第三十三話 勇気

「あのですね、我々の研究結果によると、人間を食する種族は鉄分が多く、さらにはナトリウム値も高いことが判明しております。そのため、彼らに効く一番の攻撃は〈電撃〉だと言えます」

 今回、助っ人として来てくれたのはまさかの〈人間〉の〈錬金術師〉たち。

 いや、〈人間〉なのだから〈科学者〉と言った方がいいだろうか。

 彼らはわたしたちのような者が時折持ち帰る妖魔もののけ凶鬼きょうきの死体を検体として引き取り、様々な側面から検査、実験などを繰り返し、対魔物用の武器などを作っている。

 今まで主上おかみに提出された武器や解毒薬はお世辞にも出来が良いとは言えず、彼らは煮え湯を飲まされ続けてきた。

 それが今回、陰陽術師たちも納得の『使える武器』が出来上がったということで、夜の戦闘に参加を許されたというわけだ。

「名付けて虎雷銃こらいじゅう! ふん! 何が錬金術師だ。我々科学者の方が実証的で論理的! 不可思議な力など無くとも魔物と戦えるということを見せてやりますよ!」

 金ぴかの銃を持ちながら青白い腕を振り上げ、科学者たちは瞳をキラキラさせながら「えいえいおー!」と掛け声をかけあっている。

 触媒に魔力や仙力、霊力を使うことが出来る錬金術師のことが疎ましいのだろう。

 真っ白な作務衣に真っ白な白衣。

 今日のために新しいものを着ているようだ。

 出来ればもう少し甲冑などの防具を身に着けてほしいところなのだが。

「あの人たち元気ねぇ」

「わけてほしいくらいです」

 今回が初参加の彼らにはそれぞれ呪術師と陰陽術師がサポートに着く。

 それでも人数が増えたのだから、戦力としてはトントンだ。

「彼ら、上手くいくと良いわね」

「そうですね。そう願います」

 新しい人たちが増えてもわたしたちがすることは変わらない。

 さっそく持ち場へと飛んでいった。

 月光も星の光も全く届かない深い森。

 山の中腹にあるため、傾斜もきつい。

 戦闘中滑り落ちないようしっかりと踏ん張る必要がある。

「おお……。多いですね」

「……嫌だわ」

 竜胆がいつになく険しい顔でつぶやいた。

「あれは兄の軍よ。第二鬼皇子きこうしの……」

「え」

「大型の凶鬼きょうきが多すぎるわ。あの科学者さんたち、生きて帰れなくなる!」

「わたしたちで減らしましょう。なるべく多く、そして早く」

 わたしは杖を弓に変え、近接で戦う竜胆を援護しながら矢の雨を降らせた。

「仙術、迅雷風烈じんらいふうれつ地ヲ穿うがツ」

 凶鬼きょうきたちが作る隊列の真ん中を撃ち抜き、電撃の波が地面を伝って広がっていく。

「こっちにおびき寄せられそうです」

「わかったわ!」

 竜胆は鋭い爪で戦っていたのを一旦やめ、口から大剣を取り出した。

「えっ、こんなときにマジックですか」

「かっこいいでしょう? 私の骨で作ったの。百五十年もかかったのよ」

「ああ、そ、そうですか」

 初めて見たが、なかなかグロテスクな光景だった。

 凶鬼きょうきの頭を矢で撃ち飛ばしているわたしが言うのもなんだけれど。

「ねえ翼禮よくれい! あれ、悲鳴じゃない⁉」

「助けに行きましょう」

 すぐに声の聞こえる方へ行くと、科学者たちが二十名ほどかたまって怯えていた。

「ここここ、ここ、こんなに恐ろしいとは!」

「じ、じつ、実地調査は、だ、だだだだだ、大事、で、ですな!」

「あああああ無理無理無理」

 サポートのはずの呪術師と陰陽術師たちが身体のあらゆるところから流血しながら懸命に戦っている。

 わたしと竜胆はすぐにそこへ舞い降りた。

「下がってください! 代わります!」

「おお、透華とうかの好きな人! 杏守あんずのもりさん、ありがとうございます!」

「あ、え、はい」

 わたしはすぐに怪我人たちを下げると、仙術の中でも一番強い護りのまじないをかけた。

「仙術、桃弧棘矢とうこきょくし守護ノ籠」

 桃の枝が四方から伸び、ドーム状の結界へと変化した。

「科学者の皆さんも下がってください!」

 彼らは立ち尽くしていた。竜胆が血を流しながら縦横無尽に駆け、戦う姿を見ながら。

「みなさ……」

 彼らは撃ち始めた。

 竜胆に当たらないよう、よく狙いを定め、落ち着いて。

「我らはいつも机上の空論と揶揄されてきた!」

「今やっとまともな武器を作り上げ、この戦場へと赴くことが出来たのに!」

「臆病は武器では治らなかった……」

「目の前で起こる凄惨な光景に足がすくんだ」

「ならば、腕を動かせばいい」

「足が動かないなら、目を動かせばいい」

「構え、狙え、撃て!」

 黄色い閃光がくうを走る。

 それらは吸い寄せられるように凶鬼きょうきたちの身体に吸い込まれ、次の瞬間にはその意識を奪っていた。

「す、すごい!」

 思わず声が出た。すごい、本当に、すごい。

「竜胆! あなたも一度下がってください!」

「ふああ、わかったぁ」

 禍ツ鬼マガツキである竜胆を退魔の結界に入れることは出来ないので、彼女には空に浮かんで待っていてもらう。

「仙術、雪魄氷姿せっぱくひょうし空翔くうかケル」

 杖を刀に変え、科学者たちが撃つ雷撃の隙間を縫って凶鬼きょうきたちを斬りつけていった。

「強い! 葦原国の女子おなごはかくも最強!」

「援護しますぞ! 仙術師殿!」

 凶鬼きょうきの身体に電撃の火傷と黒い梅の花が咲き乱れていく。

 休憩し、傷を塞いだ呪術師たちも徐々に戦闘へと復帰。大きく魔物たちを後退させることが出来た。

 今日はすべての戦場で大勝利を収めた。

 それも、人間の科学者たちが自らを奮い立たせ、勇気をもって脅威に立ち向かったからだ。

 人間は人間界においてはとても優秀で強い。だが、幽界かくかいの者に対してはその身体は余りに脆く、魂は貴重で、血は美味しいスープそのもの。

 だから、幽界かくかいで人間界に関わる者たちにとっては〈人間〉は守るべき〈か弱い生き物〉。

 今夜、その定説は覆された。

 人間が自らの手によって。

 幽界かくかいは人間を保護対象から同等、そしていずれは警戒対象へと引き上げるかもしれない。

 彼らがこの先開発する武器に、仙子せんし族――妖精族を滅ぼすものが出現するとなれば。

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