第18話 ひと時の幸せ
僕達は迷宮のボス部屋らしき場所まで辿り着くと万全を期して一日休みを設けた。
さすがの僕もその日は修行をお休みして、近くの川に釣りに出かけている。
それで薫と蓮の合作で作った釣り竿を持ってきているんだけど、なんとあのレッドアームの力にも耐えれる設計になっているらしい。
それは一体どんな大物の魚を僕に期待してなのだろうか。
川幅の広い場所に辿り着くとそこにあぐらをかいて釣り糸を放り投げていく。
その後はのんびりと放置である。
時折、竿が揺れてるのに気が付けばそれを釣り上げるだけ。
日本にいた頃じゃ、釣りなんて一度もしたこと無かったけど、今じゃ自給自足のためにこういうことをしてるんだから人生何起こるかわかったもんじゃないよな~。
ましてや、異世界に飛ばされるという人生経験すら貴重すぎる体験かもしれない。
なんせフィクションと思ってたものが現実になったんだから。
とはいえ、来て早々はやっぱ苦労や不便なことが多かったよな。
便利な時代に生まれ、さらに便利になっていく世界を当たり前に生きてきた僕達にとっては娯楽が全くないここじゃ時間の持て余し方が凄かったし。
慣れるまで時間かかったな。
スマホが使えなくなったことが一番大きかった。
来てみればわかるけど、体動かしている方が楽しいと思うよりも授業受けている方が楽しい......というか楽だった。
人類の代表として戦う重責なんて背負わなくていいし、自分が進みたい未来なんて持ってなかったけど、友達とバカしながら話し合うことだって出来た。
皆から失望されることもなかった。
まぁ、その気持ちももう今更だけどね。さすがに吹っ切れたわ。
エウリアには悪いけど、むしろ王宮にいた方が心が完全に休まることはなかった気がする。
だって、緊張するものあそこ。
だから、今こうして自然に囲まれた森の中でのんびりしている幸せ。
この幸せを見つける後押しをしてくれたエウリアには感謝しないとな。
いつか会う機会あったらお土産話を用意しとかなければ。
「お兄ちゃん、釣りしてるんだね」
日向なの温かさにゴロンと寝そべっていると顔を覗き込むようにアイの逆向きの顔が視界に入る。
「前にゾルさんに教えて貰ってね。ところで、アイは何してるの?」
「お友達と遊んでたけど、お兄ちゃんに会いたくなったから匂い辿ってここまで来た」
「そっか。なら、一緒に日向ぼっこするか?」
「うん!」
アイは両手を頭の後ろに組んで枕にしている俺の片腕を引っ張り出すとそれを枕にして寝そべった。
そして、顔をこっちに向ければ嬉しそうに笑い、その感情に同調するように尻尾を振っていく。
釣り竿に変化がなさそうなので目をつむって少しの間、眠っているとふと隣から気配がした。
目を開けて隣を確認してみれば、そこにはヨナが座っている。
「あ、起こしてしまいましたか?」
「いや、目が覚めただけ。ところで、ヨナはどうしてここにいるの?」
「あまりに二人が気持ちよさそうに寝ていたので、二人が魔物に襲われないように見張ってただけですよ。
といっても、リツさんの場合だと必要ないと思いますが」
「そんなことないよ。ありがとう。おかげでぐっすり眠れたよ」
「なら、よかったです」
ヨナは母親のような微笑みを浮かべる。
その表情に思わず僕の胸もドキッと跳ねた。
はぁ~、僕も男だなぁ~。
そんな僕の心音に気付いたのか、それともヨナの気配に気づいたのか、アイは目を擦りながら起きるとヨナを見て元気になった。
「ヨナお姉ちゃん! 水浴びしよう!」
「え、今ですか!?」
「うん!」
ヨナはアイの提案に動揺している。
そして、チラッと僕を見れば途端に困り眉で顔を赤らめていく。
あ、なんとなく察した。
ここで体を洗っているんだね。
ヨナは咄嗟に何かを言おうとしたがアイのキラキラした瞳に気圧されて口を塞いでしまった。
そして、あわあわした状態で譲歩した提案をする。
「そ、それは後でね。でも、水遊びなら付き合いますよ?」
「水遊び? やったー!」
どうやらアイ的には川の中に入れればそれで良かったらしい。
ヨナもアイが納得してくれたことにホッとしているようで――――
「さ、さすがにダメですよ」
僕の方に赤らめた顔でそう言ってきた。さすがにわかってますって。
とはいえ、男の欲としては多少ばかりの妄想が膨らんでしまったことは許してくれ。
そして、アイは靴を脱ぎ、ヨナは和服のような服の裾をめくって川の浅い部分に足をつけていく。
「わー! 冷たくて気持ちいいー! そりゃ!」
「わっ! やったなー! えい!」
アイがヨナに水をかけるとヨナも負けじと返していく。
そんな二人の楽しそうな声が響いたのか背後からウェンリの声がやってきた。
「ヨナを探していれば、楽しそうなことやってるじゃない。私も混ぜなさいよ!」
クールな印象を受けるウェンリからすれば随分とアクティブな行動だな。
けどまぁ、アレだけ楽しそうなことをしてれば混ざりたくもなるか。
そして、次第にその奇妙な繋がりは大きくなっていき、今度はウェンリを探しに来た蓮と山菜を取っている内に声に誘われてやってきた薫と康太が現れた。
そして、「全くアイツは......」とクールな反応を見せる蓮と対照的にうずうずした様子の薫と康太。
「せっかくだしおいら達も遊ぼうよ!」
「ほら、蓮君も!」
「あ、待て、お前ら!」
康太と薫は蓮の両脇を抱え込むとそのまま走り出した。
そして、少し深くなっている箇所に向かって服を着たままダイブ。
あ、あいつら、男だぜぇ......。
そんな二人の突拍子もない行動に蓮もさすがに堪忍ならなかったのか二人を追いかけ始めた。
しかしまぁ、その表情は心底怒っている様子でないみたいだ。
突然に始まり、次第に大きくなっていった水遊び。
その賑わいはついにはゾルさんまで呼び寄せた。
「あいつら、良い表情してんじゃねぇか。
で、リーダーさんは一歩引いて傍観か?」
「別に引いてるわけじゃないですよ。
ああして楽しそうに笑っている姿を見ているのが好きなんです。
自分も混ざりたいと思うよりも」
「大人びた感性してやがんな~。今のうちかもしれないぞ? 楽しめるのは」
そう言いながらゾルさんは僕の隣に座った。
そして、同じように川で遊ぶ皆を見ながら話を振って来た。
「結局お前は未だに俺に敬語使うよな。なんでだ?」
「何でと言われても......なんででしょう?
