第17話『穴だらけの記憶』レオナルド視点


 前世の出雲勝也(いずもかつや)だった記憶を引き継いで産まれ変わった事実を認めるまでどれくらいの時間を過ごしただろう。


 ブツッと切れた意識が再度繋がったとき、眼前には見慣れない建築様式の天井が見えていた。


「ばぶぅ(知らない天井だ)」


 使い古されたセリフしか出てこなかったのは仕方がないと思う。


 転生した事実は理解できるのに大切な何かがすっぽりと欠けてしまった前世の記憶は穴だらけ……いやその大部分ごっそりと抜け落ちているようだ。


 両手を伸ばせば小さな紅葉のようなぷにぷに短い両手が見えて、動くことすらままならない身体にパニックになりながら大泣きした。


 まぁ、今思えば大泣きした所で赤子なのだから当たり前と言えばそうなのだが、それ以来ほとんどおむつやミルクなど必要以外泣かなくなった俺は不気味だと思われたらしい。


 なるべく目立たないように擬態したけれど、母親である王妃は俺を厭うた。


「悪魔憑き」


 離宮で隔離するように育てられた俺をそう言っては虐待監禁し、助け出された時には人間不信で誰も信じられなくなっていた。 


 真っ赤な髪も冷たいアイスブルーの瞳も違和感しかない。


 アニメやゲームの登場人物じゃあるまいし何だこの色……王太子? 寝言は寝てから言いやがれ。


 しばらくして引き合わされた弟レオンハルトは、母親に甘やかされたせいか性格が傲慢だった。


 暫くは子供のすることだからと我慢したが、あまりにも腹に据えかねたのでその高く伸びに伸びた鼻っ柱をへし折ってやってからはすっかり大人しくなり、俺を兄として扱うようになった。


 調教……性格の矯正もあらかた済み、俺とレオンハルトにそれぞれ婚約者が決められた。


「兄上の相手は……フィリアム侯爵家の令嬢か、どんな子だろうね?」


「そうだな」 


 魔法理論の書き記された書物を捲りながら、隣で喋り続けるレオンハルトに適当に相槌をうつ。


 前世でももっぱら聞き役が多かった。


 ……の話を聞いているだけで幸せだったから……まぁお陰で無口だと怒られたりもしたのだが……誰だっただろうか?

 

「僕の相手は公爵令嬢なんだってさ、母上は一体何を考えておられるのか、後ろ盾が必要なのはこの国を継ぐ兄上なのに……」 


「いいんだよ、元々俺には王は、向いていないからな、なんならレオンハルトが王太子するか?」


「御冗談でしょう? 私は馬車馬以上に扱き使われて臣下や貴族達の我儘に振り回されるのは御免ですので王にはなりたくありませんよ」


 レオンハルトはにっこりと微笑みながら子供なのにそんなことを言うようになってしまった。  

  

 これは俺のせいだろうか……結局のところフィリアム侯爵家の御令嬢とは彼女の体調が思わしくないとの理由からなかなか顔を合わせる機会がない。


 まぁ会わないならそれはそれでも個人的には全く問題がなかった。


 レオンハルトは婚約者となったアンジェリーナ・クロウ公爵令嬢と頻回に面会しているようだ。


 貴族家の子息令嬢はラフィール学園を卒業することで初めて貴族であると認められる。


 そのため学園への入学が義務付けられているので、入学したら同じ歳のフィリアム侯爵家の御令嬢と会う機会もあるだろう。


 しかしいざラフィール学園へ入学してみたもののフィリアム侯爵令嬢は入学しておらず、フィリアム侯爵家から王家へと上がってきたのはフィリアム侯爵令嬢の死亡連絡だった。


「フィリアム侯爵令嬢だがな、どうやら好いた男がいたようでラフィール学園へ入学する直前に姿が見えなくなってしまったようなのだ」


 人払いを済ませた部屋で頭痛でもするのか頭を抱える国王陛下と死を覚悟で登城してきただろうフィリアム侯爵の説明を聞かされる。


 仮にも俺はグランデール王国の王太子なので婚約者に逃げられたとあっては、外聞が悪すぎる。


「入学式から既に一月以上……フィリアム侯爵令嬢は入学に間に合わなかった、すなわち貴族として死亡したことになる」

 

「申し訳御座いません」


 額を不浄とされる床に擦り付けんばかり平伏を続けるしかないフィリアム侯爵が哀れだった。

  

