第86話  隠し通路

「先頭は俺とエリー。昔のようにエリーが少し前に出てくれ。俺たちの後ろにガル、イット(イースト)、ミーシャその後ろに、カレンとエーデとミネルバ、ユーリ、その後ろにバロンとドミニク。最後方にマルスとクラリス。この陣形でいく! わかったな!」


 この陣形に驚いていたのは【紅蓮】のメンバーたちだった。


 一番危険な先頭と殿を俺たちに任せたのが信じられなかったらしい。


「グレン、さすがにそれは1年が可哀想ではないか? 儂がいつものようにグレンの隣の方が良かろう」


 小人族ドワーフのガルと呼ばれたガラールがそう言うと、アイクが


「誤解しないで聞いてくれ。これは過大評価でも過小評価でもない。この中で1番強いのは間違いなくマルスだ。俺たち【紅蓮】のパーティで戦っても勝てるかどうか微妙なラインだ。次に俺とクラリスだと思う。総合力ではクラリス、単体戦闘では俺という感じでほぼ互角だ。そしてその次にエリーが来ると思う。正直ほかの1年生はわからないが、序列を見ると恐らくこんな感じだろう。後はほぼ互角だと思うが俺たち4人の力は信じてくれ!」


 【紅蓮】のメンバーは信じられないという表情だった。


 しかしアイクのいう事なので


「分かった。今はグレンの言うとおりにしよう。後でしっかりとわしらの力を証明せねばな」


 ガルがそう言うと生徒会副会長の眼鏡美人のエーデ(エーディン)も


「なんだか妬けちゃうけどガルの言うとおりね」


「ありがとう。この陣形は今回だけだ。こっちの人数が多いからって気を抜くなよ。行くぞ!」


「ちょっと待ってください。アイク兄。ちゃんと戻って来られるか、1回ここを閉めて、中から開けられるかの確認をしませんか? 全員で行くときはここを閉めてから行きますよね? 帰ってきた時ここが開かなくて閉じ込められたくはないので。アイク兄たちは中に入って安全を確認してからまたここまで戻ってきてもらっていいですか? 僕とクラリスはここを開けたまま待機しておきます」


「そうだな。完全に失念していた。では1回俺たちは地下に潜って少し進んだら戻ってくる。その時に閉めてもらって、中から開けられるか確認しよう。相変わらず、マルスの慎重さには頭が下がる」


 そう言ってアイクはエリーと一緒に地下に通じる隠し階段を下って行った。


 他の者はアイクとエリーに続いて、俺とクラリスだけが残った。


 アイクたちはある程度地下の安全を確認すると戻ってきた。


「問題ないようだ。俺が閉めてから開ける。閉めてから10分経っても開かない場合は外からスイッチを使って開けてくれ」


 10分ちょうど経ったくらいで地下への通路が少しずつ開いた。


 少し開いてからは完全に開くまでそう時間はかからなかった。


「地下にはスイッチとかはなかった。完全に一方通行の道らしい。ただ今のように力づくでなんとか開けられない事もない。実際マルスも下に来てくれればもっと簡単に開けることは出来るだろう。ただ最初に知れておいて良かった。ありがとなマルス」


 アイクはそう言ってまた地下に潜っていく。


 今度はクラリスもみんなの後に付いていくが、俺はなかなか降りなかった。


 不審に思ったのかクラリスが「どうしたの?」と言って手を差し出してきた。


 俺は何も言わずにクラリスの手を取って一緒に地下に下りた。


 降りてすぐに入ってきた所を閉めた。


 簡単に閉まった。そう……簡単に……



 地下に降りると幅が4mくらいの通路が真っすぐ南の方に伸びていた。かなり道幅は広い。


 そして壁は土魔法で補強されており、ランプが一定の間隔でかけられており、地下道でもかなりの明るさがあった。



 灯りがあるため、かなり先の方まで見える。


 特に俺は夜目があるから全然苦にならない。



 1kmくらい進んだところで、急にエリーが立ち止まり、みんなを制止させた。特に誰かいるという訳ではなさそうだ。


 するとエリーが俺を最前列に呼んで


「……あれ……鑑定……」


 小声で言うと、それを指さした。


 それは腐ってはいたが、人の腕だった。


 俺は恐る恐る鑑定するとキュルスの腕だった。



 キュルスの遺体はスラム街で発見されたという。だけどここに腕があるという事はもしかしたら……俺の表情を読み取ったアイクが副会長の眼鏡っ子エーデを呼ぶとエーデに鑑定させる。


「あれは、キュルス先生の腕だわ……」


 震えながらエーデが言った。


 そう、アイクは俺が鑑定できる事をバレないように他の者に鑑定を改めてさせたのだ。流石アイクだ……


「キュルス先生はここで死んだのか? それともここでダメージを受けてスラム街で死んだか……それか何者かが左腕以外をスラム街に持って行ったか……ただこれだけははっきりしたな。キュルス先生は殺されたんだ」


 キュルスの白骨化した遺体が発見された時に事故か事件かで相当論争が起こったらしい……


 結局事故と判断されたがこれを発見してしまったら……というか、燃やされた痕跡のある遺体を事故と考える方が、不自然だろう……



 そしてこのリーガンでキュルスとまともに斬りあって勝てる人間を俺は2人しか知らない。


 1人は俺。だけど俺は純粋な剣術だけで倒しきるのは難しい。


 そしてもう1人は言わずもがなライナーだ……



 そして俺はここでおかしい点に気が付いた。


 キュルスが殺されたのはいつだ? そしてこの腕はいつからここにあった? ヨーゼフとヨハンがここを通っているのであれば必ずこれを目にするはずだ……あいつらはキュルスが殺されていたことを知っていたのか? またアイクに相談する案件が増えてしまった。


 その後警戒してしばらく真っすぐ行くと、道が狭くなり周囲の壁の様子も少し違う……ここから先の道は最近作られたのであろう。


 ただ少し歩くとすぐに階段があり、そして行き止まりだった。


 階段を上りアイクが天井部分を俺の目をしっかり見ながら開ける……さっきの入り口と同じような重さなはずなのにすんなり開けた。


 先ほどは10分……そう言う事なのか?



