第三十四話 熱気
祇宮祭二十一日目。
今日は大通りにある
祭の人出で大変に混雑している通りだけに、ぽっかり空いた空間がとても目立っていた。
「げ、どうする
「両親に分けてもらいに行くしかないようです」
忙しさの中で日常生活をおろそかにしていたら、生鮮食料がほとんどないことに気が付いた。
お湯を注げばすぐ食べられるインスタント食品はたくさんある。
あたためてご飯にかけるだけで美味しいレトルト食品もある。
だが、肝心の米がなくなってしまった。
残りは一合分。非常事態だ。
「丁度いい機会です。
「あら、じゃぁ、
「どちらでもいいですよ。叔父は元叔母なので」
「……ああ、そういうこと!」
「最初は母も自分の妹が男性になることに対して戸惑っていましたが、今ではそれが嘘だったかのようにとても仲良しです。うちの両親はそのこともあって、特に相手の性別に関しては気にしません。気にするのは体調くらいですかね。血色が悪いとすぐに脈を測りたがりますよ」
「血色……。じゃぁ、こっちの姿で行くことにするわ。本来の姿だと青白すぎるもの」
わたしと竜胆は混雑した通りをゆっくり歩き、『薬屋
「え、えええ」
「ものすごく混んでいるわね」
そこには『ひやしあめ』と『
「薬屋なのになんでこんなに……」
「美味しそうじゃない! 私も買おうっと。
「ちょ、ちょっと待ってください。裏から入りましょう。ここにいたら……」
嫌な予感は的中するものだ。
「
「おお、手伝いに来てくれたのか!」
母と父に見つかってしまった。
「竜胆ちゃんもお願い!」
「別嬪が二人もいたらもっと売れちゃうな!」
どうやら、竜胆のことは話すまでもなくもうとっくに受け入れているようだ。
姉には感謝だが、この状況は望ましくはない。
わたしは接客業が苦手だ!
「やるやる! 私やります!」
「え! り、竜胆!」
竜胆は満面の笑みでわたしの両親の元へ行き、若葉色のエプロンを受け取ると、すぐに身に着けて接客を始めてしまった。
「これは地獄か何かなのかな……」
わたしは観念し、とぼとぼと店の中に入っていった。
「ほら、茉莉花茶で氷作って!」
「あ、ああ、うん……」
茉莉花茶が氷で薄まらないよう、その氷を茉莉花茶で作るのだ。
氷には茉莉花の花弁が入るように作らなくてはならないらしい。
これが可愛いのだと、母が熱弁している。
接客じゃなくてよかった。
「ねぇ、母さん。兄さんは?」
「町内会が設置している救護所で当番をしているわ。この暑さでしょう? 熱中症になって倒れる人が多いのよ。夕方からは父さんと交代でお店に立ってくれるの」
「母さんは休まないの?」
「大丈夫よ。上手にサボってるから」
ニコリと微笑む母は余裕そうだ。もうそんなに若くないのに、この元気はどこから来るのだろうか。
わたしが世界で一番尊敬しているひとの一人だ。もちろん、もう一人は父。
「あら! 竜胆ちゃんの接客のおかげでひやしあめが足りなくなりそうだわ。みんな頑張って!」
店の奥にある調剤室から元気な声が聞こえてきた。
父と母の弟子たちだ。
「わたしもあっち手伝おうか?」
「ダメよ。あなたは分量守らないから」
「うぐっ」
わたしは調剤に関してはきちんと量って行うが、こと料理や製菓に関しては目分量だ。
家族しか食べないしいいだろうと、いつもその調子なので毎回微妙に味が違う。
たしかに、今回のような不特定多数に提供する状態では、わたしのような者が調理に関わるのは得策ではないと言える。
「頑張って製氷します……」
「よろしくね」
そう言うと、母はさっと水分をとり、接客へと戻っていった。
代わりに、今度は父がわたしの元へとやってきた。
「ふぅ! 麦茶飲まなきゃ危険な暑さだな! 梅飴も手放せないぞこりゃ」
「元気だねぇ」
「毎日母さんの手料理食べてるからな!」
がはははは、と笑う父はとても幸せそうだ。
「うちは子供たちが頻繁に実家に帰ってきてくれるから、それも元気の秘訣だな」
「まぁ、みんな実家好きだしね」
「お隣さんは半年もお子さんの顔を見てないらしい。切ないよなぁ」
「案外、そっちの方が普通なのかも。陰陽術師のひとたちも長期休みしか実家に帰らないみたいだよ」
「私は幸せ者ってことだな」
「それはようござんした」
「がはははは!」
「あ、そうだ。お米わけてほしい」
「おう、いくらでも持って行っていいぞ。持っていった分だけ在庫表に書いといてくれ」
「はあい」
薬屋には米がたくさんある。
米を飴にして、子供用に薬をシロップに変えてあげたりするためだ。
今回のひやしあめにも米飴が使われている。
「竜胆ちゃんも水分とるんだぞ! 梅飴で塩分補給も!」
「はぁい!」
父は「さあ! 稼ぐぞぉ!」と意気込み、また店頭へと戻っていった。
「ねぇ! 超楽しいんだけど!」
「今日も夜は当番ですから、疲れすぎないようにしてくださいね」
「まかせて!」
水分補給に戻って来た竜胆は、籠にどっさり入って置かれている梅飴の包み紙を開けながら満足そうに笑っている。
こういう体験も竜胆には必要だったのかもしれない。
人間とのかかわり方にも色々種類はあるものだ。
「その可愛さでうちに富をもたらしてください」
「そんなのあったりまえじゃないの!」
竜胆はとても嬉しそうに微笑むとまた接客へと戻っていった。
時折吹く風も熱気をはらみ、祭が大盛況なのが肌でもわかる。
今では有力な貴族のほとんどが
ひとも、物も、何もかも。
新しい若き皇帝はやってのけたのだ。
「調べ甲斐がある御人だな、
わたしも気づけば口角が上がっていたようだ。
仙術で茉莉花茶の氷を作りながら、祭の熱気をしばし楽しんだ。
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