第5話 逃げの活路

 突如として始まった異端者狩り。

 確かに平穏だけの旅路じゃないと思っていた。

 だけどこれは――――異常だ。


「奴らを逃がすな! 先回りして動きを制限しろ!」


「城で役にも立たない勇者がこちらの恩も忘れて敵に寝返るとはな!」


「一刻も早く捕まえろ! 出来るだけ生かしてサルザール様に連れていけ! 公開処刑だ!」


 怒鳴り声のような声があちこちから響き渡る。

 それだけの数に囲まれていて、木々の間から見える鎧の紋章は明らかにクロード聖王国によるもの。

 彼らの行動による反応は僕達を動揺させるには充分であった。


「どうなってんのこれ!?」


「こ、怖いよ......!」


「とにかく逃げるしかない! まさかあの聖女が何かやったのか!?」


「いや、エウリアはそんなことをする人じゃない!」


 僕達はとにかくその騎士達に捕まらないように走った。

 しかし、彼らが何にそこまで突き動かされてるのかわからないが、血の気の多いその行動は追いかけるだけに留まらなかった。


連弾火球ブリットファイア


「風刃」


岩石衝突ストーンクラッシュ


 飛び交ってくるのは後方からの魔法。

 火の魔法は行く手を狭めるように辺り一面に降り注ぐと小爆発を引き起こし、半透明の風の刃は木々の隙間を縫って襲い掛かり、当たれば致命傷を待逃れない岩石が飛ばされてくる。


 その攻撃はどれも火力は抑えられていなかった。

 どこもそこも木をまるごと火で包み、切断し、折り倒していく。

 そこにあったのは明確な殺意のみ。


「どうする? このままじゃ全滅だぞ!」


「だけど、おいら達があの騎士達に勝てるの?」


「む、無理だよぉ......だって、僕の魔法は戦闘用じゃないし」


「いや、それは違う!」


 僕の言葉に全員が耳を傾けるのがわかった。

 まるで一縷の望みにすがるようなその目に僕の発言で生死を分けるという重さがしっかりと伝わってくる。


 だけど、僕はその重さを無理やり受け止めた。

 恐怖に飲み込まれそうで、一度でも止めれば動かなくなりそうな足をひたすらに動かしている。


 その思いはただ一つ――「死にたくない」。


 この世界に連れてこられて両親に感謝の言葉も言えないと分かった時、ただただ生き延びて元の世界に戻ってそれが伝えたいと感じた。


 そして、エウリアは僕の背中を後押しし、幸せを願ってくれた。

 あの時の表情は確かに本物だった。

 なら、僕は彼女の善意のためにもしっかりと幸せになる!

 そのためには絶対に生き延びなければならない!


「このままじゃ、僕達の全滅は必須。

 だけど、それはこのまま抵抗しなかったらの話。

 何も戦うだけが魔法の使いどころじゃない!」


 僕は外套の裏ポケットから陣魔符を数枚取り出すとそれを木にペタッと貼り付けていく。

 そして、それをいくつも張り付けていくと僕達が通り過ぎた数秒後にそれは発動した。


――ドドドドドーン!


