黒猫のクロ

可憐

第1話

 ある日のことです。

 一匹のネコが道端を歩いていました。

 毛並みは短めで毛色が黒で瞳の色も黒で全身が真っ黒なネコです。

 そのネコはトコトコとある一軒家に入っていきました。

 入っていくとすぐに脇にある縁側へと向かい、一声、ニャー、と鳴きました。

 するとその鳴き声で来たのか一人のお婆ちゃんが縁側の奥から出てきました。


「おやおや、今日も来てくれたんだね。さぁおいで」


 お婆ちゃんがそう言うとネコは、ストンっ、と身軽に縁側に上がりお婆ちゃんの膝の上へと乗り、ゴロリ、と横になります。

 お婆ちゃんはそんなネコに驚きもせずに膝に乗ってきて横になったネコを優しい手つきで撫でていきます。


 ポカポカと暖かい空気が流れる中でネコもお婆ちゃんもゆったりとした時間を過ごしていた。


 いつの間にか日が暮れて空がオレンジ色になった頃、ネコは、ピンっ、と耳を立てて起き上がり、お婆ちゃんの膝から降りると、ぐーっと伸びをして縁側を降りる。

 そしてありがとうと言うように、ニャー、と一声鳴きその場から離れる。

 トコトコと歩いている間にお婆ちゃんが手を降って見送っていた。


「また、おいで。クロ」


 クロと呼ばれたネコはまた、ニャー、と鳴いた。






 私の名前は、クロ。

 女の子。

 元々野良猫の母親から生まれたから、生まれたときから野良猫だ。

 だから本当は名前なんてなかったんだけど、ある日、道を歩いて道路を渡ろうとして車とぶつかっちゃった事あるんだけど、すぐに車の持ち主が病院に連れていってくれたから私は今、こうして生きている。

 その時の車の持ち主から毛色も目の色も黒い私を見て[クロ]って名前を付けてくれたんだ。


 だから私の名前は、クロ。


 実はいつも通ってるあのお婆ちゃんが名付け親なんだ。

 怪我をして私は二人の家にいたとき、お爺ちゃんもいたんだけど、いつの間にかいなくなってたんだよね……どこに行っちゃったのかは私は分からなかった。

 なんだか数日は人がゾロゾロ来ていて私みたいな色の黒い服を着た人達がたくさん来たのは覚えてる。


 人がいなくなり落ち着いた頃、お婆ちゃんから私に話しかけるように言ってきた。


「クロ、お爺ちゃんは遠い遠い所に行っちゃったんだ……でもお空の上で私らを見守ってくれてる」


 そう言って私を撫でながら泣いていた。

(泣かないで、お婆ちゃん。私がついてるよ)


 それでも怪我が治るまで家にいてお婆ちゃんの膝の上で休んでたからお婆ちゃんの膝の上は大好き。

 だから今日もお婆ちゃんの家に行った。

 私の大好きな膝の上で今日はいい天気だったから気持ちよくてお婆ちゃんの膝の上で寝ちゃった。


 怪我が治った時、お婆ちゃんの家にずっといようかと思ったけど、生まれたときから野良猫の私は外に出たくてたまらなくなってしまった。

 それを感じたのかお婆ちゃんが私を外に出してくれた。

 久々の外でやっぱり私は野良猫なんだなって思った。

 お婆ちゃんの側にはいたいけど、どうしても本能に逆らえずに私はその場から離れた。

 離れた時、お婆ちゃんの顔が悲しそうだった。


 でもお婆ちゃんの膝の上が忘れられなくて、毎日昼から夕方にかけて私はお婆ちゃんの所に通う。

 今日もまたいつものように大好きなお婆ちゃんと膝の上でポカポカ陽気に当たる。


「クロ、毎日来てくれてありがとうね。お婆ちゃん、嬉しいよ」


(私も嬉しいよ。大好きよ、お婆ちゃん…)


 こうして今日も私は夕方までお婆ちゃんの膝の上で過ごした。


「また、おいで」


 ニャー、と私は返事をすると仲間の所へと帰っていく。

 仲間の所へと帰るといつものように言ってくることがある。


(お前、あのお婆ちゃんが大好きなら、その家の飼い猫になればいいじゃないか?)

