第11話『騎士団長子息』


 ラフィール学園での授業はそれほど難しく無いような気がする。


 もともとのこの身体の持ち主であるユリアーゼは、乙女ゲームのヒロインだけあってもともと持っている素質は高いようだ。


 ゼイル子爵はユリアーゼを跡継ぎにするつもりがなかったのか、本当に最低限、読み書きと加算減算くらいしか教育を施して居なかったらしく、生徒の学力を把握するために行われた実力試験では、ほぼ最下位に近かった。


 なにせこの国の歴史とか隣国の歴史、帝王学、礼儀作法、その他もろもろ未知の問題オンリーだった。


「わかるかぁー!」


 後日返還された試験の答案用紙を自室で盛大に放り投げながら背中からベッドへ倒れ込む。


「随分荒れてるね、どれどれ……うわぁ、こりゃひどい」


 風呂上がりらしいシアが部屋に戻ってきて床に落ちた私の答案を拾い上げてくれた。


「そう言うシアはどうだったの?」


「僕? ほら」


 起き上がってベッドに座ったところで手渡されたシアの答案は朱色の丸印が多く並び、正解率は八割を越えている。


「負けた……」


 正解率二割を切っている私とは雲泥の差だ。


「まぁ、私は近衛騎士を目指して親友と競いながら勉強してきたからこれだけ取れたけど、仕官組でなければ五割もとれればいいほうだよ」


「五割!?」


 ガックシと分かりやすく項垂れると私の様子を見てなにかを考えていたシアが口を開いた。


「そうだ、今度一学年上の親友と一緒に勉強することにしたんだけど、ユリアも来なよ」


「えっ、邪魔じゃない私が行ったら」


「平気平気、むしろ二人だと飽きるんだよね、二人とも近衛騎士目指してるからいやいやながら勉強してるけど、本当は剣術の鍛練してる方が好きだからさ」


「うーん、でも」


「後々誰かに教える立場になるかもしれないし、誰かに教えることで自分達の復習にもなるじゃない? だから気にしないでおいでよ」


 シアの事だから完全に好意で誘ってくれているのがわかるから断り煩い。


「じゃ、じゃぁお願いします」


 ぺこりと頭を下げた翌放課後、クラスが離れてしまったシアと合流してラフィール学園にある図書室へ向かっていた。

  

