第18話『嫌がらせ』
侍女見習い生活はいたって順調だった。
だって毎日勝っちゃんの……レオナルド殿下のそばにいられるのだ。
嫌いな義姉や義母に使用人のような仕事を強要されてきたこれまでの生活に比べたら、侍女見習いくらい全く問題ない。
初日に勝っちゃんの寝室に入ってしまったことで、怒らせてしまったため、あれからは部屋の外から返事が聞こえるまで声を掛け続けるのが日課になった。
「レオナルド殿下、おはようございます」
「ん」
その寝起きの悪さも短い返事も勝っちゃんのままだ。
今日も寝起きのレオナルド殿下がかわいい。
まだ目が覚めきって居ないのだろう……右手の甲でまぶたを擦りながら寝室から出てきたレオナルド殿下へ適温のお湯が張られた洗面用具一式を準備して、今日の制服の支度を済ませる。
レオナルド殿下が着替えている間に与えられた小部屋に鍵をかけて手早く制服へと着替えを済ませた。
本来ならば着付けのお手伝いもするのが一般的なのだが、レオナルド殿下に自分でできるからと拒否されてしまったので仕方がない。
学生寮の食事はその貴賤に関わらず基本的には男女それぞれの学生寮の一階にある食堂で取ることになる。
また侍女、侍従見習いは基本的には同性の者が勤める。
王族や高位貴族には幼い頃から婚約者が居るものが多い事から、間違いが無いように同性の見習いを召し上げるのだ。
そのため仕えている主と一階の食堂で食事をともにするのが普通だ。
自室を出たら基本的には自分のことは自分で行わなければならないため、レオナルド殿下を食堂へ見送ったあと施錠を施しお預かりしている鍵をしっかりと首に掛けて胸元へ仕舞い込む。
上品に盛り付けられた食事は量が少ないため基本的には自分で食べられる分を大皿から欲しい分だけ自分で持ってくるのだ。
食べざかりの、特に男子生徒の食事量は女子の私から見もどこに入るのか不思議な量が瞬く間に消えていく。
そんな大人数の食事を準備するのはなかなかに大変なので、寮での食事は基本的には大皿で準備される。
なくなる頃にまた新しい大皿で補給される形だった。
今回のレオナルド殿下への侍女見習い配属はどうやら特例らしく、男子生徒に混じって食堂で女子生徒である私が食事を取るわけには行かない。
それに気が付いたレオナルド殿下は厨房へ赴き、そちらで食べられるように手配してくれた。
「ほらユリアーゼ様、これも食べな」
「ユリアーゼ様は食が細すぎるんですよ」
「そうですよ、少しはここの坊っちゃん方を見習って食べないと大きくなれませんよ?」
「いつもありがとうございます……」
その優しさが身に沁みる。
義母や義姉の嫌がらせで食事を抜かれる事も多々あったせいもあるけれど、同年代の女子生徒に比べて身長も低く、女性的な発達が遅い私を心配した料理や洗濯、共用設備等の管理をしてくれている皆が業間に食べるようにとおやつまで用意してくださるのでありがたく頂いている。
問題はここからだ……
「たかだか子爵家の令嬢が男子寮に入り込むなどはしたない! この売女!」
「そうですわ、貴女のような醜女がレオナルド殿下の侍女見習いたけでも腹立たしいと言うのに! レオンハルト殿下やセシル様にまで擦り寄っているらしいではないですか、恥を知りなさい!」
バシッと右頬を平手で叩かれた衝撃でその場に転んでしまった。
「おやめなさい今すぐに! 分不相応でしたと謝罪して侍女見習いの地位を殿下へ返上するのよ!」
男子寮に婚約者がいる女子生徒だろうか、名前はわからないけれどには、そう言って徒党を組み私の所へ来るのは何も彼女たちばかりではない。
「あなた達こそ一体何をしているのかしら!」
さっそうと現れたのはレオンハルト殿下の婚約者であるアンジェリーナ嬢だ。
「この侍女見習い決定は王家の決めたことです、あなた方は王家の決定に逆らうのですか!」
「いっ……いいえ? あなた達行きますよ?」
アンジェリーナ嬢が私と御令嬢方との間に割り込み一喝するとすごすご退散していく御令嬢方を地べたに座ったまま呆然と見送る。
「大丈夫ですか?」
「あっ、はい……助けていただきありがとうございます」
私に差し出された美しい手に、反射的に土で汚れた手を乗せそうになり逡巡している間にアンジェリーナ様が私の手を取って立ち上がらせると、私の制服に付いた汚れを払い落としてくれた。
「あなた、ユリアーゼ・アゼリア嬢ね、レオナルド殿下の侍女見習いの……レオンハルト殿下からあなたの事を頼まれた時は驚いたけれど、これは派手にやられたわね?」
「レオンハルト殿下にですか?」
「そうよ、さて綺麗になったかしら」
レオンハルト殿下とは初日に馬車に乗せていただいた時と翌日にお礼を告げて以降関わりはない。
「アンジェリーナ様、入学式ではご婚約者であられるレオンハルト殿下への無礼……重ねて謝罪させていただきます」
正直に言ってレオナルド殿下が、勝っちゃんだとほぼ確信できた時点で他の男などどうだっていい。
ただでさえ多数の御令嬢からの嫉妬や逆恨み牽制やら呼び出しやらでこの状態なのでアンジェリーナ様にまでいらぬ嫌疑を掛けられたくない。
「ふふふっ、気にする必要はありませんわ。どうせレオンハルト殿下がまた無自覚に誑し込んだのでしょう?」
クスクスと笑うその姿はとても美しくて、あぁこの人はレオンハルト殿下を心から好きなのだと納得してしまった。
「いつものことなのですか?」
「えぇ、困った人でしょう? 無駄に顔が良いだけじゃなくて四方八方見境なく優しくするものだから本気になる女の子があとを立たなくてね、その婚約者が乗り込んできたりとか割とあるのよね……」
アンジェリーナ様が話すレオンハルト殿下の人物像があまりに私が知っているゲームのレオンハルト殿下とかけ離れすぎていて混乱する。
一体どういう事だろう……私が知っているゲームとこんなに違うのはなぜ?
もしかして私と勝っちゃん以外にもこの世界に前世の記憶がある人がいるのだろうか?
カミー君は勝っちゃんの記憶を私が転生した時に蘇らせると言っていたから、レオンハルト殿下の性格が変わったのは勝っちゃんが原因ではないだろう。
性格が変わるほどレオンハルト殿下を側で見守ってきた人物?
困った人よねぇと微笑むアンジェリーナ様を見つめて、問いただすのをやめた。
「アンジェリーナ様はレオンハルト殿下を愛しておられるのですね」
「えっ、えっと、えええっ!?」
「レオンハルト殿下への愛情が溢れていて羨ましいです」
あわあわと慌てながら顔を真っ赤に染めるアンジェリーナ様がかわいい。
「とっ、とにかく!レオンハルト殿下の頼みですから何か困った時は相談にいらっしゃい? これでも公爵令嬢ですから」
「ありがとうございます」
アンジェリーナ様の優しさにお礼を告げて授業へと参加するべく私たちはその場から別れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます