第140話 男の戦いと少女の決意
メイド喫茶を出て闘技場に向かうとあまり会いたくない2人組に会ってしまった。セレアンス公爵とブラッドだ。
「おい! お前ちょっと待て! マルスだよな?」
ブラッドが俺のことを見つけて話しかけてきた。
「あ、ああ……久しぶり。ちょっと急いでいるんだ……いいかな?」
俺が言うと今度はセレアンス公爵が
「急いでいるだと? どこに行くんだ?」
ちっ……一番答えたくない質問だな……
「あっ、これは失礼いたしましたセレアンス公爵。お久しぶりでございます。僕は今から闘技場の方に……」
そこまで言うとセレアンス公爵が俺の言葉を遮り「俺たちも連れていけ!」と言ってきた。面倒事が増えた……まぁなんとかなるか。今回戦うのはセレアンス公爵たちではないし。
俺はセレアンス公爵親子と共に闘技場の関係者部屋に向かった。そこにはアイクがリーガン公爵を連れてきて待っていた。
「マルス、事情はアイクから聞きました。よくぞ立ち上がりました。それでこそリスター帝国学校のSクラス序列1位です。生徒は学校の宝ですから在学中に何かあったら全力で我々が対処します。本来であればすぐに私に教えて頂きたかったのですが、どう考えても私に報告する時間が無かったように思えます。ライナーに頼り切ってもらっても良かったですが謝罪もなしとは許せません。必ず勝ってくださいね!」
いい事言っている……よな? 結構脳筋な考え方な気もするが……結局俺の行動は肯定されたという事か……日本では絶対に肯定派と否定派に分かれて大激論しそうな感じだけど……その後もセレアンス公爵とリーガン公爵に発破をかけられた。
どうやらセレアンス公爵はエリーを傷つけられて激おこらしい……
あとセレアンス公爵がやたらリーガン公爵に協力的なことに驚いた。もっと険悪な感じだと思ったのだが……あれ? バルクス王国の貴族の息子として、また俺はいらぬことをしたのか? やはりセレアンス公爵はここに連れてくるべきでは無かったのかもしれない。
戦いが始まる前にオリゴに話しかけたが俺のことは忘れてしまったらしい。睡眠魔法使いのワルツはもう【月夜の闇】にはいなかった。【月夜の闇】はB級冒険者クラスがオリゴだけで、あとはC級冒険者クラスが4名だったが、【奈落】のメンバーは1人がC級冒険者クラスで他は全員D級冒険者だ……
クラリス、エリー、アイクが本気で戦えば俺じゃなくても1対10でも勝てる相手だな。
試合開始の合図まで結構時間がかかった。その間にセレアンス公爵を鑑定でもしようと思ったら試合開始の合図が掛かった……空気読めよ……
最初から俺の標的は決まっていた。オリゴだけだった。あの時お前が殿下を止めてくれていればと
勝手に逆恨みをしているのもあるが、この2つのパーティで一番強い奴を圧倒すれば、他の奴らの士気が下がると思ったからだ。
オリゴが高価そうな剣を抜いて俺に斬りかかってくる。全く成長していないのに装備だけは良くなっているなんて……
【名前】ソニックブーム
【攻撃】18
【特殊】敏捷+2
【価値】B
【詳細】剣に風魔法を
これはクラリスかドミニク辺りに装備させたいな……クラリスはディフェンダーがあるけどディフェンダーは攻撃力に欠ける。ドミニクはそもそも装備が貧弱になってしまったからね。ちなみに俺はこれよりかはキザールの持っていた
オリゴたちはまず俺を包囲しに来た。まぁ慎重に行動するのは流石だな。本来であれば俺は包囲をされないように立ち回るべきだが、あっさり包囲を許した。
8人で俺を包囲し、残り2人は遠距離から俺を魔法で撃つ作戦か……包囲が完成すると後方から「ファイア」という声と共に一斉に四方八方から襲ってきた。統率だけは取れている……腐ってもBランクパーティか……だが少し焦りすぎだな……
もっと包囲を狭めてから攻撃してきた方が厄介だったが全員俺と10mくらいの距離があった為、いくらでも1対1の状況を作り出せる。もしかしたら後方の魔法使いがビビッて早めに撃ってしまったのかもしれない。
俺のターゲットはあくまでもオリゴだけ。俺はファイアを躱してから突進してきたオリゴに対して正面から突撃した。念のため
がむしゃらに剣を振り回してくるが、オリゴの剣を躱し思いっきりオリゴの右手をチョップしてソニックブームをオリゴの手から落とす。落ちたソニックブームは蹴って会場の端っこに飛ばしておいた。
オリゴは剣が無いと基本的に何もできない……俺を包囲しながら攻撃してくるメンバーも強くてもC級冒険者クラス……それもC級冒険者に成り立てってレベルだ。
魔法もレジストする必要なんてなく少し躱すともう魔法使いのMPが枯渇しそうになっていた。やはりザルカム王国の魔法使いのMPは低い。これは……弱すぎる……
C級冒険者の攻撃をただひたすら躱し続けて俺はオリゴに向かって平手打ちをした。本当にただの平手打ち……オリゴは完全に舐められている事に激怒していた。
「き、貴様ぁーーー!!!」
いくら凄んでも全く怖くはない……丸腰で突っ込んできたオリゴを強めにひっぱたくとオリゴの腰が砕けた。その様子を見て他の冒険者がビビり始めた。
