第10話『ルームメイト』


 女子寮で同室となったご令嬢は、個性的なご令嬢だった。


「おっ、貴女が僕のルームメイトか三年間よろしくな」


 自学自習室から自室に戻り開口一番に告げられた元気な声に驚いたものの、すぐに気を取り直す。


「はじめまして私はユリアーゼ、よろしくね」


「僕はグラシア、いやぁ寮生活とかどんなご令嬢が同室になるか内心不安だったんだがこんな美しいお嬢さんで良かった」


 あえて家名をふせて挨拶すれば、グラシアさんもファーストネームのみで返してくれた。


 身ぶり手振りが大袈裟なグラシアさんは、僕と言う一人称を使っているだけに男子生徒の制服を纏っていた。


 制服の改造は黙認されてはいるものの、これは果たして改造に該当するのだろうか。


「男性ものの制服ですか?」


「いや、男性物を女性用に仕立て直したオリジナルだよ。 ブラウスとか袷は女性物になってるだろう? スカートは動きが制限されるから嫌いなんだ」


 さばさばと話すグラシアさんは本当に嫌そうに顔をしかめて見せた、その顔が面白くてつい吹き出し、グラシアさんも茶目っ気たっぷりに笑ってくれた。


 まるで女性が男装して騎士を演じる歌劇団の男役のようなグラシアさんは女性と男性の両方の良いところを合わせたような麗人さんで女性だとわかっていても、いやわかっているからこそ安心してときめいていられるのかもしれない。


 勝っちゃんは男性に転生しているはずなのでグラシアさんは該当しない。


 グラシアさんは乙女ゲームのメイン攻略対象者でも通りそうだけどね。


「しかし寮生活はいいものだな、ドレスやコルセットを持ったメイドたちに追いかけ回される事もない」


「そうですね、その分今までメイドたちがしてくれていた事の大半を自分でしなければならないことも多いですけど」  


 そう、蝶よ花よとかしずかれて生活してきたご令嬢たちは部屋の掃除どころか自分で身支度すらしたことがないため、入学初期から慣れない生活に体調を崩したり精神的に疲弊してしまうらしい。


 屋敷で使用人生活をしてきた私には関係ないけれど、グラシアさんはどうだろうか。


「グラシアさんは実家で身の回りの掃除や身支度はどうされていたのですか?」


「屋敷内の管理はほぼメイドや使用人たちがこなしてくれていたけど、我が家では跡継ぎ以外は他家に嫁ぐか王家に忠誠を誓って国のために城で働くか、高位貴族の侍女になるかだからな。 入学前に一通りの侍女作法や従者作法の教育を受けることになっている」


 どの貴族家にも当てはまる事だが第一子は家督を継ぎ、次男は長男のスペアとして長男の補佐をする。


 それ以降の子供たちは爵位を継ぐ可能性は低いため、運が良ければ我が家のように女児しか子供を授かれなかった家に婿入りするか、養子に入れることもある。


 しかし、それだって貴族家の数に限界があるから自分で生活しなければならなくなるのだ。


 そうなった際に身をたてる術は限られてくる。


 国の運営に関わる文官や軍事をつかさどる官職である武官として出仕するか、自分の家よりも高い爵位を持つ家へ奉公へ出るのだ。


 学園で将来の奉公先を捜し、次男以下の婚約者のいない伴侶を捜さなければいけない。

  

 卒業後に全く縁が無いわけではないけれど、年齢が上がるにしたがって縁遠くなるのは前世も今世も変わらない。


「良かった、それなら私たちは大丈夫そうだね」

 

