アンデッドトラベラー ~死体娘と骸骨男は、壊れた世界で旅をする~

竹氏

ボーンミーツコープス

第1話 掃き溜めの黄ばんだ骨

 砂埃が立ち込めるバラック群は、いつもガラガラと喧しい。

 そこは砂漠のど真ん中。穴を開けた砂岩と瓦礫の寄せ集めできた、いわゆる町だった。

 街路を行き交う影はそれなりに。私は住民であろうそれらの間を縫いながら、建物の隙間に走る路地へ足を向けた。

 人目から離れた影で、小さなメモを広げる。人目とは言うが、人間なんてこんな町には居ない。

 あるいはもう、世界のどこにも。


「情報が間違ってなければこの先、だね」


 波板や縞鋼板が壁として張り巡らされた路地を、私はボロボロの外套を揺らしながらゆっくりと進む。途中、中身のなくなったブリキだかアルミだかの缶を蹴っ飛ばしたが、そんな音くらい誰も気にしないだろう。

 というのも、この町はほぼ常に、ゴンゴンガンガンと何かを叩くような音が聞こえているのだ。耳のいい私にとっては、あまり環境が宜しくない。

 しかも自分が歩みを進める度、その音は確実に大きくなり、路地を抜けたところでその発生源たる構造物に行き着いた。


「……町ができた理由、かぁ」


 それはとにかく巨大な塊。その規模を見るや、元々は星を渡る船だったのか、あるいは何かを誇示する為の建物か。私には想像もつかないし、金属の塊が運び出されていくのを見る限り、多分ここで働く者たちも自分と大して変わらないだろう。

 古くは大層な役割を与えられた物であったかもしれないが、今となってはバラックを生み出すための鉱山に過ぎない。

 だからと言って、そこに感傷を覚える訳でもないのだが。


「よーしお前らぁ、今日はここまでだ! 貰うもん貰ってサッサと帰れ」


 鐘が鳴ったかと思えば、頭上で現場監督らしき人影がダミ声を響かせる。すると、あの耳障りな音も止み、代わりに疲れたような溜息が辺りに溢れた。

 ゾロゾロ歩いてくるのは労働者らしき者たち。彼らの半分は一切肉のない人骨で、もう半分はカラカラに乾いて干物のような姿をしている。

 典型的な死者の町。この場に居る彼らは、その中における貧困層や浮浪者なのだろう。掘っ立て小屋の前で日雇い労働の報酬が入っているであろう小さな袋を受け取り、また溜息をついてから文句も言わずに立ち去っていく。

 特段珍しくもない光景である。私はなんの感情も抱かないままアンデッドの波を掻き分けて進み、報酬の分配を終えて人影の消えた掘っ立て小屋の前に立った。


「あ? なんだお前? 仕事が目当てなら他所当たれ。今日はもう店じまいだ」


 事務担当だろうか。机の向こうで何かを数えていたミイラ男は、私の存在に気付いて訝し気な声を出す。襤褸でない服を身に着けている辺り、労働者よりはマシな待遇を受けているらしい。


「とあるスケルトンを探してる。ここで働いていると聞いたんだけど」


「はぁ……お前、俺が暇だとでも思ってんのか? ここは酒場でも探偵事務所でも結婚相談所でもないんだよ。わかったらサッサと消えろ」


 最初は報酬に文句があるか、受け取り損ねた労働者だとでも思ったのだろう。そうでないとわかるや、仕事の邪魔だと言わんばかりに取り合ってもらえない。

 だが、私にとってこのミイラの都合なんてどうだっていいのだ。


「見たところ、あなたはここに来る日雇い労働者の情報を管理してる。そうだよね?」


「聞こえなかったのかガスマスク野郎。俺は消えろっつったんだ。いい加減にしねぇと――」


 それなりの服を着た乾物男は、苛立ちの募った声と共に握っていたペンをこちらに突き付けようとして。

 机の上へと転がった軽い音に、そこから先の言葉は出なかった。


「これで、教えてくれる?」


 赤く輝く爪先程の小さな石を前に、どうするかはそっちが決めて、と手で促す。

 本気で教える気がないなら、言葉通り消えるだけのこと。しかし、いい加減にしないとの先が出てこない辺り、半ば状況は決していたと言っていい。彼は黙ったまま周りを軽く見まわすと、宝石を手早く懐へ納めてからこちらへ向き直った。


