ロストエクレシア

第12話 霊柩車

 数日も行軍を続ければ、砂ばかりの景色はそう長く続かない。

 先へ進むほどに、細かかった粒子は少しづつ大きくなり、やがて目に見える礫へと姿を変える。

 加えて、視界の中にチラチラと覗いていた建物の残骸も途切れ、その代わりとして、大小様々な金属製の廃材が転がる風景が辺りに広がり始める中のこと。

 日暮れを目前にした頃、ふとイアルがあっと声を出した。


「ねぇ素宮さん。アレ、なんだろう?」


 彼女が指さした方に髑髏を回せば、クレーター状に窪んだ地形に、何か箱のようなものが並んでいるのが見えた。


「屯してるのはトレーラーか。屑拾いか何かだろう」


「町とかじゃなくて?」


「この辺りに集落はなかったはずだ。少なくとも、俺は知らん」


 砂漠の環境は、アンデットが暮らすにも快適とは言い難い。

 理屈は知らないが、魂魄植物の類が生育できる場所が少ないらしく、水の希少さは死んでなお日常生活に影響する。その上、ホネバミをはじめとした天敵の存在に、砂嵐などの天災も含めれば、わざわざ住みたがらないのは当然だろう。

 逆に、それでもなお町が大きく発展するのは、デメリットに見合うだけの何かがあるということになる。砂の町の場合、それは膨大な金属資源だった。

 しかし、ここには何も無い。水や油が豊富に出る井戸も、削り出せるような金属も、再利用できそうなゴミでさえ。

 となると、後から町ができたというよりは、キャラバンのような連中が、何らかの理由で留まっていると考えるべきだろう。どうにせよ、俺達には関係の無い場所であることに変わりは無い。

 そう思って歩き出そうとした矢先である。


「でも見てよあそこ。アレって何かの看板マーキーだよね? もしかしたら、お店とかがあるのかも」


 イアルは何を考えたのか、ほらあれ、と引き止めるように俺の袖を引っ張りながら、トレーラー溜りを指を差した。


「……お前、まさか行きたいのか?」


「宿とかがあれば、2人一緒に休めるかなって、思ったんだけど」


 それは善意かワガママか。とりあえず確かなのは、空っぽの頭が痛くなったことだけだ。

 掃き溜めに居た時、イアルは妙に切羽詰まった様子だった。その癖、いざ歩き出してみれば、こんなのほほんとしたことを平然と口走る。

 挙句の果てには。


「だめ?」


 などと上目遣いにのたまう始末。このあざとくすらある行動が、天然かつ無意識な産物でなければ、俺は間違いなく拳骨を叩き込んでいただろう。

 あるいは、その方がまだ楽だったかもしれない。


「はぁ……好きにしろよ」


「決まりだね。行ってみよう」


 何が嬉しいのか。ガスマスクの向こうから聞こえた明るい声に、俺はげんなりしながらも、砂礫を散らして進む小さな背中を追いかけた。

 トレーラーが溜まっているクレーターは思いのほか広く、周囲の傾斜は想像していたよりもきつくない。その上、頻繁な出入りでもあるのか、僅かながら踏み固められた道が出来上がっている。


 ――昨日今日、ここに着いた訳じゃない、か。


 近づいてみれば、停められている車は使い古されたボロばかりで、種類も雑多で統一感など欠片もない。

 ただ、牽引状態のままにされている大小様々なトレーラーは、荷物の輸送用という雰囲気ではなく、むしろ家屋。いわゆるトレーラーハウス、あるいはモービルホームと言った風貌を見せている。ほとんどの窓にはカーテンが下ろされており、中の様子を伺うことはできなかったが、キャラバンでないことは間違いない。

 挙句、陽が完全に地平へ隠れた頃。最も大きな車両の上で、イアルが見つけたマーキーのランプが煌々と輝きだす。信じがたい話だが、OPENなんてネオンランプまで掲げられている辺り、こんな砂漠のど真ん中で客商売をしているのは間違いないらしい。

 引き返す理由が完全に失せたことで、俺は先走ろうとするイアルの首根っこを捕まえてから、諦め気味に金属製の軽い扉へ手をかけた。

 コロンコロン、と鈍い音の鈴が鳴る。


「やっぱりお店だ」


「らしいな」


 店内を見渡してみれば、何かの標識やらフェンスやら有刺鉄線やらと、廃材から引っこ抜いてきたかのようなアウトローじみた装飾が散りばめられて、視覚的にとてもやかましい。

 客層もその雰囲気を反映しているのだろう。襤褸切れのようなゾンビが机に突っ伏しているかと思えば、威圧的な雰囲気でこちらを訝し気に眺めるチンピラミイラが居たり、フードで全身を覆ってひそひそと話している連中が見えたりと、見事に闇鍋的な様相を醸し出している。

