勇者と三人のママ

勝華レイ

パーティーメンバー全員、母!


 勇者に選ばれた少年ライトことぼくは、神託によって選ばれた三人の仲間とともに魔王討伐の旅に出た。


 その道中――


「あっ。いてて……」


 森を移動している最中だったのが、地面に生えていたツルによって足をとられて転んでしまった。


 膝に血がにじむ。


 どうやら怪我をしてしまったらしい。ほんの少し痛いだけで、立てるし問題はない。このまま放置して先に進もうと思ったのだが、


「いいや。それじゃヤバい!」


 ぼくはすぐに魔法をかけて治療しようとする。


 ザザザザ


 しかし時既に遅かった。

 

 血を嗅ぎつけたハイエナのように、三つの影がぼくの前に飛んでくる。


「ライトちゃんライトちゃんライトちゃ~ん! ここにいたんだね~よかった~」

「ライトあなたどこに行ってたの!? お母さんを心配させないで……」

「ライト……無事でよかった……」


 ボフンッ


 タックルするようにぼくへ抱きついてきたのはクローバー。

 戦士で、ぼくを産んだ実母だ。


 や、やめてくれ。ぼくの頭よりデカい胸が口を塞いで呼吸ができない。ジタバタと苦しんでいると、クローバーはどこかへぶっ飛ばされる。


「あいたっ☆」

「クローバーさん! あなたライトが苦しんでいたのが分からないの!? って、よく見たら怪我してるじゃないあんた! すぐに回復するから足出して」

「いやこれくらいぼくでも……」

「いいから出して!」


 強く言われて、つい言う通りにしてしまう。


 究極回復オメガヒール

 最上級の回復系魔法がかけられる。こんなかすり傷にここまでする必要ないのに。当然、傷は一瞬で塞がる。


 さっきまで涙ぐんでいたこの彼女はジャスミン。

 僧侶で、五歳の時に行方不明になって実の家族から離れてしまったぼくを育ててくれた義母だ。


「これで安心ね。じゃあ次は包帯巻くから」

「いや治ったんだからいいでしょ」

「駄目よ! もしなにかあったらどうするの? ああもうこれだから旅に出るなんて反対したのよ。いっそ家の出入り口塞いじゃえばよかった……あっ! そうよ今からでもそうしましょう。この包帯でベッドに縛りつけちゃいましょう」

「やだよ! おかしくなってるよジャスミン母さん。包帯持って近寄らないで。や、やめ――」


 ズシャァアアン


 カマイタチで断ち切られる包帯。ジャスミンが一瞬閉じた目を開けると、もうそこには誰もいなくなっていた。


「ライトが嫌と言ってるんだからやめるべき……過保護はよくない……」

「ありがとう。助かったからお礼は言うけどさ」

「アイビーはライトのママ……本物のママ……」

「おまえほんとなんなんだよ!?」


 黒魔術師アイビー。

 招集された仲間の中で唯一ぼくが知らなかった人物なのに、自分はぼくの母親だと自称してきた狂人。


 ガラガラ ガラガラ


「なにしてるんだ?」

「怒ってるから……遊んであげようと……」

「それでラトルって。ぼくをいくつだと思ってるんだ」

「これで駄目ならどうすれば……赤子を落ち着かせる方法……?」

「ブー! なに言ってんだよおまえ!?」


 あまりの突然の狂言に吹き出しちゃったよ。


 身の危険を感じてぼくはこの女から離れようとすると、


「そんなの駄目よ!」

「そうよ。ライトちゃんはママのおっぱいしか飲まないんだから!」


 ややこしい事態になった。


 クローバーとジャスミンは胸を張ってアイビーと話す。


「いい? ライトちゃんを産んだのこのわたし。この二本足で立てないどころかゲップすら自分じゃできない頃から、ママのミルクをあげて育ててきた。いわばライトちゃんの身体は一から十まで隅々とママによって作られているといっても過言でないの。そんな積み重ねを、ぽっと出の小娘に取られてたまるかしら」

「フッ。それはどうでしょう?」

「なっ、なによジャスミンいきなり鼻で笑ってきて」

「クローバーさん気分を害してしまったのなら申し訳ないようですが、これだけは言わせてもらいますね。貴女の元から離れたライトに食事を与えてきたのはこの私です。確かに貴女が赤子のライトを育てたのは立派で感謝の極みです。貴女がいなければ、私はライトに出会えなかったのですから。しかし今のライトの身体を作ったのは貴女よりも長い時間いて、夫にも頼らず育て上げた……どちらかというとこの私でないかと?」

