第6話

「彩さん、あたしも好き」


ギュッと抱き返す。心は彩さんとハグしているけど、服越しにも分かる筋肉の固さだとか、逆に背中に感じる掌の大きさに、男の子の身体を意識してしまう。


ヨウと抱き合っている、その事で、あたしはお腹の下の方がジンとして来ていた。でも何故か抱き合っているうちに、だんだんヨウ=彩さんの腰もモジモジ動き出して、息も荒くなっていく。


「どうしたの、彩さん?」


「ねえ、いろはぁ。コレが、おかしい、すごく切なくて、ねえ助けて…」


彩さんの指差す先は、現在の依代であるヨウの股間のソレだった。見たことないほど大きく膨らんで、ズボンの布地を押し上げている。


「いろはの笑顔を見てたら、急に疼きが強くなって、熱くなってきちゃった。ねえ男の子ってこんなヤバいの? 」


「ちょ、ちょっと待って、落ち着いてよ。」


ヨウ=彩さんは鼻の穴を膨らませて、こっちににじり寄ってくる。瞳孔が完全に開いてる。ちょっと、待ってよ。


「もうダメ、切なくて我慢できない。今すぐ、今すぐいろはに入れたいよぉ。」


「彩さん、いったん、一旦落ち着こう」


何とか落ち着かせようとするけど、こんなの無理だ。


「落ち着けないよぉ、こんなの。もう、ヨウがあんなに焦ってたのが分かったわ、これヤバい。良い? 良いよね、私の事嫌いじゃないんでしょ」


あたしに覆いかぶさって、半ばムリヤリに目的を達成しようとしてくる。さっきまでとは全然違う、本能に押し流されてる。


「ちょっと、待ってよ彩さん、ゴムつけてくれないと孕んじゃうよぉ。」


「着けたら良いの? 着けたら良いってこと?」


迷子の子供みたいに不安そうに、彩さんが聞いてくるので、不覚にも、カワイイなって思ってしまった。それにしても、彩さんをこんなにしてしまうなんて、男の子の欲望ってスゴイ。


結局、押し切られるようにして、あたしはヨウ=彩さんの侵入を許した。というか、ヨウの切なそうな表情にキュンとして、受け入れてしまった。


精神あやは初めてでも、肉体ヨウは何度も経験済みだからか、本能的なものだからなのか、行為そのものはスムーズに進み、力強くあたしを抱きしめるヨウ=彩さんの腕の中で、 あたしは頂点に達した。


「いろはぁ、あいしてるぅ…」


どのくらい、抱き合っていたのだろう。脳が徐々に冷静さを取り戻し、周りの事も分かるようになってきた。あたしの上にはヨウ=彩さんの心地よい重さが感じられる。


目を開いて顔を見てみる。


彩さんは笑っていた。


今までと違う笑い、満ち足りた様な。ヨウも彩さんもこんな表情してるのを見たことは無い、でもどっかで見たことがある様な。


「いろは、ありがとう。」


おかしいぞ、体の周りが薄く光ってるように見える。


「愛してる。ヨウと仲良くね。」


あたしは、ハッとした。この笑顔、修学旅行で行ったどっかのお寺の有名な仏像とそっくり。 ヨウ=彩さんの周りの光が、さらに強くなる。


え、これって、成仏するってこと? あたしとエッチして満足したってこと?


やだ。


「やだよぉ、彩さんいっちゃやだぁっ!」


やだ、やだ、やだっ。いなくなっちゃあ、イヤだっ! 絶対に行かせないっ! どんなことをしてでもっ!


ヨウ=彩さんは少し困った様に、笑っている。


その顔、ヨウの顔を見て、あたしは閃いた。そうだっ、彩さんはまだヨウの身体の中、被暗示性抜群のヨウの中。それなら、ヨウの感覚器官を、脳を通して彩さんにも、催眠かけられるかもっ!


やってみるしかないっ! またお別れなんて、イヤだあっ!!


あたしは催眠に落ちるキーワードを放っていた。


「ちればいろ、とどまればいろ、あなたは深い催眠へ落ちていくっ!」


効くはずっ、効いてぇっ!


グリン。


ヨウ=彩さんが、白目をむいて、表情を失った。上半身がゆらりと揺れたかと思うと、そのまま重力に引かれてこっちに覆いかぶさってくる。


同時に、あの光も消えた。


催眠に、入った!!


