第26話『学年交流会』
「ユリア心配したよ、もう大丈夫なの?」
「うん、心配かけてごめんね」
どうやら女子寮の保健室のような部屋から私室に無事帰還することができた私は、同室のグラシアに扉を開けた途端抱き締められた。
ちなみにグラシアに今回の事の顛末を教えていただきました。
どうやらグラシア本人はその場にいなかったらしいけれど、グラシアの婚約者であるアウレリオ様が現場に居合わせたらしい。
「意識を失ったユリアを苦もなく抱えて去っていく姿はまるで恋物語の主人公のようで、二人の姿を見るために女子生徒が寮の窓に張り付いてたよ」
どうやら女子寮にはいたらしく、グラシアの口から語られる自分の姿に悶絶する。
お姫様抱っこされるとか重くなかっただろうか、いやもしかしたら逆に貧相だとがっかりされた可能性もあるのよね、うわぁ恥ずかしぃ。
「まぁ病み上がりだから無理はできないけど明日は全校生徒参加の全学年交流会だから急いで準備しますか」
既に準備を終えていたグラシアに手伝ってもらいながら全学年交流会の準備を進める。
全学年交流会は新入学生が在校生と交流を持つことで早く学園生活に慣れてもらおうと言う催しだ。
学園の近くにある森へ行って上級生と力を合わせて障害を乗り越え一緒にゴールを目指すレクリエーションだ。
ただこの森、あまり強くないけれど普通の獣や魔獣が出るのだ。
獣はそれほど脅威ではないけれど、あまり強くないとはいえ魔獣はある程度減らして置かなければ後々魔獣同士が食い合って強くなってしまう。
魔獣は獣と違い繁殖しても子育てなどしないため、産まれて日が浅い魔獣であれば平民でも倒すことが可能だったりする。
だが強くなった魔獣は魔力を持った貴族の力で無ければ倒し切るのは難しい。
そのために魔力の扱いに長けた上級生と下級生が組まされて魔獣狩りになるのだ。
もちろん人には向き不向きがあるため、魔獣狩りを主にする討伐組、設営した本部の近くで素材採集をメインに行うご令嬢方とその護衛をする実戦を好まない令息達の采集組、そして生徒会が主となり各討伐組との連携を図る運営組に分かれるのだ。
「シアは討伐組だったよね、私は采集組だから同行できないけど明日が楽しみだね」
「そうだね、お互いどちらがいい素材を采集できるか勝負する?」
「えー嫌よ、やる前から結果が分かってる無謀な勝負は受けません」
「ところでその瓶は何?」
「ああ、これ? これはね魔除けの薬、そしてこっちのが魔寄せの薬だよ」
試験管のような瓶には色味の違う液体が入っていた。
「へー、そんなものもあるんだね」
「普通は魔除けの薬だけで良いんだけど、僕は討伐組だからね、効率よく魔物を狩るために魔寄せも必要なんだ」
「へー、嗅んでみてもいい?」
「どうぞ? あんまりいい匂いじゃないけどね」
苦笑するグラシアから借りた瓶の蓋を開けると魔除けの薬の方はミントのような清涼感のある香りが、魔寄せの方は蜜を煮詰めたような甘い匂いがする。
「どちらも独特な匂いがするね」
「だよね、特に魔寄せの方。 こんな甘い匂いで寄ってくるとか驚いたよ」
グラシアの話だと、魔寄せの薬はフレシアと言う植物の蜜から作られているらしい。
フレシアはその蜜で魔獣や魔物を引き寄せて捕食し自分の栄養源にしてしまうそうだ。
教科書にも乗っているらしく見せてもらうと、姿はツボウツボカズラと言う食虫植物に似ている。
蜜で虫を壺状の捕獲機関に誘い込み、虫が入るとその上についている蓋が閉じて消化が終わるまで開かないらしい。
大きい物だと人も捕らえることができるくらいの壺サイズだと聞いてゾッとしたが、自ら攻撃してくることは無いそうで、この魔寄せの蜜も斧で切り離した壺から採取して居るらしい。
剣と魔法の世界だと私をこの世界に連れてきてくれたカミー君が言っていたけれど、ここに来て一気にファンタジー感が出てきたよ。
「原液で使うと効果が強すぎて強い魔物を呼んでしまいます、使用する際には必ず希釈して使用しましょう」
教科書に書いてある注意事項を読み上げる。
「まぁ採集組は使わないと思うから大丈夫じゃないかな」
「そうだね、あっ、こっちに魔除けの薬の作り方と材料が乗ってる!」
そんな話をしながら準備を進めていると途中でフリーダ女史が明日の朝はレオナルド殿下の侍女見習いのお仕事は休み全学年交流会に集中するようにどの伝言を預かってきてくれた。
きちんとお礼を述べて、その後もグラシアとクスクスと笑い合いながらその日は早めに就寝した。
