第4話

ドアを開けると、ソファベッドの上には抜け殻みたいになったヨウが転がっていた。 ドタドタとあたしが入って行くと、天井を見上げていた瞳が面倒くさそうにこちらに向く。


「なに」


息を吐く気力もないです、とばかりの声。


「ヨウ! 彩さんに会ったんだね」


「え、じゃあ、いろはも?」


突然スイッチが入ったかの様に、ガバッと起き上がり、身を乗り出して来る。まったく、彩さんのことになったらコレだよ。


「会った。今からもう一回会わせてあげる」


タバコの缶の蓋を開けて、一本取り出す。それを咥えて、隣にあったライターを手に取る。


「お、おい、なんだよ、タバコなんか…」


「いいから、見てて」


あたしは、ゆっくりとライターに火をつけて… そのまま固まった。 で、これからどうするんだっけ。タバコなんて吸ったことないよー。


「…火を近づけて息を吸うんだろ」


自分もタバコバージンのくせに偉そうにアドバイスしてくるヨウに促され、あたしは恐る恐る息を吸ってみた。異様な匂いの煙が口の中から喉に充満する。


うえっ、煙い、煙いよっ、息できない、窒息する!


ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ。


盛大に咳き込む。酸素が足りない、頭がクラクラして、意識がスーッと遠のく感じ。あ、なんかタバコなめてたかも、貧血を起こしたみたいだ。 あ、まっしろに、なる…


………


……



〜〜〜


「もう、いろはに乗り移ってもしょうがないのに…」


ふうっとたばこの煙を吐き出し、いろははぼそっと言った。


「いろは?」


「いろはじゃないわよ。ホント何考えてるんだか」


口の端をちょっと歪めて、不満そうに呟く。


「彩ねえ…」


「もう、ヨウがふて寝しちゃったからその後が大変だったんだよ、いろはに気付いてもらうの。ま、水族館に行ってくれたのはラッキーだったかな」


「え、あ、なんの事かわからないけど、彩ねえ、さっきは…」


「ああ、ごめんね、あの娘のおっぱい、触りたりなかった?」


「いや…」


「でも、いろはの方がすごいよ、コレ何カップなんだろう。それにこの弾力ヤバ、ねえ触ってみる?」


ブラウス越しにむにゅっと変形させる。


「そうじゃなくて、僕は彩ねえと…」


「ん? ああ、そうだったね、ヨウは、私の事が…」


今までのはしゃいだテンションから、急に優しげな口調になる。


「ねえ、ヨウ…」


何かを言いかけて、止めた。


「何、彩ねえ。言ってよ。」


「あー、んと、何でもない。ごめんね、ヨウ。」


謝りながら、近づいてくる彩ねえと口付けを交わす。


くちゅ、くちゅうっっ。


舌を絡ませる濃厚なキス。


「何が、何でもないんだよ」という台詞が、いろは=彩ねえの甘い唾液に溶かされて、タバコの匂いに脳が痺れていく、理性が判断力が溶けて消えていく。


「ヨウ、咥えて。」


いろは=彩ねえが吸いかけのタバコをつまむようにしてすすめてくる。吸い口に移ったピンクの口紅に誘われ、僕は、彩ねえの言葉に従った。


「息、吸って。肺の奥まで、スーッと。」


言われるままに、大きく息を吸うと、煙と一緒に彩ねえが入ってくるのが感じられ、僕はそのまま気を失った。


〜〜〜


目が覚めると、眼の前には、タバコを咥えてうっとりした表情の、ヨウの顔があった。一瞬の間の後、クルンと眼球が裏返って白目をむき、えっ? と思ったまた次の瞬間には、明らかに違う人格を宿した表情に変わった。違う人格、つまり彩さんに憑依されたんだ。


いやだ、あたしもヨウに見られてたのかな、白目。ハズい。


「やっと会えたね、いろは。」


「あたしは会いたかった訳じゃないんですけどね。」


そんな強がりで、私は返した。

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