 掃き溜めの屑だった俺はともかく、チビ娘を連れてくるのに向いているとは言い難い。だが、好きにしろと言った手前、今更踵を返す訳にも行かず、俺は空いているカウンターの一角に腰を下ろし、イアルもその隣へちょんと座った。


「あらぁ、見ないお客さんねぇ。ルートダイナー・デッドワゴンへよーこそォ」


 軋んだスツールの音に、ぐるりと振り返ったのは大柄な同類。背の丈2メートルはあろうかという長身の骸骨バーテンダーである。

 否、グラスを磨いていなければ、バーテンダーだとは思えなかっただろう。何せ、背中やら袖やらに鋲が打たれた攻撃的なレザージャケットの上から、重々しい見た目の錆びた鎖をたすき掛けに巻き、頭にはピンク色の毛を立派なモヒカン状に植え付けているのだから。

 傍目には店員と言うより、強盗と呼んだ方がしっくりくるかもしれない。その癖、妙にくねくねした動きが気になったが。


霊柩車デッドワゴン? また大した名前をつけたモンだな」


「これでも飲食宿泊業チェーンとして、各地に展開してるグループなのよ。うちはその第2号店。ご存知なーい?」


「生憎と、町から出るのが久しい身でね」


 軽く流しはしたものの、内心では中々に驚かされた。

 隆盛を誇った人間文明の都市間ならばいざ知らず、死体のうろつく現代の旅客物流は、俺の知る限りほぼ全てが酷く貧弱である。

 町村の間を行き来する連中で客にできる真っ当な者といえば、それを生業とする輸送業者キャラバンか、郊外に職場が存在する労働者がほとんどだろう。それらですら、滅多に見かけない存在なのだ。

 だが、俺の見識はきっと古いのだろう。たとえ出入りは少なくとも、店内には少なからぬ客の影が見えるのは事実なのだから。

 一方、雇い主であるハイコープスは、郊外の店を珍しがることもなく、背伸びをしてカウンターの上に顔を覗かせた。


「あの、一晩泊まりたいんですけど、空いてますか?」


「あんらまぁ可愛いおチビさん。心配しなくても、2人分のお部屋なら準備できるわよ。お金さえ頂ければね。お食事は?」


 ガスマスク越しに可愛いもへったくれもあるか、と出かかった言葉をグッと呑み込む。このドラゴンフルーツみたいな髪を髑髏に植えた奇抜なスケルトンがどんな感性を持っていようと、俺にはどうだっていいことなのだから。


「飯を含めて1番安いのだ。いくらになる?」


「支払いは砂のトークンかしらン。なら、フルチャージの15枚だけどよろしい?」


 今度は抑えきれず、はぁ? と声が出た。砂の町の相場に照らせば、ボロ小屋の家賃1ヵ月分に等しい。

 真っ当な仕事を持つ市民様であれば、目くじらを立てるような額でもないのだろう。ただ、それも相応のサービスを得られる前提の話のはず。少なくとも、最安値で泊まれる部屋ではない。


「あのくたびれたコンテナトレーラーでか? 高くても精々5枚がいいとこだろ」


「そォれは無理な注文ねぇ。屋根壁あっての寝台は、砂漠じゃ安くないもの。わかるでしょう?」


 オネエ骸骨の黒い孔が、微かに下へとズレる。注意していなければ、気付くことさえできない程度に。

 だが、おかげで腹立たしさが、馬鹿馬鹿しさに変わった。


「俺に見られるような足元があったとは驚きだ。6なら?」


「トレーラーの維持費も馬鹿にならないの。だから申し訳ないけど、売り叩くつもりはないわァ。オマケして13よ」


「大した自信だな。その割に、空き部屋が多いように見えたが? まぁ、砂嵐もない晴天の日に、わざわざ宿をとろうなんて贅沢な奴は珍しいだろうな」


 カウンターに肘を肘をつき、軽く髑髏を傾ければ、悠然としていたドラゴンフルーツ頭が黙り込む。

 こいつはさっき、俺の服を見た。これが前に着ていたお気に入りのボロだったなら、あるいは相手にされなかったかもしれない。だが、今の俺は黒のライダースジャケットと煤けたレザーパンツに、ショットガンを担いでいるというはた目にはそれなりの格好である。少なくとも、掃き溜めから出てきた最底辺とは考えにくい。