翌朝、学園全生徒が参加するイベントと言うことで女子寮の食堂は大いに盛り上がっていた。
楽しげな明るい雰囲気がこちらにも伝わってきて自然と心が浮足立つ。
グラシアと一緒に食堂へ足を踏み入れた途端急激に食堂の空気が一変した。
先程までの穏やかな空気が一気に極寒に嫌悪の視線が針の筵のように自分へと向けられる。
あまりの視線の鋭さに自然と身体が逃げかけて後ろへ下がった。
「あの子でしょう?アンジェリーナ様にご迷惑をかけて両殿下の手を煩わせたの」
「そこまでして殿下の気を引きたいのかしら」
「身の程知らずにも困ったものだわ」
小声だけれど明らかに私に聞こえるように囁かれる悪意の籠もった言葉が突き刺さる。
「何事かしら?」
なかなか食堂へ足を踏み入れられずにいる私の後ろから凛とした涼やかなアンジェリーナ様の声が食堂へ響くと、それまでの囁きが静まった。
「あなた達、後ろが食堂へ入れずにいましてよ? 今日は交流会ですから早く食事を済ませなければ集合時間に間に合わなくなりますよ?」
そう言ってアンジェリーナ様は私の手首をつかむと優雅に、けれど有無を言わさず食堂へ入っていく。
「ずぶ濡れの貴女をレオナルド殿下が連れてきた時点で何か理由があったのでしょう? 周りの言葉に振り回されず貴女は自分がすべき事をなさい」
「……あっ、ありがとう……ございます」
詰ってしまいとぎれとぎれになってしまった感謝の言葉を微笑みながら受け止めてくれたアンジェリーナ様とその様子を同行しながら見ていたグラシアが私の肩に手を置いてニカッと笑う。
「良かったな、さぁいっぱい食べるぞー!」
「グラシア様は食べすぎて討伐中に具合が悪くならないように注意ですよ?」
「はーい」
すかさずアンジェリーナ様の注意が飛ぶがグラシアはビュッフェ形式の朝食を嬉々として皿に盛りだした。
次々と皿に載せられていく料理の量は既に私の食事量の三倍程になっている。
「はぁ……あの細い身体の一体どこにあれ程の料理が収まっているのか何度見ても理解できませわ」
グラシアの皿をみながらげんなりとした様子でアンジェリーナ様がサラダを皿に載せる。
「ふふふっ、シアですから」
その後もアンジェリーナ様が同じテーブルに誘ってくれたため、それ以上の悪口は言われずに朝食を済ませることができた。
アンジェリーナ様にお礼を告げて急ぎ私室へ戻った私達は昨晩準備した荷物を持って集合場所となっている学園の正門前の広場へ移動した。
「なんとか間に合ったね」
「あっ、討伐組は向こうで受付するみたいだから僕行ってくるよ」
「頑張って!」
グラシアと分かれて私は採集組の受付に向う。
「一年のユリアーゼ・アゼリアです」
「はい、ユリアーゼ様ですね。 それでは組分けを行いますのでこちらのクジを一枚取ってください」
「はい」
こちらへと取りやすいように傾けられた箱の中には、四つ折りにたたまれて中身が見えないようななったクジが相当数入っている。
くじを引く為に伸ばした私の手首を横からやってきた誰かが掴まえた。
ギリッと力を入れて握られ痛みが走る。
「あらユリアーゼ様ったら遅かったですね、わたくし達一緒に採集すると約束したではありませんか、くじを引く必要はありませんわ」
聞き覚えがある声に顔を上げればフローラル・メティア侯爵令嬢とその取り巻きがいる。
「さぁさぁ、あなた達ユリアーゼ様をお連れして」
ギリッと力を入れられて掴まれた手首の痛みに反射的に顔を顰める。
「フローラル様、こたびの交流会は普段あまり接する機会の少ない方との交流を目的としておりますので、申し訳ありませんがくじ引きは決まりですから引いていただかねば困ります」
そんな私の様子を気遣ったのか受付に座っていた男子生徒がフローラル様へと毅然とした態度で接する。
「それからフローラル様やお友達の皆様はまだ受付されておられませんよね? もうすぐ交流会開始時間となりますので受付とくじ引きをお願いいたします」
そのように言われると思っていなかったのだろう、忌々しそうに受付の男子生徒を睥睨する。
「わかりました……そのくじからわたくし達が同じ組になるように中身を確認して用意しなさい」
威圧的に男子生徒を睨みながら自分の取り巻きのひとりに顎で指示をする。
「申し訳ありませんがくじはひとり一枚のみですし、一度開いたくじを戻すことはできません」
「メティア侯爵家に逆らうというのですか」
