3日目その4
サバンサがマリー宅に訪れた時、事態はすでに終わっていた。後ろ手に縛られた男二人地面に捨てられており、目をはらしたマリーとその息子ルーンの姿に衝撃を受けた。
無事だというマリーとその子の体を何度も確かめ、怪我の度合いを見る。マリーは何度か殴られた跡があったが、赤子の方はお尻が赤くなっていた程度だった。
暴漢二人をさらに縛り上げ、二度と動けないくらいにした後で、マリーと赤子を連れて、村の集会場へと急いだ。
その間にサバンサが話した事情は以下の様なものだった。
王都に迫るナノウ軍の余波がこの地域にまで及んできた。
王国軍の兵士たちが王都防衛にかき集められ、周辺地域の防衛力の低下と治安悪化。
暴徒たちが徒党を組み始め、村々を襲い始めている。
俺はマリーの胸の中でその様な事情を聞いていた。
俺はようやく家の中から出て外の世界を胸元から覗き込んでいるのだが、日もくれて、暗い林の木々が闇の壁になって、俺に世界を見せようとはしなかった。
「みんな集会所に集まって、今夜は警戒態勢で過ごすって決まったの」
「大丈夫なの?」
マリーの心配にサバンサは努めて気丈に答えた。
「防衛のための冒険者も傭うって決めたから」
「冒険者…」
マリーの胸の中で俺は、新しく出てきた名前をつぶやいていた。
マリーの家は村の離れにあるため、集会場までは距離があった。マリーたち3人がたどり着く頃には、すでに村中の人間が集合していた。
村人は一様に不安な顔で、それぞれに固まり話し込んでいる。サバンサが到着してすぐにマリーの家での出来事を伝えると、村人たちに動揺が走った。
幾人もの善良そうな人たちがマリーのもとに集まり、その苦労を慰め、初めて紹介する息子のルーンの顔を見ては、無事を喜びあった。
俺も、まだ知らぬご近所さんたちの心配をほぐすために、やたらと笑顔を見せて回った。マリーの友人なら、俺の友人でもある。
俺自身、完全に無事とはいえなかった。暴漢たちとの乱闘で、小さな体を酷使してしまった。初めての戦闘は慣れてないがゆえに負荷が大きかった。この体はもともとエネルギー搭載量が小さいのだ。それがガス欠をおこしかけていた。
集会場の隅に座ったマリーはさっそく俺に乳を与えてくれた。
つい先程、暴漢に襲われかけた彼女の胸を、俺は気遣いながら吸った。
俺はマリーの隣でぐっすりと眠っていた。 再び、騒ぎの音で目が覚めた。
時間は深夜12時近く。日に二度も不快な目覚めを強制された。
悲鳴のさざなみが迫ってきた。
それは津波のように人が押し寄せ、ぶつかり転がって迫ってくる。
その人の波を作っているのは馬に乗った暴漢たち。馬に乗った何人もの野盗が深夜の襲撃をかけてきたのだ。
着崩れた穴だらけの鎧をまとった野盗共が、集まった村人たちをまるで小魚の群れのように追い立てる。
馬に乗った野盗共が何人も押し寄せ、村人の脆弱な抵抗をはねのける。勇気ある男性は斬り伏せられ、その妻は奪われる。
俺の目も耳もマリーの胸に包まれて状況がよくわからなくなる。
彼女はここが、一番安全な場所であると信じて、俺を胸元に押し付け、世間と隔絶させる。
悲鳴がマリーの体を通して、洞窟の向こうの音のように聞こえる。
俺は力を強めてその拘束を解こうとしたが、マリーの力は信じられないくらい強かった。
突然、冷たい空気が入ってきた。
マリーの胸元から顔が離れた。
俺が見たのは、馬上の野盗に胴を捕まれ持ち上げられたマリーの姿だった。
彼女は俺を両手に持ち、手渡そうとしていた。
自分と一緒にいては危険だと、投げるように。俺をサバンサに渡そうと、腕も手も指も限界まで伸ばしていた。
俺の体にサバンサの手が触れた瞬間、
馬が駆け出し、マリーとの接触が失われた。
マリーの顔が視界から消えた。
マリーと村の女達をさらった野盗たちは、その場から走り去っていた。
俺のこの小さな体では、追いすがることもできない速さだった。
残ったのは、傷ついた村人と、火がつけれれた集会場。
泣き崩れるサバンサと、
怒りに燃える赤子が一人、
ただそれのみが、その場に残っていた。
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