第33話『無力な権力』レオナルド視点
「レオナルド殿下、御身体の具合はいかがですか?」
そうこちらを心配そうに見つめてくるのは弟レオンハルトの婚約者であるアンジェリーナ・クロウ公爵令嬢だ。
ラフィール学園の生徒会長と王太子としての執務を行い、全学年交流会に参加したが情けないことに気が付けば王城にある自室で目が覚めた。
アンジェリーナ嬢も手当を受けたのか所々に包帯が巻かれている。
そんなアンジェリーナ嬢を気遣うようにレオンハルトが甲斐甲斐しく世話を焼く姿が見れる日が来るとは思っていなかった。
レオンハルトは昔からツンデレっ気があるからな。
「ええ、だいぶ良くなりました……アンジェリーナ嬢もお怪我をなされた様子ですが、傷が残らねば良いのですが……」
「あの混乱状態でこれくらいの怪我で済んだのもユリアーゼ様のおかげですわ」
「……ユリアーゼとはどちらのご令嬢でしょうか?」
「兄上がご自分で指名されたラフィール学園の侍女見習いでしょう?」
「侍女見習いだと? 男性貴族に侍女見習いはつかないだろう?」
「えっ、レオンハルト様……」
俺の言葉に驚いたようにアンジェリーナ嬢がレオンハルトに困惑した様子で視線を送る。
「すぐに宮廷医を呼んでこよう、アンジェリーナは兄上を頼む」
それから室内はバタバタと慌ただしくなった。
レオンハルトによって宮廷医が呼ばれ、騒ぎを聞きつけた父上や母上が次々と部屋へと集まってくる。
「うーむ、どうやらレオナルド殿下は記憶が一部欠損してしまっているようですね……」
忘れたことすら忘れているのだろうか、医師の言葉を聞いても記憶がかけている自覚がないのだ。
宮廷医やお見舞いに来てくれた者たちが帰ったあとベッドに仰向けで転がりながら俺は記憶を整理していく。
記憶の欠損部分を確認するため、俺はラフィール学園の自室から日記帳を取ってきて欲しいとセシルへ手紙を書いた。
セシルは次期国王を支える人材として小さな頃から俺やレオンハルトと一緒に過ごしてきたから俺が忘れてしまった事も色々知っているだろう。
翌日、俺の日記を携えてセシルがお見舞いに俺の元を訪れた。
しばらく開いていなかった幼少期の日記を開けば拙い文章と記憶にない文字のような物が交互に書かれている。
こちらの言葉よりもよほど達筆な記憶にない文字……俺は何を書いていたのかすらわからない。
よく見れば同じ単語だと思える物が繰り返し登場しているのがわかる。
とりあえずこちらの言葉で書かれた拙い文章を読んでいく。
内容は『てんせい』がどうとか『レオンハルト』の名前や『アンジェリーナ』『セシル』等の名前が書かれている。
一冊分読み終わる頃にはだいぶ単語を覚えたのか、少しずつ文章が整っていった。
それに比例するように見覚えがない文字が減っていく。
夢中で読み勧めているうちに記憶にない出来事が増え始めた。
レオンハルトの性格矯正? アンジェリーナが悪役令嬢?
一体俺はどんな妄想に取り憑かれてこの日記を書いていたんだ?
日記が今年の分に差し掛かると、同じ速度で読み進めることが難しくなってきた。
とくに酷いのがレオンハルトの入学以降からだ
。
日記にはユリアーゼ・アゼリア子爵令嬢を侍女見習いとして採用したと書いてある。
侍従見習いとの諍いがあっていこう、日記というよりも行動記録と言ったほうがいいような有様だったが、ユリアーゼという女子生徒が関わるようになってから内容が一変したのだ。
それだけで私がユリアーゼという女子生徒をどれほど気にかけていたのかわかりやすい。
「ユリアーゼ嬢……」
日記に繰り返し書かれた名前の一つをなぞる。
俺が失った記憶はいくらか把握することができた、その大部分がユリアーゼ嬢だというのは間違いないだろう。
「これは早急にユリアーゼ嬢と面会する必要があるな……」
ベッドから立ち上がり窓を開けると新鮮な空気が部屋へと入ってくる。
すっかりと暗くなってしまった空は『』がないおかげか星がとても綺麗に見える。
何が無いんだ?