「で、探してるってのはどんな奴だ?」


 価値とは便利なものだ。差し出すことさえできれば、恐ろしげなアンデッドでも容易く豹変させる力を発揮してくれる。

 事実、小さく顔を寄せてきた干物は、先ほどまでの威圧的な雰囲気など微塵もないどころか、友人に話すような親しささえ滲んでいた。


「やや大柄で頭蓋に横向きの傷があって、見えるところには識別模様をつけてないスケルトン。知ってる?」


「……ああ、でかくて傷のある模様なし野郎なら覚えがある。ここらの日雇い仕事を転々としてる黄ばんだ奴だ。名前は確か――」



 ■



 今週は金属鉱夫、先週は農夫、先々週は掃除夫、その前はなんだったか。

 バラック小屋の中、霊魂果実アンジェライムを溶かし込んだ薄いスープ片手に、俺はボロボロの手帳を眺めて考える。

 そう、大工の手伝いをしていたんだ。もひとつ前の週は町の中で歩荷ぼっけをしていた。

 どれも決して払いのいい仕事ではない。それどころか、この雨風を凌げる最低限の小屋を借り、1日2回も食事をすれば消えてなくなる。貯蓄はおろか、服や酒に使う余裕なんてどこにもない。

 それでも、次はどれにしようかと考える。そろそろ雨が降るだろうし、アンジェライムの収穫も近いだろう。人手を必要とする仕事を選んでおけば、早々食いっぱぐれる心配もない。

 手帳に描かれたお手製のカレンダーに、アンジェライムの収穫、明日の朝に出向くこと、と書き記して閉じた。これで朝起きた時に、何を思いついたんだったかと悩む必要もない。

 スープを飲み干し、後は寝るだけ。体はまだ栄養を求めているが、それもいつものことだ。眠ってしまえば気にもならない。

 そう思い、ごみ置き場から拾ってきたボロソファの上に寝転んだ矢先である。

 建付けの悪い我が家の扉が、ガンガンと壊れそうな音を立てた。


 ――誰だ?


 ボロソファから身体を起こし、外の気配に少し身構える。

 同じ町で仕事を転々としているため顔見知りは少なくないが、わざわざ俺を訪ねてくる奴はほとんどいない。強いて言えば、家賃や税の取り立てくらいだが、今月はそのどちらもきっちり収めたはず。

 となると、残っているのは原因不明の面倒事くらい。酔っ払いが適当に戸を叩いた可能性すらあるため、俺はまず居留守を決め込んだ。

 しかし、扉の向こうにある気配は立ち去ることなく、わざわざ暫く間を開けてから再び扉をノックしてくるではないか。

 どうやら相手は冷静らしい。こうなると居留守は逆効果となりかねないため、俺はゆっくりと立ち上がって、ほんの少しだけ扉を開けた。


 ――居ない? いや、下か。


 僅かな隙間から外を覗いた先。自分の思った位置に顔はなく、その代わりに視界の下で古ぼけたフードが揺れていた。


「はじめまして。あなたが、スケルトンの素宮さん?」


 俺の名を呼んだ高い声が少し籠って聞こえたのは、顔を覆っているガスマスクのせいだろう。その上全身をくたびれたマントで覆っているため、小柄であるという以外素性がさっぱり分からない。

 だが、こちらが対応を決めるには十分だった。


「……骨違いだ」


「えっ!? あっ、待って待って閉めないで! 話を聞いてっ!」


 どうやらこのガスマスクチビは勘も反応もいいらしい。ドアノブを引こうとした瞬間、革の手袋に覆われた小さな手が、扉の隙間に飛びついてきた。

 危機感がないのか、あるいはただの阿呆か。どちらにせよ厄介な奴に絡まれたのは間違いなく、舌打ちできないのが久しぶりに悔しいと思った。


「おい……すぐに放せ。指が取れるぞ」


「話、聞いてくれる、なら!」


「義理がない、用もない。誰か知らんが帰れ」


「そんなこと、言わないでよ……! 私には、素宮さんに、用事が、あるんだからぁ!」


 前言撤回。こいつが何を知っているか、何を求めているかはともかく、名指ししてくるあたり厄介事の種であることはほぼ確定。

 ゆっくり扉に力をかければ、小さなソイツの体も一緒にずるずると引きずられてくる。ガスマスクと全身を覆うマントのせいで、アンデッドとしての種族はわからないが、小柄な見た目相応に力は弱いようだ。