(そうね…でも、どうしても私は野良猫のような自由気ままが止められないの)


 そうやっていつものように仲間達に言って仲間はやれやれと呆れた感じになってそれ以上何も言わなくなる。

 そう…私はお婆ちゃんが大好きだけど今のままの生活も止められない。

 だから明日もお婆ちゃんの所に行っちゃうんだろうな。

 そう思いながら私は眠りにつく。


 次の日は、最悪で、私達が嫌いな雨だった。

 私も雨は嫌いだ。

 だってお婆ちゃんに会えないから……。

 早く晴れないかな……お婆ちゃんに会いたいよ。


 次の日もまた次の日も雨だった。


 今日もお婆ちゃんに会えそうにないな……。

 その時だった。

 他の仲間達が急いで、高いところに逃げろ!、って叫んでいた。

 私はよく分からなかったけど、必死な仲間達に誘われて高い場所に逃げた。

 そこから見たのは川から水が溢れだして家が半分くらい沈んでるのが分かった。

 私は、ゾッとした。

 もし逃げ遅れてたら私は……お婆ちゃん!お婆ちゃんは大丈夫だろうか……確かめたい、でも水が苦手で泳げない私は、確かめる事も出来ない。

 仲間達にも確かめたけど逃げるのに必死で分からないとの事だった。

 どうか無事でいて、お婆ちゃん。


 その後、やっと晴れたのは7日後だった。


 その間に仲間達によると人間が壊れてしまった川を直してなんとかしたらしい。

 水は未だに残っていて私達は逃げた場所から動けなかった。

 私は早くお婆ちゃんが無事か知りたかった。


 それから何日が経ったかは分からないけどやっと水がひいては少しだけ泥が残ってるだけになった。

 私は急いで、少しだけ泥だらけになりながらもお婆ちゃん家に急いだ。

 お婆ちゃん家が見え、いつものように縁側へと向かうと、畳やタンスなどが置いてあった。

 そんなの関係ないと、いつもより大きな鳴き声で、ニャー、と鳴いた。

 いつもならすぐに出てくるお婆ちゃんが出てこない。 

 もう一度、ニャー、と鳴いたが出てこない。


 ニャー、ニャー、ニャー。


(お婆ちゃん、お婆ちゃん、お婆ちゃん!)


 やっと鳴き声に気づいたのか誰かが出てきた。


「ネコ?もしかしてここのお婆ちゃんの飼い猫か?」

「ネコなんて飼ってるなんて聞いたことなかったけどなぁ」

「あ、そういえば……いつもお婆ちゃんに会いに来てる野良猫なら見たことある、このネコちゃんじゃない?」


(誰?お婆ちゃんは無事なの?)


 私はそのお婆ちゃん家にいる3人の人間を見つめた。

 離れない私を見た人間が私に近づいてきた。 


「お婆ちゃん、今はね避難所にいるよ。後で私が連れていってあげるわ」

「今、連れていってあげなよ。ネコちゃん、凄く会いたいって言ってるみたいだし」

「そうね。じゃあ行ってくるわ、行こうかネコちゃん」


 よく分からないけど女の人に抱き抱えられ、私はお婆ちゃんの家から出てしばらく抱き抱えられたまま歩いてテントがいっぱい建ってる所に着いた。

 私はキョロキョロと回りを見て、お婆ちゃんを見つけると女の人の腕の中から飛び降りてお婆ちゃんの所へと向かった。


 ニャー!


 私が強く鳴くとお婆ちゃんがこちらを振り向いた。


「クロ!」


 私はすぐにお婆ちゃんの腕にすり寄った。


(お婆ちゃん、良かった無事で……本当に良かった!)