 どうやらシアの親友さんとそこで待ち合わせしたらしく午前中に連絡して私の同席を勝ち取ってくれたようなのだ。 


 図書室はそれなりに利用者がいるようで広い図書室の中の一人用から大人数で勉強や読書が出来る机が複数設置されている。


 シアはこの中でも窓際に設置された四人用の机に向かって駆け出した。


「アウレリオ! ごめん、待たせたかな」


「いや、俺もさっき来たばっかりだ」


 シアの駆け寄った先に立派な体躯の男子生徒がおり、シアが名前を呼んだことで椅子から立ち上がり、駆け寄ったシアを嬉しげに出迎えていた。


 シアの親友と一緒に勉強することになってはいたけれど、親友が男性だなんて聞いてない。


 こちらを指差したシアが何か話したらしく女性の中でも高身長なシアよりも更に頭ひとつ分高い。男性がこちらを振り向いた。


 ストイックに鍛えているのが分かるがっしりとした身体が野性的な雰囲気を醸し出しているが、制服を着崩している様子がなく、きっと真面目な人なのだろう。


 黒髪は短く整えられており、ツンツンと立ち上がった髪型が彼のワイルドさを際立たせている。


 顔立ちも整っていて目鼻立ちくっきりしており、麗人のシアと並ぶとまさしく美女と野獣といったところか。


「うわぁ……モテそう」


 話しかけたいけど近寄りにくそうに彼に周波を送る女子生徒がシアやこちらへ殺気を向けてくる。


「ユリア! 紹介するね、僕の親友のアウレリオだ」


 満面の笑みで我が子とのように紹介してくるシアは回りの嫉妬の視線に気がついていないらしい。


「はじめまして、ユリアーゼ・アゼリアと申します、シア、グラシア様と仲良くしていただいております、本日はお邪魔してしまう事になり申し訳ありません」


「シアから話は聞いてるよ、私はシアの婚約者であるアウレリオ・ツヴェルブだ、ぜひ彼女と仲良くしてやってほしい」


「あっ、はい。 こちらこそよろしくお願いいたします」


 シアには一人称が俺で私には私を使っていることだけでも彼がシアを大切にしていることがうかがえる。


 しっかりシアの細い腰に自然に回された筋肉質そうな太い腕がしっかりとシアの所有権を主張している。 


 しかも一見優しげにこちらへ笑顔を浮かべているものの、キリッとした緑色の瞳は笑っておらず、同性である私を牽制する始末だ。


 この反応、シアの親友発言に地味に怒ってないかな彼……


「それじゃぁ約束通り勉強しようか、席は確保しておいたよ」


「さすがアウレリオ! 頼りになるー!」


 うん、完全にふたりの世界ですね、帰って良いですか私。

  

 勝っちゃんも硬派だったけど、多分アウレリオさんは勝っちゃんと違う気がする。


 なんって言うのかな、アウレリオさんは硬派なんだけど、女性慣れ……違うな、そう、紳士的と言うかレディーファーストが身に付いている感じ。


 ラテン系とか欧州系とかの硬派な男性がアウレリオさんだ。


 対する勝っちゃんの硬派は純日本人な硬派なんだよね。


 寡黙で余計な言葉を口にしない、と言うか、必要最低限なことしか言わないんだよね。 


 何を考えているのか不安になることもあるけど、だからこそ何を考えているのか知りたくなる。


 口数は少ないけど、口よりも行動で示すから、クラスでも信頼されていた。


 たまに口を開けばしっかりと自分の意見を持っていて、トラブルが起きて私がおろおろしていても冷静に落ち着いて指示を出す勝っちゃんは頼もしくてすごくドキドキしたのを覚えてる。


 二人でいるときは大抵私が一方的に話をしていることが多くて、勝っちゃんはときどき短く返事をしたり、無言で頷いていたり、聞く側に回っていることが多かった。


 なにか悩みを相談すれば、一緒に解決策を考えてくれて、的確なアドバイスをくれることも多かった。


 そして何より勝っちゃんはすごく恥ずかしがり屋さんなのだ。


 自分の気持ちを知られるのが苦手で一緒に帰ろうと誘ったときは「勝手にしろ」と耳を真っ赤にしてそそくさと先に歩き出して、それでも少し離れた場所でこちらが追い付くのを待っていてくれるそんな男の子なのだ。


 だから同じ硬派系イケメンでもアウレリオさんは勝っちゃんじゃない。


 勝っちゃんじゃないなら三人で勉強しているものの、完全にお邪魔虫な私は帰った方が良いだろう。


 優しいシアは気がついてないみたいだけど、大変居たたまれない。


「あっ、用事思い出しちゃった」


 だから先に部屋へ帰ろう。


「どうしたのユリア?」

 

「ごめんシア、今日中に先生に提出しなきゃいけない書類を思い出したから先に帰るね」


 本当はそんなもの無いけれど、硬派な男性はなぜか嘘を見分ける特殊な力があるみたい。


 私がシアに嘘をつくのはあまり快く思っていないけど、多分彼の婚約者との逢瀬を私が邪魔するつもりはないことはしっかりと伝わったみたいではじめての本当に笑いかけてくれました。


「用事があるなら仕方がないな」


「先輩、今日はありがとうございました。 シア、帰りはちゃんと先輩に寮まで送って貰いなよ? いくらシアが強くても女の子の一人歩きは危ないんだから」


「ちょっと、ユリア!? それをいったら貴女のほうが……」


 やばい、ブーメランになって帰ってきた。


「私いくねー!」


 引き留めようと立ち上がりかけたシアを振りきるように私は図書室を飛び出した。

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