 それでも執念だけは本物らしい。もう一歩で指が挟まるところまで来てもなお、その手を離そうとはしなかった。

 見ず知らずの厄介な奴。可能な限り速やかに消えてほしいというのが本心だが、ここで怪我をさせて喚かれるのもいただけない。

 となると。


「……はぁ、わかった、聞いてやってもいい」


「本当?」


「ああ。だから手を離せ。出られん」


 扉を引く力を緩め半身外に踏み出せば、ガスマスクはどこかホッとしたように肩を落とす。

 それでも指は扉にかかっていたが、緊張を解いたのは油断と言っていい。

 勝負は一瞬だった。全力のバックステップと共に全力で扉を閉めれば、革手袋の指はするりと鉄扉から流れて消えた。あまりの勢いに愛しのボロ小屋が小さく揺れて埃も落ちたが、屋根壁が壊れていなければ問題ない。その手で速やかに鍵をかければ任務完了だ。


「ちょ、ちょっと!? うそつきぃーっ! さっき話聞いてくれるって――」


「聞いてやってもいいとは言ったが、聞くとは言ってない」


「えぇ!? そんなのズルじゃない!」


「知らん。俺はもう寝る。お前もさっさと帰るんだな」


 どれくらいの期間アンデッドをしているか知らないが、よく言えば純粋、悪く言えば他者への疑いが欠落した奴らしい。

 軽く手を払ってから、再びお気に入りのボロソファへ寝転がる。なおも扉は乱打され続けていたものの、一旦締め出してしまえば気にもならない。これで扉を蹴破って入ってくるようなら、その時は自警団に突き出すだけのこと。

 いつもより少々寝苦しい夜にはなったが、俺は鉄扉の向こうを意識の外へ放り出して眠りについた。


 ■


 薄く差し込む朝日に目が覚める。瞼がない分、スケルトンは光の変化に敏感なのだ。

 僅かに体がダルく感じるのはいつものこと。ベコベコに凹んだブリキバケツの水で顔を洗い、チビた歯ブラシで歯を磨いてから、朝食に焼いた魂魄野菜ソウリウムを齧りつつ手帳を眺める。


 ――そうだ、アンジェライムの収穫だったな。


 眠る前に考えていたことを思い出し、古ぼけた懐中時計が早朝を指し示しているのを確認してから、よしと膝を叩く。

 今から行けば、万一収穫作業がまだ始まっていなかったとしても、他の仕事に切り替えるのは難しくないだろう。大事なのは日々仕事を得続けられるということだ。

 着慣れたつぎはぎだらけの上着を纏い、コロコロと両肩を軽く鳴らしてから、俺は鉄扉へと手をかけた。

 砂の照り返しに霞む景色。陽が当たり始めたばかりだというのに、砂漠の町は既に暑くなりつつあり、少し遠くに陽炎がたつのが見える。

これぞいつも通りの景色だと、朝の空気をありもしない肺へ吸い込もうとして。


「おはようございます」


 俺はしっかりと扉を閉めた。

 一瞬見えたのは古ぼけたガスマスク。できれば自分の勘違いだと思いたい。

 懐中時計が指している時間は、まだ町が動き出すのに早過ぎるくらいだというのに、一体何の冗談だろう。

 軽く後ろを振り返る。ボロ小屋には勝手口などなく、扉の他に外と繋がっているのは暫く開けていない小さな窓くらい。

 両腕を外せば無理矢理窓から出ることはできるだろうが、奴の執念を考えれば組みなおしている間に回り込まれるに違いない。しかし、考えている内に時間は刻々と過ぎており、日雇いは出ていくのが遅れれば遅れる程美味しい仕事が消えていく。