「ユリアーゼ殿、あー、ユリアとお呼びしても?」


「いいわよ、シアと呼んで良い?」


「もちろんだユリア」


 グラシアさん、シアは快く愛称で呼ぶことを容認してくれた。


 今世では社交界にろくに参加した事がないどころか、デビュタントすらしていなかった為に貴族の歳の近い友人など皆無だった。


 義姉の友人たちなど、義姉と一緒になって温くなった紅茶を私に浴びせてみたり、お茶を運ぶためのトレーを持った私の足元に急に足を出して転ばせてみたりして楽しむ悪癖持ちが多かったため友人になんてなれるはずもなかった。


 正真正銘シアが学園でのはじめての友人になるのだろう。


「ところでユリアは将来どうするんだ?」


「うーん、まだ決めてないかな、シアは?」


「とりあえず女性近衛騎士を目指しているな」


 女性近衛騎士は主に王妃陛下や皇太后殿下、王女様方と女性王族の警護に当たる。


 武術の実力は勿論の事、女性王族の外出や公の場で側近くに侍ることになるため、王族の権威を汚すことがないように容姿だけでなく立ち居振舞いも求められる。

  

「今学園には王太子殿下だけではなく第二王子殿下が在籍されているからな、未来の王子妃殿下の護衛候補を集めてるって話だし、私でも拾って貰えるかもしれないじゃないか、現王妃陛下の精鋭近衛よりは確率が高いだろ?」 


 にかっと屈託なく笑うシアの笑顔につられて笑う。


「素敵な夢ね、応援してるね」


「ユリアもなにかやりたいことがあったら相談に乗るからな」


「ありがとう、あー、早速で悪いんだけど将来の奉公先候補の情報を集めたいんだけど、シアの知ってる情報を教えてください! 私社交界に疎くてよくわからないの」


「勿論、そうだな……とりあえず王族のからいってみる?」


「うわぁ、ありがとう!」


 あわててさっきまで使っていたノートではないノートにシアに聞いた内容を書き出していく。


「じゃぁまずは王太子殿下かな? 私たちとは二つ違いの十七歳で赤髪青眼の王子様、第二王子殿下との仲は良好なんだけど少し前に高熱で倒れたらしく学園をしばらく休学されていらっしゃったみたいで一時期王宮は大騒ぎだったみたい」

 

「えっ、大丈夫なの?」

 

「今は持ち直されて復学されていらっしゃるから大丈夫よ、もともと優秀な方だったし本当なら学園へ通う必要がないらしいんだけど、婚約者だった侯爵令嬢を流行り病で亡くされてからは新たに婚約者を得る事を拒んでいらっしゃるみたいだね」


 王太子と言うことはその伴侶は時期王妃、幼い頃からその重責を全うするために次期王妃に恥じない教育を施される。


 その凄まじさは有名で震え上がるほどだと義姉の友人の誰かが言っていた。


 私のような妾の子には関係ありませんわねと蔑まれながら言われたのを覚えている。


 自分が言ったことは忘れても、言われて不快だったことは忘れないものなのよね。


「はじめ侯爵令嬢が亡くなって第二王子殿下の婚約者を繰り上げるという話も出たらしいんだけど、王太子殿下が拒否したみたいで、先輩の高位貴族のご令嬢たちが婚約者の座をめぐって熾烈な争いをしてるんですって」  


 シアの話を聞いて勝っちゃんが王子殿下じゃなければ良いなぁと思いつつも、もしそうだった場合敵に回るであろう高位貴族のご令嬢たちを想像しゾクッと寒気が走る。


 やめよう、考えるだけで落ち込む。


「まぁ私達下位貴族には関係話だね」


「そうだねぇ、高位貴族の子息たちなんて優良株そうそう僕らには回ってこないって」


「かといってお城勤めとか私には厳しそうだしなぁ」

   

 勝っちゃんを捜しながら就職先を探すなんて、予想していた以上に実はハードなのではなかろうか。


「ユリアも一緒に女性近衛騎士目指さないか?」


 自慢じゃないが運動音痴な私には流石に騎士は無理だと思う。


「遠慮しておきます」


 即効でお断りさせてもらったのは言うまでもないことだよね。 


 

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