第139話 不穏なリスター祭2
急にマルスが立ち上がって何をするかと思えば、ザルカム王国の王子に対して喧嘩を売るようなことを言った。
こいつバカなの……? ドアーホの隣にいる冒険者らしき男なんて凄い悪そうな顔をしているじゃない……絶対に関わってはいけない奴ね。
マルスとドアーホの会話を聞いていると、ドアーホの阿保が5対1とかいうとんでもない事を言ってきた。
こんな顔だけしか取り柄のない金髪超絶イケメンが勝てるわけない……もしもその綺麗な顔に傷がついたらどうするのよ!
綺麗な顔に傷と言えばあのSランクのクラリスの顔に傷がついている。せっかくあんな女神のような顔だったのに……傷がついた顔も可愛い……傷がついてもSランク……
そしてなぜかマルスが挑発するように1対10で戦うと言い始めた……はぁ? 死ぬ気? もしかしたらみんなの前でカッコいいところ見せたいとか思っているの? そんなことして私が惚れるとでも思っているのかしら? 私はどんなに顔がよくても……顔さえよければ……むしろ私でお願い……
マルスに言われてアイク様が闘技場に向かったようだ。そして最初に阿呆に剣を向けたイケメンおじ様が阿保ととなりの悪人面と一緒に外に出た……マルス……本気で戦うつもり?
するとマルスはクラリスという超絶美女ともう1人A+の金髪獣人美女と一緒にバックヤードに入っていった。
ちょっ……3人で何しているのよ……もしかして……すぐにマルスが着替えて出てきた。そして客や私たちに謝罪し始めた。そんな……マルスが悪い訳じゃないのに……すると男性客たちがグラスの破片を拾いながらマルスを褒め称えた。
マルスが部屋を出てすぐにバックヤードからクラリスと獣人の子が出てきた。2人とも傷当てと包帯をしている。そして涙の跡が残っていた。傷当てと涙の跡があるクラリスが私たちに向かって
「皆さま、申し訳ございませんでした。今回のお客様にはもう一度ご利用いただけるようにしたいと思います。もしよろしければ最終日のお昼時間帯12:00~13:00に私たちと一緒にご飯を食べて頂くことは可能でしょうか? リスター帝国学校への入場料は頂いてしまいますが、ここでの食事や飲み物などはこちらで負担させて頂きます。どうですか?」
当然男性客全員は大喜びだった。もちろん私たち二人も異論はない……
そして何事もなかったかのようにメイド喫茶の営業が再開された。時間にして5分少しの出来事だった……私はとても違和感があった。
なぜSクラスの生徒はこんなに平静を保っていられるのだろう? 今マルスが殺されるかもしれないというのに……衆人の目がある闘技場で殺されることは無いと踏んでいるのだろうか……それにしてもあまりにも冷たい対応だと思うのだが……
マルスはあの顔で好き勝手やっているからSクラスの同級生には嫌われているのだろうか?
「ドミニク……聞いていい?」
意を決してアリスの隣に移動したドミニクに話すとドミニクが頷いた。
「みんなマルスを見殺しにするの?」
この言葉にアリスの顔が引き攣った。アリスも同じことを思っていたのかもしれない。するとドミニクが少し笑顔を見せながら
「マルスが負けると思っているのかい? 俺たちSクラスの……リスター帝国学校で最強の男だぞ? どうやっても負ける要素が無い。恐らく本気を出すこともないだろう……」
ドミニクが言うとバロンが
「もし気になるのであればソフィアとアリスも見に行きたいかい? ちょうどまだエーディン先輩がいるから関係者部屋に入れてもらえると思うよ。流石に俺とドミニクは一緒に行くことが出来ないけどね」
「……え? エーディンって去年のミスリスターの……?」
私が言うとバロンが頷き、目線を赤い眼鏡をかけている美人の方に向けた。か、かわいい……赤い縁の眼鏡が良く似合っている……眼鏡美女だ……するとアリスが「是非見たいです!」と言った。
バロンがクラリスとエーディンの所に行って事情を説明してくれたらしく、エーディンが制服に着替えて私たちの所に来てくれた。制服の色はアイク様と一緒で赤い刺繍が入った白い制服だった。
「あなた達がソフィアとアリスね。私はエーディン・アライタス。よろしくね」
エーディンは笑顔で綺麗な手を差し出してくれた。
「わ、私はソフィア・キャロルです。お願いします」
エーディンの手を取るとアリスも
「アリス・キャロルです。よろしくお願いします」
私と一緒に頭を下げた。私たち2人はエーディンの後をついていき闘技場に向かった。闘技場に着くとエーディンは私たちを関係者部屋に通してくれ、関係者部屋にはたくさんの人が居た。
さっきの阿呆と悪人面はここにはいなかった。別の部屋で待機しているのであろう。そしてマルスは大人2人から質問攻めされていた。
1人は握手会の隣に居た青い髪のエルフの美女。そしてもう1人はとてもガタイのいい獣人だった。この獣人、はっきり言って悪人面よりもよっぽど怖い。どんな会話をしているのだろう……少し耳と立てていると
「……で? しっかり落とし前はつけたんだろうな?」
怖い獣人がマルスに対して詰問している。なぜマルスが責め立てられているの?