 張り付いたそれは衝撃を生み出し、張り付けた部分の木の幹を抉っていく。

 それによって支えられなくなった木はミシミシと音を立てながら騎士達の行く手を阻んだ。

 その光景について蓮は僕に尋ねる。


「今のはお前の陣魔符ってやつか?」


「そう。今のは紙に<衝撃>の魔法陣がセットされていて、それに魔力を流して設置することで発動する仕組みになっている。

 魔法陣は魔法と違っイチから自分で組まなきゃいけないから多少の遅延条件を入れるとあんな風に遅れて発動できるんだ」


「す、凄い......魔法陣にこんなことが出来るなんて......」


「これは魔法陣術士という特殊な役職の律だからこその気づきかもしれないね」


 その称賛の声はこんな状況だけど確かに僕にもやれることがある意味を与えてもらった気がして嬉しかった。

 そして、蓮はニヤリと笑うと自身の両手から糸を作り出した。


「なるほど、こうやって遅延させるなら俺や薫にも出来る」


「え、僕にも?」


「そうだね。僕と一緒にやろう。足元への意識はお留守みたいだから」


 そう言うと薫は何かに気付いたように「よし」と気合を入れた。

 そして、一瞬だけ後ろを向いて地面を手に付けると魔法を発動させる。


「草結び」


 それは走っている最中も出来るだけ咲いている花を踏まないように走っていた薫だったからこそすぐに気づくことが出来た魔法である。


 地面に生えている無数の草が隣の草と葉を結んでいく。

 それで出来上がるのは石に躓くような単純なトラップ。

 しかし、その効果は絶大。


「おあっ!?」


 何人もの騎士が地面に部下ってダイブしていく。

 薫の<草結び>で足を引っかけた結果だ。さらに僕達の遅延は続く。


 それは蓮が仕掛けた木と木の間を結ぶ透明な糸。

 しかし、強度は普通の糸よりも丈夫で、走っている最中に足に当たれば薫同様転ばせていく。


 そして、最後に僕が等間隔でバラまいた陣魔符。

 それで通過時に発動するのは<凹地>で地面を凹ませる程度のちょっとした落とし穴である。


 それらの三重トラップは次々と騎士達の足止めをしていき、徐々に距離を取ることに成功した。

 とはいえ、それで足止めできたのは自分達の後ろを追いかけて来ている騎士達でサイドに広がった騎士達からの魔法攻撃は地味に続いている。


 するとその時、僕は走りながら通り過ぎる木に抉れた跡があるのに気付いた。

 あれは魔物の縄張りの痕。しかも、そこそこの大きさ。


 僕は少しの間熟考し、一つの活路を導き出した。

 しかし、そのリスクは結構デカいかもしれない。

 皆に聞こう。


「皆、もしかしたらあの騎士達を負けるかもしれないけど、同時に別に危険に直面する可能性があるけど......どうする?」


 その言葉に全員即答した。


「現状危険に直面してるんだ。今更だろ」


「おいら達はもう運命共同体だしね」


「僕も怖いけど......皆と一緒なら頑張れる」


 その言葉に胸が熱くなる。

 自分が役に立ってると実感できる。

 無力な僕にもしっかりと居場所はあったんだ、と。


「わかった。それじゃあ、僕の後についてきて」


「罪人が逸れていったぞ!」


「右側にいる奴らが近い! 追い込め!」


 僕の後ろを皆がついてきてくれている。

 そして、その行動に敏感に反応した騎士達がすぐさま後を追いかけて来る。


 そんな様子を後目に僕はただひたすら木の根元や幹にあるマーキングに目を配っていた。

 なぜなら、その目印が僕達の活路となるかもだから。


 そして、その道を走っているとその存在はようやく姿を現せた。


「お、おい! いつの間にか俺達、グランウルフに囲まれてるぞ!」


 一人の騎士が叫んだ。

 そしてすぐさま、他の騎士も気づいてさらにサイドを並走する大きさは中学生男子くらいの黒色の狼を見る。


 グランウルフ......この大森林バロンに住み着く群れで生活する大型の狼の魔物。

その魔物のなわばりを僕達を突っ切っていたのだ。


 すると当然、縄張りを侵攻されたと勘違いしたグランウルフはこちらを襲いにやってくる。

狩る側だった騎士達はグランウルフの出現で同時に狩られる側となった。


 それによって、騎士達の大多数はグランウルフの迎撃に向かい、数名の騎士達もやがてはグランウルフに捕まり全て追っ手から逃れることに成功した。


 ついでにグランウルフの数はそこまで多くなかったのか、全てが騎士達に向かってくれたために今の僕達に敵はいない。


「ハアハア......やった......逃げ切った......」


 生き延びた嬉しさと全力疾走に近い走りをしばらく続けていたことによる疲労感から皆ぐったりした様子だった。

一生分ぐらい走ったかもしれない。喉乾いた。


「ほらよ。お疲れ」


 木に寄りかかるようにして地面にへたり込むと蓮が水筒を渡してくれた。

それに対し、「ありがとう」と言って受け取ると口をつけていく。ぷはー、生き返る!


「にしても、よくあんな方法思いついたね」


 呼吸を整えていると滝のように汗をかいている康太がふと先ほどのことについて尋ねてきた。


「たまたまだよ。たまたま木の幹に傷があるのを見つけて、それが魔物のマーキングだと分かったからあの方法が思いついた。

といっても、我ながらかなり無茶な作戦だったと思う」


「でも、皆助かったんだし結果オーライなんじゃない?」


「そうだな。薫の言うとおりだ。あのままじゃジリ貧になるだけ。

そう考えるとお前がいてくれたおかげで俺達は生き延びれてる。ありがとう」


「いいよ、そんなお礼なんて。なんせ運命共同体なんだから」


「顔のニヤけが取れてないよ、律」


 その瞬間、バッとこの場が笑いで溢れた。

皆疲れてるだろう、けどそれ以上に今という逃げ延びた喜びを確かに味わっていた。


 ただ一つ、僕には気になることが頭に残っていた。

それを単なる思い過ごしと考えるには気持ち悪いと思ったので皆に共有してみる。


「そういえば、一つ気になることがあって......さっき『木の幹に傷があるのを見つけた』って言ったけど、それ以降の見つけたマーキングってほとんどが木の根元が濡れたやつだったんだよね」


「ん? どういうこと?」


「つまり言いたいことはお前が最初に見つけたマーキングと次に見つけたマーキングは別の魔物じゃないかってことか?」


 僕の質問を蓮が噛み砕いてわかりやすくしてくれた。

 それによって、康太も薫も理解したが、薫がすぐに告げる。


「さすがに考えすぎじゃないかな?

 仮に別の魔物だとしても、その傷があのグランウルフの縄張り内にあったとしたらその魔物はとっくに襲われてるはずだし」


「確かに......それもそう――――」


――ミシミシミシ


 その直後だった。

 すぐそばの木がなぎ倒された音を聞いたのは。

 当然、僕達はその音が聞こえた方に目を移すとその忌まわしき存在に体が硬直するのを感じた。


 四足歩行の時点でその大きさは相撲取りにも匹敵し、まるで手甲をつけたような硬質化した毛と血で染めたような獣毛に覆われたその魔物の名は――――


「森の主レッドアーム。ナックルベアのユニークだ」


 口に先ほどのグランウルフを咥え、二メートルを優に超える巨体を見せるその異世界の熊は、かつて僕達がまだ勇者の仲間として活動していたこの森での魔物狩りで恐怖を植え付けたトラウマの象徴であった。

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