 天井を開くと俺にはここがどこか分からなかった。


 そして俺は今出てきた地下に通じる床を閉じた。


 どうやら大きな家の中のようだが……しかしすぐに気づいたものが2名居た。


 エリーとミーシャだ。


 すぐにエリーがこの屋敷の中を調べ始める。


 そしてミーシャが小声で俺たちに


「ここはスラム街の幽霊屋敷」


 というとカレンが急にそわそわし始めたので、カレンの隣に行きそっとカレンの手を握ると少し安心したようで落ち着きを取り戻し


「ありがとう」


 カレンが目を潤ませ上目遣いで言ってきた。


 あざとい? いや身長差があり過ぎるから手を握る距離だとどうしても上目遣いになってしまうのだ。


 目を潤ませる必要なくない? キュルスの件もあり、相当怖かったのだろう。そして予想外の幽霊屋敷……


 するとやはり反対の手をクラリスが握ってくる。


 こっちもこっちでやはり怖がりだ……エリーは幽霊屋敷の探索を終えると戻ってきた。


 どうやら誰もいなかったようだ。



 戻ってきたエリーとミーシャにアイクが


「お前たち2人はなぜここを知っているのか?」


 警戒しながら聞いてきたので、この前のクエストの件を話すと納得したのか


「こういう事か……幽霊騒動は無人のはずの家にこの隠し通路から上がってきた者がいて、それをスラムの人間が幽霊と勘違いしてクエストを出した……」


 アイクがそう言うと俺に


「そのクエストはいつからあった? 俺たちは新入生闘技大会まで俺が1年生の武術の指導をしていてそれが終わったら指名クエストを受けていたから、今年に入ってからまともにギルドのクエストを見ていないのだ」


「恐らく僕たちが初めてパーティ登録をした日つまり2月15日の時点ではもうありましたよ。うちは女性が多いのでこういうクエストは【紅蓮】の皆さまにやって頂こうと思っていたのですが、なかなか受注されなくて、仕方なく3月1日にクエストを受けました」


 ライナーがリスター帝国学校に来る前にはもう幽霊騒動は起きていた。


 つまりライナーは幽霊騒動には無関係? いやリスター帝国学校に赴任する前からリーガンに居たかもしれない。


 逆にここからリスター帝国学校にいつでも忍び込めるという事でもある。


「アイク兄どうしますか? この通路を放置しておくという事はいつでもここから僕たちのリスター帝国学校に忍び込めるという事です。かなり危ない通路だと思いますが……そして今日はもうこの地下道を使わないで帰りたいのですが」


 俺がそう言うとほとんどのメンバーがびっくりした顔をしている。


 そうか。みんなまさか幽霊屋敷からリスター帝国学校に来るという意識が無かったのであろう……


「それを考えると怖いわよね。リーガン公爵に複数名で生活するように言われていなければ恐くて溜まらなかったわ。さすが校長よね」


 アイクはクラリスの言葉を聞いた後に


「そうだな。この通路はかなり危険だ。だけどこの通路は何らかの犯罪に使われていることは確かだ。恐らくヨーゼフとヨハンもここを通っている。そしてヨーゼフとヨハンもキュルスの腕を見ているはずだ。残念ながらもうあいつらも無関係というわけではないと思う」


 アイクは一気に話して、俺たちを見渡して言葉を続けた。


 やはりアイクもヨーゼフとヨハンがキュルスの腕を見ている可能性に気が付いていたか。


「俺が信用できるのはここに居る13名だ。そのお前たちに決を採りたいのだがいいか?」


 アイクがそう言うとみんなの反応を窺っている。


 みんなが頷くとアイクは話し始めた。


「この件をリーガン公爵に話すか、話さないか。もし話さない場合は、安全の為にリスター帝国学校にある出入口を監視することも考えないといけない」


 女性陣はエリーを除いて全員リーガン公爵に言う方に手を挙げた。


 むしろリーガン公爵に言わないで監視をするという意見は俺とアイクとエリーだけだった。


「じゃあ決まったな。リーガン公爵に言うとしよう」


 アイクはそう言うとゆっくり俺の所に近づいてきた。


 俺はアイクがこれから何をするのか知っていたので黙って頷いた。



 アイクは俺の肩をポンポンと叩くと俺は自分の居た場所をアイクに譲った。


 アイクは俺が先ほどしっかり閉めた床をいきなり開けると地下道から必死に俺たちに見つからないように逃げようとする2つの影を見つけた。


「リーガン公爵! サーシャさん! 逃げないでこっちに来て頂けませんか?」


 アイクが怒鳴りながら言うと地下道からリーガン公爵とサーシャがばつの悪そうな顔をして出てきた。

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