「乳も出なそうなまな板だから嫉妬?」

「はあっ!? な、なにを言って」

「そう……胸の大きさは関係ない……大事なのはライトへ捧げた愛情」

「それならわたしは負けないわ。ライトちゃんと離れてもずっとずーと思い続けていたんだから。本当にまた会えてよかった……もう二度と顔を見られないんじゃないかとばかり毎日不安で不安で」

「だから私の胸は小さくありません! 貴女たちが大き過ぎるだけです! ねえライト。お願いだから否定して……あれっ?」

「また……いなくなってる……」

「嘘嘘嘘!? ライトちゃんどこー!? 元気なら返事をしてー!」


 姿が消えたライトを心配して騒ぐ母親たち。


 その頃ぼくは――


「なんで魔王討伐の旅が母親同行なんだよ! ほんと嫌だ!」


 どこの世界に最初から最後まで母親に助けられながら世界を救う英雄がいる?


 ぼくが目指した勇者はもっと逞しくかっこよかったのに。


「ぼくは勇者だ。母さんたちなんていなくても独りでやっていけるさ」


 覚悟を決めたぼくは、パーティーを離脱することにした。


 そうと決まったら、まずはこの森に潜む魔王軍の幹部を倒さないと。ぼくはあてもなく、前に進むことにした。


 ガサッ


 茂みから物音がしたと思ったら、何かが出てきた。


「ひぃ!?」


 スライムだ。


 下級魔物で、魔物の中においては最弱を争うほど弱い。


 驚いたけど、スライム如きならぼくにでも……


「スラッ!」

「うわぁああああ」


 剣を出す前に襲ってくるスライム。


 卑怯だぞ。


 そう言っても、気にすることなく一方的に攻撃を加えてくる。


 な、なにか反撃しないと。このままじゃ殺される。


「やめてくれぇえええ」


 ペシペシペシ


 壮絶な殴り合い。お互い必死に攻撃をぶつける。


 サクッ


「あっ、入った」


 偶然、振った剣がスライムの一部を捉えた。


 切られたスライムはみるみるうちに弱っていく。


 これだよぼくが求めていたのは。恐ろしい魔物にも一歩も引くことなく果敢に戦う勇者。この戦いこそがライトの英雄譚の第一歩だ。


 そのままぼくがスライムにトドメを刺そうとした直前だった。


「ズラララ……」

「げっ。ギガントスライム」

 

 現れたのはスライムの親玉。その強さはスライムとは比較にならない。


 ズラッ

 

 一発で吹っ飛ばれるぼく。


 やばい。どうしよう。

 こんな強敵、ぼくじゃ倒せない。


 どうすればいいのか困っていると、


「スラスラ」

「ズラ~」


 スライムがギガントスライムに甘えていた。ギガントスライムもスライムの無事を心から喜んでいるようだ。


 まさかこの二体、親子なのか?


 二体はまるで幼き息子と子をあやす母親のように見えて。


「ごめん」

「スラ?」

「いくら敵とはいえ、目的もないのに殺そうとするのはやりすぎた。きみもいきなり人間と出会って驚いたんだろ」

「……」


 つい謝ってしまった。


 魔物にこんな態度で接するなんてほんとぼくはなぜ勇者に選ばれたんだろってくらい情けない。


 しかしなぜかぼくが頭を下げたのを見ると、スライムたちの敵意が消えていく。


「スラスラ」

「許してくれるのか?」

「スラ~」

「ズラ~」


 最終的に和解してくれたスライムたち。


 魔物って意外に優しいんだな。


 ぼくが去るのを見送ってくれるスライムたち。今回は情けなかったけど、目的の相手にはバッチリ決めるぞ。




 ガブッ!




 振り返った瞬間、スライムたちは闇に包みこまれていた。


「ヒィイイイイ! なんだこいつ!?」


 魔王軍幹部アストラドラゴン


 巨大な竜の顎は大地ごと獲物を捕食していた。ザクザクニュルニュル、噛むたびに色々な音が入り混じる。村一つを喰ったという噂だったが、こんな芸当ができるやつならばそんなことも可能だろう。


 こんなの無理無理無理。


 ぼくはすぐさま逃げようとするが、目の端で震えているものを見つける。


(スライムだ。あいつ生きてたのか)


