星風紀行

鳥街陽蓮

プロローグ

 ウーラ・ローグは悩んでいた。

 かつて自分にいくつもの生をこの魂に経験させ、神にまで至らしめたウラ・ハハラより預かった星の民たちの心がすさんでいく様から目をそらすわけにはいかなくなってきた。

 ウラ・ハハラの分け御霊みたまから神に至った自分が、責任を持って多くの魂がこの星を羨望せんぼうするような場所にしたいと願ったにもかかわらず今のようになってしまった不甲斐なさも感じていた。

 「自分の好きにしていいって、難しいな」

 どこともつかない、真っ暗な星の中核ちゅうかくでぼんやりと光る球体の姿をした若き神は青い息を吐く。

 訪れた魂は星で生きている間、魂の記憶は抜け落ち、仮初の身を得て星の環境に適応させるように修行する。

 魂の経験の数に応じて星でやりたいことを宣言させ、写し身を与える。

 それが鳥になるかもしれないし、魚になるかもしれないし、人間になるかもしれない。

 その配分もまたウーラ・ローグの仕事だった。

 一生をもって経験したことを次の生で活かしてもらい、ゆくゆくはウラ・ハハラに仕える神になることになる、いわば神に至るための途上の星の一つだった。

 「受け入れすぎたのか、放任が過ぎたのか」

 中核の壁に映し出された怒りに満ちた表情で争い合う一部の星の民たちの姿を眺めながら、また一つため息をつく。

 そこへ突然、そんな暗い雰囲気を吹き飛ばすかのような笑い声が響き渡り、若き神の前に轟音を連れて稲妻が落ちたと思いきや残光が人の形を成していった。

「よお、ローグ。なんかしんみりした気を感じたから遥々来てやったぜ」

「ゼノンか。ボク達には遥々もないでしょう」

 自らの嘆きを他所よそに突如豪快に出現した神に辟易へきえきもせず、荒神あらがみ所作しょさもさも当然のように言い放った。

「放任も何も、お前の好きにすればいいと思うけどな」

「聞いていたんだね」

  引き締まった上半身を惜しげもなく晒し、上へと逆立つ真っ赤な頭髪は戦神いくさがみを髣髴させる。焼いた石のように煌々こうこうと輝く荒神は若き神から離れた場所の何もない宙にあぐらをかいた。

「ボクはただ、全ての魂に自由に生きて欲しかっただけなのだけどね」

 ハハラ様がそうしてくれたように、と付け加えると荒神はすっくとあぐらを解いて火が飛ぶ勢いで淡く輝く若き神の前に立ちはだかって見下ろした。

「ローグよ、まさか神になったらそれで終わりだと思ってないだろうな?」

 かすかに含まれた怒気で光球の形が崩れる。

「この座を与えられたということは、今この時がお前にとっての生でもある。生きているなら終わりもあるだろう?お前はまた別の生を得て、自分が作った星で生きてみたいとは思わないのか?」

 霧散しかける若き神に構わず荒神はまくし立てるように言い放つ。

「ハハラ様が今のお前の星を任されたということは、お前が適任だったからだ。お前にしか管理できないと思ったからだ。俺を含め、星を任される神なんて他にもたくさんいる。しかしだ、俺たちが知るヤツらだって何を信条にしているかなんて全く違うだろう?」

 荒神の勢いにもやのようになった若き神は荒神を見やり、

「ハハラ様は次の生のためにボクをこの座につかせて修行させている、と?」

 そう思わないか?と荒神は爽やかに笑っていた。

 さらに荒神はそうでもないと、と続け

「この世界は面白くないだろう?」

 その言葉に若き神ははっとして、自らの過去を反芻はんすうしていた。

 鳥だったことも、虫だったことも、馬だったことも、ヒトだったこともあったいくつもの生を。

 すると、真っ暗だった星の中核の景色が夕日に照らされた海岸へと姿を変える。

 沈みゆく太陽が切り立った崖の上に立つ2つの人影を照らし、颯爽と風が吹き抜けていく。

「わかりやすいやつだな」

 赤き荒神が燃え上がる炎のように逆立つ髪を心地よさそうな表情をして風になびかせていると、いつの間にか若い神も白い光の球体から人の形になり、その姿はまさしく生きた白星と形容できるほどの美丈夫に変貌していた。

 生まれた場所も、その時家族になった魂達も、あらゆる感情にも出会えた。

 この座につく前と比べて、果たして今は見つめるだけで楽しいのか、と自分に問うた。

 そして否だと即座に答えは出た。

「自分のためでもあると」

 応、と荒神は優しいまなざしを向け、力強く頷く。

「ありがとうゼノン。君はやはり最高の友だ」

「よせやい。一度は同じ世界を生きた仲だろうが」

 転生の数は俺の方が多いらしいけどな、と付け加え、互いに笑みが生まれた。

 それはそうと、と一拍置いて荒神から背を向け

「ボクの悩みの種って君をひな形にした民族も含まれているのだけどね」

 と気まずそうに呟くと、先ほどまで意気揚々と話していた神の口から「は?」という気の抜けた返事が漏れ出た。

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