺は思った。

 そして

 「吸血鬼行くんなら俺いなくても良くね?」

 と、あわよくばと思ったんだが、突然吸血鬼に胸ぐら掴まれて

 「君だけ逃げようとか思ってる?そんなのゼウスが許しても僕が許さないよ?言ったよねぇ、君のミスでこうなってるんだよ?君の尻拭いに僕が余計な仕事しなきゃいけないんだよ?分かるね?問答無用で君は人間界に行くんだよ。」

 吸血鬼はやっぱり顔では笑っているが心は怒っている。

 「…で…デスヨネー…。」

 と、俺は目を泳がせた。

 「ところで…。」

 と、ジジィが口を挟む。

 「ヴィリー、例の『猫』は見つかった?」

 俺は吸血鬼の手を振り払って

 「見つかったが…遅かった。」

 と、目を伏せた。

 ジジィは肩を落として

 「そう…。残念だよ。『落とされて』からもう1年位経ってる…。人間界じゃ120年…。きっとあの子の子孫なんだろうけど…。」

 慰めるつもりはないが

 「まぁ、確かにあの女も「私の『一族』には呪いがかかってる」って言ってたから、その子の子孫なんだろうが、『呪い』は解いたから、天界にも転生できるはずさ。」

 と、言うと、ジジィはニコッと笑って

 「そっか!じゃ、天界に転生してくるのを待つよ。ヴィリー、ありがとね。じゃ、そーゆー事でぇ…。」

 と、言うと、ジジィは錫杖を天井に掲げて

 「織田信長君の寿命は後10年位あるから、人間界の事は任せるよ。あ、あと、ヴィリーと魔王君は、この件が片付くまで、天界と魔界には出入り禁止ね?ヴィリーは『報告怠った事』、魔王君は『会議中の居眠り』の『お仕置き』だから!」

 と、言って錫杖を振り下ろすと雷鳴と共に俺と吸血鬼の周りを光が包み込んで


 「マジかよぉぉぉーーー!!」


 と、言う叫びとともに俺は人間界に落とされた。

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