第十九話 呪物

 朝のさわやかな陽射しの中、今日も仕事に追われ忙しそうな主上おかみの元へとやってきたわたしと竜胆。

 新しい内裏の建設は順調なようだ。

「陛下、何かご用命はありますでしょうか」

「おお、あるある!」

 動きやすそうな洋装のシャツの袖を捲り、日に焼けた逞しい腕を披露しながら、主上おかみはわたしたちをある部屋へと案内した。

「これなんだが……」

 そこには零れ落ちそうなほど山と積まれた献上品が所狭しとおいてあった。

「最近、税金を軽減したお礼なのか何なのか、ものすごくたくさんの品が届くんだ。陰陽術師たちが言うには、献上品にかこつけて呪物を送ってくる輩がいるそうで。彼らだと防げないものもありそうだから、二人には特に危なそうなものを仕分けしてほしいのだ」

「わかりました。解呪もしておきますか?」

「いや、この目で確認したいから強力な呪物だけはそのままにしておいてくれ。ただ、誰にも被害が及ばないよう、上手くやってくれると助かる」

「かしこまりました」

「面倒なことを頼んですまんな。よろしく頼む」

「はい」

「はぁい」

 わたしは内心、都合がいいと思った。

 またあの犯人から贈られてきているかもしれない。

 探るチャンスだ。

「じゃぁ、手分けして簡単に分けていきましょうか。呪物と贈り物を」

「そうね。分けた後で弱いものを片っ端から解呪していけばいいわよね」

「強いものは封じましょう」

「私それとっても得意よ! 任せて!」

「よろしくお願いします」

 こうして検品作業が始まった。

 豪華絢爛な刺繍が施された布、機巧人形からくりにんぎょう、仏像、后たちへの贈り物だと思われる装飾品や化粧品、食器、布団、シルクのシーツに枕カバー……。

 多種多様、贅を凝らした逸品の数々。

 よくもここまで高級品にできるな、と思ってしまうほど、ただの日用品なのに金ぴかに輝いている。

「ん? これは……」

 それは献上品の中でも楽器が集められていたスペースにあった琵琶。

「……のろいだ。それも、かなり強い」

 わたしは直接触らないように注意しながら端に避けた。

 次に見つかったのはベルト。純金で出来た鷹のバックルがついている。

「うわ……。もう殺す気満々みたい……」

「こっちにも強いのあったぁ。螺鈿釦らでんぼたんのセット」

「ううん、思っていたよりも多いですね」

「軽いのろいはそんなにないから……。本当に、陛下を殺そうとしているとしか思えないわね」

 そのあとも、ペーパーナイフ、革装丁の本、着物の帯を発見した。

「じゃぁ、確認しましょうか」

「そうね。この琵琶は……、ああ……。弦が人間の腸で出来ているからこんなにのろいが強いのね」

「そのようです。ベルトは人皮にんぴ。この本の装丁も同じですね」

「本は中の挿絵が血で描かれているのも危険なポイントね」

「螺鈿細工のボタンセットは、釦が骨で出来ていますね」

「ペーパーナイフもよぉ。じゃぁ、この帯は……」

「染め直して紡いだ髪の毛が刺繍糸として使われているようです」

「趣味が悪すぎるわ……」

 竜胆はあからさまに嫌そうな顔をしながら呪物をつまんでは「うげぇ」とうめいている。

「封印しておきましょうか。陛下が好奇心から触ってしまったら生死にかかわります」

「そうね。封印しちゃいましょ。それにしても、多彩ね、呪物」

「たしかに……。どれも気持ちは悪いですが、作りは一級品ばかり。たった一人でこんなにも専門性が必要とされる工芸品を作ることなんて出来るのでしょうか」

「人間は幽界かくかいの種族と比べても、驚くほど器用だからねぇ……」

 考えても答えは出ないので、とりあえず安全策としてそれぞれを封印することにした。

 のろいはそのままに、呪力があふれ出てこないよう、目に見えない布で隙間なく包む要領で。

 それが出来ないものに関しては、虫ピンのような小さな針でのろいそのものを物品に封じ込め、その効力がヒトやモノに及ばないようにする。

「ふぅ、これで全部ね」

「早く終わりましたね。といっても、もう昼ですが」

「どおりでお腹が空くわけだわ」

「これらをここに置いていくわけにもいかないので、陛下を呼んできましょうか」

「私行ってくるわ」

「ありがとうございます。呪物たち、見張っておきますね」

「よろしくね」

 薄桃色の水干をひらひらとさせながら、竜胆は外へと出ていった。

(献上品に金剛石ダイヤモンドはなかったな……)

