純白ノ大戦

椎名喜咲

First Season

#001 プロローグ

 ある日、世界は変わった。

 一つの塔が出現したことにより、世界は、突然に変わってしまったのだ。想像、妄想、夢想の存在。名は、魔法。

 魔法使いの存在が、明るみになった。

 世界は、どうしようもなく、狂っていく。

 それでもなお。

 人々は慣れていき。

 それは、ただの日常へ――。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 夢を、見た。

 いつかの、古い記憶の部類。

 まだ、クヌギくんが、私たちと一緒にいた頃。私の家の地下で、魔法の訓練をしていた。夜が遅くなり、夕食を作ることになったのだ。


『クヌギくん、料理得意なんですね』

『まあ、一人でいることが多いから。……あ、そういえば、前も言ったっけ?』


 クヌギくんは、あっけらかんと笑う。

 なんで、笑えるのか、不思議だった。一人でいることを、笑い飛ばす姿は、どこか待ち焦がれているような。寂しさを誤魔化すような。

 彼の、弱さを見た。


『……って、空音さんっ! 包丁の持ち方っ!?』

『え?』


 私は包丁で人参を突き刺した。


『持ち方は、ほらっ。猫の手って言うしさぁ』

『猫の、手……? なんで、猫……?』

『それは手の形が猫っぽいからであって――と、とにかくっ。空音さんは盛り付けお願いします!』


 遠回りな戦力外通告。

 私は気が沈みながらも、夕食を作っていた。誰かと、食事を作るなんて、初めてだった。

 少しだけ、心が温かくなった。

 それだけは、覚えている。



 覚醒――。



 私は、目を覚ました。

 携帯のアラーム音が響いている。ソファから起き上がると、机に置いてあった携帯のアラームを止めた。

 ゆっくりと立ち上がると、窓の方へ近づく。マンションの一室。そこから、遠い視線の先に、あるものがある。

 天高く聳える塔。

 まるで地面に突き刺さったかのように。それは悠然と、厳かに伸びていた。今日もまた、何も変化はない。

 遅れて。



 ゴーン……、ゴーン……。



 王の鐘が、鳴った。

 現在、六時〇〇分。一時間に一度、王の塔から鐘のような重い音が世界全体に響き渡る。

 から、四年。

 世界は、滞りなく一日を始めた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 覚醒後のルーティンは決まっている。

 適度な朝食。手入れ。趣味で始めた料理に挑戦していく。今日もまた料理に失敗し反省点をまとめつつ、無難な午前中を過ごした。

 午後に入り、ようやく空音は外に出る。白のスウエットに、青のデニムパンツ。首に黒のマフラーを巻く装い。

 外に出ると、日常が、広がる。

 帰宅途中の学生、散歩中の老人夫婦、家族連れのショッピング。私は周囲を見渡しながら、街中を進んでいく。

 ここは、避難都市一区。

 避難都市は一区から五区まで広がり、ここに住む者はかつて弓月市と呼ばれた街やその周辺に住んでいた者の新境地。

 誰もが四年前に、本来の地から理不尽に追い出された。

 魔法使いの、手によって。



 危険指定都市〈ユヅキ〉。魔導大戦終了後、王の塔は消えずに残った。

 魔法使いの存在が明らかになり、非魔法使いから魔法使いへ覚醒する後発的な魔法使いも現れ出す。彼らは居場所を求めるように、〈ユヅキ〉へと集まる。

 それ以外にも、己の欲を満たさんために、悪事を働く者たちも現れた。〈ユヅキ〉は魔法使いにとっての聖地。今もなお、勢力争いを続ける戦場だ。



 兎にも角にも。

 魔法は、世界を狂わせた。



「……」


 たった一人の、少年をきっかけに。

 目的地には予定よりも早く到着した。しがない喫茶店。中に入ると、閑古鳥が鳴いているように、客がいない。マスターは寡黙な方だ。ふと、土浦さんと姿が重なってしまった。

 待ち人は、まだ来ていなかった。

 ひとまず、一番端の席で、待つことにする。



 そして、私――神凪空音について。

 私は、あの日以降、戦いから身を引いた。逃げて、しまった。魔法使いと関わることはなく、ひっそりと、日常というものを過ごしている。

 まだ、慣れていないけれど。

 そんなときに、連絡が来たのだ。

 実に、四年ぶりに――。



「ごめんなさいっ、少し遅れたっ」



 その声を、久しぶりに聴いた。

 私は声の主に視線を向けていた。


「っ――」


 息を呑む。驚いた。

 四年の月日は、思った以上に長かった。私が何もせず、日々を過ごしている間に、少女は成長していた。

 整った顔立ち、揺れる瞳。に染まった長い髪を一本に束ねている。フードのついた漆黒の衣服を身に纏っていた。

 牧野冬美。かつての、仲間。

 今は、三大クラン〈鴉〉を束ねる存在。


「――久しぶり、空音さん」


 冬美は、変わらない笑みを持って、答えた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「――なあ、椚夕夜って、知ってるか?」

「知ってるとも。逆に知らないやついるか? 四年前の大戦を引き起こして、今みたいな状況にした元凶、だろ?」

「そうそう、エセの大軍を単体で倒したとか、かつての三大クラン〈怒槌〉を壊滅させたとか」

「化物だな……っていうか、悪魔だなっ」

「で、その椚夕夜が、どうしたワケ? 確か、王様と戦って死んだんでしょ?」

「それがさぁ。なんか、最近、噂になってんだよな」

「噂?」

「――実は、椚夕夜は、生きてるって、そういう噂」

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