第23話『密談現場と困った上司』セシル視点
「マクレガー君、これをレオナルド殿下へお願いしてもよろしいですかな?」
「えぇ、これから生徒会室へ戻りますから届けます」
にっこりと王国史の講師が手渡してきた書類を受け取り微笑む。
外面は大切だ、相手から好印象を得ることが出来れば多少の無理が通りやすくなる。
この容姿は女性受けがよく、使い勝手が良かったのも事実だ。
レオナルド殿下宛の書類を職員室で受け取り、生徒会室へ向かうためにすっかり暗くなった廊下を歩く。
既にほとんどの生徒は寮への帰路につき、夕食を取っている頃だろうか。
仕事中毒の上司が居ると放置して帰るわけにもいかず困ったものだ。
普段なら他の生徒など居ようはずがない時間なのにも関わらず、向かう先の通路を塞ぐようにして人影が複数見えて眉根を寄せる。
耳をすませばボソボソ小声で話す声が聞こえてくる。
「あの……やはり助けを呼んだほうが……」
「……いいえ、その必要はないわ」
「ですが……もしこのことが王太子殿下の耳に入れば!」
「お黙りなさい!」
言い争う声に聞き捨てならない単語が混じりだしたため、見つからないように柱の影に隠れ様子をうかがうことにした。
「あの女は自ら泉に、飛び込んでいったのよ」
聞き覚えのある声は他の生徒が名前を呼んだフローラル・メティア侯爵令嬢といつも一緒に行動しているご令嬢たちだろう。
そのうちの一人が話題を変えようと話を反らした。
「ところでフローラル様、先程投げたのは本物でしたの?」
「いいえ、あれは私の侍女見習い用に用意してあった予備のブローチと偽の許可よ、まさか本物を投げ捨てなどすればもし問題となった時に反逆罪などとなってはいけないもの」
「さすがフローラル様そこまで考えておられたのですね!」
「いいですか? 私達は落ちていた殿下のお品を保護したのです。泉の件はあの女が勝手にしたこと! 発言には気を付けなさい!」
高飛車に恫喝したフローラル嬢に他の令嬢たちが押し黙ってしまった。
これ以上は何も新しい情報を得ることは出来ないだろうな……
「メティア侯爵令嬢」
キャァァア!
ものかげから姿を晒して声を掛ければ、どうやら驚かせてしまったようで令嬢達の悲鳴が校舎内に木霊(こだま)する。
フローラル嬢はかろうじて立っているものの、腰を抜かして廊下へと座り込んでしまっている令嬢もいる。
「さきほど皆さんがされていたお話、詳しくお伺いしたいのですが、ご同行願えますよね?」
にっこりと微笑みながら声を掛けるとそれぞれ顔を見合わせながら困惑している。
フローラル嬢は流石というか直ぐに表情を取り繕ったけれど、まだ衝撃のあまり顔色がすぐれず床から立ち上がれていない令嬢に手を差し出して立ち上がらせる。
そんな俺の顔をみて惚けている令嬢は自分がいわゆる人質だと気がついているのだろうか?
