第24話『無茶』レオナルド視点


 ユリアーゼを女子寮まで送り届けるとすでにアンジェリーナ嬢とフリーダ女史が受け入れ準備を済ませてくれていた。


 ユリアーゼは直ぐに共同浴場へ運ばれ、身体を温め低体温症の治療を受けることになっている。


「申し訳御座いません、共同浴場は使用出来ないため別室に浴槽を用意いたしましたのでレオナルド殿下も直ぐにそちらへ」


「いや俺は……」


「まさか私達の準備を無駄になさったりなさいませんよね?」


 男子寮に戻ってから清めればいいと考えていたが、どうやらフリーダ女史は見逃してはくれないらしい。

 

 まぁフリーダ女史は俺とレオンハルトの乳母をしていた強者だ、幼い頃から散々世話をかけてきたためこの歳になっても頭が上がらない。


 案内されたのは個室タイプの浴室で濡れて体に張り付く重たい衣服を脱ぎ捨てる。


 湯が張られた浴槽から桶でお湯を汲み取り頭頂部から被る。


 それほどお湯の温度は高く無いはずなのに、冷え切った身体には少し熱い。


 魔法なんて不思議な力があるのだからどうにか生活様式に取り入れられないだろうか。


 ガシガシと石鹸で手早く頭と身体を清めて湯船に飛び込み思案する。


 魔法を使うには体内に保有する魔力を使用して発動するか、ごく稀に討伐した上位個体の魔物から採取できる魔石を使用することで発現できる。


 魔法を発動出来るだけの魔力を内包する者も、高価な魔石で魔法を発動するためにも一定以上の魔力が必要で下級貴族でも魔石を使用する魔法を一度は発動できれば良いほうだ。


 魔力が微量な平民など、魔法を見たことすらないものがほとんどだろう。


 生活魔法が発展する理由がないのだ。


 だからこのお湯を準備するにしても魔法で簡単にとはいかないのである。


 ゆっくりと肩まで湯に浸かり水滴が滴る天井を見上げ、つらつらと考えながら水中から現れたユリアーゼの姿を思い出す。


 なぜあんなになるまで泉へ潜り続けたのか理由を確認しなければならない。


「だから早く回復してくれ……」


 ポツリと呟いた声は思ったよりもよく響いた。 


 レオンハルトの侍従見習いが女子寮へ届けてくれた衣服に着替えて男子寮へ帰寮したところ、玄関前のホールに面した休憩スペースに見慣れた姿を発見して小さくため息をつく。


「レオナルド殿下、ずいぶんと遅いお帰りで」


「あぁ生徒会室の戸締まりを任せて悪かったなセシル」  


「それは構いませんが、殿下が生徒会室の鍵を開けっ放しで退室するなど一体何があったのですか?」


 ソファーに腰掛けて理由を聞いてくるセシルと机を挟んだ反対側にあるソファーへ腰を下ろす。


「アンジェリーナ嬢からユリアーゼ嬢が行方不明になったと連絡を受けて捜していたのだ」


 戸締まりを丸投げする形になってしまったセシルには悪いと思うが、ユリアーゼの行方がわからないと聞いたときには本当に血の気が引いた。


「……」 


 黙り込んでしまったセシルの反応を不審に思いセシルへ視線を送ると、なにやら考えたあと懐からハンカチーフを取り出した。


 どうやら繊細な刺繍が施されたハンカチーフは何かを包んでいるようでセシルはテーブルの上にハンカチーフを置いてぺらりぺらりとハンカチーフを開いていく。


 中から現れたのは侍従、侍女見習いへと渡すためのブローチと許可証、そして長いリボンが括り付けられた鍵だった。


 ハンカチーフの上に転がるブローチを手に取り刻印を確認すれば、見慣れた紋章が彫り込まれております、思わずセシルを見つめ返した。


「セシル、これはどこで?」


 現在このブローチを持つことを許されているのはただ一人だけ。


「フローラル・メティア侯爵令嬢が持っていました」

 