「クロ、無事だったのかい。良かった良かった!」


 お婆ちゃんは私を抱き締めた。

 暖かくて、とても安心した。

 もうずっと離れたくないって思った。


 その日から私は決めた。

 お婆ちゃんの飼い猫になるって。

 たまには野良猫みたいに外に出ていくけど、必ずお婆ちゃんの所へと戻ってくる。


 チリーン。


 私の首輪に付いてる鈴がなる。


「クロ、おいで」


 ニャー、と鳴くと私はピョンっとお婆ちゃんが寝ているベットに乗り移る。

 お婆ちゃんはもうずっと寝たっきりになっていて、大好きな膝の上で過ごせないけど、こうやって隣でゴロリっと横になってお婆ちゃんに頭を撫でらるのが今、私が1番好きだ。

 ずっとこの日が続けばいいと思った。


 でもある日……。


 バタバタとお婆ちゃんの家族が忙しなくなった。

 そしてどこはかに出掛けてしまった。

 この光景は見たことある。

 あの時と一緒だ……お爺ちゃんがいなくなってしまった時と。

 まさかお婆ちゃんも……?

 私はお婆ちゃんのいる部屋へと向かい入ったけどそこにお婆ちゃんはいなかった。

 家の中探したけど見つからなかった。


 少し経ってお婆ちゃんの家族が帰って来たけど泣いていた。

 すぐに女の人が私に近づくと泣きながら言った。


「お婆ちゃん……死んじゃった、クロ」


 死んじゃった……?それってお爺ちゃんみたいにもう2度とお婆ちゃんに会えない事?

 そう私は気づいたのは少し経ったときだった。


 やっぱりお爺ちゃんの時と同じように私と同じ毛色の服を来て皆、泣いていた。


(お婆ちゃん……お爺ちゃんの所に行っちゃったんだね)


 私は隠れて泣き続けた。

 ポロポロと涙が止まらなかった。

 お婆ちゃんの家族に心配されるくらいご飯も食べなかった。

 このままお婆ちゃんとお爺ちゃんの所に行けるかな……。


 そんなことが3日経った時だった。 


 私はいつものようにねぐらに引きこもって泣いてた時だった……お婆ちゃんとそしてお爺ちゃんの声が聞こえてきた。

 私はねぐらから出た。

 チリーンと私の付いてる鈴が鳴った。

 そこにはお婆ちゃんとそしてお爺ちゃんがいた。


「クロ、ありがとね。でも、ちゃんとご飯食べないとな」

「でも!寂しいよ。お婆ちゃんもお爺ちゃんもいなくなっちゃって……」

「クロ、生きるんだ」


 生きる…?お婆ちゃんもお爺ちゃんもいないここに?やだよ!寂しいよ。


「いつか会えるよ」

「いつか会える?会えるの?」

「ちゃんとご飯食べてちゃんと生きたらきっと会えるよ」

「そうだ。だから生きてくれ、クロ」


 うん、うん……だから、絶対また会おうね。

 その時は、また可愛がってね。


「あぁもちろんだ。なぁ婆さん」

「あぁいつでも待っているよ、クロ」


 そう言ってお爺ちゃんもお婆ちゃんも私の頭を撫でて消えていった。

 私はハッとして目が覚めた。

 夢だったのかと思ったけどまだ微かに残る頭を撫でてくれた感触……夢じゃなかった。


 生きる…私は精一杯生きるよ、お爺ちゃん、お婆ちゃん。


 その日から私はご飯を食べて家族と遊んで、たまには外に出て仲間達と遊ぶ。

 そんな変わらない日を続けた。





 あれから何年経っただろうか……。

 周りを見ると家族が泣いてる。

 ついに私にもその日が来たみたい。

 色々あったなぁって色々と思い出して泣けてきた。

 でもこれでやっとお婆ちゃんとお爺ちゃんに会えるんだよね。

 私、精一杯生きたよね?

 最後に、周りの家族に心からありがとうと言うために小さくニャー、と鳴いた。

 そして私はゆっくりと息を吐いた。




 暖かい感触と懐かしい匂いでゆっくりと目を覚ますと私は大好きなお婆ちゃんの膝の上にいた。


「お婆ちゃん、お爺ちゃん」

「クロ、よく生きたな。頑張ったな」

「これからはずっと一緒だよ」


 私はゴロゴロと甘えるように喉を鳴らしながらお婆ちゃんの膝の上で横になる。


「うん。これからはずっと一緒だよ、お爺ちゃん!お婆ちゃん!」

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黒猫のクロ 可憐 @hiiragi_Karen

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