第二十七話 初めての感情
「あ、あま、あまま、甘酸っぱい……」
帰って来た竜胆にすべてを話した結果の感想がこれ。
「どういうことですか? 味? 何が? 何なの? はい?」
「ちょ、ちょっと! 慌てないでよ
「それは……、確定事項ですか? 今竜胆が思いつく答え以外の
「……重症ねぇ。どうしたものか」
「倫理観が大音量で警告するんです、わたしに。『やめろ、それ以上踏み込むな。戻れなくなる』って」
「あらら……。そんなの、無視してほしいわ、私としては」
「なぜ? わたしはこの倫理観と理性のおかげでここまで死ぬことなく仕事を続けてこられたんですよ」
「恋は仕事ではないわ」
頭を大きなもので殴られたような、そんな気がした。
恋? 恋って? そんなもの、解呪したことない。
「ねぇ、
すがるように竜胆を見つめた。どうしたら、そんなものなくせるのか。
「受け入れて愛することよ。相手も、自分も、その恋さえも」
手のひらから
それなのに、血煙も出ず、痛みもない。
代わりに咲いたのは、桃色の可愛らしい薔薇。
涙が出た。止まらない。どうして
ふわりと香る桃の薫香。
竜胆が抱きしめてくれていた。涙が装束に落ち、広がっていく。
「苦しいわよね。戸惑うわよね。怖いわよね」
あたたかい。優しい。
「でも、それでいいんじゃない? もうしばらく、ゆっくり考えて、感じて、慣れていくと良いと思うの。時間はたくさんあるんだから」
わたしは竜胆から身体を離し、涙をぬぐいながら頷いた。
「自分にしかどうにもできないことなら、向き合うしかないですもんね」
「
「ふふ。美人に言われると嬉しいですね」
「あら、御上手ね」
竜胆は少女のような可憐な笑顔を浮かべ、わたしの頭を撫でた。
竜胆も、
「当番の準備しましょうか。わたしの涙で装束も汚れてしまいましたよね。すみません」
「いいのよ。女の涙は勲章よ」
「変な例えですね」
「あらやだ、失礼しちゃうわ」
竜胆は着替えることなく、持っていくものの準備を始めた。
今日は、当番は当番でも、救護班の当番だ。
あちこちの戦場を移動しながら怪我人の治療をし、遺体を回収する。
竜胆が少し召鬼法を使えるので、それを見込んで頼まれたというわけだ。
「よかったわぁ。瘴気が人間の役に立つ仕事もあるのねぇ」
「怪我人の気を失わせて治療しやすくするんですよね」
「そう。昨日見ていてわかったけれど、みんな結構武人よね」
「そうなんですよね。特に、祇宮祭の最中は」
「あれって頑張るとなにか良いことあるの?」
「昇進が早くなったりはしますよ。わたしたちは関係ないですけど」
「組織に属していると、そういうのも気を使わなくちゃいけないのね。よかったぁ、
「わたしもよかったなぁとつくづく思います」
高みを目指すのであれば、それは対外的なものよりも、自分の内側に求めたい。
わたしと竜胆は持ち物の確認が終わると、硝子戸をあけ、そこから空へと飛びあがった。
もう太陽は地平線にかかりそうな高さ。
もうすぐまた激しい戦闘が始まる。
今日の持ち場は北の太門から西の太門にかけての範囲。
「結構広いわよね」
「まぁ、我々は飛べますから」
「この美貌で癒してあげなくちゃ」
竜胆は今回の役割を気に入っているようだ。
わたしとしては、胸のもやもやを発散するために戦闘に参加したいのだが、仕方ない。
「お、始まりましたね」
それに反射する人間たちの松明の灯り。
「昼間に巣に攻め込めればいいんですけどね」
「
「大きい奴は?」
「木に擬態することもあれば、眠ることなく昼間でも平気で人を襲うことも。子分たちを引き連れてね。
「たしかに。
「身体が完全に瘴気で満たされているから、直射日光にあたると酷い火傷はするけど」
「竜胆は大丈夫なんですか?」
「私は
「辛いときは言ってくださいね」
「ありがとう。うふふ」
眼下から悲鳴が聞こえだした。
「助けに行きましょう」
「ええ。ばっちり治療しちゃうわよ!」
わたしと竜胆は降下し、怪我で動けなくなっている人々を回収しては気絶させ、治療を施した。
この日は幸いなことに一人の死者も出すことなく、朝を迎えることが出来た。
風の噂では、若い呪術師の組が破竹の勢いで魔物を倒し、当番以外の戦地にもヘルプに入ったかららしい。
朝陽が眩しい。疲れているけれど、ちゃんと眠れるだろうか。
午後の予定を思うと、少し緊張してしまうから。
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