「なに?」  


「メティア侯爵令嬢はこれらの品物を“拾った”と供述していましたが、真偽は定かではありませんね」


「そうだな、とりあえず因果関係は調べる必要がありそうだし、これらが全てユリアーゼへ持たせていたものなのかも確認しなければならないだろうな」


 もしかしたらユリアーゼが寒空の中で泉の中にいたことと関係がありそうだ。


「こちらでも他に目撃者がいないか確認してみます」


「あぁよろしく頼む」


 ハンカチーフに再び押収品を包み俺は自分の制服のロングジャケットの内ポケットへしまう。


 その後確認したところリボンのついた鍵は俺の部屋の鍵である事が判明した。


 学園の規定に従い翌朝早急に部屋へと続く扉の鍵を交換する工事を行い真新しい二本の鍵を受け取る。


 どうやらユリアーゼはあの後高熱を出して寝込んでしまったらしくアンジェリーナ嬢の侍女見習いがレオンハルトを通じて連絡してきた。


「レオナルド兄上、ユリアーゼ嬢を止めてください!」


「何があった!?」


 生徒会室へと駆け込んできたレオンハルトの要請に何事かと執務机から立ち上がる。


「まだ熱があるのに女子寮から抜け出してしまったようなのです、今アンジェリーナが懸命に止めていますがどうやら熱に浮かされているようで指示が入りません」

 

「すぐに向かう!」


 幸いにもユリアーゼの居場所は直ぐに特定することが出来た。


 どうやら既に騒ぎとなっているようで先日ユリアーゼが居た泉の畔に騒ぎを聞きつけた生徒達が好奇心から厚い人壁をつくり出してしまっている。


「レオナルド殿下とレオンハルト殿下がお通りだ、道を開けろ」


 俺とレオンハルトの姿に気がついた生徒が左右に分かれるように道が開く。


 人垣を越えるとアンジェリーナ達女子生徒やフリーダ女史に囲まれて行く手を阻まれたり拘束されている生徒がいた。


 貴族の子女の物はドレスと同じでレースやフリルがあしらわれた物が一般的だが白い飾り気のない質素な寝間着が目に入る。


 本来ならば側近くに仕える従者であっても夫婦でない男性に無防備な寝間着姿を晒すなど適齢期の貴族令嬢としてあってはならないことなのだ。

 

「お願い、放して! あれが……あれがないとだめなのです!」  


「あれがなにかわかりませんけれど、その姿を私室以外で晒してはなりませんわ! お願いですから戻りましょう!」

 

「すごい力ですわ!? これだけの人数で対応していますのに!」


「我々でなんとかしなければ! 殿方に任せてはユリアーゼ様が結婚に差し障りが出てしまいます!」


 ユリアーゼ嬢の正面からアンジェリーナ嬢が行く手を阻み、両脇からアンジェリーナ嬢の友人がユリアーゼ嬢の両腕を拘束している。


 ユリアーゼ嬢の背後にも1人アンジェリーナ嬢の友人が踏ん張って居るが、ズルズルと引きづられているようだった。


 その近くでは疲れ果てた様子で他の令嬢に支えられているフリーダ女史の姿もあった。


「殿下方がいらっしゃいました!」


 その声に反応したアンジェリーナ嬢がハッとしたように全力でユリアーゼ嬢を抑えつけていた力を引いてしまったせいでユリアーゼ嬢の力に、負けた他の令嬢達がバランスを崩してユリアーゼ嬢事転倒してしまった。


「きゃー!」


 まさか自分が手を離したことで転倒してしまうとは思っていなかったのかみるみるアンジェリーナ嬢の顔色が悪くなる。


 これはマズいな……


 いつも王子であるレオンハルトの婚約者として相応しい身だしなみや立ち居振る舞いを自身に律してきたアンジェリーナ嬢にとって病人を止めるためとはいえ、髪や衣服を乱し肩で息をする姿を大衆や婚約者に晒すなど屈辱かもしれない。  


「アンジェリーナ嬢、体調の悪い私の侍女見習いを止めてくれたこと、主として礼をしたい……ありがとう」


「いえ、このような騒ぎとなってしまい申し訳ございません」


「レオンハルト、この場は私が引き受けよう……お前はご尽力して下さった皆を連れて女子寮に戻り転ばれた皆の手当を頼む」


「お任せください兄上、誰か……彼女たちの手伝いを頼みたいのだが」


 俺の言葉に了承しレオンハルトが大衆に声をかければ、ユリアーゼ嬢を止めるために奮闘してくれていたご令嬢方の婚約者が走り出してきて、自身の婚約者を助け始めた。

 

