二人だけの会話

「寝ちまったな」

 段々とネイに寄りかかるアンナ。果てには膝枕のような状態になり、思った以上に爆睡してしまっている。

「寝酒ってあんまりよくないけど、今回は初めてだし仕方ないか」

 ネイはそう言いながらアンナの頭の位置をうまいこと調整して、首が寝違えないように膝の上で上手く寝かせた。

 そして二人ともある程度の正気を取り戻したところで、汁で重くなった大根を食べたり、アンナが残した卵を摘んだりしながら昔を思い返した。

「学園の英雄とか謳われてたあんたも、今じゃ放浪の旅人ねぇ」

「鬼才っつわれてたお前も大概だろうよ。今じゃ変な店開いて隠居生活だもんな」

 二人してかつての記憶を辿る。デリバーはある事件の立役者となったことをきっかけに、疎まれていた存在から、一気に英雄視されるように。

 ネイはその才能で次々と昇進していき、多くの教師や天才生徒を薙ぎ倒していく様子から鬼才と恐れられるように。

 二人とも思っていたことをやって過ごしていただけだったのだが、何かをするたびにその行動が注目されていた。

 しかし順風満帆に見える人生でも、その裏には数々の話せない事情があった。

「はあ。アタシたちもそれなりに大変よねぇ」

 ネイが呟いたこの一言。他人が聞いてもなんのこっちゃだが、デリバーは大いに共感できる。

 酔いで痛む頭と目を抑えながら、デリバーは無言で頷いた。

「だからこそ隠居生活なんてやってんのになぁ」

 ネイがわざわざこの街に止まり、変な道具をちまちま売ったり、小さな依頼をこなしたりして過ごしている理由。

 それは自分とデリバーの出自に大いに関係がある。

 きっかけは父親。ネイは数度しか顔を見たことがない。デリバーに至っては三歳くらいの時に捨てられたので、内心恨んで生きていた。

 その恨みは父の真相を知って殺意へ変わり、次に目の前に現れたら殺すと誓っている。

「う、うあぁ......」

「おっと......。アンナちゃん、悪夢でも見てるのかねぇ」

 ネイに膝枕されたまま、呻き声をあげて顔を歪めて寝ているアンナ。

 そういえばこの子について話しておきたいこともあるのを思い出し、ネイは「ちょっと真面目な話するけどいい?」とデリバーに聞く。

 無言で頷いたのを確認し、早速本題を切り出した。

「この子のことについて詳しく言ってなかったわね」

 前にデリバーとアンナのことを話した時、時間が迫っていたのもありことの詳細まで話すことはできなかった。

 それにアンナには余計な不安を抱かせたくない。今は伸び伸びと生きて、そしていつかの時にその運命に立ち向かって欲しいのだ。

(あんな未来の話されても、混乱するだけだしね)

 未来視の能力も百パーセント正しいとは限らない。微妙な差異が必ず存在するし、かなり不確定な情報なのだ。扱いには注意しなければならない。

 だから今話しても良いと思う重要なことだけを抜粋し、それを伝える時間を探していたのだ。もちろん、アンナに聞かれないようにしながら。

 そして本日の夜、まさかのアンナが酔い潰れるという形でその機会が訪れた。

 眠らないアンナを出し抜くのは至難の技だったので、またとない絶好の機会というわけだ。

 早速ネイは飲み物で喉を潤してから、落ち着いた様子で話し始めた。

「まとめて話す。まずはアンナちゃんの寿命よ」

「おう」

 意外と驚かないデリバー。この話を初めて聞いた朝から、既にアンナの寿命が短いことは察していたのである。

 ネイは指を三本立てて、「三年弱」と一言告げる。

「そんなに短いのか......」

「それとこの子の腕について」

「腕?」

 三年弱という事実。しかしそれよりも遥かに問題があるような、そんな感じで次の言葉をためらうネイ。

「はっきり言ってくれ」と覚悟を決めて問いただすと、ネイはどうしたものかと困った様子で言った。

「この子の腕。これはパ・ー・ツ・じゃなくて、多分この子の腕そのものよ」

「......んんん? じゃあなんで赤いんだ? それに今朝、お前は上位種の物だって......」

 今朝と言っていることが違う。しかしネイの目は誤魔化しが効かぬ、万物を見通すことができる眼だ。

 おそらくこれも嘘ではない。しかしどういうことなのだろうか。

 それを詳しく聞こうにも、ネイ自身もお手上げと言った様子で首を横に振り、お酒を飲んで大きなため息を吐く。

「はぁああ。アタシでもわからないなんて、ものすごいムカムカするわ〜」

「つまり、今考えても結論はでないと?」

「そ〜よ! 無闇に結論出しても、その答えが間違ってたらアレよ。間違った道を歩むだけだわ」

 確かにいう通りだ。散りばめられた少しのヒントで答えを導き出そうにも、そいつが間違っていたら結局意味はない。違う答えを真実と信じて進むと、色々なことを見落としてしまい、大事なことにも気づけなくなる。

 とりあえず今わかっているのは「寿命」と「腕」についてだ。

「まあ、まだ三年弱あるんだし、それまでに答えくらい見つかるっての。今はこの酒飲んで、アンナちゃんを家に持ち帰って二軒目にいきましょ!」

 さっきまで気持ち悪いとか言っていた奴が、そんなのお構いなしにお酒をグビグビの見始める。

(ありゃ二日酔いコースだな)

 帰りに薬を買って帰ろう。そう決意したデリバーだった。



「......?」

 頭がぼーっとする。胸が苦しい。周りが真っ暗だ。

「ここは......」

 アンナは暗闇の中で目を覚ます。なぜここにいるのか。その前後の記憶がない。

(確か......。朝はネイさんの家で起きて、そして......)

 デリバーと装備を買いに行き、それから......。

「あっ。お酒だ」

 久しぶりに飲んで、酔っ払ったネイさんの相手をしていたはずだ。

 しかし目を覚ましてみれば、このような暗闇の中。

 よく見ると服も着ていない。しかし肌の感触はなく、地面に立っているのかもわからない。

 それになんだか寒い。手足の指先から温度が奪われていくリアルな感覚を、この暗黒の中でも体験している。

「夢か......?」

 夢の中で夢と認識してしまうこの現象。どう足掻いても起きるには時間がかかるので、自分自身によるしばしの拘束と思った方がいいだろう。

 頭がうまく働かなかったり、胸が苦しいのはお酒による影響で現実世界の体がそう感じているからだろう。

 しかしお酒を飲むと眠れるとは思っていなかった。寝酒は良くないと知っているが、もし本当に眠りたい日があったらこうするのも悪くない。

(早く起きないかなあ)

 もしくはこの夢が終わってくれ。

 そう願いながら、アンナは夢の中で目を閉じた。

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