デリバーという旅人

「話すと長くなるぞ」

「うん。いいよ」

 デリバーは一口だけ飲み物をいただく。ちなみにホットカフェラテである。

「ふう。冷める前に飲もうと思ってたけど、まあいいか。そうだな、まず初めて旅に出ようと思ったのは......」

 両腕を組んで、過去の記憶を必死にたどるデリバー。「んんん〜」と唸りながら、頭から記憶を頑張って捻り出している。

 買ってきたコーヒーの入った紙カップを両手で持って、ぬくぬくと暖まりながらデリバーの話に耳を傾ける。

 しばらくして、記憶の整理ができたようだ。ふっと微笑み、懐かしそうにかつての思い出を語ってくれた。

「俺の生まれた街は小さなところだ。名前は『ノレッジ・カール』。大昔は氷山でな。氷によって削れた地形にあった街だ」


 ノレッジ・カール。デリバーの生まれた街。

 人口はわずか数千人。氷山の削れた跡に人が移り住んだ街。

 ある伝承を持っていたらしく、知識と生命の象徴がどうとか。はっきり受け継がれたわけではなく、あまり普及していないらしい。

 そして街に暮らす人たちのほとんどが高齢者で、誇りある伝統やしきたりなど、重要な文化が途絶えてしまう危機に瀕していたという。

 今もその問題は継続中で、街を出たデリバーはともかく、いまだに街に住んでる数少ない若者たちは文化保護に努めているとか。

「ありゃ、街というより村だな」と、あさっての方向を見ながら、何かしら考えている様子のデリバー。故郷を振り返って懐かしんでいるのか。それとも他の理由だろうか。

「まあ、そんなとこに三歳まで住んでたんだ。クソ親父と母さんとな」

 クソ親父と吐き捨てるように言うデリバー。わざわざそんなことを言うのだから、何かあったのだろう。

 そのまま黙って話を聞いていると、やはりと言うべきか、デリバーも苦労していたことを知った。


 三歳の頃。父親が突然失踪し、母親が女手一つで育ててくれたらしい。

 母親が苦労をかけて自分を育てる姿に、幼い頃から無力感を感じ、何かしてやりたいと願っていたようだ。

 小さい街なので、教育機関も形だけしかなかったらしく、老夫婦が開いていた青空教室を「学校」と呼んでいたらしい。

 そして老夫婦から知恵を授かり、精神的にも肉体的にも成長し、十四歳になった頃。

 後にネイと出会う学園への入学を決め、猛勉強してなんとか合格したようだ。


「あの時は嬉しかったよ。あんな俺でも、努力して成り上がることができた。まっ、そこからが問題だったけどな」

「問題?」

 デリバーの表情に一瞬翳りが見えた。じっとカフェラテの入ったカップを見つめて、「ありゃ突然だった」と悔しそうな表情で。

「母親が病気で倒れて、入学して数ヶ月で亡くなった。原因不明の病気だった」

 無意識なのか、唇を少しだけ噛んで気持ちを堪えている。そのことに気づいて、すぐに噛むのをやめて話の続きをしてくれた。


 デリバーの母親はネイとは違う。父親が一緒のネイとデリバーだが、母親がそれぞれ違うのは今までの話から知っていた。

 そしてデリバーの母親は前述の通り、彼を女手一つで育てて面倒を見てきた方だ。

 はるか遠方の無名の地域から名門の学園に入学し、入学お祝いテストと言う名の実力診断テストを受け、学力・戦術の両方にて学年でもトップクラスに入ったらしい。

 そんな華やかな切り出しから始まったと思えば、母親が突然亡くなったと言う訃報。

 初めは信じられず、しかしそれでも気になるので、無理をして休日に急いで帰省。

 しかし、訃報は本当だった。生まれ育った家に帰ると、彼を迎えてくれたのは母親の遺体が入った木製の棺桶だったらしい。

「あん時は泣いたなぁ。でも身内は俺だけだった。村の人たちが土葬してくれたけど、それだけだったよ」

 母親の死を悲しむまでもなく、デリバーは学業のために帰宅。

 初めは母親の死を引きずってしまい、勉強に身が入らなくなり、完全に沈んでいたと言う。


「遠方の無名の地域から来た小僧が急に萎れたんだ。自分たちのメンツを弄ばれていると勘違いした、ご立派な奴らに意地悪なこともされたよ」

「そんな......。想像もできないんだけど」

「まっ。手をあげてきた奴らは返り討ちにしたがな」

 ニヤリとたまに見せる悪い笑顔するデリバー。「さすが」と一言返し、話の続きを聞いた。


 名門の学園なので名門の家から集まる人たちがいる。そいつらが、学力テストで田舎からやってきた格下に惨敗し、デリバーに嫌がらせをしたり、果ては陰で暴力沙汰にもなったらしい。

 そういうことが続いた結果、デリバーには身も蓋もない悪名がつけられ、同級生の多くが嫌っていたという。

 何人かは優しく接してくれたらしいが、デリバーを庇うと自分も危険になるので、次第に孤独になって行ったらしい。


「おかげさまで、望んでもないのに孤高の存在になっちまってなぁ。何も知らない奴が見たら『一見クールで一人のやつ』って感じだったぜ。まあ、口を開くとうるさい奴って言われたがな」

「クール......。やっぱり想像もつかない」

 今のデリバーは明るくて面倒見がいいやつといった印象だ。陰か陽で言うなら紛れもなく陽である。

「まっ。大体半分くらいってとこだが、とりあえず今はこの辺でいいか? 思い出すと、なんか恥ずかしくてな......」

「あ、ああ。うん。ありがとう」

 デリバーが照れ臭さを装ってに口元を手で覆い、「ははっ」と軽く笑ってみせる。

 そのままカフェラテを飲み、冷たくなったリンゴの果肉入りパンを頬張り始めた。

(あの様子だと、やっぱり辛かったんだな)

 口元を隠して小さく笑ってみせたデリバーだが、あんなの演技だとすぐに分かった。

 アンナも少し似たような経験をしたことがあるので、デリバーの気持ちは大いにわかる。

(確かウチの場合は、学校でいつも......。.......いつも? あれ?)

 何か違和感がある。頭の中がうまく働かない。

(お、思い出せない......)

 かつての自分を思い返そうと記憶を捻りだすが、どうしても思い出せない。

 まるで夢で見ていたことを必死に思い出すような、そんな気持ちであり、どれだけ頭を捻っても思い出せそうになかった。

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