第87話 魔剣ブラム

「リーガン公爵、だから言ったでしょう。もう絶対にマルス君に尾行は出来ないと……」


 サーシャがリーガン公爵に言うとリーガン公爵は


「なんで気づいたの? 今回は相当遠いところから……そして風を最大限警戒していたのに……」


 綺麗な顔を少し歪ませながら聞いてくる。


「企業秘密です」


 とだけ答えておいた。


 まぁ全てアイクのおかげなんだけどね。


 アイクがなぜ今回俺とクラリスを最後尾にしたのか。


 撤退戦でもないのに最高戦力の2人を最後尾に置くという事。


 そしてなぜか地下の隠し通路から出てくるのに時間がかかった事。


 これらを考えると後方の索敵をしっかりしろという事になった。



 最初、俺とクラリスで残った時はクラリスを疑えという事かと思ったが、俺とアイクとクラリスとエリーの絆は本物の家族以上だと俺は信じている。


「さて、どうしますか?ここで話し合いますか?」


 アイクがそう言うとリーガン公爵が


「いいえ、ここで私たちが目立つのは良くないわ。一旦この地下道から戻りましょう。話し合いは学校側のこの隠し通路の入り口が見えるところでしましょう」


 ふむ、やはりこの2人がヨーゼフとヨハンの失踪に関係している訳ないよな。


 俺たちはリーガン公爵の意見に従い元の道を戻った。


 地下道でリーガン公爵はキュルスの腕の所で止まり手を合わせた。


 俺たちもそれに倣った。


 リーガン公爵は「ごめんなさい」と小さな声で呟いていた。


 リスター帝国学校に戻ると隠し階段があるエルフの像から少し離れた所で話をすることにした。


 ミーシャが心配そうにサーシャの顔を窺っている。


 俺はミーシャの肩を軽く叩くとミーシャは俺に身を預けた。


 これから母親が弾劾されるかもしないと思うと不安だよな。


「キュルス先生を殺したのは、あなた達ですか?」


 いきなりアイクがぶっこんだ。


 その質問の答えに一番怖がっているのはミーシャだ。


 恐らくミーシャはサーシャがやったのかもしれないと思っている。


 だからあえてアイクはこの質問を先にしたのだ。


「そんな事あるわけないじゃない! 神や娘に誓うわ! 私はキュルスのことは何も関わっていない! もちろんヨーゼフ君とヨハン君の事にも関与していない!」


 サーシャが怒鳴る様に言った。


 そうアイクはこの言葉を早くミーシャに聞かせてあげたかったのだろう。


「でしょうね。良かったな。ミーシャ」


 俺がミーシャにそう言うとミーシャは少し安心したようだった。


 サーシャも質問の意図に気づいたのか、怒鳴ったことに対して少しばつが悪そうである。まぁ娘の前でいきなりあんなこと言われたら、動揺するわな。


「申し訳ございませんでした。サーシャ先生。ですが最初にミーシャを安心させてあげたくて。ミーシャも悪かったな」


 アイクがサーシャとミーシャに頭を下げた。うん。できた兄だ。俺もこういう風になりたい。


 素直に謝罪をするアイクに対し、サーシャも


「私こそ……大人げなく怒鳴ったりしてすまなかったわ。あと、ミーシャに対しての気遣い感謝するわ」


 アイクの謝罪にサーシャも素直に謝罪する。


 これで少しは話せる雰囲気になったかな。


 ミーシャも心配だったのか俺の手を握る力がとても強かったが、今では柔らかくなっている。表情も少し明るくなった。


「それではキュルス先生を殺したのは誰ですか? リーガン公爵であれば、もう見当は付いているでしょう?」


 アイクがそう尋ねてもリーガン公爵は俯いたままだった。


 アイクが一言


「キュルス先生を殺したのはライナー先生ですね?」


 その言葉にリーガン公爵が


「正確には違うわ……ライナーではない……と思う」


「そう思う根拠は?」


「……ライナーのレベルが18年前から変わっていないから……」


「18年前? どういうことです? リーガン公爵は昔からライナー先生と知り合いだったのですか? 18年前くらいだとライナー先生は……」


「ライナーは18年前のリスター帝国学校Sクラスの序列2位の生徒よ」


 ライナーはこの学校の卒業生か……それにしても卒業時からレベルが変わっていないとなるとステータスもそこまで劇的に変わっていないだろう……あの強さで序列2位って言ったら1位は相当強いのではないだろうか? するとアイクも俺と同じことを思ったのか