 娘を必死に探したのだろうが……本人が貴族籍を捨ててまで一緒になりたいほど愛するものが出来たのならそれはそれでいいのかも知れない。


「しかしそうなれば王太子の婚約者の席が空いてしまうな……アンジェリーナ・クロウ公爵令嬢を繰り上げるか?」


 レオンハルトの婚約者の名前を出されたが、アンジェリーナ嬢がレオンハルトを慕っている事を知っている身としてはぜひとも遠慮したい。


「陛下、婚約者の死去たしかに承りました……ですので暫くは喪に服し婚約者は定めませんがよろしいですよね?」


「しかしなぁ……」


「婚約者が亡くなったばかりなのに直ぐに次の婚約者を立ててしまえば、それこそ王太子は不義理なのだと誹りを受けましょう……」


 悲愴感たっぷりに言ってやる。


「それにレオンハルトもアンジェリーナ嬢を婚約者として大切にしておりますので、それを壊すようなことはしたくないのです」


「……わかった、ラフィール学園を卒業するまでの間のみ喪に服すことを認めよう」


 国王陛下から言質を取ることに成功した瞬間だった。


 レオンハルトとアンジェリーナ、この二人の名前になんとなく引っ掛かるものを感じることはあったけれど、彼等が攻略対象者とヒロインのライバル令嬢だと認識できるようになったのは、レオンハルトのラフィール学園への入学を控えたある日の事だった。


 二年先にラフィール学園へ入学していた俺は最終学年を目の前にして少し疲れていたのだろう。


 王太子としての仕事に加えてなぜか生徒会長は在校生の中で最も高貴な者がその地位に付くなんて馬鹿な校則が足を引っ張りラフィール学園の生徒会を二年生になった時に引き受けさせられた。


 二年生もあと少し、新入生を迎えるためにラフィール学園の生徒会の会長として他の生徒会役員達と話し合いや日程時間を調整したりと慌ただしい日々。


 俺は信用していた腹心となるだろう上級生の男子生徒に襲われかけた。


 ベラジョン子爵家の令息でラフィール学園に入学した際に将来の側近候補として学園の寮内で侍従として仕えてくれていた生徒だった。


 どうやら同性の俺に恋情を抱いていたらしく、薬を盛られ貞操の危機に陥った所を隣室のマクレガー公爵家の次男であるセシル・マクレガーに助けられた。


 精神的なショックからか数日寝込んだ後、心の中にぽっかりと欠けていた前世の記憶が逆再生するように蘇ってきたのだ。


 まず思い出したのは死ぬ瞬間の……人生最後の記憶。


 高校受験の帰り道でスマートフォンを使用しながら運転していたドライバーと目があったのは俺が宙を舞っている最中だった。


 あぁ、これは死んだなと直ぐにわかったけれどたった十五年でこの世を去る事になるとは思っても見なかった。


 親より先に死んだら親不孝だと判断されて三途の川でひたすら石を積むんだと聞いたことがあるからそれも覚悟しなくちゃいけないな。


 どうやら跳ねられた衝撃で首の神経を痛めたのか痛みをあまり感じずに済んでいるのは不幸中の幸いだろうか。


 スローモーションのように感じる時間の狭間で死ぬときには走馬燈を見ると言うけれど、どうやら本当らしい。


 もう忘れたと思っていた幼い頃から、俺の記憶には必ずと言っていいほどに幼馴染みのあいつがいた。


 泣き虫で意地っ張りで不器用な、俺の初恋の女のコ。


 あいつの……のキラキラとした目が俺以外の男へと向けられるのが嫌だった。


 だからだろうか、彼氏が出来たと嬉しそうに告げるあいつにに苛立ちをぶつけてしまった。


 あいつが告白してきた先輩と一緒にいる姿を見たくなくて避けまくった挙げ句、ごめんと謝ることすら出来ずに死ぬのかな。


 あいつは誰だった?


 蘇る記憶の全てにあいつがいる。


 わかった……わかった、わかった!


「優里亜!」


 どうやら寝ながら泣いていたらしく飛び起きて両目の涙を拭い去る。


 飛び起きた際に叫んでしまったようでセシルが慌てて駆け込んでくる始末。


 とうとう侍女見習いも従者見習いも居ない静まり返った部屋で引きこもっていた俺をセシルが引きずり出した。


「様子を見ていましたがレオナルド殿下は誰か見張りの世話係が居なければダメですね」


 同性に襲われかけたトラウマで従者見習いへの希望を却下し、なんとか自分で身の回りの世話をこなしてレオンハルトの入学式を無事に終わらせることができた。


 入学早々から王子であるレオンハルトに自ら親しげに声を掛ける令嬢が現れたらしく女子生徒から苦情が生徒会へと殺到する。


 また中高位貴族の嫡男や権力者の次男などが子爵令嬢に接触している俺の元へと連絡が入り、他国からのスパイではないかの報告が上がってくる始末だ。


 セシル・マクレガーの助言を受けて、もし怪しい行動に出ればすぐ様制圧出来ると判断し侍女見習いとして監視の為に側に置く事にした。


 

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