漫画のイケメンのようになる予定はなかった

小林六話

第1恋

 ある日、小学生だった少年はあまりにも暇すぎて姉が読んでいた少女漫画に手を出した。その漫画に出てくるイケメンはモテモテだが、女子生徒に興味を示していなかった。それどころか、後に結ばれるであろう主人公にこう言っていた。

「中身を見てくれない。それが嫌なんだ」

 そんなイケメンに少年は頷いた。彼にはこのイケメンの気持ちがわかるのだ。アイドル好きな母と姉の努力の甲斐があり、少年は年頃の女の子にモテそうな容姿をしていた。適度に派手な服装と肩にかかりそうなくらい長くはねた髪、飄々とした雰囲気が少女達が憧れる漫画の世界のクールな王子様そのものだった。告白された回数は両手で数えきれないほどで、ついに同級生以外の生徒が彼見たさに教室まで押しかけてくるほど人気だった。

「わかる、めっちゃわかる」

 少年は何度もそう繰り返した。年齢は違うが、同じ境遇のイケメンに少年は仲間を見つけたような気持ちになった。同時に、今の状況が続くのであれば、自分の将来はこのイケメンと同じになるのかもしれない。そうしたら、このイケメンのように自分も一人の女の子に惹かれて、こんなことを言うのだろうか。少年は漫画から視線を外して、高校生の自分を思い浮かべた。



 五年後、あの頃の少年、間本まもと雅喜まさきは高校二年生になった。青春真っ盛り、そして、あの漫画のイケメンと同い年である。

「雅喜、起きろ。昼休みだぞ」

 親友の森本もりもと直輔なおすけが机に伏す雅喜に声をかけた。雅喜は眠そうに目を擦りながら顔をあげた。雅喜はあの頃の少女漫画のイケメンのように整った容姿をしていた。身長が少し足りないが、それでも漫画の世界にいそうな魅力があった。

「え、もう昼?」

「自習だったからって爆睡すんなよな」

 直輔は当たり前のように雅喜の前の席に座った。欠伸をしながら、雅喜はリュックから今朝コンビニで買った昼食を取り出した。最近お気に入りのメロメロメロンマンである。メロンパンに見せかけてメロンの餡が詰まった巨大あんまんである。一口食べれば、メロンの中に飛び込んだかのような香りと甘みに商品名通りメロメロになり、あっという間に魅了されるというコアなファンがいる商品だ。密かに販売されている公式キャラクターのめろりんっちのグッズに危うく手を出しかけるくらい、雅喜はこの商品の虜だった。

「お前、そのパン好きな。昨日も一昨日も、その前もその前もそれだった」

「これ最高なんだよ」

 漫画の世界のイケメンらしからぬ大口でメロメロメロンマンに齧り付く雅喜に直輔はそれ以上追求はせず、自身の昼食であるおにぎりを食べ始めた。しばらくすると、廊下が少し騒がしくなった。もともと昼休みで騒がしい廊下が、まるで芸能人が通っているかのような雰囲気になっている。

「なんだ?騒がしいな」

「王子が通っているんだろうよ」

「あぁ、なるほど」

 雅喜は納得したように頷いた。王子、それはこの高校で最もイケメンである三年生の鈴木すずき勇心ゆうしんのことだ。弁論部の部長にして生徒会長。文化部所属でありながら体育祭でも運動部並みに活躍する高校の人気者。雅喜の姉が読んでいた少女漫画に出てきそうな男子生徒だった。

「同じイケメンなのに、この差は何なんでしょうね」

 直輔は雅喜を見た。男の直輔から見てもかっこいいと思ってしまう雅喜だが、彼の周りに女子生徒の歓声はない。そう、小学生だった雅喜が想像したような高校生活とは違う生活を雅喜は送っていた。現在の雅喜はその激しすぎる女子嫌いから生まれたイケメンではカバーしきれないほどの愛想の悪さで、イケメンなのに女子人気がないというレアなタイプに進化していた。決して目を合わさず、基本二文字で返す。笑いかけることもせず、優しくもしない。その会話をしようとしない雰囲気に最初は雅喜に興味を示していた女子達も離れていった。隠れファンすらいないのだから、余程だったのだろう。また、勇心がいたことも大きかったのかもしれない。

 小学生時代から続くアイドルのような扱いに嫌気がさした雅喜が女子嫌いになったのは中学三年生の頃だった。受験のストレスの中、バレンタインの日に事件は起きた。雅喜が中学最後のバレンタインだったこともあり、女子生徒の張り切りは凄まじく、雅喜の人生史上大規模なバレンタインだった。勿論、受験勉強でそれどころではなかった雅喜は彼女達を相手にしなかったのだが、当時仲の良かった友人の好きな子も雅喜にチョコを渡そうとしていたことが発覚し、その友人とは疎遠になってしまった。それをきっかけに雅喜はクラスの男子生徒から孤立していった。受験のストレスと、行く先のない嫉妬と、自分の感情と向き合う時間を作れないほどの心の忙しさと、幼さの残る思春期が全て運悪く重なってしまったのだろう。それでも卒業式まで告白ラッシュは止まらなかった。友達に囲まれて卒業写真を撮りたかったのに逃げ回っていた雅喜の目は自然と潤んでいた。どうしてこんな目に遭わなければならないのか。何度も脳内でそう言っては考えた。その結果、こうなったのは全て女子のせいだ。そう、雅喜は結論付けた。こうして、雅喜は女子嫌いになった。理由は同情できるものの、全ての女子を嫌うには間違っている結論だが、この頃の雅喜にはこれしか浮かばなかった。


 こうして生まれた愛想が悪いイケメンは直輔という良い友達と出会い、高校生活を謳歌していた。昔の自分が想像していた、漫画のイケメンのように一人の女の子に惹かれるということはなさそうだが、雅喜は満足していた。漫画のイケメンのようになる予定はない。きっとこのまま過ごして、高校を卒業するのだろう。そう、考えていた。

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