「レベルが変わってないで、あの強さで序列2位ですか? なかなか素直に信じることは出来ないのですが……」


「あら? 本当よ。そしてあなた方なら絶対に分かってくれると思うんだけど。当時セレアンス王立学校なんてなかったから、獣人もこの学校に通っていたわ。ライナーの4年前は29歳、今は33歳。誰かと年が同じだと思わない?」


 リーガン公爵はエリーの方を見て言うと


「……パパ……」


 目をパッチリと開けながら言った。そうか。それなら納得できる。バーンズには勝てないな……アイクもすぐに納得した。


「それでライナー先生ではないとするならキュルス先生を殺したのは誰だというのですか? まさか幽霊とでも?」


「いえ……証拠はないけど……ブラムよ……」


 ん? ブラムって人知らない……どこかで聞いたことあるような?


「誰ですか? それは」


 アイクが少し苛立ちリーガン公爵に詰め寄る。


「ライナーが装備している魔剣ブラム……多分ブラムがキュルスを殺したのだと思うわ……」


「剣が自分の意志で人を殺せるわけ無いではないですか!」


 アイクが珍しく声を荒らげてリーガン公爵に言うとリーガン公爵は


「あの剣はね。呪いの魔剣インテリジェンスソードなのよ……もともとあの剣は【ブラム・チェスト】というライナーと同じ年でリスター帝国学校Sクラス序列5位の子よ」


「人が剣になったのですか?」


 俺がそう聞くとリーガン公爵が頷く。


 そんな事信じられるか? するとアイクが


「どういうことかしっかり聞かせてください」


 アイクの真剣な眼差しにリーガン公爵は諦めたように頷いた。


「18年前の5年生はSクラスが5名いたの。そのうち3人が獣人で、2人が人族。それぞれバーンズ卿がリーダーの獣人だけの3人パーティとライナーとブラムの2人パーティね。この2つのパーティは仲が良かったのかは知らないけどお互いをよく高めあっていたわ。そして5年生になった時にライナーは剣王の称号を手に入れたの。


ライナーは今までずっと勝てなかったバーンズに試合を申し込んでね。今まで僅差で負けていたから剣王の称号の効果で勝てると確信していたの。だけど結果は惨敗。実はそれまでずっとバーンズは手加減をしていたの。ただ今までと違うのはバーンズもあまり手加減が出来なくてライナーの装備していた剣を戦闘中に折ってしまったのよ」


 素手で剣王の剣を折るなんてどんだけ強かったんだよ……エリーの方を見ると誇らしげな顔をしている。


「それからライナーは剣の質に頼るようになってね。剣狩を始めるのよ。ただ最初のころの剣狩は最近までと違う。ちゃんと健全なものだったの……


 お互いに剣をかけて戦う。両者同意の下で行われるしっかりとしたものだったわ。私も何回か立ち会った事あったけど、負けた相手も納得していたわ」


「最初は……ですか……」


「えぇある日クエストをこなすためにザルカム王国にライナーとブラムが行って、ザルカム王国の貴族の子供……子供と言っても相手は成人していたらしいわ、その子と剣狩の勝負をして、見事にライナーが勝ったのよ。その時にザルカム王国の子供が少し傷ついてしまってね。


その子の親が傷つけられた報復に魔族たちを雇って、ライナーに呪いをかけようとしたらしいの。だけどライナーが次期セレアンス公爵と仲がいいと知ったその子の親はライナーに呪いをかけるのをやめたのよ。ただ気が収まらない親はライナーのパーティメンバーのブラムに呪いをかけたの。


クエストを受けている最中にブラムが攫われてしまって気が付いたらブラムはもういなくなっている。1本のな剣が後日ライナーに届けられたの。それが生まれ変わってしまったブラム、魔剣ブラムなの。


その頃からライナーの様子がおかしかったらしくてね。どんどん剣も白から赤に染まっていったらしいわ。私がその剣の色は人の血の色だと気づいたのはもうライナーがリスター帝国学校を卒業した後だったの」


「一つ教えてください。呪いってどうやってかけるのですか?」


 俺は呪いがとても気になっていた。


 なんせエリーも呪われていたからね。


「呪い……呪術は魔族の呪術師というものたちが使えるわ。ただし呪いをかけるにはたくさんの呪術師が必要よ。それもかなり時間をかけて呪わないとダメなのよ。実際に私も何度か見たことあるけど、私たちが普通の状態であれば絶対にかかることは無いわ」


 今度はアイクが


「すると魔剣ブラムが1人でに勝手に歩いてキュルス先生を殺したとリーガン公爵は思っているのですね?」


 アイクがリーガン公爵に突っかかる。


「いえ……ライナーの体を使ってキュルスを殺したのだと思う……私が簡易鑑定するとずっとライナーは呪われているわ……18年前から……最近ようやく昔のライナーに戻った気がするけどまだ呪われていると思う。ライナーは……ブラムは鑑定されることをとても嫌がるから、最近は全く鑑定できていないけれども……」