「そう、いい子だよ。あなたはキーワードを聞いて、催眠状態に入りました。これからゆっくりと、さらに深い、もっと深ーい所へ落ちていきます。大丈夫、不安はありません、あたしが一緒にいるから安心して落ちていけます。」


「催眠、落ちていく…」


「そう、ゆっくり呼吸を繰り返す。吸って、吐いて、吸ってー、吐いてー。呼吸をする事はとっても気持ち良いこと、あなたは息をしているだけでもっと深い催眠にかかっていきます。」


すーぅ、はーぁ…


「そう、その調子。呼吸を続けますよ。」


すーぅ、はーぁ…


「呼吸をする事は、とっても気持ちがいい。言ってみて。」


「こきゅうをするのはとてもきもちいい…」


「そう、言葉に出すと、自分の脳に刻み込まれる、もっと気持ち良くなれる。」


「ああ…」


目を閉じ、唇を軽く開いて、夢見るような表情のヨウ。あたしは、ふと不安になった。これってもしかして、彩さんは抜けちゃってヨウに催眠かけているだけなんじゃないだろうか。


「あなたは今、深ーい、深ーい所を漂っています。周りは暖かな、きれいな空気で満たされているので、あなたの手足もポカポカして来る。こたつでうたた寝してるような、意識があるのかないのかはっきりしない、とてもきもちいい状態。今あなたは深い催眠状態、意識がぼんやりして、素直になれる状態です。」


手足の肌がポウッと紅く染まって、血色がよくなっているのが分かる。


「これからあたしが、質問をします。聞かれることに、あなたは素直に答えることができます。素直になる事はとても良い事、そうするとあなたはとても気持ちよくなる。」


「はい…」


「では聞きますよ。まず、あなたは誰ですか?」


「わたし、は、さかせがわ、あや。」


オッケー、上手くいってた。 それじゃあ…


「あなたの好きな人を教えて下さい。」


「くればやしいろは、ちゃん。」


ううっ、ヤバい。ヨウ=彩さんに好きなんて言われたら、ヨウと彩さん両方から言われてる気分になっちゃう。幸せすぎる、あたしニヤニヤしてる。あーもっと言って。


「では、あなたはその人と、何をしている時が一番幸せですか?」


「ぜんぶ。」


え?


「ぜんぶ、なんでも。どんなときもいろはがだいすき。」


あたしの眼から、涙がボロボロと流れ落ちた。


「彩さん、あやさぁん… あたしも大好き。」


「? 泣いてるの、いろは?」


薄く目を開いて、ヨウ=彩さんが心配そうにする。催眠が浅くなっているんだ。


「彩さぁん、あたし、彩さんともう二度と別れたくない。だから催眠で彩さんがあたしから離れられなくするよ。」


ヨウ=彩さんは黙っている。


「あたしの目を見て、そうじっと。じっと見つめるの。じっと見ていると、だんだん瞼がピクピクしてくる、目を開けているのがおっくうになる。でもまだ開いていなきゃいけない。そうじっと、あたしの目を、見つめて。その事以外は何も考えられなくなってくる。」


だんだん、瞼が落ちていく。


「そう、頑張って開いているけど、もう限界。限界を超えたらそのまま、今までで一番深い所へすーっと落ちていく。それはすごく気持ち良い事。さあ、もう限界ね、3つ数えると、あなたは目を閉じて、深い催眠状態におちていきます。数えますよ。」


いち、にい、さん!


グラリと身体が傾いて、ヨウ=彩さんが力なく寄りかかってくる。あたしはそれを優しく抱きとめて、耳元で囁いた。


「彩さん、彩さんはいろはが大好き、いろはも彩さんが大好き。二人はもう離れたくない。あなたの脳に刻み込むわ、もういろはと、別れたくない。」


あ、それから。


「それと、この部屋にはいつももう一人、大事な人がいます。あなたの大事ないとこ、ヨウ。いろははヨウの事も大好き、だからあなたもヨウの事が大好きになる。」


「よう、だいすき…」


「あなたはここでいろはとヨウと一緒にいたい、ずっと一緒にいたい。この気持ちはあなたの脳に刻み込まれて、その通りになりますよ。さあ、自分で言ってごらん。」


「いろは、と、ようと、いっしょに、いたい…」


「ずっと一緒にいたい。」


「ずっと、いっしょに、い、たい。」


「よく言えたね。もうあなたの心からはその気持ちが消えることはありません。もう別れることはありません、大丈夫、ずっと一緒。」


ヨウ=彩さんが、ゆっくりとうなずくのを見て、あたしは催眠を解くためのカウントアップを始めた。もちろん心に刻まれた暗示は、表面上は忘れていても、心の奥に刻み込んで消えない様にして。

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