 今の俺に、作戦を考えているような余裕はなかった。


「おはようございます。あの、今日こそお話を――」


 いつも通り扉から外へ出た俺は、同じ声による2度目の挨拶を背中に受けつつ、扉にしっかりと鍵をかけ。


「ああ。それじゃあな」


 とだけ言って小柄なガスマスクの脇をすり抜けて、居住区の街路を大股で歩き出した。

 こっちは生活のために働かないといけないのである。朝夕構わず押しかけてくるような奴に構っている暇はない。


「ちょ、ちょっと待ってよ。そんなに急いでどこに行くの?」


 だというのに、後ろから声がついてくる。正直振り返りたくない、というか、振り返ってしまうと間違いなく後に尾を引いてしまう。

 だから俺は無視を決め込むことにした。どれだけ執念深い奴でも、会話がなりたたないまま半日もすれば、流石に諦めてどこかへ消えるだろう。何より、俺が向かう先は浮浪者と貧困層が集まる掃きだめのような仕事場だ。労働者でもない奴がちょろちょろしていればつまみ出されるし、あまりにしつこいと自警団を呼ばれてもおかしくない。

 このチビが何者だか知らないが、日常生活において面倒事はご免なのだ。



 ■



「よぉ、素宮じゃないか。また1年ぶりだな」


 そう言って手を上げたのは、薄汚れたサロペット姿の骸骨。名を尾白おじろという。

 毎年仕事で世話になるアンジェライム農園の快活な経営者で、本人曰く性別は女。俺からすれば遥か天上におわす中産階級でありながら、立場を鼻にかけようとしない珍しい相手だ。


「そういう時期だろ尾白。仕事、あるか?」


「おーよぅ。ほら、ここに名前書いときな」


 机に置かれたクリップボードに目を通せば、既に数名が労働契約を結んでいるらしい。少し離れた場所で煙をふかしている連中が見えたが、多分そいつらだろう。

 俺もその下に名前を記せば、彼女は労働者を示す札を差し出しながら、何やら興味深げにふぅんと鼻を鳴らした。


「しっかし、この1年の間になにがあったんよ? これまでずーっと一匹狼だったのにサァ」


「……何?」


 どういうことだと視線で訴えれば、彼女は無言で顎をしゃくってみせる。

 その先にあったのは自分であり、最初はからかわれているだけかとも思った。しかし、微かに蠢く影が視界の下側に映れば話は別である。


「はい、これでいい?」


 いつの間に横へ並んでいたのか。ガスマスクとフードに覆われた頭は、そう言ってコトリとペンを鳴らした。


「イアル、ね。この辺じゃ聞かない名前だし見た目も、そのマスクでよくわからんけど、まぁ働けるならなんだっていいよ。ほい名札」


 差し出された札を両手で受け取る小さいの。何をしてるんだこいつは、と素直に思ったが、雇用契約が成立した以上、ただの日雇いである俺に口を挟む権利はない。

 ただ、気楽なことを言って笑った雇用主の側も、それなりに疑問は抱いていたのだろう。ガスマスクが一歩下がったところで、小さく振られる後ろ手に呼び出された。


「アンタ、どこぞの流れでも拾ったのかい? 服の感じも旅人っぽいし、なんか妙に達筆だし、どうにも日雇いで繋ぐような連中とは毛色が違う感じがするんだけど」


「知らん。俺のツレじゃない」


「……だとしても、マスクちゃんの方はそう思ってない、だろ?」


 暗い眼孔同士で視線を合わせる。

 妙な所で勘が鋭いものだ。彼女とはそれなりに長い付き合いになるが、これも余計な世話焼き好きが高じてのことだろうか。


「何が言いたい」


「無関心も程々にってことサ。おチビちゃんが厄介事の種か、黄ばんだままの骨に訪れた変化の兆しかはわからんし、それこそ何も聞かないことが正解とも限らないよォ? ま、ただのお節介だけどね」


 変化と少しだけ考えかけ、ヒヒッという笑い声が聞こえてやめた。


「……お前、面白がってるだろ」


「んんー、まぁそれも否定はしないけどネ」


 惰性はアンデッドの性。だからこそ、新しい刺激を欲する者は少なくない。自分もスケルトンである以上、そういう気持ちも理解は出来る。

 ただ、意図せずその的にさせられてしまえば、たまったものでは無いという溜息しか出てこないのだが。

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