出て行けと言われても

もふっとしたクリームパン

前編


「今まで妻として置いてやっていたが、離縁手続きはもう済んだ。この屋敷は父上が用意したものだから、明日までには僕のこの屋敷から出て行くように!」



 突然、私が居る部屋に入って来るなり、よく分からない事を言ってきた男。その名は、アドルフ。金に見えなくもない薄い茶色の短髪に、こげ茶色の目を持つ優男で一応、昨日までは私、サラの夫であった。


 と言うのも、商家の娘であった私と、領地はあれども貧乏だった子爵家の次男であったアドルフとは、家同士の利益を繋ぐために政略結婚をした結果、見事に冷え切った結婚生活となったのだ。運よく初夜の一度で子供に恵まれた事で、この五年間、アドルフはほぼ囲っている女性の元で暮らしていたようなもので、私が暮らす屋敷に姿を見せる時は愛人の為の資金調達のためだけだった。聞く所によると、相手の女性は性格はともかく全体的に大人し気な儚い容姿を持つ女性の方で、黒髪と緑の目という持つ色こそ大人しいが派手目な顔立ちの私はアドルフの好みに外れていたようだ。まぁ、私も優男アドルフは、見た目も中身も好みではなかったのでその辺りはお互いさまだろう。


 離縁理由はその相手の女性との間に子供が出来た為、ルドルフがその子供を認知したいと言い出したからだ。それならいっそ離縁しようと決意し、白い結婚でもなかった為、離縁の手続きは非常に面倒ではあったが、五歳の息子の為に手回し根回しした甲斐もあり、離縁申請から一週間で円満離婚が決定。


 そして、今日。私の父と、アドルフの父親である子爵様とで最後の手続きを、私が居る部屋――この応接室で執り行っていたのだが。


「……とりあえず、このバカを引き取って頂けますかな?」


「ええ、すぐにでも!! おい! アドルフを逃がさずに我が家の馬車に突っ込んで置け!」


 隣に座る父の冷めた言葉に、アドルフの父である子爵様が連れていた護衛に指示を出した。私以外が居るとは思っても居なかったのか、茫然と部屋の出入り口に立ちつくしていたアドルフを護衛の男性がしっかり捕らえ、そのまま連れ出そうとする。


「え?! ちょ、ちょっと待て! ち、父上が何故ここに?! 理由を! せめて理由を!!」


 ジタバタもがくアドルフは護衛の手からは逃れられないようで、必死に懇願する。護衛が視線で子爵様に問いかけると、子爵様が疲れた様子で嘆息した。


「…お前には伝えていたはずだが? お前たちの離縁は成ったが、これからの我が領内での事業についての融資を続投する代わりに、お前が愛人に費やした資金を全額返金する事になったのだ。今日はその支払いの為、この屋敷と土地をサラ嬢と孫に引き渡すこととなっている」






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