第2話 難問の怪 -解- その2


 ぼんやりと景色を眺めながら、そんな取りとめのない思考を巡らせていると、ちょっとした揺れを感じた。


 列車がゆっくり止まるとき特有のそれ。

 

 もちろん緊急停止ではない。

 窓の外には駅のプラットホームが見えた。


 比較的小さな駅のようで、乗り降りする人たちはほとんどいない。


 アスファルトが陽炎をにじませている。

 真夏の太陽に照らされた地面は、さぞ熱いことだろう。


 どこの乗車口から染み入ってくるのか、蝉の謳歌おうかも聞こえてきた。



 再び、ゆっくりと列車が動き出した。


 ──答えは一体、なんだったんだろうな。


 ふと、先ほどの少女が出した問題の答えが気になった。さきほど座っていた席を見れば、少女の姿はなくなっていた。


 知らないうちに、この駅で降りたのだろうか。


 あまり気に止めることでもないのだが、ちょっとした罪悪感が胸をくすぶった。


 もう少し付き合ってもよかったかもしれない。大人気おとなげないことをしたかもな。


 そう思いつつ、蒼伊は席を立った。


 汗が引いて少し肌寒くなったのと、アイスコーヒーを飲んだせいだろう。トイレに行きたくなった。


 その前に……。

 蒼伊は通路に出て、視線を巡らせる。


 後ろの席の足元とかにチラホラ小銭が落ちているのを認め、頬をかいた。


 うん、やっぱり散らばってるなぁ。


 このままだと後で駅員に迷惑をかける。

 立つ鳥跡を濁さず、とも言うし。


 そんなおためごかしな口上を胸に、そそくさと小銭の回収に努めることにした。


 しかしその実、原動力の要因は金欠だからというのが一番大きかったりする。


 来週以降バイトの頻度を増やさないとまずいかもしれないなぁ、なんてことが頭の片隅をよぎった。


 思った以上にぶち撒けていたらしく、てんでバラバラに小銭が落ちていた。列車の慣性も働き、遠くまで転がっているのもある。


 それほど乗客がいなくてよかった。

 さすがに多くの乗客の視線を受けながら、こんな醜態を晒すのは気が引ける。



 ……さて、と。


 あらかた見つけた小銭を回収してポケットに突っ込みつつ、蒼伊は後方の車両に向かった。


 座席前の列車案内。自分がいる車両のすぐ後ろ隣の車両に、お手洗いのマークがあるのを事前に確認していた。


 ガタリとスライド式の自動ドアが開く。

 お手洗いに目を向け、蒼伊は真顔で足を止めた。


 その扉の前には『故障中』と書かれた看板が鎮座していた。

 ここのトイレは現在、使用禁止のようで。


 小さくため息をつく。

 どうも今日はらしい。


 大きな問題はないが、ちょっとした不運が積み重なっている。

 たまにこういう日、あるよな。


 こんな状況の打破には、何かしらが必要だ。

 そんなものはない。……少なくともここには。


 仮にあったとして、目の前で故障中の看板が吹っ飛んだりしたら、笑う。シュールすぎる。



 ないものねだりの思考を振り払い、仕方なく先ほどの車両に戻った。


 何をウロウロしとるのだという、乗客たちの胡乱げな視線を足早に受け流しつつ、さらに前の車両に向かう。


 前の車両に来た。

 パッと見た感じ、この車両も人が少ない。


 この列車は居心地やデザイン性を重視しているのだろうか。座席の背もたれがやけに高い。

 それで乗客の頭が覗きにくいのも一因だろう。


 座高が高い人でない限り、席を覗き込まないと、座っているかどうかも分かりづらい。


 蒼伊は足早に、車両の通路を通り抜けた。


 ぐおんと音が鳴った。あたりが少し暗くなる。

 トンネルに入ったらしい。

 籠もったような低音が耳にまとわりつく。



 ガタンと軋んだ音を立て、目の前のスライドドアが開いた。

 トイレに向かおうとした足は、一歩踏み出したきりピタリと止まった。


 故障中のデジャブ、ではなかった。


 蒼伊は目を見張った。

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