駄目な私ですが、侯爵夫人になりました。

雪月ゆき

第1話「私って本当駄目な人。」

きゅっきゅっと床を雑巾がけする。早く済ませてしまわないとまた怒られてしまう。

カツカツと足音がする。男爵が来る――! それだけで私の身体は震えた。

こんな姿見られたらサボってると思われてしまうのに、震えは止まらない。


「おい、アリア。何してる。」


扉を開かれる。そして私に近づき髪を引っ張った。痛い、痛い。

私の頬をパシンと叩く。乾いた音が部屋に響いた。


「ベルを鳴らしたら来るのはお前の仕事だろ? 何のんきに掃除してるんだよ。」


「ごめんなさい……! ごめんなさい……!」


「申し訳ありませんでした、だろっ!」


私を勢いよく床に投げ捨て、腹部を勢いよく蹴られる。何度も、何度も。

身体は限界を迎えたのか濡れた感触がする。え? 何事?


「うわ……! 血が!」


男爵は私から勢いよく離れた。そう、私は出血した……。それが何を意味するかはのちに知ることになる。

彼は「掃除しろ。早急にな。」と言い残してくるりと踵を返した。

痛む腹部を抑えながら血をふき取っていく。この雑巾は捨てなきゃ……。


それからある日、私は病院へ行くことになった。理由は妊娠が出来ないからだった。

そこで告げられたのは、衝撃的な事実だった。


「もう妊娠することはできないでしょう。子宮が損傷しています。」


「え……。」


顔が真っ青になる感覚を味わう。それはつまり、私が女として終わったことを意味している。


「そんな……治療法はないんですか?」


「ないでしょう。」


ばっさりと言い切られる。くらりと頭が揺らいだ。

こんなんじゃ……愛してもらえない。ただでさえ愛はないのに。子どもが出来ないお荷物だと知られれば……。


「ありがとうございました……。」


溜息をつきながら病院から出る。なんて言えばいいのだろう。

元から愛される要素なんてなかったのかもしれない。だって私は孤児なんだから。

親に捨てられ、孤児をしていたところ今のアルフレッド男爵に買われたのだ。

寵愛を受ける資格などない。

ガタガタと馬車に揺られながら、屋敷につく。


「アリア、戻ったようだな。話をしようか。」


そう声をかけられ、屋敷の中へ入る。そうして用意された椅子に腰を掛けた。


「病院はどうだったんだ。」


「……。妊娠できないと、言われました。子宮が損傷してしまっていると……。」


「はっ! ならお前はもう用済みだ。今すぐ荷物を纏めろ。夜には出る。」


「……はい。」


頷くことしか出来ず、部屋に戻る。荷物などほとんど何もない。荷物を纏め、男爵の部屋をノックする。


「男爵様、用意が整いました……。」


「そうか。ならもう行くか。」


ガチャリと扉は開かれ男爵は出てくる。私は一体どこに連れていかれるのだろう、と思っていたら、ついた場所は娼婦館だった。

え? と考えていると背中を押された。男爵だった。


「今日からお前とは離婚だ。お前は娼婦になるんだよ。たんまり金も貰ったし、精々ここで頑張るんだな。」


荷物をぽいっと投げ捨て、私の前から立ち去る。

中から東洋の着物を着た長身の男性が出てきた。「俺の名前はマルクル。」と自己紹介をしてきた。


「アリア、です。」


「ふむ、アリアか。良い名前だ。だが今日からお前はシアだ。」


「……はい。」


「こっちへ来い。」


そう案内され娼婦館に入る。宛がわれた部屋は南向きの奥部屋だ。


「今日からここがお前の部屋だ。そんで客を請ける部屋となる。覚えておけよ。」


次々に部屋を案内され、案内が終わると部屋で待機するように、と言われた。

私の波乱万丈の生活の始まりだった――。


それから月日は流れ5年後。私は24歳となった。

物の見事に暴力におびえ、性におびえ、人におびえる人材が出来上がった。

もう誰も信じられない。怖い。そう思っている私に転機が訪れた。

それは、ヒュー・リンカーン侯爵が、私の客になるというものだった。

何をしに来るのかは不明だが、私はマルクルさんにそう告げられたのだ。


「粗相はするなよ、侯爵なんだから。」


「……。」


こくりと頷く。マルクルさんはため息を一つつき諦めたように書類に目を通し直した。

その様子を見て私は部屋に戻る。訪れるのは今日ということだった。

入浴を済ませ、部屋で待機しているとノックされる。


「ヒュー・リンカーン侯爵様がご到着です。」


扉が開かれる。そこにはすでに妻が居そうなくらい美しい黒い髪。黒い瞳の男性だ。


「……君がシア、だね?」


こくりと頷く。「案内ありがとう。」と受付の人にそういうと扉を閉め、ベッドに座った。そして隣をポンポンと叩く。

恐る恐る近づき、私が隣に座ると、彼は私の手を取った。


「君の本当の名を知りたい、君はアリアではないか?」


何故知っているんだろう、と思うとその答えはすぐに出た。男爵家に来ていた男性だ。なぜ忘れていたのか疑問だがその答えに頷いた。

すると彼は顔を綻ばせ、「私の妻になって下さい。」と言った。

どういうこと? と思っているとベルを鳴らす。マルクルさんを呼ぶものだ。

ベルが鳴って1分もしないうちにマルクルさんはやってきた。

ヒュー侯爵様はマルクルさんに大量の金貨を差し出す。マルクルさんは驚いた表情を見せたのち、安心した表情になりそれを受け取った。

そして私の頭を優しく撫でる。


「シア、幸せになれよ。」


その言葉と共に私は身請けされリンカーン家の侯爵夫人へとなったのだ。

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