 おそらく母親が牙で貫かれる前に突き飛ばしたのだろう。

 逃げようとするが、ぼくの切ったダメージが効いてて動けない。


 ぼくが逃げるのなら見捨てるしかない。


「だけど」


 ぼくはすぐに剣を抜いて、スライムの前に立った。


 ドラゴンとは目が合うだけでも、足が震えて涙が出る。


「だけどぼくの憧れた勇者なら、こんな場面で独りだけ逃げるなんてことはしない」

「――ほんといつだって子供は親が見てないところで大きくなる」


 絶対のアテナイージス


 ドラゴンの放った濁流のブレスはぼくたちには届かなかった。

 当然それはぼくがやったことじゃない。


 ぼくとドラゴンの間に割り込んだのは――


「ママ……」

「うそっ?」


 ぼくを産んでくれたクローバー母さんが、どんな攻撃をも通さない盾の技で全てを防いでいる。


 なぜかクローバーはそのまま顔だけこっちへ向ける。

 その瞳は宝石のようにキラキラしていた。


「ねえ今ママって呼んでくれた!?」

「いや。その言葉の綾で」

「嬉しい~再開してからずっと母さん母さんで成長したようで喜ばしかったけどやっぱりそっちのほうが甘えられてるみたいで嬉しい~」

「クローバー母さんこっち見てないで攻撃に集中して!」

「あら。それについては、そろそろだから大丈夫よ」


 ザッ


 アストラドラゴンを挟むように、ジャスミンとアイビーが立っていた。


「ほんと勝手にどっか行って。世話を焼かせる息子なんだから」

「……ライトはかわいい……守りたい……だけどだからといって干渉し続けるのもよくない……」

「分かっています。いつかくるのでしょうね親離れの日が」

「うん……信じてあげてライトの可能性を……」

「ええ。ですけどその時が来るまでは、魔王だろうがあの子を絶対に傷つけはさせない」


 極光十字架グランドクロス

 煉獄炎爆撃砲ヘルフレイムランチャー


 灼熱によって鱗を溶かされ、光の十字架でその身を捕縛される。


 様子を見届けたクローバー母さんは、剣を抜いてぼくに近づいてきた。


「ごめんねライトちゃん。ママたちが心配し過ぎて。そりゃライトちゃんも年頃なんだからウザイよね」

「急にどうしたの?」

「でもね。これだけは言わせて……ママはライトちゃんのことを信じてないわけじゃないの。あなたはやればできる子だから。だから絶対に」


 きっとあなたなら、いつか独りでも世界を救える。


 最後にそう言うと、母さんは俺と一緒に剣を握り締める。


「まだ勇者の力は単独じゃ制御できない。今はこうしてママがついてあげるから、ライトちゃんは存分に剣を振るって」

「うぉおおおお!」


 聖剣斬エクスカリバー

 光の刃は竜を真っ二つにした。


 こうして魔王軍幹部を倒し今回は一件落着。


 かと思いきや、


「なにどさくさ紛れに手を握っているのですか!」

「……別に勇者の力を使うのに……必要ない……」

「えへへ。久々にライトちゃん触れたくなっちゃって。それに母親なんだからこれくらいいいでしょ」

「よくありませんよ。私だってしたいのに、恥ずかしいから嫌だって買い物中断られるんですよ! 最近、お風呂にもベッドにも一緒に入ってくれなくなって。私だって私だって……」

「アイビーはこの前……一緒に湯舟浸かった……」

「それはアイビーが勝手に入ってきただけで」

「はあっ!? なんですかそれは!?」

「いいな~じゃあ今度はママと一緒に寝よっか?」

「駄目です! 私が! 私がやるんです! 私がライトの母親なんですから!」

「ママがママだよ~」

「アイビーこそ……運命が定めた真実のライトの母……」


 ズシャァア


「なんだあれは?」


 言い争いしていた母親たちも、上級に突然湧いた空間の裂け目に注目する。


 ヒョコッ


 出てきたのは黒い装束の女。


 見慣れない恰好をしている彼女は俺に接近してくると、


 ギュッギュッ


「光太郎! あなた光太郎よね!?」


 涙を流しながらぼくを抱きしめてきた。


「えっ? ぼくの名前はライトですけど……」

「夢の通りね! あっ、分からないだろうから教えてあげる。アタシは桜道輝子。異世界転生したあなたの元の世界のお母さんよ! 事故から三年ようやくようやくまた会えた!」

「新しいママみたい~」

「誰が来ようとも、私が一番長くライトの母親をしています」

「アイビーは……負けない……」


 母親母親母親。そしてまた現れる新たな母親。


「こんなの俺が目指した勇者の旅じゃないー!」


 数年後。


 全ての仲間を母親に魔王を討伐した勇者としてライトは歴史書に記されることとなった。


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勇者と三人のママ 勝華レイ @crystalkicizer

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