 レオンハルトはアンジェリーナ嬢に近づき、一瞬逃げ出しかけたアンジェリーナ嬢ににっこりといつもの貼り付けたような愛想笑いではない笑顔で優雅にエスコートを申し出る様に手を差し出した。


「アンジェリーナ……もちろんこの手を取ってくれますよね?」


「レ、レオンハルト殿下」


 あ~、これはアンジェリーナ嬢の日頃見ることができない取り乱した姿に今更ながらに興味を引いたか?


 恥ずかしさからか顔を赤らめ、涙目になっている姿は常の冷静な完璧令嬢姿とのギャップが凄い。


  そっと顔をアンジェリーナ嬢の耳元に寄せてなにか囁いたようだが、残念ながら俺には聞こえなかったが赤らめていた顔が、ボンッと音でもするかと思うほどに赤さを増すとアンジェリーナ嬢がレオンハルトから逃げ出した。

 

「皆もありがとう、怪我はないか?」 


 次々と令嬢が自分の婚約者に介抱されていく中、俺は自分の着ていた制服のロングジャケットを脱ぐ。


 ネグリジェ姿のまだ倒れたままのユリアーゼ嬢の姿を隠すようにその背中にロングジャケットを被せた。


 体格差もあるからだろうか、サイズの合わない俺のロングジャケットを羽織ったせいか華奢な身体が一層小さく……なにかの拍子で消えてしまうのではないかと思えるほどに儚く見えた。

   

 熱が上がって来たのだろう、力の入らない震えた手足で立ち上がることができずに、それでもジリジリと泉へと進もうとするユリアーゼ嬢の前に回り込む。


「だめなの……あれがないと……」


 虚ろな目でかろうじて聞こえるほど小さな声がユリアーゼ嬢の口から漏れている。


「何を探しているんだ?」


 そう言えば昨晩泉から引き上げた時も何かを必死に探していたはずだ。


「あれがないと……鍵……探さなきゃお側にいられない……」


「鍵?」


 もしかしてと昨晩セシルがフローラル・メティア侯爵令嬢から回収した侍女見習い用のブローチと許可申請、鍵の一式だろうか……


 ゴソゴソとロングジャケットの内ポケットからハンカチーフを取り出してユリアーゼ嬢の前で開いて見せる。


「もしかしてこれか?」


「あっ……あああぁぁ、あった……」


 震える手でハンカチーフの上から鍵とブローチ、そして許可証を受け取り許可証の内容を確認する。


「……よかっ……」


 それらを決して離さないと言うように両手できつく胸に抱き締めた事で支えを失った身体が傾いだ。


「危ない!」


 とっさに手を入れて身体を支える。


「すぐに女子寮へ運ぶ! 先触れを!」


「レオナルド殿下、私がお運びしましょう」


 セシルがニコリと微笑んでいるが、その目が『婚約者が居ない殿下が直接運ぶなど正気ですか?』と雄弁に語っている。


 ユリアーゼ嬢をセシルが抱き上げて運ぶ姿を想像して……自分の中で小さなモヤモヤが蓄積されていくような感覚に苛立つ。


 確かにこれまで俺は自主的に誤解されるような行動を避けてきた。


 元婚約者のこともあるが、正直言って優里亜の顔が脳裏にチラついて仕方がない。


 良くも悪くも真っ直ぐで全力で俺を振り回す優里亜と半を押したようにお淑やかに優雅に慎ましくと育てられてきた令嬢、まるで世界は自分を中心に回っているのだと言わんばかりの傲慢な令嬢を見てもどうしても比べてしまう。


「……いや……私が運ぶ」


「かしこまりました」 


 不満げなセシルの視線から逃げるようにユリアーゼ嬢の身体を横抱きに抱き上げると周囲がざわめいた。


「行くぞ……」


 そんな周囲の反応を無視して俺はセシルを連れて女子寮に向かい歩き出した。


  


                

  

 

  

  


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