第1話 オモテと裏の顔 その1


 七月に入って十日もすれば暑くなるかと思えば今日もハッキリしない天気が続いていた。梅雨明け宣言も出たのにジメジメしたままで教室で授業を受ける俺も憂鬱だ。そして休み時間に入ると更に憂鬱な時間が始まる。


「ギャハハハハ!! それでマジヤバいんだよ~」


「え~うそ~!!」


「ありえね~」


 この時間クラスの人間は二種類に別れる。俺のように次の授業が始まるまで人と関わらず一人ボッチで過ごすか、反対に教室内で集まり馬鹿みたいにデカい声で騒ぐかだ。


「それでさ~」

「マジマジ~」

「ないわ~」


 その中で休み時間に入ると同時にうるさくなった連中、俗に言う『陽キャ』と呼ばれるクラスの中心の男女六名は集まると同時にすぐに騒ぎ出していた。


(今日もうるさい連中だ)


 そして俺は反対の『陰キャ』と呼ばれる側の人間だ。地味、暗い、キモいと三拍子揃っているらしい。おまけに学校では目立たないように伊達メガネをかけているからかメガネキャラとしてもイジられるのが日常だ。


「じゃあ陰キャメガネに聞いてみようぜ~」


 基本は無視するが、それをやり過ぎるとクラスの空気が悪くなるから上手くやり過ごさなければならない。陰キャで立場の弱い人間の悲しい所だ。


「聞いてんのかよアッシー」


「…………なに?」


 三年に進級と同時に俺のあだ名はアッシーになっていた。葦原だからという安直な理由だが大人に話したら笑われるレベルのあだ名で不満しかない。


「どうせ聞いてたんだろ~、陰キャは耳だけは良いからな」


 この茶髪にピアスという田舎のホストみたいなチャラ男の名前は須佐井すざい 尊男たかお。このように定期的に絡んで来る男で俺の事が嫌いらしい。


「尊男~、アッシービビッてっから優しくしてやれよ~」


「ああ、やり過ぎだとチクられんぜぇ~」


 取り巻きの二人は須佐井と去年から同じクラスらしく名前は覚えてない。クラス替えから三ヶ月以上も経っているのに覚えてない俺もどうかと思うが興味が無いのだから仕方ない。


「だから二組のダチが根野ねの駅の近くでお前を見たって話」


「…………知らない」


 見られたのかと内心焦る。昨日は早く行き過ぎたから迂闊だった。バレたらまたジローさんにどやされる。


「だよな~!! 治安最悪だからお前みたいな陰キャが歩いてたらカツアゲされて終わりだろうしな、てか電車で四駅離れてるしねえだろ」


「…………うん」


 残りの二人も根野市には不良だらけだと大声でゲラゲラ笑っていた。実際その通りで最近は特に危ない街だ。すると今まで黙って見ていた女子三名も会話に混ざって来た。


「やめな~尊男、葦原が迷惑してんでしょ!!」


「アヤ、別にいいだろ俺は寂しいクラスの陰キャの相手してやってんだよ」


 このクラスの中心の男子が俺をイジっている三人なら女子側の中心がこの三人だ。須佐井と話しているのが天原綺姫あやき。綺麗な黒髪を腰に届きそうなくらいまで伸ばした清楚系ギャルなんて陰で言われている美少女だ。


「そういうの葦原みたいな、え~と物静かな子? にはやめなよ」


 他に目立つポイントは赤のカチューシャをしているくらいで他のギャル二人よりはシンプルというのが俺の印象だ。


「陰キャだよアヤ~」


 次に口を開いたのは隣にいた赤に近い茶髪の少女で浅間 咲夜さくや。頭に無駄にデカい花の髪飾りをしている。たぶんあれはハイビスカスだ。そして白く透き通った肌で彼女は白ギャルなんて陰で呼ばれている。


「知ってるけどさ……う~ん、咲夜もやめなよ」


「アヤは優しいね~、そこがタカも好きなんだろうけど」


「え? 私達は別に、た、ただの幼馴染だし」


「あ、ああ!! そ~だよ咲夜!!」


 勝手に青春やってろ俺をダシにしてラブコメが楽しいのかよ反吐が出ると心の中だけで毒づく、それくらいはしてもいいだろ。


「ま、アヤは正論だね尊男と咲夜も程々にしろし、どう見ても弱い者いじめ」


 そこで最後の一人、肌が小麦色で髪は金髪セミロングというThe・黒ギャルな風貌のガッチリした体格の少女が話に加わる。背も三人の中で一番大きく胸も揺れていて思わず視線がそっちに行ってしまう。


「だよね~タマの言う通りだし」


「ウチは卑怯なのが嫌いなだけ」


 この色んな意味でデカいのが海上うなかみ珠依たまえ。この三人がクラスの女子の中心的な三名だ。発言力? いやヒエラルキーと呼び方は色々と有るが、分かりやすく言うとスクールカーストという頭の悪い言葉の頂点だ。


「とにかく雰囲気悪いの嫌だから止めようよ~」


「アヤに言われたら仕方ねえ感謝しろよ陰キャメガネ!!」


 コクリと頷くと俺はやっと解放された。その瞬間チャイムも鳴る。最悪だ俺の貴重な時間が消えた。悶々とした気持ちのまま俺は次の授業を受ける羽目になった。




 そして放課後、俺は部活も入って無いから家に即帰宅する。学校から徒歩10分で駅からすぐのマンションが俺の家だ。3LDKの部屋に無言で帰宅すると冷蔵庫から水を取り出し一口飲むと今日もバイト開始だ。


「気になる銘柄は無し……いつもの通りか」


 俺は部屋のパソコンを全て立ち上げた。一台は雑務用、もう二台はバイト用だ。バイト用の二つには、それぞれサイドディスプレイも接続し画面だけで五つもあるから見るだけで一苦労だ。


「すんごい乱高下してるな……ん? 海外で何か有ったのか?」


 俺はキーボードを叩きながら五つ全てに目を通す。二年前までは教えてもらいながらやっていた作業も今は俺一人で簡単に出来る。今やっているのは簡単に説明すると株などの取引きだ。


「あ、俺も、いや……少し待つか?」


 二台のバイト用のパソコンでは株以外にもFX(外国為替証拠金取引)や仮想通貨にも手を出した。その結果、去年までの間に相当な荒稼ぎが出来た。成功者と言われれば近いかもしれないが俺には目的が有り金額はまだ届いていない。


「でもFXが一番稼げたよな……ほぼ三年で目標額が貯まったし」


 俺にこのバイトを教えてくれた人はその道のプロで俺も割と才能が有ったらしく気付けば三年弱で預金残高は八桁に届いていた。少し前に流行った『億り人』なんて眉唾ものだと思っていたけど意外と上手く行って驚いたのも懐かしい。


「ま、始めた理由は人には言えないけどな……」


 俺以外に誰も居ない部屋も気付けば真っ暗で電気を付ける。こんな時間になっても一人なのは十四歳の頃から俺がこの部屋で一人暮らしだからだ。

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