相棒との出会い
「それ以上近づいたら殺す!」
「えっ。待ってくれよ、まだ名乗ってもないだろ?」
グルルぅと狂犬のように喉を唸らし、左腕を構えて後ずさる。
その様子を冷静に見ていた男は、そのまま距離をとって軽い口調で自己紹介した。
「俺の名前はデリバー。デリバー・イービル。年は確か24だったっけ。あんたは?」
デリバーと名乗る男は笑みを崩さず、木にもたれかかって余裕をもった表情で訪ねてくる。
身長は180cmはあり、生前の自分よりも、そして今の自分よりも頭一つくらい高い。髪は短髪銀色で目は青く、白いシャツに黒いジャケットを羽織っている。見た目もガタイの良い男だというのが、服を着ていても分かる。
前にやり合った護衛たちとは違う、何か異質な雰囲気を持っている。
「知らない。忘れた。でもこれだけははっきり言える」
「ん?」
「ウチは化け物だ。近寄るな、殺してしまう」
そう言って警告すると、話が理解できなかったのか、首を横に傾けて「んん?」と唸るデリバー。
しばらく沈黙して、デリバーが納得した様子で一言。
「ああ、なるほど。お前、ちょ〜〜うネガティブだろ? 絶賛家出中か?」
「......(一発かますか)」
この森に入ってきて、そして自分を発見した以上、絶対に逃したくはない。「森の中にいる少女」の噂が立って人の足が及ぶようになれば、自分の居場所がなくなる可能性もある。できる限り死の道へと追い込まれる可能性は摘んでおきたい。
「ああぁあああ!」
やり合う覚悟を決めて、こちらから先制攻撃を仕掛けた。
問答無用で左腕を突き出し、デリバーの体に思いっきり向けて飛び出す。
デリバーは「お、ハグか?」と嬉しそうに両腕を広げ、ニッコニコの笑みで待ち受ける。
それの余裕の態度が余計自分を苛立たせた。
「舐めんなっ!!」
デリバーの体に触れるまであと少し。相手も逃げる気配はない。
「ウチの邪魔すんなぁ!」
「邪魔ねぇ。ちと早とちりだぜっ!」
突然、デリバーが身構えたと思うと、拳を突き出し手慣れた動きで顔を殴ってくる。
「いだっ」と呻き声をあげて怯んだ隙に、触れると死ぬはずの赤い左腕を掴んで、そのまま地面に投げ飛ばす。
「ゔっ......」
「こいつに触れると死ぬのか? でも俺は平気みたいだが」
触っても平気なこと。そして何より、あまりに実力を感じ、色々と拍子抜けしてしまった。
「な、何で、生きて......」
「ん? さあな、タネも仕掛けもねえよ。......んん? よく見るとお前......」
デリバーが自分の顔を覗き込んでくる。何の恐れもなく、ただ純粋な眼差しで見つめてくる。
こんな普通に話し合って接されたのは久しぶりだ。
そして何より、赤い腕に触れて生きていること自体が初めだ。
「な、何さ」
腕を解放してくれたと同時に上半身を起こして、不服そうな表情で見つめる。
完膚なきまでに叩きのめされて、既にデリバーを殺す気はない。殺す気がないというより、どう足掻いても勝てるビジョンが見えない。
相手もそれを分かっているのか、ニカっと笑い、そして自分の頭に手を置いて優しく言った。
「お前、結構可愛い成りしてんじゃねえか。それに分かる。お前はこんなことしたくないんだろ」
「うっ......」
優しい奴。冗談じゃない。危うく殺されるかもしれなかったのに、ここまで明るく接してくれるデリバーの方が何倍も器が大きく優しい。
自分はこいつには勝てない。そして色々な面で学ぶべき姿勢も持ち合わせている。自分なんかより遥かに人格者で、それでいて優れている。
たった数分の関係だというのに、明らかに相手の方が優れていると実感してしまった。
「くっ......」
諦めて抵抗しないとわかったのか、デリバーは腕を離すと、続いて思ってもないことを言ってくれた。
「なあどうだ、どうせ一人なら俺と一緒にくるか?」