「我が主はメティア侯爵ではなくレオナルド殿下です。 それともフローラル様やご友人方は交流会不参加と言うことでよろしいですか?」
この全学年交流会は社交界デビュー前から人脈を拡げられる絶好の機会となるため、余程の事情がない限り参加は必須だ。
「……仕方ありませんね……」
そう告げると私の手首を振り払うように避けて受付しはじめた。
呆然とする私と視線を合わせた受付の男子生徒が視線でそちらへ向かうようにと指示を出してくる。
素直に頭を下げて礼をして視線の先に向かえばアンジェリーナ様がソワソワした様子で待ち構えていた。
「ユリアーゼ様、無事でしたか?」
「はい……あの、受付からこちらへ向かうようにと指示されたのですが」
「えぇユリアーゼ様にこちらのクジをお渡しするつもりでしたの」
私に見えるように開かれた手のひらの上には折り畳まれたクジがニ枚乗っている。
「レオナルド殿下から言伝てです、今日は私と一緒に行動するようにと仰せですわ」
にっこりと微笑むアンジェリーナ様の笑顔が眩しい。
「ありがとうございます、とても心強いです」
レオナルド殿下の侍女見習いなってから色々と風当たりが厳しくなっていたのは事実だ。
私物が無くなっていたり、捨てられていたりなんてこともたまにある。
「さぁ一緒に頑張りましょうね」
「はい!」
それから私達は馬車や騎馬で今回の交流会の会場となる王都の東にある森へとやってきた。
事前に丈のある雑草が刈り取られた開けた場所に上級生が手際よく本部となるテントや救護所を拠点に設置していく。
それが終わると遠出する討伐組が騎馬で森の中へとはいっていった。
私はアンジェリーナ様に教わりながら回復薬などを調合する為の素材となる植物を中心にして採取していく。
「さて、そろそろ戻りましょうか?」
「そうですね、ずっとしゃがんでいたので身体がバキバキです」
ある程度採集も終わり、そう話していた時、頭上からなにかの液体が降ってきた。
少しとろみのある液体が額をつたい制服の肩を濡らしていく。
「えっ、なに?」
蜜のような甘い匂いに唖然とする。 この匂いは昨日嗅いだ覚えがある。
「あら手が滑ってしまいましたわ」
声のした頭上を見上げれば逆光でいやらしく笑うフローラル様が液体が入っていただろうガラス瓶を手に立っていた。
甘い香りがあたりに広がり、その香りが自分からしている現実にザァっと血の気が引いていく。
ここにいちゃだめだ、ここはレオナルド殿下のいる運営拠点に近すぎる。
それにほぼ私に液がかかっているとはいえ、万が一地面に薬が残っていたらここに強い魔物が集まってしまうだろう。
早く離れなければレオナルド殿下だけじゃなく仲良くしてくれたアンジェリーナ様にも迷惑がかかる!
ピクニックのような雰囲気だった森がピンと張り詰めたような空気に変わってきているため時間はあまりなさそうだ。
「フローラル様っ、一体何を!?」
「身の程知らずの田舎臭い匂いを消して差し上げただけですわ」
クスクスとフローラル様とその取り巻きがこちらを見ながらあざ笑う。
アンジェリーナ様がフローラル様へ立ち上がって抗議してくれているけれど、私は持っていた魔除けの薬を自分がいた場所の周りに少量撒くと残りをアンジェリーナ様へ掛けた。
気休めかもしれないけど魔物がアンジェリーナ様を避けてくれるかもしれない。
そしていまだにフローラル様の手に握られているガラス瓶を強引に奪い取ると、それまで集めていた素材を投げ出して走り出した。
「ユリアーゼ様!?」
「魔寄せの薬の原液です! 直ぐに逃げてください!」
私の言葉に周囲がざわめく。
それもそうだろう……私も含めてこの採集組は戦闘を不得手とする者が大半を占めているし、護衛役をしているものも多少は戦えるが討伐組に入れてもついていけないと選抜試験で落ちたものがほとんどなのだ。
濃厚な甘い香りが広がっていてもそれが魔寄せの薬だと気が付けたものが果たして何人居るだろう。
森の気配が変わったのを敏感に察知したのだろう、落ち着きなく木に繋がれていた騎馬の手綱を外してその背中に飛び乗ればなにかから逃げるように一目散に駆け始めた。
騎馬が逃げる方向と反対側から緊急を報せる赤煙が空へ向かって放たれる。
少しずつ遠ざかるアンジェリーナ様が無事に逃げられるように祈りながら私は、落馬しないように手綱を両腕に巻き付けたのだった。
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