 それなりに金を持っていそうで、かつ長く外に出ていなかったと語る物を知らなそうな骨。しかも貧弱そうな連れ添いまで見えれば、なるほどいいカモであろう。

 だがそうじゃないと声を落とした。


「7だ。これで通らんなら、俺たちも冷やかしで終わらせてもらう」


 隣のイアルが、おろおろした様子で2つの髑髏を見回そうと関係ない。

 こちらのボールは投げきった。掴むか避けるかを決めるのは店側だ。

 流れる沈黙。だが、俺が指でコツンとカウンターを鳴らせば、オネエ骸骨は諦めたようにため息をついた。


「はいはい、わかったわ。アタシの負けよ、頭の回るお客さんだこと」


「よく言う。7でも十分ぼったくりだろうが。曲がりなりにもチェーンを名乗るなら、料金表くらいきっちり掲げとけ」


「もぉ、そんなに虐めないで頂戴。か弱い乙女が必死に暮らしてるっていうだけなのよォ」


 猫撫で声を出しながら、くねくねと揺れる大柄な骨。多分こいつに反省はない。

 それはともかくとして、どうしても言っておかねば気が済まないことが1つ。


「そのデカい骨格と野太い声で、か弱い女ってのは無――」


「ふぬンッ!」


 カウンターを震わせるドスの効いた声と共に、キィンという破砕音が響き、目の前を細かい光の粒が舞う。店内の誰もが、下手をすれば店の外までも、その震源地へ視線を向けたに違いない。


「あンらやだ、ガラスにヒビでも入ってたのかしら? ごめんなさいねぇ、お話の途中だったのに」


 手から砂のように砕けて落ちたグラスを前に、大柄な骨は何事も無かったかのように、またくねくねしながらそんなことを言う。

 しかしながら、ほんの一瞬漏れ出た殺意の波動は本物で、俺の頭はそれ以上踏み込むなとガンガンに警報を鳴らしている。否、俺でなくともそう感じただろう。事実、至近距離で声を浴びたイアルは、棒立ちのまま完全に硬直していたし、これがもしも人間だったなら、十中八九漏らしていただろう。

 肺もないのに深呼吸を1つ。俺は懐からそっと、7枚のクレジットを取り出し、カウンターの上へと丁寧に置いた。


「……いや、気にするな。先払いでいいか」


「はぁい、毎度どうもォ。それじゃあ、お部屋にご案内しまぁす」


 カンカンと骨を鳴らして、やはりくねくねと歩き出すドラゴンフルーツ。

 この自称女骨の前で、二度と性別のことは口に出すまいと心に誓い、俺は固まったままのイアルを小脇に抱えて後を追った。



 ■



 ギィと軋みを響かせてステンレス製らしき銀の扉が閉まる。

 滲むと言うには強烈すぎる殺気に硬直した店内の空気は、その発生源たる店員が案内を理由に交代したことで、ようやく緩まったと言っていい。

 まともな客がホッと息をつき、食い逃げを考えていた干物が自分の懐具合を気にし始める頃、扉の方へと視線を向ける1組の影があった。


「おい、今の見たか?」


 小声でそう切り出したのは、黒塗りの作業用ヘルメットを被ったアンデッド。加えて、顔全面を覆うタイプのガスマスクを装着し、ダスターコートやマフラーで全身を覆っているため、外見から種族を判断することはできそうもない。


「見た見た。相変わらずとんでもないな、エコウ姉さんの馬鹿力」


 一方それに答えたのは、寸胴鍋のような鉄製の兜で首から上を隠す大柄なゾンビだった。くぐもった声になるのも当然だろう。

 しかし、作業用ヘルメットのアンデッドは、寸胴鍋ゾンビの返事に対してため息をつくと。ぶ厚そうな金属で覆われた眉間へ指を突き付けた。


「ちげぇよバカ。ガスマスク被ったチビのことだって」


「あ? あぁ居た居た。兄貴のに似てる気がしたが、それが?」


「それが? じゃねぇよ。ありゃあ当たりかも知れねぇぜ」


 彼らには共通の話題があったはず。しかし、何やら自信ありげな作業用ヘルメットに対し、寸胴鍋の方はどうにも頭の回転が悪いのか、腕を組んでうーんと唸った。


「ガスマスクに当たりって何の……あっ! もしかしてこの間の――痛ぁ!?」


 ガィンと寸胴鍋が鈍い音を立てる。もっともこの場合、真に痛いと言いたいのは殴った方だっただろう。事実、作業用ヘルメットは薄そうなレザーグローブで覆われた手をプラプラとさせていた。


「声がデケェよバカ! とにかく、すぐ伝えに行くぞ。情報っての鮮度が命だ。誰かに先を越されちゃ元も子もねぇ」


「お、おぅおぅ。急ごう急ごう」


 最後ばかり声を殺した会話を終えると、2つの影は揃って席を立つ。

 ただ、大股で出口を目指したかと思えば、ドアに手をかけた所で立ち止まり、そそくさと店内へ戻ってきて、カウンターの上にきっちりとクレジットを置いていった。

 少なくとも、彼らはまだ灰に還りたくなかったのだろう。

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