「いえ……これからです。ただ僕の目的はドアーホ殿下に謝罪してもらう事ですので、【月夜の闇】と【奈落】の2パーティに対してどうこうという事はないです」
「おい! そんな弱気だとザルカム王国ごときに舐められるだろ! 分かっているのか!? 貴様がやらないんだったら俺がやるぞ!」
顔を真っ赤にして息を捲いている。すると隣の青い髪のエルフが
「セレアンス公爵……少しは落ち着いてください。マルス。絶対に勝ちなさい。なんだったら私が外から風魔法で援護しましょうか?」
え? あの怖い獣人って12公爵の1人のセレアンス公爵なの……?
「セレアンス公爵、リーガン公爵。安心して下さい。もうすでに6歳の時に戦っている相手です。相手方はメンバーがかなり変わっており、パーティ自体は昔より弱くなっているようです。なぜ【奈落】がBランクパーティなのか分からないくらいです。それにリーダー格も成長していないですし負ける要素はありません」
えーーー!!! 青い髪のエルフがリーガン公爵……ど、どんだけ偉い人達とマルスは話しているのよ……それに負ける要素が無いって……
私が盗み聞きしているとアイク様が私の所にやってきて
「もしかしてマルスを応援しに来てくれたのかい? きっと面白いものが見られるだろうから期待していいよ」
呑気に言ってきた。これからあなたの弟が1対10をやるんですよね? もっとこう……なんというか……するとアイクに1人の獣人が話しかけてきた。
「なぁ。マルスがザルカム王国のやつらと戦った後に俺と戦わせてくれないか? 今度は剣だけでも抜かせて見せるから」
もう勝つこと前提で話している……それに今度は剣だけでも抜かせるって……マルスは剣聖でしょ? 剣を使わないでどうやって相手を倒すのよ? 私が色々考えていると外からリングアナウンサーの声が聞こえた。
「皆さま! ご静粛にお願い致します! ただいまよりエキシビションマッチを行いたいと思います! なお、この戦いは特別ルールで行います! なんと両者の希望により1人対10人で戦います!」
「まずは卑怯にも10人で1人を袋叩きにしようと思っている阿保……失礼……ド阿保を紹介いたします! ザルカム王国第三王子ドアホ・ザルカムの護衛パーティ!【漆黒の闇】と【奈落】の10名です!」
え……? なにこのアナウンス……相手はザルカム王国の第三王子なのよ? 私は心の中で阿保と言っているけどそんなダイレクトにド阿保って……なんてこの学校の生徒は素敵なのかしら!
10人の冒険者と阿保が入ってくると大ブーイングで迎えられた。セレアンス公爵やブラッドと呼ばれた獣人が「ぶっ殺す!」とか「ザルカム王国に侵攻するから首を洗って待っていろ!」とかとんでもない事を言っていた。
セレアンス公爵を見た阿保と冒険者たちは完全にビビっていた。
「続きまして……この10人の阿保たちを成敗してくれる選手を紹介させて頂きます! 剣聖剣聖と呼ばれているが、誰も剣を抜いたところを見たことが……そしてハーレムキングとしてリスター帝国学校の裏番長として君臨する! ご存じ! マルスゥゥゥウウウ・ブライアントォォォオオオオ!」
マルスが会場に入場すると割れんばかりの大歓声だった。地面が揺れて気持ち悪くなる……
だが1つ気になる事を言っていたな……ハーレムキング……? するとアリスが私に
「ハーレムキングって何?」
と首を傾げながら聞いてきた。私が答えようとするとアイク様が
「マルスってとてもカッコいいだろ? 女の子がみんなマルスの事好きになっちゃうんだ。女の子にいっぱい好きって思われる人のことをハーレムキングっていうんだよ」
アリスはこの答えに納得したようだ……リングアナウンサーがまだ言葉を続ける。
「えー、10名の阿保たちの詳細が分かりました。どうやらザルカム王国で活動している……え……? Bランクパーティ……? ……え?嘘でしょ……?」
この言葉に会場中がざわつく。さすがに1対10でBランクパーティは倒せないとか、1対1でも勝てないだろうとか、もしかしたら最初から勝てないと分かっていたからあえて無茶な試合を組んだんだろうとか……
当の本人たちも何やら話をしているようだ。私の自慢の地獄耳で会話を聞いてみると
「お久しぶりです。オリゴさん。僕のこと覚えていますか?」
マルスが悪人面に聞いた。するとオリゴと呼ばれた悪人面が
「あ!? お前なんか知らねえよ。それよりか早くやって終わらせるぞ! さすがにセレアンス公爵とか事を構えたくねぇ」
「そうですか……覚悟だけはしておいて下さい……あなたに直接の非は無いかもしれませんが、唯一あなただけ殿下を止めることが出来たと思います」
なかなか開始の合図がかからない。
どうやらリングアナウンサーはまさかマルスの相手がBランクパーティだとは思っていなかったようだ。しかしリーガン公爵から早く始めろとのサインが送られると、リングアナウンサーが開始の合図をした。
そして信じられないことが起こった。
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