 宝石類はいくつかあったが、それらはすべて正常な装飾品だった。

 諸外国でもあったことだが、宝石は呪物として使われやすい。

 特に金剛石ダイヤモンドはそれが多い。

 だから使わなかったのだろうか。すぐにバレるから。

 ではなぜ店員に配らせるようなことをしているのだろうか。

 他に、のろいの対象でもいるのだろうか。

 竜胆に渡されたのが偶然ではなかったとしたら……。

 考えればきりがない。疑えば底がない。

 そもそも、連続殺人犯と呪物製作者が同一人物とは限らない。

 化け猫たちが人間の骨を売っていたくらいだし、他にもそういう商売をしている妖怪がいてもおかしくはない。

 そして、それを買う人間がいても不思議ではないのだ。

「あああああ。頭が弾け飛びそう」

 わたしがああだこうだ唸っていると、竜胆が主上おかみを連れてやってきた。

「おお……。けっこうあったのだな」

「はい。弱い呪物は二点だけ。子供でもかけられるような簡単なのろいでした。しかし、ここにある六点は桁外れに強いのろいばかりです」

「なんと……。やはり私を殺すためか」

「それはなんとも申し上げられません。検品することを見越し、陰陽術師たちを屠るつもりだったとも考えられます。琵琶、釦、帯に関しては、御后おきさき様方を狙って作られたものともとらえられます」

「そうだな……。翼禮よくれいの言うとおりだ。素材には何が使われているんだ?」

「……人間の生体組織です」

「な! それは、骨や皮とかそういうもののことか?」

「そうです。今回は血と腸も使われておりました」

「……気味が悪いな」

 主上おかみは口元を覆い、怪訝な顔で呪物を見つめた。

「解呪しますか?」

 わたしの提案を聞き、主上おかみはしばし思案したあと、ニヤリと口元をゆがめながら口を開いた。

「……もし、これらののろいが発動したら、それは術者には伝わるものなのか?」

 わたしは主上おかみが何を考えているのかを察し、溜息が出た。

 主上おかみの表情から感じ取れるのは、好奇心と、加虐心。

「伝わるものもあります……。まさかとは思いますが、おとりになるおつもりですか?」

「我が治世を弥栄いやさかとするためには、このような小事で足踏みをしている暇などないのだ。堂々と正面からこの身体に剣を向けることも出来ぬ臆病者など、私自ら説教の一つでもしてやろうと思うてな」

 あまりに無謀。そして、酷く攻撃的。

 だが、これもチャンスには変わりない。

 わずかな期間で皇位を手中にし、一国の主として君臨するこの若き皇帝が何者なのか、見極めるいい機会だ。

「わたしと竜胆がいれば可能でしょう。しかし、酷く痛みを伴います。それは身体になのか、心になのか、わたしにもわかりかねます。それでもよろしいでしょうか」

「望むところだ。この手で捻りつぶそうではないか。羽虫のようにな」

「いいでしょう。いつ行いましょうか」

「思い立ったが吉日。今夜だ」

「かしこまりました。すぐに準備いたします」

「私は何をしておけばいい?」

「では、身をお清めください。念入りに、体内まで」

「うむ。承知した」

 主上おかみは上機嫌で建築現場の監督業務へと戻っていった。

「ね、ねぇ、いいの?」

 竜胆が心配そうな顔でわたしを見つめている。

「いいんじゃないですか? ご本人が大層やる気でいらっしゃるので」

「でも、のろいを発動させるって……。え……もしかして……」

 先ほどの主上おかみの歪んだ笑顔には及ばずとも、わたしもつい微笑んでしまう。

「わたしの棘薔薇いばらのろいを使う予定ですよ。もちろん」

 ひゅっという音を立てて息を吸い込んだ竜胆は、まるで何か恐ろしいものを見るような目でわたしを見つめ、溜息をついた。

「なんで……。どうして自分を傷つけるようなこと……!」

「わたしは家族を守りたいんです。そのためには、陛下に傷一つ負わせることは出来ません。わたしが痛みに耐えるしかないのです」

「そんな……」

 竜胆は禍ツ鬼マガツキだ。のろいは発動しない。

 でも、わたしなら、なんなくのろいはこの身体を這いずり回るだろう。

 しかし、元々ある棘薔薇いばらのろいは世代を超えて発動するほど強いのろい

 どこの馬の骨がかけたかもわからないのろいなんぞに負けるはずがない。

 全身が熱い。

 欲しがっているのだ。

 この身を流れる血を、いにしえ棘薔薇いばらが。

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