第24話 △の予兆
七瀬さんはうつむいていた顔をあげると、俺のことを横目で睨んだ。帽子のせいで上手く目元が暗くなっていて、怒り度が増しているように見えた。
「む、虫ついてたんだよ」
「言い訳しなくていい」
せっかく距離縮めたと思ったのにまた離れるかも。
「私に用って何?」
「え?」
「空からメールがきた。貴方が私を探しに図書館に来てるって」スマホのメール画面を見せてくれた。
そういえばそうだった。
聞きたいことがあったからここで七瀬さんの読書終わりを待っていたのに寝てしまったんだ。
「声をかけてくれればよかったのに。そしたら貴方の長いお昼寝を待たなくて済んだ」
女王が怒っていらっしゃる。
「ごめん。集中してたみたいだから……」
「私に用って何?」
はやく帰りたいのか、俺の謝罪を流した。
「静音さんのことで相談があるんだよね」
「静音?」
「テスト最終日の次の日が誕生日だって聞いたんだけど……。いつもお世話になってるからお礼がしたいなって。でも何を渡せばいいのかわからなくて」
七瀬さんはしばらく黙っていたけど、やっと口を開いた。
「静音なら、なんでも喜ぶ」
それ以上、何も言わなかった。
静音さんにはこだわりがないから、なんでも喜ぶって意味なら難しい。プレゼントの選択肢が絞れないから困る。
「コスメとか」
「喜ぶ」
「生活用品も?」
「喜ぶ」
「サッカーボール」
「喜ぶ」
ええええ、心広すぎ。
「静音さんの好きなことって何?」
「なんで私に聞くの。有沙か静音本人に聞けばいいのに」
「とりあえず会う機会のある人から聞いていこうと思って」
今日は、たまたま空君に会って七瀬さんに会える可能性があったから会いに来た。
七瀬さんは少し遠くを見た後、視線を下に向けた。
「……静音は料理が好き」
家庭的なんだ。料理好きならなんとか絞れそう。
「ありがとう。参考にする」
「……貴方の誕生日はいつ?」
「祝ってくれるの?」
「どうして変態を祝うの」
うう、胸が痛い。
「2月14日だよ」
バレンタインの日だから覚えやすい。
でも良い思い出がもうない。2年前から立花以外に祝われることはなくなったから、今年もそんな感じで終わる気がする。全然それでもいいけど。
「へぇ」つまらなそうな返事をしてベンチを立つ。
「あ、家まで送るよ。俺の昼寝で待たせちゃったし」
「じゃあ鞄もって」
こき使われるのも慣れてきた。でも思っていたよりこの鞄は重くて、非常に肩が凝りそうだった。テスト前って大変だな。
何も話さないで数分すると、七瀬さんの家の前に着いた。
「ここまででいい」俺が持っていた鞄を持つ。
「肩壊さないように」
「言われなくてもわかってる」
その時、「お姉ちゃん!」空君の声が聞こえた。
「空に、秋?」
どうしてか、隣には秋君がいた。
俺はすぐに秋君に背中を向けた。カツラを被ってないし、変装だって何もしてないから俺の顔を見れば”中村律貴”だってことがバレてしまう。
「もう帰るよ。またね」すぐ帰ろうとしたけど、秋君に腕を掴まれて逃げどころがなくなった。
「誰?」
ひいいいい! やばい! どうしよう。手を振り払って逃げるのは感じ悪いし、でもこのまま後ろを向けば顔バレするし。
「リツ兄ちゃん! お姉ちゃんに会えたんだね、よかったぁ」
空君が俺の名前を発言した。
「リツ? リツって誰?」
終わった、俺の人生終わった。
「空。はやくお風呂入って」
「はーい」
七瀬さんの指示で空君は家の中に入った。その時、俺の頭に帽子が置かれた。この匂いは七瀬さんのものだ。
「七瀬。自分の私物を他人に渡すな」
「一応、他人じゃない」
「知り合い」そう言って七瀬さんは俺の腕を強く握っていた秋君の手を掴んで、俺の腕から離してくれた。
「七瀬。どこの誰かくらい教え……」
「教える意味ある? 秋は私のなんなの? 家族でも、恋人でも、特別な相手でもない、ただの幼馴染に私の人間関係をすべてさらけだす必要ある?」
「そ、それは……」秋君は口ごもる。
「帰って」七瀬さんは俺にそういった。この場にいたら迷惑になることは察していたから、俺は七瀬さんの帽子を借りて、駆け足で自分の家に帰った。
少しだけ後ろを向いて二人の様子を見ると、秋君は落ち込んでいて、七瀬さんはいつもと変わらない平然とした顔をしている。
幼馴染、だったんだ。
家に帰った後、メールで謝った。変装を怠った俺も俺だ。まだこの町に来てから数か月しか経ってないけど、近くに芸能人がいることを知っていながら変装しなかった。これからは、大学を出たらカツラを被るように心がけないと。
「……はぁ」
久しぶりにため息をついた。
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