「なっ、なんのことかしら?」
白を切るつもりなのか惚けてはいるが、オロオロと視線は泳いでいるし、ジリジリと足が後ろへ下がっていく。
「そうですか、残念です……レオナルド殿下の私物を拾っていただいたと聞こえたのですが私の気のせいだったのでしょうか?」
「そっ、そうですわ! これから皆でお届けに伺おうと思っておりましたの、ねぇみなさん?」
「えっ、ええそうですわ」
「これからお届けに伺うところでしたのよおほほほほ」
「そうでしたか、しかしもう日が落ちてしまいましたし私から殿下へ親切な皆様が拾ってくださったのだとお伝えしておきます。 お預かりいたしますね」
にっこりと微笑みながら右手を差し出す。
フローラル嬢は私がこの場に現れなければきっと自らの懐へ隠してしまったことだろう。
最側近である私にこの場で引き渡さなければ、いらぬ疑いがかかることはいくら世間知らずなご令嬢でもわかるはずだ。
「えっ、ええ、こちらがお品ですわ」
そう言って差し出してきたのはレオナルド殿下の侍女見習い用のブローチだった。
これを所持している人物はこの学園で、一人しかいない。
「おかしいですねこちらだけですか?」
「えっ、ええとぉ」
「どうだったかしら?」
わざとらしくとぼけて見せるフローラル嬢達ににっこりと微笑む。
「もし何か見つけましたらご連絡ください。 明日中には全て使用出来ないようになっているでしょうから」
「えっ、なぜですの?」
なぜって、このご令嬢の表情をみれば本当にわかっていないのかもしれない。
「昔王女殿下の侍女見習いから身分を振りかざして強引にブローチや許可証、鍵を取り上げて王女の部屋に忍び込み強引に既成事実を作ろうなどと凶悪な事を実行した方がおりまして」
「まっ、まぁそんな方が?」
「えぇ、当時の陛下が大変お怒りになりまして侍女見習いや侍従見習いのブローチや許可証、鍵を紛失した場合、すぐに鍵を交換したうえで学園内を陛下の名の下に不当に所持している者が居ないか捜索する決まりになっており、見つかった場合は陛下から厳罰が下るのですが?」
そう、これは学園に入学する際に生徒とその保護者に必ず説明され、捜索範囲は全生徒の学生寮のみならずその保護者宅も含まれるのだ。
「えっ!? あっ、待ってください! もしかしてこれも殿下のものかしら?」
わたわたとあきらかに挙動不審になりながら、出してきたのは首にも下げられるほどに長いリボンが括り付けられた鍵と許可証だった。
「申し訳御座いません、失念しておりました。 もしかしてこちらも殿下のお品かしら?」
「どうでしょうか、一度生徒会で預からせていただき紛失してしまった方が居ないか確認させていただきますね」
フローラル嬢から鍵と許可証を受け取ると令嬢達がホッとした様子を見せた。
「……あぁ、言い忘れていました。 退寮する際に侍女見習いと侍従見習いを有する権利を持つ上級貴族は、入寮時支給された侍女見習いや侍従見習い用の予備鍵とブローチを本鍵と一緒に学園への返却する義務がありますので無くさないように気を付けてください」
とどめとばかりにそう告げれば、見る間にフローラル嬢の顔色が悪くなった。
「わっ、わたくし急用を思い出しましたので失礼いたします!」
「えっ、フローラル様! まっ、まってくださいませ!」
「私も一緒に連れて行ってくださいませ!」
足早に去っていくフローラル嬢を追い掛けて続々と取り巻きの令嬢達が去っていくのを見送り、手中にある品物を確認した。
ブローチには持ち主の名前が刻まれているので直ぐにレオナルド殿下の侍女、侍従見習い用だとわかるが、鍵には記名がないため実際にレオナルド殿下の自室で試してみなければ本物かどうか判断がつかない。
証明書は確認した限りレオナルド殿下の侍女見習いユリアーゼ・アゼリア子爵令嬢の名前が書いてあるため、フローラル嬢が持っていたことを考えれば何故このような事態に発展したのか想像できるというものだろう。
「マクレガー戻りました」
生徒会室の扉をコンコンと叩き生徒会室へ戻ったものの、生徒会業務をしているはずのレオナルド殿下どころか他の生徒会役員すら居らずに首を傾げる。
誰も居ないときは鍵を掛けることになっているはずなのにと思いながら生徒会長用の執務机に教師から預かった書類を載せる。
無駄に真面目なレオナルド殿下が戻ってくるとわかっている私を置いて先に帰るなど何かあったとしか思えない。
「いったい何が……」
「あっ! セシル副会長、お戻りになっておられたのですね!」
ノックもなく生徒会室の扉を開いて入室して来たのは、私と同じく生徒会に所属し会計の仕事をしている伯爵家の次男だった。
「あぁ、戻ってきたら鍵は掛かっていないし誰もいないから何かあったのかと思案していたところだ」
「それが、レオンハルト殿下がいらっしゃって……どうやらレオナルド殿下の侍女見習いが行方不明になっているようで目下捜索中です」
「失礼します! レオナルド殿下から伝言を預かってまいりました!」
そう言ってレオンハルト殿下付きの侍従見習いが生徒会室に駆け込んできた。
「ご苦労さま、伝言を聞こう」
「はい! 詳しいことは明日説明するので戸締まりをして帰寮しろだそうです! 失礼しました!」
レオナルド殿下の伝言のみを伝えて足早に去っていく後ろ姿を見送る。
「はぁ……帰りましょうか」
「そうですね……」
きちんと理由を説明していただきますよレオナルド殿下。
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