第2話「幸せの魔法。」

ガタガタと馬車に揺られ、着いたのは豪邸だった。

いや、豪邸というよりお城という表現がふさわしいのではないか……それほど大きく、私には不釣り合いな場所だった。

ヒュー侯爵様が馬車を降り、私に向かって手を差し出してくる。その手をおずおずと取ると彼は嬉しそうに微笑みゆっくりと手を引く。

東洋の着物を少し引き摺りながら、馬車から降りるとさぁ……と風が吹く。

緑がいっぱいに広がる自然、差し色として様々な色が散りばめられていて綺麗だ。赤、青、黄、紫……。様々な花が咲いている。


「おかえりなさいませ、侯爵様、侯爵夫人様。」


そう言いたくさんの執事と侍女が頭を下げ道を作っている。思わず圧倒される。男爵の家にいたときはここまで歓迎されていなかったから。

困ったようにヒュー侯爵様を見ると、彼はにこやかに笑い、「今日からここが君の家です。」と答えた。


「はい……。」


「詳しい話は中でしましょう。お疲れでしょう、ゆっくりしましょう。」


そう言ってゆったりと私の手を引いてくれる。その歩みに合わせ足を進める。

ヒュー侯爵様の案内で屋敷の中を回る。男爵家とは違い、ちゃんと部屋が宛がわれていた。

こんな豪華な部屋いいのかな……とキョロキョロしていると、「気に入りませんでしたか?」と声が聞こえたので首を左右に振った。


「そうですか、よかったです。ここにはあなたの居場所があるのでゆっくりしてくださいね。」


そう言い侯爵様は笑う。それが少しうれしくて心臓がとくりと音が鳴った。この感情は何……?


「さぁ、私の部屋で話をしましょう。こちらです。」


侯爵様の部屋に案内され部屋に入る。


「マーヤ、紅茶とお茶菓子を。」


マーヤという侍女に紅茶を頼み、侯爵様は椅子に腰を掛けた。

立っていると困った顔をして「座ってください、アリア。」と言われたので少し戸惑いながらも座る。座ってもいいんだ……。

すぐに紅茶が運ばれてきて、クッキーとスコーンも運ばれてきた。とぽとぽと紅茶が注がれる。

侯爵様はそれに口をつけ、「アリアも飲んで食べてくださいね。」と言った。その通りに飲む。美味しい。


「そういえば碌な自己紹介もしてませんでしたね。私はヒュー・リンカーン。こう見えて侯爵です。アルフレッド男爵のところでお会いしましたね。夫人の貴方に恋をしていたので、隠していましたが。よく会いに行ってました。ですが売り飛ばされたと聞き、探し回りやっと貴方を見つけたんです。」


「……アリアです。」


「ふふ、よろしくお願いしますね。」


「よろしくお願いします……。」


にこやかに侯爵様は笑う。それに比べて私は無表情で彼を見つめ返す。


「ここでの暮らしについて少しお話したいんです。まず、貴方は貴方の意思を持って構わないんです。嫌なものは嫌と言っていいし欲しい物は欲しいと言って構いません。私たちは対等です。貴方が笑顔だと私は嬉しいです。難しいですか?」


「いえ……本当にいいのでしょうか。」


「勿論。ゆっくりで構わないですよ。」


本当にいいのだろうかと思いながらもこくりと頷く。そして侯爵様は話を続けた。


「もし、あなたに害を為す使用人がいれば即報告してください、クビにいたします。」


「……はい。」


「それから、貴方は家事をしなくていいんです。大丈夫ですから。貴方は酷使されるためにここに居るのではなく、幸せになるために居ます。わかりますか?」


「……。」


「難しいかもしれませんが幸せになりましょう。いいですか?」


「……はい。」


紅茶をごくりと飲み干すと侯爵様は、また口を開いた。


「まだ貴方の口から聞いてませんでしたね。私の妻に、なってくれますか?」


「……はい。」


そう答えると侯爵様は嬉しそうに微笑んだ。


「貴方には二つの選択肢があります。まずは一つ目、社交界デビューをしない。私はこの道を選んでもかまわないと思っています。社交界には貴方に害を為す人物もいるでしょう。其れが辛くなることもあり得ます。なので、しなくても構いません。もう一つは社交界デビューをし、私を支える。夫人としての教育は勿論ですが、執務などもこなしていただきます。何方がいいですか? 選ぶのはアリアです。」


「……社交界デビュー、して貴方を支えたいです。」


「そうですか、ありがとうございます。あと貴方ではなく、ヒューと呼んでくれると嬉しいです。」


「……ヒュー。」


「はい。」


名前を呼ぶと嬉しそうに花のエフェクトを飛ばしながら頬杖をついて微笑んだ。

そんな様子を見て少し私まで嬉しくなる。


「不束者ですが、よろしくお願いします。」


「こちらこそよろしくお願いしますね、アリア。共に幸せになりましょう。」


「……はい。」


私たちは幸せの一歩を踏み出す。もしかしたらヒューとなら幸せになれるかもしれない。なってもいいと言ってくれたのだから、私にだってなる権利はあるのだ。

まだ、少し怖いけれど、ヒューとなら頑張っていけそうな気がする。そう思った。

へたくそな笑みを浮かべるとヒューは少し困ったように笑い「教育には時間がかかりそうですね。」と言った。

そんなに下手な笑い方をしてしまったのだろうか……。

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