そう、何かがごっそりと無くなってしまったという恐怖に晒され、窓を閉めるとそのままベッドに戻り頭の上から布団をかぶり直す。
「……ユリアーゼ嬢に会えば何か思い出せるはずだ……」
それから何日も経ったがユリアーゼ嬢との面談は叶わなかった。
どうやら全学年交流会で起きた出来事について話を聞くべくユリアーゼ嬢へ召喚状を送ったようだが、彼女の父親がラフィール学園へ休学届けを提出してしまい女子寮まで迎えに来たらしい。
何度かユリアーゼ嬢の保護者であるアゼリア子爵へ面会の連絡を取ったようだが体調が悪く臥せっているため召喚には応じられないと返事が来たらしい。
そんなある日……女子寮にあるユリアーゼ嬢の私物を持ち帰りたいとアゼリア子爵家から要望があったらしく、彼女の主であった俺の許可が欲しいとフリーダ女史から連絡が入った。
本来退寮する際には本人と同室の生徒が立ち会いのもとで忘れ物がないように確認する決まりがあるが、侍女見習いや侍従見習いをしていた場合はその主の立ち会いでも可能だ。
普通なら同性の侍女、侍従見習いがつくため同じ寮内で同性の主人が立ち会うことになる。
しかしユリアーゼ嬢の主は男性である俺で、俺が男子禁制の女子寮で立ち会う必要があるのだ。
「ユリアーゼ嬢の同室の令嬢はたしか婚約者がいたはずだな、理由はどうあれ婚約者のいる令嬢の部屋に立ち入るのだ、婚約者の男性も同席してもらおうか」
セシルに手配してもらい、セシルを共にしてラフィール学園へ踏み入る。
記憶喪失になってから初めてラフィール学園へ来たが学園の様子は俺が記憶している園舎とあまり変わっていないようだ。
まだ時間的に授業中のため廊下に生徒はおらず、女子寮にも生徒はほとんど居ないだろう。
女子寮の玄関前ではユリアーゼ嬢と同室のグラシア嬢とその婚約者が待っていた。
そしてなぜかアンジェリーナ嬢の背後でニコニコと御機嫌に自分のものだと主張するようにアンジェリーナ嬢の細越に腕を回すレオンハルトを見つけてため息を吐いた。
「兄上、私も同席させていただきますね!」
「申し訳ございません、私がレオナルド殿下のお話を致しましたらどうしても同席するのだとおっしゃって……」
困ったわぁと頬に手を当てて小首をかしげているが、そんなレオンハルトの独占欲に戸惑いながらも、満更でもない様子のアンジェリーナ嬢の姿を羨ましそうにグラシア嬢の婚約者であるアウレリオ殿が見ている。
「気にするな」
色んな意味で気にしていては身が持たない。
フリーダ女史の案内で女子寮の一階にあるエントランスへ立ち入る。
「セシルは婚約者が居ないから二階以上へは上がらずにこちらで待機していてほしい」
「仕方がありませんね、お待ちしております」
王族や高位貴族の居住区がある二階を通り過ぎ、それよりも上階へ階段を上がっていく。
グラシアの先導で廊下を進み、一つの扉の前で立ち止まるとグラシア嬢が胸元のポケットから鍵を取り出して鍵穴に差し込む。
カチャリと小さな金属音が聞こえてドアノブを回すと扉はゆっくりと内側へと開いた。
「どうぞ」
そう入室を促されたため室内へ踏み込むと、室内が全て見渡せる広さの部屋だった。
俺が普段使用している寮の部屋の寝室と同じくらいの部屋にベッドが2つ壁に寄せられるようにして入れられている。
ベッドの間には窓側に向かって質素な勉強机が2つ並んでおり、最低限のプライベートを確保するためか机と机の間には部屋を分けるためのカーテンが一纏めにされている。
扉を挟むように小さなチェストが一つずつ置かれていた。
「入り口から右側が僕、左側ユリアが使っていた家具です」
既に荷物の大半はグラシア嬢が片付けてくれていたようで、荷物と呼べるような物は残っていない。
「ユリアか、愛称で呼ぶくらいに仲が良かったのですね」
後ろでレオンハルトがグラシア嬢へ声をかけた。
「はい、ユリアも僕のことをシアと呼んでくれて、初めてのお友達だったのです」
「えぇ、婚約者のわたしですらシアと呼ぶのを許してもらうのにしばらく時間が掛かったのに、出会って数日のユリアーゼ様とお互いに愛称で呼び合う姿にどれだけ嫉妬したことか」
「えっ、アウレリオが嫉妬ですか? あれだけ女子生徒を侍らせているのに?」
「むっ、誤解しないでください、私は今も昔もシア一筋です!」
背後で二組のカップルがイチャイチャしているが、俺の中でグラシアが呼んでいた『ユリア』という名前がぐるぐると頭の中を駆け巡るようだった。
まるで砂嵐の○○○の様にザーザーとしたノイズが混ざる。
「……室内を確認します」
「どうぞご覧ください」
とりあえず一番近くにあった扉横のチェストを開き、私物の残りがないか確認する。
衣装が全て外されて掃除もされたのかなにひとつ入っていないチェストの確認を終える。
それからベッドやその下も確認し勉強用の机を確認していく。
引き出しを開けたり締めたりして中身が無いことを確認し最後に鍵がかけられる引き出しを開こうとしたのだが、鍵がかけられているのか開けることができなかった。
「グラシア嬢、この机の鍵はユリア……ユリアーゼ嬢が持ったままか?」
「そうなんです、僕では開けることができなくて……あっ、もしかしたらフリーダ様が合鍵をお持ちかもしれません! 借りてきます!」
「まてシア、俺も行く」
「大丈夫だよ、寮の中だよ?」
「俺も行く」
「仕方ないなぁ」
そんなやり取りをしながらグラシア嬢とアウレリオが部屋を出ていった。
「下位貴族のご令嬢の部屋はみなこのような間取りなのでしょうか?」
アンジェリーナ嬢が物珍しそうに室内を観察している。
「やはりアンジェからみても珍しい間取りなのかい?」
「えぇ、女子寮の私のお部屋は二部屋ございますし、侯爵家と伯爵家のご令嬢のお部屋は共同で使用する部屋を挟む形で寝室があるそうです、子爵家以下は二人で一部屋なのですね……」
俺たち王族や上位貴族との格差がこれ程だとは考えていなかった。
せめて一人で一部屋使用できるようにできないだろうか。
「お待たせ致しました! フリーダ様からユリアの机の予備鍵をお預かりしてまいりました」
そんな話をしているうちに鍵を借りてきたグラシア嬢とアウレリオが戻ってきた。
数階分の階段を短い時間で往復してきたのにふたりとも息が切れている様子が見られないのは、さすが討伐組への参加が認められているだけの体力と言えるだろう。
「済まないが開けてくれ」
「はい」
グラシア嬢が鍵の掛かっていた引き出しをゆっくりと開ける。
「あれ? ノートだけみたいですね……」
引き出しの中に入って居たのは見覚えがある簡素なノートだった。
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