俺はオリゴの胸倉を左手で掴み持ち上げると、右手でオリゴの頬を打ち続けた。会場に「パチン」「パチン」「パチン」とずっと平手打ちの音が響く。ちなみに平手打ちはあまり力を込めてはいない。少し頬が腫れていく程度だろう。
そしてオリゴが一生懸命俺の左手を外そうとするがそんなことは無駄だ。俺を包囲していた奴らが俺に攻撃をしようとするが、オリゴを盾にすると、相手は何もできなくなる。
どんどん俺を包囲している奴らの士気が下がっていくのが分かる。もうこれはオリゴが自分自身でどうにかしないと状況を打破できないと悟ったのだ。
残りのMPを振り絞って遠距離からファイアを打ってきたが、俺はオリゴを盾替わりにしてオリゴの背中にファイアが直撃した。
「ぎゃゃゃぁぁぁあああっっっ!」
凄い叫び声をあげてオリゴが燃える。俺はオリゴを振り回してオリゴに着火した火を消すとオリゴは気絶していた。また平手打ちを続けるとオリゴが意識を取り戻した。
他の冒険者たちはもう完全に戦意を失っている。戦前の予想通りオリゴを圧倒すれば全員を相手にしなくてもよかった。
俺は何も言わずにオリゴに対してひたすら平手打ちをする。降参を勧めたりはしない。そして簡単に降参をさせるつもりもなかった。完全に心を折るまでやり続けようとした。
それだけクラリスとエリーを傷つけた罪は重い。万死に値する! とまでは言わないがそれなりに償ってもらおう。
2、3分平手打ちを続けているとオリゴが「まい……」と言いそうになったので、強めに平手打ちをしてその言葉を潰した。
いくら加減しているとはいえオリゴの顔がだいぶ変形したのが分かる。そして目には涙がたまっていた。
それから何度も降参の意志を伝えようとするがその度に強めにはたくと、ついにオリゴは泣き始めた。もうそろそろ頃合いかな……俺はオリゴを放り投げるとオリゴは受け身を取る事さえできなかった。そして【月夜の闇】も【奈落】も誰一人としてオリゴに駆け寄る者が居なかった。
会場はシーンと静まり返っていた。そして普通ならリングアナウンサーが試合終了を言うと思うが、このリングアナウンサーは分かっているから恐らくまだ続行だろう。
俺はオリゴが倒れている所まで行くとオリゴの心は完全に折れていた。まぁB級冒険者がこの大観衆の中で10歳の子供に完膚なきまでに負ける。しかも1対10で負けるという前代未聞の事だろう。
俺はただ横たわっているオリゴを上から見下ろす。するとオリゴが
「わ、悪かった……こ、降参だ」
俺はそのまま振り返り会場を後にすると、リングアナウンサーが俺の名を叫んだ。
「勝者!マルス・ブライアント!」
声を出すのを忘れていた観客たちが一斉に声を上げると歓声で会場が地震のように揺れた。
☆☆☆
信じられない光景が目の前で起こった。1対10でマルスが圧倒している……それも剣を抜かないで圧倒している……しかしマルスの顔はとても悲しそうに見える……
「ちっ……B級冒険者相手にここまで圧倒するのかよ……さすがに俺はあのB級よりかは強いと思うが、俺がマルスとやっても結果は変わらないか」
ブラッドという獣人が悔しそうに言うとアイク様が
「ブラッド、高すぎる目標は時に身を亡ぼすぞ。まずは身近な目標の俺くらいにしておけ。俺を倒したらエリー、エリーを倒したらクラリス、そして最後にマルスと徐々に目標を上げていくことを勧める」
え……? エリーって……あの金髪ナイスボディ美女!? あんなわがままボディでアイク様より強いの!? そしてSランクの女神クラリスはもっと強いの……? この学校……どうなっているの?
結局マルスが汗1つかかずに圧勝してしまった。まだ信じることが出来ない……そして悲しそうな顔をしてマルスが戻ってきた。するとセレアンス公爵が
「貴様! なぜ手加減をした! 今からでもいいから止めを刺してこい!」
うわぁー……引くわー……
「ははは……僕にしては精一杯やったつもりです。もうしばらくは対人戦はやりたくないですね……」
け、謙虚すぎる……え……? 待って……? 金髪超絶イケメンで凄く強くてそして謙虚? どこか惚れない理由ないの? するとアイク様がマルスとグータッチをして
「ナイスファイト! マルスにしては結構思い切ったことしたな。完全に心を折ったようだし、もうあの人は冒険者としてやっていけないだろうな」
「はい。今回はクラリスとエリーが傷をつけられていたので僕もかなり頭に来ていました。あとは殿下の謝罪だけですね」
あれだけ凄い勝利を収めたのにマルスの顔は冴えていなかった。最後にエーディンが
「よし! 無事に終わったし私は先に戻っているわね。みんなもなんだかんだで気になっていると思うから。あとクラリスがさっきのお客さん達に最終日お昼ごはん一緒に食べるって言っていたから忘れないでね」
マルスが「よろしくお願いします」と言って頭を下げえーディンを見送った。ずっとマルスを見ていて声を失っていたアリスが
「お姉ちゃん……私……マルス様が好き……私、来年絶対にこの学校に来る!」
そう私に言ったアリスの顔はいつも見ている妹の顔ではなく女の顔になっていた。
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