「アイク兄。リーガン公爵が仰ることに多分嘘はないと思います」


 アイクはリーガン公爵の言葉を信じられないと思ったのか詰問しようとしていたようなので、俺がアイクにそう言ったのだ。


「そう……か。ライナー先生には記憶があるのですか? キュルス先生を殺した記憶や他の冒険者を殺した記憶が」


「多分だけど、あると思うわ……ただ何となくと言う感じかもしれない。ライナーは何度か自刃をしようとしたらしいの……全てうまくいかなかったらしいわ……・恐らくブラムのおかげね……」


 ブラムのではなくと言う所にリーガン公爵のライナーに対する思いが伝わる。きっとライナーを助けたいのであろう。


「では何故キュルス先生は殺されなければならなかったのですか? ライナー先生が……ブラムがキュルス先生を殺す理由が分かりません。キュルス先生の持つ剣は良いものだとは思いますがマルスやバロンの剣よりかは確実に劣ると思います」


「それは私がキュルスにライナーの内偵調査を依頼したからです。ライナーがもし正常に戻っているのであれば、是非うちの学校の武術を教えてほしいと思い、依頼しました。それがこんなことになるとは……」


 リーガン公爵が涙で声が詰まるとサーシャが代弁した。


「入試試験2日目にマルス君が涼しい顔でキュルスと剣戟を結んでいたでしょ? 私がそれをリーガン公爵に報告したら、マルス君がこのままリスター帝国学校に居ても成長できないかもしれないから、正常に戻っていたらライナーを雇おうと言ってね。絶対に無理はするなと私からも念を押していたのだけど……」


 少しは俺のせいでもあるのか……


「ではブラムの能力やステータスを教えてください。何か変な魔法を使ったりしませんか?」


 俺がそう言うとリーガン公爵が涙をこらえながら


「ブラムは空間魔法という魔法を使えました。物の座標を変える事と空間に何かをしまうくらいのことしかできませんでした。物の座標もせいぜい2、3メートルしか移動できなく、空間にも1、2本のライナーの剣をしまうことくらいしか出来なかったと思います」


 これで急にライナーが目の前に来たり、剣が目の前に現れたりする謎が解けた。


 未来視ビジョンもライナーの未来の攻撃を視るよりもブラムの未来の攻撃を視た方がいいかもしれない……


「僕らから最後にもう一つだけ。もしも魔剣ブラムを砕いたらライナー先生は解呪されますか? あと先にライナー先生を解呪したら魔剣ブラムはどうなりますか? 依り代をなくした呪いの魔剣インテリジェンスソードがどうなるのかが知りたいです」


「全て憶測の話になってしまうわ。多分魔剣ブラムを砕いてもライナーをしっかり解呪しないとライナーには何かしらの呪いが残るかもしれない……


先にライナーを解呪した場合だけどこっちはライナーの精神が怖いわ……魔剣ブラムを見て正気に戻ったライナーはどう思うのか……依り代をなくしたらまた他の犠牲者が増えるだけだと思うわよ……


私の勝手な考えなんだけど……私はライナーに罪は無いと思っているの……そしてブラムにはもっと無いと思う。恐らく魔剣ブラム自体も呪われていて自分の意志とか無いと思うの。当然全ての犯行はライナーの躰を使って行われているわ……一番悪いのはライナーに呪いをかけた貴族の親だと思うの……」


 まぁ気持ちは分かるが……


「僕に一度だけチャンスをくれませんか? ライナー先生とブラムをなんとかします」


 俺がそう言うとリーガン公爵は


「どうやってよ……?」


「ライナー先生は……ブラムはクラリスの事が苦手ですからそこを突こうかと思います。基本的には僕しか戦いませんので」


 なぜライナーがクラリスと戦った時に具合が悪くなったのか、分かった気がした。


「どうすればいいの?」


「窓がなく、外からは絶対に中の様子が分からない、そして壊れてもいい、頑丈な建物を用意してください。そこにライナー先生を連れてきてくれれば、後は僕の方でなんとかします。その際ヨーゼフとヨハンが何らかのアクションを起こす可能性がありますので、皆さん外の警戒をお願いします」


 最後の一言は全くのでたらめだ。中の様子を他の者に知られたくないからな。


 するとリーガン公爵が


「分かったわ。2週間ちょうだい。なんとかするわ」


 そして2週間が経ちライナーと決着をつける時が来た。

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