「......えっ」
以前もこうやって優しく接してくれた女性がいた。あの時もこんな感じで嬉しくて、ずっと感じていた寂しさが薄れていくような気がした。
「で、でも......」
「なんだ。言ってみろ」
「......」
この人は強制してるわけじゃない。行かない選択肢もできる。
しかし、今回は運が良かっただけかもしれない。いつかこの腕で、彼を殺めてしまうかもしれない。
それは嫌だ。二度も同じことを繰り返して、同じ後悔はしたくない。
「いつか......殺すかもしれない」
「ええっ、まだ殺したいと思ってたのかぁ!?」
「ち、ちがくて!」
「なんて冗談だよ」とお茶目なとこが悪さしたといったように、笑って誤魔化す。
強制してるわけじゃない。でも、せっかくの機会だ。もしかすると、全てこうなる運命のもと、あの日の虐殺も起こったのかもしれない......。
(いや、それは結果論にご都合主義な甘い考えだ! ウチは、わかってて......。でも、それでも!)
それに、何故かは分からないが「今のまま」何も変わらずにいるのは嫌だ。
熱意も夢も希望も無くなったのは、変われない自分に失望し、毎日が永遠のように感じていたからだ。もし同じような運命を歩くなら、例えこの先何があるか分からずとも、せっかく手を取ってくれた人の誘いに乗らない手はない。
無意味な殺戮をし、身勝手な思いを抱いているのは重々承知している。他人から見れば、このまま隠居生活をしていた方が、ちゃんとした償いとして見られるかもしれない。
でも無理だ。自分はわがままな奴で、それでいて人間なんだ。どれだけ醜く思われても、結局自分のことしか考えられない。
「......行く。行くよ」
化け物なら化け物として生きていく。あんな殺しをしておいて人間と名乗るつもりはない。
でも、夢を見ることは許して欲しい。化け物に宿った心は、旅に出たいと強く願っている。
その思いを強く実感したと同時に、強い思いとして感じたのか、デリバーがいたずらっ子のように喜んで言った。
「よし決まり! そんじゃ、最初に冒険したいところはあるか? こう見えて冒険好きでね、新しい景色や物を見て回るのが好きなんだ」
「冒険......」
この先真っ暗だと思っていた自分に、新しい夢と希望。そして熱意を灯してくれる言葉。
正直今でも大丈夫なのかどうかの不安や、自分がこの人とともにいる権利はあるのかと疑っている。
しかし「冒険」という、つまるところ新しいものを求めて旅をするというのは、自分にとってとても魅力的な言葉なのだ。
「それなら......。どこか、ゆっくりできるところ」
とはいえ最初は何も分からない。だから、この人に任せようと思い、とりあえず今望んでいることを伝えた。
「おう! そんじゃ荷物まとめな。待ってる」
「わ、わかった」
かつて生きていた世界では、安定した生活はできていた。今とは違って。
しかし毎日が同じ景色、毎日同じ仕事をするだけだった。
だが今は違う。生活は安定してないかもしれないし、入り口は最悪だったかもしれない。
けど、優しくて明るい兄貴分のような奴と出会えた。道標が決まった。自分だけの「謳歌できるもの」が見つかりそうなのだ。
このままゆっくりと死んでいくだけの物語だった自分に、生きることの物語を許してくれる。勝手な思い込みかもしれないが、今はそれでいい。
「ありがとな」
「んん? なんか言ったか?」
「何でもない。準備できた」
大した荷物はなく、持っていけるのは今着ている服だけ。
「なんだ、そんだけか。なら買い物が先だな。ほら、近い街にでもいくぜ!」
元気よく歩き出すデリバーの背中を、優しい彼の背中を、「ウチ」はついて行った。
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