別に意識したわけじゃないですけど、なんかゾルさんに対してこの話し方が定着してしまったみたいで変えるのも面倒なんでこれでって感じで」
「そっか。妙に一定の距離を置かれてるわけじゃないんだな」
「ゾルさんってそんなことを考えるタイプでしたっけ?」
「バッカ野郎、俺だってこう見えても繊細なんだぞ......ってなんだその疑わしそうな眼は?」
いや、実際疑ってますって。
じゃなきゃ、人にアイと接しているだけで「ロリコン」とか言ってこないでしょ。
僕は釣り竿を手に取ると釣れる雰囲気じゃないので片づけを始めた。
そして、ゾルさんにふと質問してみた。
「ゾルさんって結局何者なんですか?」
「何者とはまた急だな」
僕はゾルさんに目を合わせる。
すると、ゾルさんにその意図が伝わったのか話し始めた。
「俺は魔王国の将軍の一人だったよ。
ある日、あの迷宮の攻略を言い渡されて、手柄が欲しい大将軍に無茶な突撃を繰り返されて部隊のほとんどは壊滅。
その状態で部隊撤退派の俺と攻略派の将軍で対立し、命からがら逃げてきた俺はまだ小さかったこの村に辿り着いた。それだけさ」
ゾルさんが只者じゃないってことはわかってたけど、魔王国の将軍だったなんて。そりゃ強いわけだ。
とはいえ、錬魔が無かったとはいえこの人より強かった人が魔王国にはいるわけでしょ?
他人事のようだけど、勇者の皆には頑張れとしか言えない。
いや、ゾルさんの前の言葉からすれば戦う必要性すらない可能性もあるんだっけ?
「それでどうしてゾルさんはあんな夢を持つようになったんですか?」
そう聞くと「そうだなぁ」とゾルさんは呟き答えてくれた。
「お前達が俺の夢を手伝ってくれるように、俺のこの夢も手伝っているだけなんだ。
俺には五歳下に弟がいてな。そいつは優しいやつだった。
臆病で人を傷つけることは出来ないけど、どんなやつとも仲良くなれた。
それこそ当時対立していた敵とも。
俺はそんな弟を誇りに思っていた。
しかし、過激派が旺盛だったその頃は弟のようなやつは邪魔だったんだ」
そう言って僕を見た。
その目は悲しそうに映っている。
つまりは殺されたということだろう。
「その弟の願いがこの世界の全種族と仲良くなることだった。
だから、俺は種族に囚われず助けることに決めたんだ。
種族の差で不当な幸せが奪われている人達を開放して、世界から差別を無くせば全員と仲良くなれる。
もちろん、どれだけ壮大でバカげてる夢であるかぐらいかはわかっているつもりだ。
だけど、夢ってのは大きくてなんぼだろ?」
「......そうですね」
ゾルさんの目には熱があった。
自身は全然バカげてるとは思っていない。
本気でそうなる未来が来ることを信じている人の表情をしていた。
「それと、本当はここだけの話だったんだが......」
「?」
「お前の顔が弟そっくりだったんだ。
だから、お前をリーダーにしたという気持ちの側面もある。
だが、お前の勇気ある行動で信用できると評価したのは本当だ」
「そう......だったんですか」
僕は多少驚きつつも、嬉しいと思った。
ゾルさんはこの世界で本当の兄のように思ってきたからだ。
仮にゾルさんが僕を弟と重ねていたとしても、信頼でリーダーにしてくれたという時点で僕は十分に頑張れる。
「明日、迷宮の完全攻略か。意外に早いものだな」
「まぁ、まだ次が最下層かわからないですけどね」
「それじゃあ、迷宮攻略祝いに何か考えとかなきゃなー」
ゾルさんは顎に手を付けて悩み始めるが、すぐに考えるのをやめたように立ち上がる告げる。
「ま、そりゃ後でいいか。んじゃ、俺達も混ざるぞ!」
「え、嘘ぉ!?」
そして、僕はゾルさんに手を引っ張られるとそのまま川にダイブさせられた。
*****
―――大森林バロンの村付近
「サルザール様、やはりこの付近に魔物のマーキングの跡がありません」
「しかし、魔物ものとは異なるような獣の毛を見つけました」
二人の騎士が跪いて金髪ロン毛の男にこの森での調査を報告していく。
すると、サルザールと呼ばれた男はニヤリと口元を歪めて呟いた。
「そうか。ということは、この近くにいるわけだな? 忌々しき邪種族どもが」
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