この恋はまだ

あんころまっくす

「ただいまー」


 馴染みの菓子店の裏口へと回ったわたしは勝手口で靴を脱いで上がり込む。

 こんにちわ、ではない。ここはもう我が家も同然なのだから。


「お帰りなさいありすちゃん。学校はどうだったい?」


 倉入くらいりのおばさまがカウンターから顔を覗かせる。


「いつも通りよ。みんな優しくて素敵な学校だわ。家庭科部でもよくしていただいてるの」


「そうかいそうかい、そりゃよかったねえ。とおる! ありすちゃん帰ってきたよー!」


 その声に引かれるように奥の厨房から彼が顔を出した。


「やあ、お帰りありすちゃん」


 大柄だけど穏やかな表情の彼は、この倉入洋菓子店のほとんどのお菓子をひとりで作っているパティシエだ。


「ただいまとおるさん」


 彼と僅かな時間だけ見つめ合うと、おばさまと入れ替わりでカウンターに立った。夕方日が暮れる頃、おばさまが閉店準備をするので代わりにレジ打ちに入るのが日課になっている。

 レジ打ちだけではない。休みの日には厨房でとおるさんのお手伝いもするし、実際にお菓子を作るためのレクチャーも受けている。

 パパと倉入のおばさまは少し歳の差があるけれどとても仲がよくて、もうすぐ結婚するんじゃないかってわたしはいつもとおるさんと話している。

 そうしたらとおるさんとも兄妹きょうだいになって一緒に住めるようになるだろう。その日のためにも、もっとこのお店に馴染んでお菓子も作れるようにならないと。そう思って毎日頑張ってるの。


「ありすちゃん、もうレジ締めてくれるかしら。あと今日はお父さん遅くなるそうだからとおるに送らせるわね」


「はーい」


 おばさまに元気よく返事をしてにこにこしながら締め作業を始める。たまにこういうチャンスがあると嬉しくなってしまう。でも表情には注意しないとこのあいだとおるさんに「凄くニマニマって感じで笑ってたよ」って言われたから……どんな顔をしてたんだろう。とりあえず褒められてないのは間違いない。


 お店を閉めてレジ締めのチェックをして貰ったらそのままお夕飯。パパがいるときは四人で、今日みたいに遅いときは三人でいただく。

 今日のメニューはオムライス。とおるさんと一緒に作った思い出のあるメニューだ。ご飯は炊き込み、卵はふわとろの優しい味。幸せが詰まった味がする。


「そういえば、もうすぐ文化祭なんだっけ」


「そうなの。家庭科部はスイーツの販売と、あとは図書委員会と合同でメイド喫茶にケーキとかを提供するのよ」


「へえ。ありすちゃんもメイド服を着るのかい?」


「んーん、メイド服を着るのは図書委員だけよ。でも男子も着るんですって」


「お、おお……」


 とおるさんはどんな光景を想像したんだろう。遠い目をしてため息ともうめき声ともわからない声を漏らした。


「女の子だけじゃないのよねー。もしかしてわたしのメイド服見たかった?」


 いたずらっぽく聞いてみると、彼は笑いながら「そうだったら休んで見に行こうかなとは思ってたけどね」と返してきた。文化祭が終わったら借りて着てみてもいいかもしれない。

 ご飯が終わったら売れ残ったスイーツのなかからひとつデザートにいただいてから家路に着く。


「それじゃとおる、気を付けて行くんだよ。変なとこに連れ込むんじゃないよ?」


「どっちも大丈夫だよ。それじゃちょっと行ってくる」


「おやすみなさいおばさま!」


「おやすみありすちゃん、また明日ね」


 おばさまに見送られて暗くなった道を並んで歩く。

 そしてお店が見えなくなるくらい歩いた頃、とおるさんがいつものようにわたしの手を握り指を絡めてきた。


 そう、わたしたちは付き合っている。もちろん男女としての話だ。


「オムライス美味しかったー」


「気に入って貰えたみたいでよかったよ」


「うふふ、とおるさんのオムライスはいつだって最高だわ」


「はは、ありがとう」


 そんな他愛ない会話をしながら、絡んだ指は休むことなくお互いの気持ちを確かめあっている。だって家に着いたらとおるさんはすぐに帰ってしまうのだから。それまでのわずかな、愛おしい時間。


「あーあ、わたしももっと恋人っぽいことしたいなー」


 聞こえよがしに言うととおるさんは「今してるじゃないか」って苦笑いを浮かべた。

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